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トゥルーはあのまま、ランク1のクエストを受け【エチゴ】周辺に生えている【薬草】を採取しに向かうので、先に別れた。
アカザとシャムは【スカンヴィナ】に行く準備をしていた。
あちらで拘束されたことも考え、【カバン】の中にトラップを解除するための【盗賊の七つ道具】。逃亡のための行動速度を上げる【妖精の風羽根】。各薬品などを作成するための素材を店で買い取った。
買い物を済ませ一旦、今の居候先である【常春】で装備の耐久度回復などを済ませる。
「で、問題だがシャム、お前をどうやって【スカンヴィナ】まで送る?」
「……【巡航の羽根】、使用?」
「まぁ、そうだよな」
【大陸移動】は30分の【クールタイム】があり、【巡航の羽根】を作る為にはアカザの【マナ】を全てつぎ込まなければならない。また使用の際戦闘中や戦闘終了から何秒間使えない。
素材となる【不死鳥の尾羽根】は死亡したプレイヤーを復活させるアイテムであり、価格は1万キャッシュ。そして、【マナ】が0になるまで注ぎ込んでできる【巡航の羽根】の売却価格は500キャッシュ程度。
そんな理由は課金サービスで配られるアイテムが【巡航の羽根】だからだ。一週間の期限付きで決まった曜日に1個配られる【巡航の羽根】。わざわざ作る必要がない。
そして、配られる【巡航の羽根】は作成したアバター1人1人に配られるため、銀行の宅配で多数回収することができる。
その事を知っているから、アカザは【巡航の羽根】の製作に渋ってしまう。
悶々と考え、それが一番手っ取り早く【スカンヴィナ】に行ける方法だと仕方なく納得した。
「はぁ、【農場】でアイテム作成してくるから、ここで待っていてくれ」
【巡航の羽根】は錬金術で製作するアイテム。他にも買った素材アイテムを使い製作するアイテムが在る為、【農場】にあるアイテム製作の施設が集まっている区画に向かう。
【農場】に転移したアカザ。畑で作物を栽培している【常春】の従業員たちが手振ったので軽く会釈して、野晒しになっているアイテム製作の施設に向かう。
オブジェでは紫色の液体が入ったビーカーや試験管が並んだスタンド、火の付いていないアルコールランプ、その上にある底が球体状のフラスコ、調合本が置かれている。何より特徴的なのは魔法陣が描かれた作業台。
それが、【錬成テーブル】と呼ばれる錬金術アイテム製作の施設。
そこで【スキルウィンドウ】を操作し、出て来た【製作ウィンドウ】に必要なアイテム【不死鳥の尾羽根】を入れる。そして、【製作】のボタンを指で押した途端、魔法陣の中央に【不死鳥の尾羽根】が突然現れ、それに向かって両手を翳し始めてしまう体。
頭が風邪をひいて高熱になったようにだるくなってしまい、凄まじい速度で【マナ】が行かれているのが分かる。立っていることすら辛い。
それでも体は微動せず、【不死鳥の羽根】に【マナ】を注ぎ続け【巡航の羽根】を製作した。
「うぁ」
そして、製作し終えたとき、先程まで体を支えていた製作時のエモーションが切れ、テーブルに手を付いて体を支える。
現在【マナ】は0だが、前回とは違い頭がボーとするものの意識を失わず保っている。急いで【インベントリウィンドウ】から【マナポーション100】を飲んで失った【マナ】を回復する。
「はぁ~。きつい」
多少マシになった頭のだるさだが、それでも体はふらついてしまう。体の熱を逃がすように息を深く吐く。無理に立つ気もないので、地面に座って【マナポーション】をもう一度飲み始める。
