4-7
お久しぶり、と彼女の口が動いたように見えたアカザ。
「っ!」
殺気を向けられたわけではない。
だが、アカザは何か言いようのできない圧迫感をクスフィーから感じた。
背中に汗がびっしょりと出ていていることに気付く。服がべた付いてしまっていて気持ち悪い。
「……大丈夫?」
シャムがアカザの顔色の悪さを見て、顔を覗き込んでくる。
「なんとかな……」
息を整え、これからどうするか思考する。
まず、クスフィーがアカザのリアルの姉であるかの確認? そうなるとこれ以上近づかなければならず、確実にあちらのフィールドに飛び込まなければならない。これがあちらの作戦で、【幻術】や【変身】などのスキルによってアカザを混乱させる。それが目的なら話が早かった。
だが、シャムもクスフィーを見ており、驚き以外の感情がないところを見ると、見ている者は同じらしい。
それとも、今すぐ逃げるか。
正直、今すぐに逃げ出したいアカザ。
理由はトラウマみたいな、脳内に刻まれた記憶。
何をしても姉の方が上手。
生成優秀、文武両道、美人、天才、絶対者、無敗。
単純に思い浮かべるだけでも、彼女を表す言葉が頭の中に挙がる。身内贔屓ではなく、客観的な評価でだ。
そして、彼女はまるで城に侵入したアカザを、優雅に中庭でお茶を飲んで待って居る。敵とすら思っていない。
「……罠、可能性、低下」
「……罠を張る必要がないだけだ」
アカザを見下している訳ではない。油断や慢心ではなく、優雅とでも言うべきか。
ともかく、兵士が大勢いで取り囲むといった展開はないと思われる。
素直に【ステルス】を解除し、【イペリア】の召喚も解除する。
彼女に苦手意識を持つアカザだが、逃げたところでヴィクターのチート問題は解決しない。仕方なく中庭に向かうアカザ。それに付いていくシャム。
「……警戒、準備」
「別に無理に付いてこなくていいぞ」
「……私、目的、存在」
どうやら、クスフィーに直談判する気らしく、意気込みを見せるシャム。
中庭まで続く通路を歩くアカザたちだが、先程まで駆け回っていた兵士たちは全く見かけなくなった。
そして、何事もなく中庭に辿り着くアカザたち。庭師が手入れしているのか薄く雪が積もりつつ、芝生は短く刈られ、整えられた植木。月明りと淡く光るランプで照らし出されている庭は幻想的に感じる。
「こんばんは。行君。そっちのお友達も座ったら?」
「……」
いきなり現実での呼び方をする姉、クスフィー。なんて反応すればいいのか分からず、無言になってしまう。ともかく、椅子に座るアカザとシャム。
せめてキャラクターネームで呼んだ方がいいのではないか、なぜ【フォークロア】をプレイしておりこの世界に居るのか、と言ったことを話すべきなのだろうが、上手く口が動かせない。
「あ、それともアカ君って言った方がいい? ルレーアじゃ、そう言ってたでしょ?」
「は? ルレーアさん……が、姉さん……?」
ルレーアと言うプレイヤーはアカザが所属していたギルド、【立待の白月】に所属していたメンバーの一人。
「クスフィーはサブキャラなの」
「……サブキャラで、最終日にログインしていたんだ」
キャラごとにフレンドリストが在る為、サブキャラを登録していなければ連絡は取れない。【立待の白月】の入会はメインキャラであることが条件だったため、【ギルドリスト】の方も無反応な理由に納得がいく。
アカザはここに来るまでに他のプレイヤーを見ていない。つまり、この世界に来たのは過疎化しているMMORPG【フォークロア】を、最後までログインしていたプレイヤーだと思っていたアカザ。故にプレイヤーよりもNPCの割合が多いことに納得がある。
だが、姉の回答は違った。
「いいえ。私は最終日、【フォークロア】にログインしていないわ。会社に居たらいきなりこの世界に来たの」
「……はぁ?」
クスフィーの発言で前提が崩れてしまう。
考えてみれば姉は一世代で会社を立ち上げ、拡大された社長。就職浪人が暇を余してゲームしている夜でも、仕事をしているはずである。
