4-3
深夜、【エチゴ】の日本の城を再現しているようなギルドホールの天守閣で、イイナオトラは蝋燭に火を灯してまだ書類や決済表などを書いていた。
ここ最近は毎日残業。それでも、書類が無くなる気配がない。
しかし、仕事の疲労を感じさせない姿を保っている。
1日、2日で家が建つはずがなく、アカザの【農場】の凄まじい速度で育つ食料生産もギリギリ食い繋いでいる状況。
更には【キョウノミヤコ】の出来事。【スカンヴィナ】や【ドラシメナ】の状況。
やる事は多い。
「……ふー」
思わず漏れる長い息。
疲労の様子がうかがえなくても、何日も働けば疲労は溜まる。特に腰や肩が固くなってきた。いつもなら薙刀や竹刀を振って解消しているが、基本的に一区切り衝いてからしかしない。この終わりきなき仕事に一区切りと言う物があるかどうかは今のところ見えないが。
なので肩や腰の凝りは、長く息を吐き両腕を上に伸ばしすことで、心を切り替え仕事に再度取り組む。
だが、突然部屋の外から声を掛けられ意識がそちらに行く。
「ナオトラ様。トラマツ様、キキョウ様、他の方々もお戻りになりました。今は下の広間にて待ってもらっております」
「分かりました」
一区切りは、外からもたらされた。
どちらかと言えば厄介事のような気もしなくはないが。
「ようこそお越し頂きました。日皇様」
「う、うむ。大儀である」
階段から降りて来たナオトラは、日皇を見た時礼儀正しく頭を下げる。ただし、堅苦しい挨拶が苦手なのか、日皇は多少戸惑った表情を見せた。
アカザは何となくナオトラの顔を見た瞬間、前よりも老顔に皺が刻まれたような、深くなったような気がした。心なしか白髪も増えたように思える。
「……やつれた?」
「いえ、この程大したことではありません」
「お婆様、この様な夜更けに訪問した私たちが言うのもなんですが、お休みになられてください。連日お勤めなさっていると聞き及んでおります」
「お気遣い無用です。それよりもトラマツ。報告を」
トラマツが要領良く、分かりやすく【キョウノミヤコ】で起きたことを事細かに話す。と言ってもヴィクターとの戦闘は見ていないので、そこはアカザか、キキョウが話すことになってしまう。
口下手なアカザが話すよりも、キキョウの方が分かり易いと思いその辺を任せる。
そして、一通り話を聞き終わった後ナオトラは、アカザに聞いてくる。
「アカザ殿、【スカンヴィナ】に行くというのは本当ですか?」
「まぁ、威力偵察くらいはしておきたい」
「烏滸がましいとは思いますが、私目にも情報を提供していただけませんでしょうか? 無論謝礼は致します」
別段、今回は断る理由はない。むしろアカザ自身の為に行くのだ。
「アカザさん、トゥルーも一緒に―――」
「お前はここでお留守番だ」
「え」
アカザの一言でトゥルーが凍ってしまった。
「ちょっとあんた一緒に居てあげないの!?」
「ステータスがカンストしている奴が複数いる時点で、俺は守るようなことは出来ないんだが?」
「……それってトゥルーが―――」
足手纏い。それを言ってしまえばアカザが頷いてしまうような気がして、本当になってしまいそうで怖くて言えなかった。
「えっと……」
アカザもそれが分かってしまい、弁解や言葉を濁そうとしてもなんて言えばいいのか分からずに口籠ってしまう。
アカザとトゥルーには圧倒的な差がある。
こればかりはどうしようもない。
そもそもLV制ではない【フォークロア】ではパワーレベリングが出来ない。
出来るのは課金アイテムや【ペット】効果での短縮。
アカザがここまでのステータスになるのに10年。単純に2倍化するとして5年。
それを正攻法でたった1か月ちょっとでは、どうやっても実現できない。
「ともかく、お前は置いていくから」
「……もっと他に言葉ないの?」
ニートに何を期待しているのか、キキョウなジト目でアカザを見る。そのことに不愉快になったアカザ。