それと同時にアビリティスキル【クリアマインド】を発動させ、【マナ】の回復速度を高める。アカザの体から心が落ち着くような爽やかな水色の光が一瞬溢れ、包み込む。
「……一々これだと辛いな」
【マナ】を0になるまで使用するスキルやアイテム作成には、想像していた通り今後骨が折れることに気が滅入る。
「アカザ様、大丈夫ですか?」
突然顔色が悪くなり、地面に座ったアカザを心配して、畑で作業中だったヤマブキが声を掛けて来る。
「あー、うん。大丈夫。時間が経てば元に戻る。もしくは【マナポーション】飲んでれば治る」
今飲んでいるのは高性能の【マナボーション】ではなく、店売りしていた【マナポーション】なので回復量は低い。さらに言えば口の中にミントの苦みのような味が広り、不味い。アカザはアイスやガムのミント味があまり好きではない。だが、その不味さが逆に意識を保たせる。
「そうですか。口移しして上げた方がよろしいでしょうか?」
「……なんでそうなる訳?」
「いえ、男の人はそうして上げた方が喜ぶので」
「そう言うことトゥルーには教えるなよ」
本当に口移しをするつもりだったのか、ヤマブキが耳に掛かった髪を上品に掻き上げる動作は、アカザの心をグッと掴む。これをトゥルーにされようものなら、アカザは理性を保っていられる気がしない。
「真似されると困るのですか?」
「はい、困ります」
アカザとトゥルーの関係が微笑ましいのか、くすくすと花が咲いたように笑顔を浮かべるヤマブキ。
「分かりました。口を滑らさないようにしておきます」
「どうせなら、他の人にも注意しておいて」
「それは……、補償いたしかねます。皆様、個性的な方ですから」
アカザから目を逸らしつつ、困った顔をしてしまうヤマブキ。
そのことに不安を抱いてしまうが、他に頼れるところと言えばナオトラぐらい。しかし、書類に追われる彼女に世話になり続ける訳にもいかず、アカザも遠慮した。
「あの、本当にトゥルーのこと頼みます。せめて幸せに過ごして欲しいんです。信頼できるのがヤマブキさんぐらいしかいない」
「そ、そんなこと言われると緊張してしまいますよ。ご期待に応えられるか分かりませんが、頑張ってみます」
【クリアマインド】の効果で【マナ】がある程度回復してきたのか、頭が冴えて来た。他にもアイテムを製作しなければならないので、その場を後にする。
あれからアカザが買った素材アイテムが、全て製作に使い終えた時にはもう夕暮れ時になっており、【農場】の空は赤く染められている。
「どうにか終わった」
正直、疲れた。
アイテムの製作を始めると勝手に体が動き出してしまい、まるで操り人形のような感覚を味わう。そして、様々な生産スキルを使用し、アイテムを製作するには【スタミナ】を消費していく。【錬金術】や【ウィッチクラフト】などは【マナ】も消費する。
そして、疲労を感じてはポーションを飲んで無理矢理回復。眠気をコーヒーで覚ませているようなものである。一時的に体のだるさや疲労から回復したように見えても、精神的な疲労は回復しない。
どうせなら【マナ】は一般的なゲームで言うMP、もしくは精神力なので精神的疲労も一緒に回復してほしいと思う。が、マナという言葉は神秘的な力の源の為、神秘の力が補給されるだけなのだ。【マナポーション】を飲んでもアカザの精神は全くと言っていいほど癒されない。
「……ままならない」
仮想でも現実。
やる事もなくなり、【農場】から出て戻ることにした。
【農場】に移動した時の地点【常春】に戻るアカザ。
「……むしゃ、帰還、むしゃむしゃ、準備、ぱくっ、完了?」
「せめて咀嚼音は消せ」
アカザを迎えたシャムは夕食を食べながらアカザに話しかける。行儀をアカザが言える義理ではないが、やめてほしい。幸いなことにシャムは勢いよく喋る方ではないので、唾や口に入った物は跳び出ていない。