では、何故姉がこの世界に来れのか疑問が出て来る。その疑問を百も承知と言う風に、クスフィーが説明する。
「アカ君も神隠しは知っているでしょ。行方不明者は日本では死体として発見されることもあるけど、何割かはまだ行方不明のまま」
「まさかその行方不明者が、異世界に召喚された勇者とでも言う気? 巷で噂の異世界トリップ小説とか、何処かの漫画の話しているか?」
「あら? この世界もゲームでしょ? でもそうね、仮定として物語に出て来る異世界から勇者を召喚する魔法が、実際に他の世界にあったとしましょう。でも、それに選ばれる人物は誰になるかしら? 選定基準は? そもそも同じ世界ならまだしも、違う法則がある異世界の人物を召喚できると思う?」
「それは……。でも、法則って言ったて条件になるのは膨大な魔力とか、勇者の資質とか、才能だろ?」
例えば姉ならば召喚される理由になる。地球での頭脳、精神、身体能力は凄まじく、何かしらの障害に出会ったとしても、解決してしまう。魔力などの地球に存在が確認されていない要因も、軽くクリアーされるはずだ。そういった核心がアカザにはある。
アカザは精々、召喚時巻き込まれました的な枠だ。
「それ以外にも私たちを繋ぐ何かがあったとしてら?」
「……それが、ゲーム?」
例えば、異世界と繋がったゲートの設定。【渡り人】、と言う異世界からの来訪者の設定。
そうでなくとも仮想世界に入る為の画面が、異世界を繋ぐゲートだとすれば……?
「ゲームでなくとも神話や物語に出て来るアイテムとか。天国、地獄、黄泉の国。異世界の概念はその辺にも転がっている。これを人の想像の産物と割り切るには、多いと思わない? 中には本物があって、それを仲介して、異世界に来るとは考えられない?」
「……」
突拍子が凄まじくて肯定も否定も出来ないアカザ。
地球以外にも惑星はあるし、もしかしたら魔法と剣の異世界だってある可能性は否定できない。
それは分かる。しかし腑に落ちない。
「だとしても、俺や姉さんが別々の呼ば方をした理由、この世界が【フォークロア】に似ている理由、召喚士の目的が分からないんだけど?」
「そうね。まだ全てが分かった訳ではないけど、この世界が【フォークロア】に似ている説明は出来るの」
クスフィーはヴィクターなどの宣教師を使い、人海戦術でこの世界を調べていた。そこから導き出されるとしても、余りに速く賢い。
「ゲームと言う媒体があり、召喚する術者が居た。そしていざ召喚しようとした時、何かしらの問題が起きて、世界ごと構築されてしまったとは考えられない?」
「何でそんな結論に?」
「一つはこれ」
【インベントリウィンドウ】を操作して、クスフィーの手に突然現れた【ランク証】。
「これ、携帯に似すぎているよね? それに店の販売もタッチパネルを操作しているような物じゃない。幾ら何でも、ゲーム的に再現しようとしているような物に見えるでしょう?」
それは、アカザも疑問に思ったこと。
余りにもゲーム的で、不可思議で、都合が良く都合が悪い。
【インベントリウィンドウ】にはアイテムを収納する量を拡張させる【カバン】がある。
しかし、取り出す時は手にいきなり現れるのに、アイテムを拾うときは【カバン】を取り出さなければならない。
「他にも今みたいにいきなり物が現れたり、モンスターが倒されても死体が残らなかったりする超古代魔法技術。都合が良すぎるでしょう? なら都合よく【調理】スキルで作られた料理アイテムも、その通りの味がしなくちゃいけないのに調味料を加えた単調な味。なのに普通に作るとその通りの味になる」
それも腑に落ちない部分。
どういう過程で素材の味が消えるのか。どういう理由でステータス上昇値が味に影響するのか。謎だらけの世界。適当に繋ぎ合わせて作られたような、こじつけたような物ばかりが溢れている。
「まるで現実とゲームをごちゃ混ぜにしたみたいじゃない?」
アカザも抱いたこの世界の感想。
「映画だけど、『蠅の男』は知っているね?」
「……たしか量子テレポートが実現した世界で、他の場所に転移させる密閉容器に蠅が混じって――」
