3-11
大内裏の玉座は主にヴィクターのせいで、破壊されている。
床は火属性や雷属性、光属性の高熱によって黒く炭化し、極級魔法の連続発動によって壁は完全に破壊され、本来なら日皇が座るべき玉座は跡形もなくなっていた。
アカザはため息を吐きながらその光景を見渡す。
【今回の戦闘は余り、楽しめなかったか?】
「……戦闘にスリルがあるとかじゃなくて、ただ存在が許せないってだけだったからなぁ。それにあんまり強くなかったし」
【一方的な戦闘だったが?】
「無双っていうよりさ、調子乗った初心者を狩るようなPKKだぞ。なんていうか、嫌な作業を終えたみたいな感じだ」
【暗鬼鞘】に今回の戦闘は単なる作業、それもゴミ掃除のようなものだったと告げる。例えヴィクターというゴミを取り除いた所で、チート行為が消えたという訳ではない。無限増殖するカビのように、【ドラメシナ】や【スカンヴィナ】という都市規模で広がっている。
そのことにアカザがヴィクターを倒しても、チート行為が止まる訳でも解決した訳でもない。何とかしたいが何んとも出来ない無力感がアカザにまた、長いため息を吐かせる。
そんな時、後ろに居たトゥルーたちが、ヴィクターとの戦闘に巻き込まれないように距離を取っていたらしく、戦闘が終わった気配を察してか瓦礫の端からひょっこり顔を出した。
「お、終わった?」
先程の戦闘が凄まじかったからか、高慢な口調から年相応に震えた声を出す日皇。
「まぁ、逃げたけどな」
「どこに逃げたんかしら」
「【ドラメシナ】か【スカンヴィナ】か。もしくは『あの方』のところか」
ヴィクターが報復して来るとすれば、迎え撃つだけ。なのだが、流石にヴィクターと同じ限界値を突破出来るステータスと奪い取った数多のスキルを使用する人数が増えると、アカザでも対処が出来なくなってしまう。
「……こっちから攻めるか?」
「ちょっと待ちなさいよ! 都市相手に一人で領土戦するつもり!?」
「きついっちゃ、きついがな。相手はステータスとスキルが強みだが、装備ならその辺の民間人クラスの性能しかない。そこから活路を開くしかないんだがな」
「あんた馬鹿でしょ! それもとんでもなく!」
「器用に人生を謳歌できるなら、俺は廃人になっていないんだが」
アカザとしては相手が仕掛けて来る前に、制圧してしまおうと考えたのだが、都市を敵に回す発言にキキョウは動乱する。
「トゥルーも闇雲に軽々と都市に喧嘩吹っ掛けないで欲しよ」
「だったら、あの他人からスキルを奪うチート行為を見過ごすのか?」
「それは……どうすればいいんだろ?」
アカザは頑なに攻撃的な姿勢を崩さない。
無論、数の差というのはアカザも認識している。都市相手に決して状況を甘く見ている訳ではない。さらに言えば都市に居る全員が、ヴィクターと同じステータスである可能性も否定できない。
だが、チートを使ったヴィクターや『あの方』の行動に、我慢が出来ないのだ。
ヴィクターがやっていたことが悪いことで、アカザが言っていることも正しくはあるのだが、かと言って無駄に犠牲を増やしてほしくないトゥルー。もし目標を達成したとしても、【スカンヴィナ】の国民はアカザを非難される。
「トゥルーたちだけで考えても無理だよ。ナオトラおばあちゃんに報告してから決めよ」
トゥルーの提案に渋々、納得するアカザ。
「……はぁ。危なっかしいわねあんた」
今度は呆れだすキキョウ。
だがアカザには、そんなことはどうでもよく後はトラマツを回収して、【エチゴ】に戻るだけである。
「か、帰るのか?」
先程ヴィクターに傷つけられた所は、キキョウとトゥルーのスキルで完治していた。だが、味方が居なくなる恐怖で震えているのか、寂しさからか声が震えている。