「アカザさん! トゥルー、もうLV2に上がったよ!」
「そう……か。おめでとう」
正直、冒険者LVが1上がった程度なら大したことない。10分もあればLV1からLV2になることは誰でも出来る。だが、アカザがやっていた【フォークロア】と言うゲームではない。アカザがアイテム製作で疲れたように、トゥルーも苦労したのかもしれない。
「食べ物の配達とか、壁の修理とかもしたよ!」
「……それ、ここの仕事じゃね?」
「うん。住まわせてもらうんだし、トゥルーから手伝ったの」
「ええ。本当によくトゥルーちゃんは働いてくれるんです」
愛想を振りまくという訳ではなく、単純に性格なのだろう。愛嬌が良く、親切で心が広い。だからなのか、この環境にも慣れ親しんでいる。
「そう言えば、あの【農場】にある温泉は使ってもいいかい? 目の前にあって入れないというのは拷問だよ」
「嫌だ。仕切りすらないんだぞ。自分で作るか、整えてからなら許可してやる」
クゥカは【農場】にある施設。浸かることで【生命力】【マナ】【スタミナ】を徐々に回復させる温泉【究療秘泉】。
これがあるならば、本来【巡航の羽根】作成時に浸かればいいのだが、あの場には【常春】の従業員たちが居た。服を脱いで裸体を人目にさらされる勇気はアカザにはない。ゲームなら服を着たまま入れたが、絶対に濡れるので乾かす手間が掛かる。
さらに言えば、女性が入っている所に運悪く遭遇したくない。
なので、従業員たちにも使用許可は出しておらず、アカザも現在利用していない。
「ええ~。なら作ってくれよ。なんならおねぇさんの胸を見せてあ・げ・る」
「……知るか駄猫」
白々しくクゥカがサラシをずらし、胸を強調してくるも冷静を装い突き放す。しかし、悲しきかな。男の性質を無視するには、クゥカの胸は大きく視線をずらすのが遅れた。
「交渉の余地あり」
「……ない」
「あるね。男は全員大きな胸には抗えない!」
「ちくしょう! 俺の純情を弄びやがって!」
認めよう。アカザも男だ。そういうことに興味がない訳ではない。だが、色気で誘導するなど、男であるアカザにどうすればいいというのか。
しかし、問題は近くにトゥルーも居た。そして、クゥカの発した大きな胸発言。
「……胸の大きい……抗えない……アカザさんが取られちゃう……?」
ペタペタと自分の手で胸を触るトゥルーだが、そこは小さな膨らみがあることしか感じとれず、周りに居る彼女たちの大多数には谷間にはある。そのような中で顔を手で隠しながらも、指には小さな隙間があったアカザを見て呆然としていた。
「大丈夫よ」
「大丈夫ですよ」
その時、トゥルーの背丈に近く胸もそれほど膨らんでいるとは言い難い遊女と料理番であるコマチが励ます。
「私たちにも需要はあるわ!」
「今はまだ小さいですけど! これから大きくなるんです! 絶対!」
必死さと言うか、涙ぐましいと言うか、気迫が凄まじい二人。それに感染したのかトゥルーも落ち込んでいた心を復活させる。
「そう……だよね。これからだよ! 見返す可能性だってあるんだ!」
その光景を見てヤマブキは、少なくともトゥルーは不幸せではないだろうと思った。
「健全ではありませんけど……」
ポツリと呟いたヤマブキだが、その言葉は喧騒に紛れ誰にも聞こえなかった。
「……入るにしても、タオルは巻けよ」
「何でだよ。何も着けずに風呂に入るのが礼儀だろ」
「何の礼儀だ」
「湯船にタオルは付けてはならない、風呂の中で体を洗ってはいけない、入る前に体を洗うだろ?」
「確かに銭湯での常識だけど! せめて水着ぐらい身に着けてくれませんかね!?」