(お前だったらどう言うつもりだよ。足手纏い、力不足だってどうオブラートに言うつもりだよ)
思わずそう言いたいが、トゥルーに自分の思っていることが分かってしまう為、口を噤んだ。
「……私、同行」
「守れはしないからな」
「……自己、守護、可能」
どうやら付いて来る気は変わらないシャム。緑翠の瞳は爛々と輝き感情が見えている。自分が何者なのか知りたいと。
「アカザさん……、やっぱり一緒に行っちゃダメ?」
「……何で来たいのさ」
「それは……」
「俺には『あの方』って奴がやっていることが許せない、どうにか止めたいって思っている。シャムは自分の記憶のために行く。トゥルーには理由がないだろ? わざわざ危険に飛び込む必要がない」
よくよく考えてみればトゥルーが付いて行く理由はないはずなのだ。教育的にアウトだが遊郭【常春】のクゥカやサツキ、今ここに居るナオトラやキキョウが居る。居候という立場だが、人懐っこいものの性格は良く、人間関係は良く築けており、居心地が悪いという訳でもない。
「そうだけど、だけど、でも。トゥルーだって! 何かしたいの!」
「……じゃあ、【エチゴ】でやればいいんじゃないのか? 【エチゴ】だってまだ復興途中なんだからやる事一杯あるぞ」
「あ」
アカザの一言に気付いたのか、ハッとするトゥルーだが、その顔の表情は思いだしたというより、思い知らされたといった感じな顔。
「アカザさんの、馬鹿ぁああああ!」
突然、叫んで外に走っていってしまうトゥルー。
「……何なんだ?」
訳が分からず混乱するアカザをしり目に、言葉を投げつけて来るキキョウとシャム。
「最低」
「……鈍感」
「だったらお前らには分かるのかよ」
いきなり罵倒され、むすっとした表情になるアカザ。それでも、食って掛かるキキョウに口喧嘩になってしまう。
「あーもう、置いて行かれたくないことくらい分かんないの!?」
「分かってるよそのくらい! だけど仕方ないだろ!? こっちにだって余裕なんてないんだからな!」
「ヴィクターの時はあんなに余裕こいていたじゃない!」
「あん時は1人しかいなかっただろうが! 本拠地の【スカンヴィナ】にはヴィクターみたいなのが複数だろ!? ごり押しされればどうしようもねぇよ!」
「あんた戦闘ぐらいしか取柄がないでしょ! いつもみたいにぱっぱと片づければいいだけでしょうが!」
「そんなに簡単に出来るなら連れて行っているわ! 出来ないから連れて行けねぇんだろうが!」
流石にこの言い合いにはシャムやトラマツ、トキワなどが呆れ始めて来る。日皇はまだ子供のため二人の言い争いに体を強張れせていた。
「黙りなさい! 二人とも見苦しい」
ナオトラが一喝し、ギルドホールの大きな広場がしんっと鎮まる。耳が痛々しいほどの沈黙の後、ナオトラが言う。
「アカザ殿、今日はトゥルー殿と2人で話して結論を出してください。その後で私目から依頼を出すことにします。貴方があの子の保護者なのですからね」
「…………」
有無を言わせぬナオトラの眼力に、アカザは何も言えずにギルドホールから跳び出た。
「ひっく、うぅ」
涙を目に溜め、走る。
弱い自分が悔しくて、でも、泣いても何も変わらない。
いつも見ているアカザの背中はトゥルーには遠すぎて、追いつこうと思ってもすぐに離されてしまう。継ぎ接ぎの【レッドワイバーン】、【エチゴ】に来た鬼の集団、【キョウノミヤコ】で会っ牧師のヴィクター。トゥルーが戦えばどうなるか、すぐに「敗北」という答えが出て来る。
トゥルーでは逆立ちしても勝てない者たちに、アカザは勝利を重ねている。
五分五分でなくとも、せめて七分三分ならトゥルーだって何とかなる可能性が在る。だが、桁を超えて九百九十九分一分のような戦闘ばかり。
その度に戦闘の矢面に立つのはアカザ。
活躍に嫉妬している訳ではない。力に嫉妬している。
自分もあのように強くなりたい、と。
だけどそんなことを知られたら、こんな姿を見られたらそれこそ失望されてしまう。