映画の内容を思い出しているうちにアカザはハッと気付く。だが、まさか、その可能性はかなりスケールが大きい。知らず識らずのうちに声が震えてしまう。
「……蠅と男が混ざってしまうっていうSF映画」
「もう分かったんじゃない?」
「……勇者を呼び出そうとした召喚士が、何かしらのミスをして現実の世界、ゲームの世界を……異世界に混ぜてしまった?」
【創波】と言う概念がこの世界にはある。この世界を形作り、エネルギーであり、生物の体を形作る細胞でもある。
元素=【創波】として考えた場合、なんだかすんなり頭の中が整理される。そして、シルフィールが言っていた魂のことを思い出す。
アカザがキャラクターの顔をしていないのは、アカザの魂から情報をダウンロードして再構築したために、顔は現実の物となった。
「と言っても、中途半端にね。ゲーム7割、異世界2割、現実1割って言ったところかしら。これは呼び出せる物、つまり物質的な物より情報の方が多かったのでしょうね。」
思い当たる節はある。
ゲームでは存在しなかったフィールド、遊郭などのオブジェ、エルフの里。
「ちょっと待った。じゃあ、NPCや異世界の住民はどうなる。それに時間軸だって合わない」
ナオトラやキキョウのようなゲーム時代から存在しているキャラクターなら、この世界がゲームの法則を取り入れたことに違和感はないだろう。だが、突然世界が改変されれば混乱に陥ると思われる異世界の住人。
「アカ君。設定でこの世界は女神が作り出した世界。そして、前の世界は滅んだのよ」
「……まさか、過去のデータから、……一から世界をやり直した?」
「少なくとも、そう言った歴史をNPCたちに刷り込みを入れられたのは、間違いないとお姉ちゃんは考えているの」
「……誰に」
「地球の住人を呼び出そうとした召喚士。もっと言えばその術の失敗によってこの世界が上書きされた。お姉ちゃんはこの現象を『ワールド・オーバーライド』って仮定したの」
そこでクスフィーはお茶に口を付け、一拍を置く。
「まぁ、この話はあくまで仮説。お姉ちゃんやアカ君の顔をしていたり、妙に地球の技術を模倣しているのはそのせいね。もしかしたら魂の情報……血の繋がりから私たちが呼び出されたのかもしれないけどね」
しかし、仮説とは言え1か月半程度の期間で、この世界の状況を理解するのに何人が辿り着ける? 少なくともアカザは違和感を覚えただけで、それ以上調べられなかった。
「それに召喚しようとした対象はお姉ちゃんやアカ君、もしくは他の人なのかも分からないし、どんな失敗をして『ワールド・オーバーライド』が起こったのかも謎。だから、アカ君に協力してほしいの」
「……この世界の状況、情報を集めることに?」
「ううん」
と首を振り、手を組んでかわいらしく顎を乗せる。
「世界征服」
彼女に邪な笑みはなく、全ての男が虜になってしまう蠱惑的な笑顔でそう持ち掛けた。
「……は?」
しばしの間、思考を停止したアカザは目の前の人物を凝視する。
「……何で世界征服?」
「別に世界統治でも、統一でもいいの。日本じゃ出来ないこと、もっと言えば世界を変えることをしたいの。その過程で殺人とか戦争とか、もっと言ったらもう一度『ワールド・オーバーライド』が起きるかもしれないけど」
クスフィーの雰囲気に全くの邪悪がないのに、とんでもない発言をしていることに体を震わすアカザ。
そして、悟る。
姉は本気でそうする。狂言でも虚言でもない。
幼い頃から彼女の才覚を理解し、嫉妬し、茫然とするしかなく諦めたアカザ。その彼女を見ていたアカザだから分かる。彼女は、権力が欲しい訳ではない。狂っている訳でもない。
「あんたは、この世界がつまらないのか?」
「つまらないって訳じゃないよ。ただ、ここには法律がないじゃない。縛られることは無いの。だったら、沢山やってしまいましょう。そのついでに情報収集できれば効率的じゃない? 世界征服すれば色々なこと丸分かりでしょ?」
ただの興味心。