「そんなこと言って本当は見たいんだろ?」
「建前っていうのを分かれ! この痴猫が!」
「建前って言うことは本当は見たいんだろ! このむっつりスケベ!」
「悪かったなぁ! くそったれ!」
やはり女性だからか温泉には入りたいらしく、彼女たちの視線はアカザとクゥカに集まっている。女性たちの比率が圧倒的な差にアウェイ感が凄まじい。もう居た堪れなくなってきたアカザ。
「……クゥカさん。それだとアカザ様に許可していただけませんよ」
「え!? なんで!? 女性の肌が、柔肌が、裸体が見れるんだよ!? 男なら喜ぶだろ!?」
「アカザ様は紳士ですから、そんな欲望丸出しの行為は受け付けません」
「……つまり幼女好きなのか。トゥルーといつも一緒だし」
その一言でアカザの堪忍袋の緒が切れ、決意を決めた。
「よし、クゥカ。てめぇ以外は【農場】の温泉使っていいや」
「え。ちょっ、いや、ま、待って、待ってくださいアカザ様」
「待たない」
先程とは打って変わって狼狽し始めるクゥカだが、断固としてアカザは決意を変えない。
「すいませんでしたぁあああ!」
「謝ったって許さない」
虚空に浮かべた【ウィンドウ】を指で操作し、次々と【究療秘泉】の使用許可を決済していくが、決してクゥカの名前にはその指は触れない。
「本当にすいませんでした。反省しております」
「……」
クゥカは土下座をするものの、全く動じないアカザ。その手は次々と使用許可を出し、クゥカに視線すら向けていない。逆に他の従業員たちはクゥカに感謝の気持ちを言う。
「クゥカ、あんたの犠牲は忘れないわ」
「私たちは貴方の為にも、振り返らずにあの温泉に行く」
「見捨てる気だろ!? ねぇ、口元が笑っているんだけど!?」
「「じゃあ、堪能してくるわ!」」
「くそったれぇ!」
女の友情も儚しか。呆気なく銭湯に使うタオルと小さな桶を持って【農場】へと続々と移動する従業員たち。
そして、クゥカを除く【常春】の従業員に使用許可を出し終え、アカザは明日の為に早めに寝ようとする。
「あ、アカザさん」
「ん? どうしたトゥルー。お前も浸かってくればいいぞ」
「そ、そうじゃなくてクゥカさんにも浸からせて上げ、て?」
気まずそうに言うトゥルーだが、アカザはわざとらしく首を傾げる。
「何を言っているんだトゥルー。猫は風呂に入らなくてもいいんだ」
「え、でも……」
「それに風呂に入らなくたって死ぬ訳じゃない」
「で、でも仲間外れは……その、寂しいし」
「……」
仲間外れの寂しさはアカザも知っている。だが、トゥルーに言われてクゥカに許可を出すのも気が引けてしまう。どうすればいいのかアカザは考えだす。
「……温泉の仕切りを作って、確認を取れたら入ってもいい。監督は……ヤマブキとサツキ、コマチの許可を取って、トゥルーの【フレンドリスト】から経由して使用許可を出すことにする」
「……3人の内1人でも許可が出ればいいんだな?」
「全員に決まってるだろ。いっそ従業員全員の許可を取るに変えてもいいぞ」
特に料理番で、まじめに仕事を取り組むしっかり者のコマチの許可を取るのは、大変になること間違いないと思われる。
「3人の許可を取らせて貰う方向でやらせて頂きます!」
果たしてクゥカに許可が取れる日は来るのか。まずは材料集めからしなければならない。さらに【木工】スキルや【ハンデクラフト】スキル、DEXがあまり高くないクゥカ。仕切りを作るのに苦労するのは目に見えていた。
「頑張れよ」
アカザは暗い笑顔でクゥカにエールを送った。
「……嗜虐的」
「シャムさん。明日から大丈夫?」
「……努力」
明日からはアカザと二人っきなことに不安を覚えたシャムであった。