「い、行かないでくれたもう。余には誰も信用できる者が」
「えー、俺お前の部下じゃねぇし」
「あんたねぇ! もうちょっと配慮ってものを持ちなさいよ!」
怯える子供に対しこの仕打ち。アカザの根性の曲がった返答にキキョウは叱り付けるように言う。目上の人という自覚がないのだろうか、社会人としてどうなんだ、という心境。
その心無い言葉に涙目になってしまう日皇。
「うぐ、ひっぐ」
「……めんどくせ、イギッ!?」
アカザの発言を食い止めるように、見かねたキキョウがアカザの頬にビンタをかまし、トゥルーは手で口を塞ぐ。
流石に今の言葉はアカザの中でも言い過ぎたと思っているのか、心の中で多少罪悪感を覚える。だが、子供が面倒なことには違いない。第一に関係ないのだ。たまたま現場に居合わせただけで責任を取れと言われても、どうしろというのか。何もしなかったらそれこそ非難されるだろうが、アカザは少なくとも敵を撃退に追い込んだ。
「俺もう十分働いただろ」
「サービス残業って素晴らしい言葉よね」
「ああ、素晴らしく最悪な言葉だ」
アカザがげんなりしていると、後ろから足音がする。
振り返ると名も知らない長い黒髪を後ろで束ねた獣人が、アカザたちを見ていた。
「……【スカンヴィナ】、同行求む」
「は?」
「……私の記憶、手掛かり、探す」
昨日は何も喋らなかったが、機械のように単語を繋げながら喋る獣人。
「ごめんなさい。まだ【スカンヴィナ】に行くかすら決めかねているのよ。だから、今すぐって訳じゃないの」
「……決定次第、同行、許可、求む」
どうしても彼女は自分の記憶を探したいらしい。
「行くことになったとしても、俺は連れて行く気もないし、付いて来ても守る気はない」
「ちょっと! 男なら女の子を守りなさいよ」
「そう言う固定概念って駄目だと思う。第一【スカンヴィナ】に他人を送ること自体、かなりの労力が掛かるんだが?」
いつものように突っかかってくるキキョウにアカザはげんなりする。
本当に【スカンヴィナ】が敵に回るとすれば、アカザでも余裕がない。
それに彼女を【スカンヴィナ】に送るとすれば、ヴィクターが使った【巡航の羽根】を手に入れなければならない。あれは【大陸移動】のスキルがある為に余程のことがなければ使わず、【クールタイム】の30分間ぐらいにしか使いどころがない。
そんなんだから露店でも見掛けないほどに、流布しなくなったアイテム。
生産するにしても、コストが【生命力】がなくなったプレイヤーを復活させる【不死鳥の尾羽根】と【マナ】全部をつぎ込んまなければならず、面倒である。ゲームならば何も問題はないが、キャラクターの感覚がプレイヤーに伝わるこの世界では、【マナ】不足に陥って昏睡してしまうこと間違いない。
「護衛、必要なし、同行、許可求む」
「だから」
「連行、要請」
頑なに自分を連れて行ってくれと頼む獣人。いい加減にしてほしいアカザは嘆息を漏らし、イライラし始める。
「だったら、依頼ってことにしよ? それならアカザさんも納得するでしょ?」
「よ、余の護衛、も、頼めるか?」
トゥルーの発言に日皇が食いつく。アカザとしてはもう働きたくない。
なので、突っぱねることにする。
「ちょっと待て。俺にだって受諾する、しないの権利くらいあるぞ!?」
「そうだね。アカザさんはもう、キキョウさんたちを【キョウノミヤコ】に連れて行って【エチゴ】まで帰ってこなくちゃいけないよね」
「そうだ! 確かにまだ依頼は継続しているから他の依頼なんて――」
「だけどいつまでに帰ってこなくちゃいけないとか、寄り道しちゃだめだとか依頼にはないよね? だったらキキョウさんとトラマツさんの護衛だから、依頼の期間中はお願い事とか聞かなくちゃいけないんだよね? ね?」