世界を管理しなければならないという使命感でも、支配欲に駆られた訳でもなく、遊びで世界征服をしようとする。
「ヴィクターのようなことをしろって? 他人のスキルを奪って、それで愉悦に浸れって言ってるのか? 冗談じゃない。シャム、隣の彼女だってそいつの仕業で記憶がないのかもしれないんだぞ」
「……ああ、あの男。独断で馬鹿なことやったから追放したの。アカ君にそんなことをしろだなって言う気はないし、そんなことして欲しくない。ただ、心強い味方が欲しいの。それじゃダメ?」
「……隣の英雄、ジークフリートにでも頼めば?」
テーブルの隣に彫像のように立っている戦士。かの有名な竜殺しであり、竜の血を浴び鋼を超えた防御力を持つ王子。そんな人物が居ればアカザのような愚弟など、姉にとってはどうでもいいと思うのだ。
だが、頑なにアカザを自分の懐に抱きこもうとするクスフィー。
「それに姉さんがやることにも興味がない」
もしかしたらアカザも世界征服する側だったかもしれない。余程この世界がつまらなければ、気に入らなければこの世界を壊してしまいたい衝動に駆られただろう。
だが、この世界はまだアカザに知らないことが多い。
それをアカザは見たい。
故に姉の申し出を断ったアカザ。
「遊び方は様々なんだ。俺は俺のやり方でこの世界を遊ぶよ」
「……そうなんだ。ふーん」
アカザの意見に、唇を尖らせそっけない表情を見せるクスフィー。
「ダメ」
と、アカザの意見を小悪魔のような笑みで拒否した。だが、目は笑っておらず、据わった目でアカザを射抜く。
「アカ君。お姉ちゃんはこれでも心配しているんだよ。私の庇護下なら助力できるし、危険なことから遠ざかる事も出来るの。華奢なアカ君を心配する姉の気持ちも理解してね」
「そんなこと」
「元の世界のアカ君を知っているお姉ちゃんからしたら、モンスターでなくとも非道な人間が居るこの世界。アカ君が奴隷になる事なんて避けたし、酷い目に合って欲しくない。お姉ちゃんなら過ごしやすい部屋だって用意できるし、アカ君がこの世界で元気に生きていくなんて無理。ましてや笑顔を作る事も不可能」
アカザの反論を遮り、断言する。
確かに地球のアカザを知っている彼女からすれば、弱者なのだろう。
「だけど、この世界じゃ俺だって強い」
「ステータスやスキルだけ。もっと言えば精神なんて鍛えようがないじゃない。それにステータスでも英雄やレイドボスには負けてるでしょ?」
「……だとしても、姉さんに束縛なんてされたくない」
「じゃあ、教えてあげる。この世界じゃ、この世界でもアカ君は何もしなくていいってこと」
クスフィーが席を立ち、それと同時にメイドはササッと中庭を離れていき、戦士は成り行きを見るようにして壁に寄り掛かる。
一拍の間の後、クスフィーの手には人形劇で使うような十字の手板、【インヴィシブルハンド・コントローラー】呼ばれるアイテムと、【怪盗ピエロ《ジョーカーショウ》】マリオネットが現れる。
30㎝の道化師の人形はアカザを笑い見下すような、卑しい笑みを浮かべ気に障る。アカザの記憶では、確か敵愾心を自身に向ける能力があった装備。だからか、注目してしまう。
「この世界はゲームなんだから、PVPで、アカ君が得意なゲームで分からせてあげる」
彼女の目が語る。
お前は何もしなくていいと。
無力なお前は、さっさと諦めろと。
その目を見た時、【怪盗ピエロ《ジョーカーショウ》】の能力など比較にならないくらい、激怒する。
「……ふざけるな」
全てを上に行く完璧な姉。
確かに彼女に縋るのが最善の方法。
だけど、そんな選択肢は選びたくない。
自分の力で未来を切り開けるとは思っていないアカザだが、姉に縋ってしまえば頼ってしまえばちっぽけで惨めな自分ですらいられなくなる。
ただの彼女の駒となり下がる。もしくは腰巾着か金魚の糞。
椅子から立ち上がり、アカザも【膝丸《薄緑》】と【小鴉丸《八咫烏》】を手に握り抜刀。
「ふざけるなっ!」
ゲーム廃人の矜持が傷つけられたからか、それとも彼女の言葉を否定したいからなのか、ともかく全身全霊で姉を倒すことを決めた。