目に留めていた涙がどうしても溢れてしまう為、手で目を拭う。その時、手が視界を隠してしまい、走って居る途中誰かとぶつかって尻もちをつしてしまうトゥルー。
「わっ!」
「きゃ!」
ぶつかってしまった女性、ヤマブキも同じように尻もちを付く。
「あれ、トゥルーちゃん、帰ってきてたんだね。アカザさんはどうしたの?」
「うっ」
ヤマブキの口からアカザの言葉を聞いたとき、トゥルーはもう目に涙を留めるのが不可能になってしまう。力のない自分が悔しくて、力になれない自分が情けなくて、付いていくことすら出来ない。
「うぁあ、ひっく。ぐっす、ふぇ」
「トゥルーちゃん!? そんなに痛かったの!?」
顔を崩ししゃっくり声を出し泣き出すトゥルーに慌ててしまうキキョウ。
「ち、ちがうの。アカザさんに捨てられるかもしれないって思うと、ぐっす」
「え!? ど、どういうこと?」
「アカザさん、シャムさんと一緒に【スカンヴィナ】行くんだけど、トゥルーは行けなくて、このまま遠くに行っちゃう気がして……」
話を聞いていると、トゥルーを捨てて他の女と逃避行するアカザが、ヤマブキの頭の中で再生している。
職業がら相手をしていた男が「愛している」だの「一緒に居よう」などと言って、他の女とどこかに行ったという話や経験は何度も味わっている。
だが、アカザが同じようなことをするとは到底思えなかった。何と言うかヘタレや童貞の気がしたのだが、認識を改める必要がある。
アカザは女の敵だ、と。
「許せねぇな」
「ええ、いつもそう。男だけで勝手に好き勝手やって、今まで尽くした奴を簡単に捨てる」
「誅罰が必要だねぇ」
「去勢しちゃう? ねぇ、去勢しちゃう?」
「あらあら。そんな男は玉を潰しすしかないわねぇ」
いつの間にか集まり出した【常春】の遊女たち。炊き出しや食料の配布、【農場】での栽培や収穫などを今までやっていて、帰りが遅いヤマブキを探しに来たのだ。
そして、見たのはアカザに捨てられると言って泣いているトゥルー。
彼女たちは置かれた境遇もさることながら、同じ女として見過ごせなかった。
笑っている彼女たちは皆それぞれ美人なのに、その笑顔には暗い影が差し込められ、もの恐ろしさを感じる雰囲気であった。
「くそ、どこに行ったんだ?」
トゥルーを見失ったアカザは周りを見渡すものの、トゥルーのような人影を見つけることができない。【索敵】スキルによる【地図】の表示は、人が居るのが分かっても人を特定することは難しい。何せ、千以上表示される中からトゥルーの名前を見つけ出せというのだ。監視カメラの映像室で画面が100以上あったとしても、同時に見分け即座に何かに気付ける者は少ないだろう。
「あー、くそ。これで二度目だぞっ」
【キョウノミヤコ】では焦りからか必死に探し、今は正直会いたくない。トゥルーに会ったところでなんて言えば納得するのか、言葉が見つかず黙り込んでしまうのが落ちだ。
年頃の、しかも異性の気持ちなどアカザには分からない。
そしてナオトラに言われた、保護者という一言が重くアカザの頭にのしかかる。
そんなに大きな子供を持つ歳じゃないとか、養子にした訳じゃないとかそういう事ではなく、子供を預かっている責任。
尚更危ないことをさせる訳にはいかないのに、トゥルーは分かってくれない。
一度立ち止まり、深い溜息を吐くと鉛のように足が重くなる。
「はぁ~。どうすりゃいいんだ」
「……トゥルー、居場所、存知」
そう言うと、すんすんと辺りの匂いを嗅ぎある場所に向かって歩き出すシャム。仕方なくアカザはシャムに付いていく。
そうして辿り着いたのは、遊郭【常春】。
どうせここにトゥルーを預けるつもりだったので、都合がいい。
だが、入口で従業員の遊女たちがトゥルーの壁となり守るようにして立っており、彼女たちの瞳はまるで親の仇を見るような目でアカザを見ている。
「この薄情者がぁ!」
「は?」
「そんなに新しい女が良いか! この穀潰し!」
「え?」