「え、ちょっと待って」
トゥルーの指摘に戸惑うアカザ。確かに護衛対象の意見は極力聞かなければならないのだろう。
「そうね、どちらにしろ休息は必要でしょう? あんたさっきの戦いで疲れたでしょう? だから何日かはここに泊まって休息するべきよ。それに依頼期間中に依頼をほっぽり出す気じゃないでしょうね?」
「……え」
ここで選択肢を間違えれば、依頼報酬がパーになってしまい、アイテムを高く売る環境も、ナオトラと言う協力者の信頼もなくなってしまう。
そのことを認識したアカザは、仕方なく日皇の護衛に就くことにした。
「……ちくしょう」
そこにはサービス残業を嫌でもしなければならない若者の心が現れていた。
一方、【スカンヴィナ】に帰還したヴィクターは、急いで『あの方』の元へと向かう。
宮殿の重々しい扉を開け、その玉座に佇む女王。
「申し上げ、がぶっ!?」
「黙りなさい。役立たず」
玉座に入った途端、銀に光る鋭利なナイフがヴィクターの喉を貫く。
【手加減】によって一命を取り留めているものの、ヴィクターの喉はナイフで貫かれ、縫い止められ声を出すことが出来ない。喉が詰まったような圧迫感と嘔吐感がする。
だが、そんなことしなくても玉座に座る『あの方』が無意識に放つ威圧感が、玉座に居る者に当てられ委縮するか、口を噤んだだろう。
怒気や殺気、威圧などの雰囲気では、女王が発している抑圧感を現わせられない。
強いて言うなら、失望。
自身が設定した機会が全くの成果を発揮しなかったことに対する、苛立ちと不快感。
だが、自身を押しつぶしてしまいそうなプレッシャーを肌で感じる。
そのことが嬉しく、自身に意識が向けられていることにヴィクターは思わず頬を緩ませる。喉にナイフが突き刺さっていることの痛みすら忘れて。
「私、日皇のスキルを取れなんて命令したのかしら?」
たった一言言葉を掛けてくれるだけでも嬉しい。そして、喋ろうとしても喉が動かせないので体で謝罪を表現しようとしても、次々と飛んでくるナイフに体を縫い止められる。
「それに私使うなって言わなかった? まぁ使ったらどんなことが起きるか、検証が必要だったからそれが分かったのはいいけど。他の宣教師たちのステータスが一気に下がって活動すらできなかったわ。そのせいでこの世界の把握に無駄な時間が掛かったのか分かっているの?」
反論する者はないので、美しい女王は凛として言葉を連ねる。
ヴィクターもわざわざナイフで喉を掻き切られなくても、お叱りになられるのならば黙って従う事にしようと決めていた。例え何度殺されても、苦痛を与えられたとしても、愚かな自分がしたことなのだからと納得できる。
「貴方が報告してきたとき、私はメモに書いたはずよ? あの子から離れて居なさいって。それなのに何でその場に留まったのかしら。ああ、力を手に入れて浮かれていたの?」
違うと否定したい。
確かに命令違反ではあったが、彼女に日皇の予知の力を捧げたかっただけなのだ。
そうすればもっとこの世界は救われると―――。
「貴方の考えなんてどうでもいいわ」
ヴィクターの心が見えているのか、忠誠を尽くす相手を無慈悲に切り捨てる。
「頭が悪くて、働き者なんて使えないわ。ここから消えなさい」
そう言うと端に控えていた騎士が剣を抜き、ヴィクターに止めを刺す。
彼が白い灰になった後、女王は足を組み直し、思考に耽る。もう先程手を下したNPCの男のことなんぞ覚えてはいない。
「あの子はここに向かって来るでしょうから、歓迎しなくちゃいけないわね」
まるで久しぶりに会うように、彼女は唇を緩めた。