彼女たちの避難罵倒に、しどろもどろになってしまうトゥルー。
「み、みんな、違うよ。そうじゃなくてアカザさんに付いていけないことに、泣いていただけで……」
どうやらこの展開はトゥルーも望んでいなかったようで、制止したいが周りがヒートアップして止めるに止められなくなってしまった。
「だけど、お前が傷ついて泣いていたことには変わらねぇ。その辺の所はしっかり落とし前付けなきゃいけねぇんだよ」
「意味わかんねぇぞ、ちくしょう!」
「てめぇはもっと女心、それ以前に人として心を理解しろっていうんだよ! この甲斐性なし!」
「分かるか、くそったれ!」
「じゃあ、言ってやる! てめぇは一人で見捨てられて平気なのかよ!?」
「は? 大丈夫だろ」
アカザはクゥカの言葉が心底、何を言っているのか分からない。
だが、その言葉は彼女たちに驚きと苛立ちを募らせる。
「あんた心底最低だな!」
「見損なったよ!」
「……最低」
ここまで案内したシャムも彼女たちの味方になる始末。最早何が何だかわからず、どうしようもなくなってしまったアカザ。
その時、騒ぎを聞きつけた姉御、サツキが玄関の奥から出て来て怒鳴り付けて来る。
「あんたたち! いい加減にしないかい! これは2人の問題だよ。外野があれこれ騒いで話を大きくしてどうするんだい!」
「でも――」
口答えするよりも早く、サツキが指摘する。
「いいかい? 勘違いしているようだから言うけど、この子はあんたらにそう言うことを手伝ってほしいんじゃないよ。そのろくでなしに見捨てられたくないだけだよ。真面な親が居れば、見知らずのこいつにこんな良い子を預けるなんてことはしないだろうさ」
「あ」
そう、トゥルーは親に捨てられた。
ここまで言われれば鈍感で人の心が読めないアカザにもある程度分かる。
今度はアカザに捨てられるのではないのかと怖いのだ。
「……いや、数日お留守番するだけなんだが?」
「はぁ、それをこの子は恐れているんだよ。捨てられるんじゃないかってね」
それ以上アカザは何て言えば良いのか分からず、戸惑ってしまう。
アカザはトゥルーを見捨てる気などない。だからと言って【スカンヴィナ】に連れて行くのもどうかと思う。
「ともかく2人っきりにしてやんな。外野が横から口出しするんじゃ、纏まるものも纏まらないよ」
サツキに連れて来られたアカザとトゥルーは、一部屋で向かう合うようにして座っている。
「……なぁ、」
部屋に入った瞬間から続く沈黙に耐えかね、アカザはトゥルーに声を掛けるものの続く言葉がうまく出てこない。
「えっと……、なんで、……俺がお前を捨てるって話になっているんだ?」
「……トゥルーって役立たずだと思うから」
何と言うか、自虐すぎる言葉である。いつも天真爛漫なトゥルーから出てくる言葉とは思えない。
「別に役に立つからとか、立たないからとかで見捨てないから、えっと……」
これがイケメンならなんて言うのだろうか。そうでなくとも他人ならどういうのだろう。主人公補正がこれほどほしいと思った瞬間はない。アカザは積極的に話すような奴ではなく、こんな時どう励ませばいいのか分からすに困りっぱなしだ。
「い、一時的に離れるだけだから。すぐに会いに戻るし……いや、えっと」
しどろもどろ狼狽えていると、トゥルーがアカザに寄って、胸に寄りかかって来る。
突然の行動に赤面していたアカザだが、何故か目を逸らすことができず、真っ直ぐトゥルーの目を見ていた。
「ねぇ、抱きしめてもらてもいい?」
「えっと……」
戸惑ってしまうアカザ。
「嫌なの?」
「いいのか?」
「うん、アカザさんだからいいの」
服を着たまま小さな背に腕を回すアカザ。
細身の子供の体は、今のアカザでもすっぽりと収まるほど小さくなっていた。
「……待ってるからね」
「……うん」
その一言がとても重く、アカザの胸に突き刺さる。
離したくないように、トゥルーを抱きしめていた腕に僅かに力が籠った。




