3-4
「アカザさん、どうしたの?」
「……茶番に付き合う気がないだけだ」
「茶番?」
玉座を出た所でアカザは先程のやり取りが茶番だと断じた。だが、トゥルーには何が何だか分からない。
「理由は2つ。日皇があそこに居ないこと。軍事的内容を第三者に漏らすはずがないこと」
「え!?」
まるで、日皇に会ったことがあるように断言したことにトゥルーは驚く。実際にアカザは、ゲーム時代に日皇が10代半ばで少年と呼ばれる年頃であることを知っている。ナオトラやキキョウに年齢や顔つきの変化がないように、日皇も恐らくではあるが年齢や容姿は変わっていないだろう。それに決定的に【索敵】スキルによって地図に表示される名前は日皇ではない。
「じゃ、じゃあ、本物の日皇さんは?」
「寝てるんじゃねぇ?」
それこそどうでもいいらしくアカザは言う。
ゲーム時代にも日皇はあそこに居ない。
確か奥で箱入り娘のように育てられていたはず。男の子なので箱入り息子だ。
「キキョウさんたちに日皇さんを合わせなくていいの!?」
「目的は情報収集。別に日皇に会う必要はない」
そう言って外に出ていくアカザと雛のように付いて行くトゥルー。
「さっさと帰るか」
「まだ来て1時間も経ってないのに!?」
「別に観光に来たわけじゃないし」
「鑑賞も堪能もないクエストだったよ!」
トゥルーにとっては初めてのクエストなので、こんなにあっさりしてた冒険は認められないかもしれない。だが、アカザにとってクエストとは目的地まで行って、目的を達成し依頼者に報告するのがクエストである。
クエスト消化、と言うようにただこなすだけである。
「ここでやる事ないし」
「でも、【エチゴ】でやる事もないよね」
「…………」
「じゃあ、いいよね!」
アカザの沈黙を肯定と受け取ったトゥルーは、満面の笑みを浮かべた。アカザも尤もな事を言われて反論できず、力なくため息を吐いた。
「……はぁ」
「アカザさん! こっちから良い匂いがする!」
「みたらし団子だな。値段はこの世界の方が安いのか……?」
朱雀大路に戻り始めたアカザたちは、道の端からの匂いに引きつられていく。
屋台で団子を焼いた匂いに釣られてやってきたトゥルーは、クンクンと可愛らしい鼻で匂いを堪能している。
一方アカザはみたらし団子の値段が1本200キャッシュだが、みたらし団子はパッケージ品の機械製造しか知らないので、手数料にどのくらい掛かっているのか知らない。なので、詐欺ではないかと頭を捻ってしまっていた。
「へいらっしゃい! で、食うかい?」
そんな二人に営業スマイルで問い掛けて来た店員。気のいいお兄さん風に爽やかでありながら元気に販売催促を仕掛けて来た。
「食べる!」
「毎度あり!」
と、トゥルーが返答してしまったので買わざるを得ない。返品や断る返事をアカザが言う前にトゥルーは受け取った。アカザが止める暇もなく、先端の丸い団子を口に入れてしまう。流石にこれを返品します、と言える豪胆さをアカザは持ち合わせていない。
「おいしー!」
トゥルーの言動で、粗悪品と言って返す訳にもいかない。
本当に食べたことがないトゥルーは嬉々して、今にも踊り出しそうであった。そんな無邪気に喜ぶトゥルーを横目に、仕方なしにアカザが200キャッシュ払う。
「あのな、トゥルー。エルフの里じゃどうしていたか知らんが、ここでは物を買うのにキャッシュが必要なの分かってんのか?」
「ん? でも、クゥカさんが「男に奢らせるのは女の特権」って言ってた。トゥルーの場合はアカザさんだって」
「あのくそ猫が!」
なんてことを教えているのだとアカザは憤慨し、きっと今までも男を騙してきたのだろう金髪の獣人に恨み言を吐き捨てた。
「……その、ごめんなさい。教えたのはクゥカさんだけど、やっちゃったのはトゥルーだから、そんなに怒らないで」
アカザが人を罵倒すると言う光景を見たのがショックだったのか、しょぼんと何時も真っ直ぐなトゥルーの眉がハの字になってしまう。それを見てしまったアカザは、バツが悪そうに何とか元の顔に戻らないかと躊躇いながら声を出す。
「……別に。……ただ、次から気を付けろ」
「うん!」
先ほどのしょぼくれた顔が嘘のように笑顔を浮かべるトゥルー。意図してやっていたのではないだろうかと思ったアカザであった。
が、それを見ていた屋台の店員は奇妙な物を見る目でアカザたちを見ている。
「そっちの兄ちゃんは食わないのかい? 大抵人数分はみんな買っていくんだけど」
「……別にいい」
「これ、本当に美味しいよ」
そう催促されるが、アカザは別に食べたいと思わない。
なので早く食べてさっさと離れてくれと念じるが、トゥルーが読心術を使える訳がない。
「アカザさん! もう一つ頂戴!」
「はいはい」
あまり期待していなかったが、お腹が膨れれば流石に移動するだろうと考えアカザは店員に200キャッシュを払う。
「あいよ!」
そうして店員の手からみたらし団子を受け取ったトゥルーは、アカザに差し出す。
「一緒に食べよ!」
要らないと言ったはずなのにトゥルーが差し出してくるみたらし団子が、煩わしく思い始めた。
食べればいいんだろっと、ひったくるようにしてみたらし団子を奪いさっさと口にする。トゥルーが言うように美味しいと思うが、何か重い塊が喉の奥を通過していくような気がした。
「にいちゃん。あんまり子供に気を使わせるんじゃねぇ。いい歳してんだから」
そんな場違いな指摘をしてくる店員をしり目に、アカザは食べ歩きを始めた。その隣でトゥルーは手を繋ぎ同じように食べ歩く。決して行儀のいい行為ではないが、何となくその背中に兄妹のような近親感が出ていた。
「わっ、すごい! 池の中に建物があるよ!」
食べ歩きながら【キョウノミヤコ】を散策し始めたアカザたち。モデルが平安京と現実の京都なので、寺や神社が多く平安京でも現実でも在り得ない場所に立っていたり、設置物があったりする。
「……鹿苑寺のモデルなんだろうけどさ」
鏡のように綺麗な池の上に、金箔を塗られた寺が燦然と美しく立っている。幻想的な風景に目を輝かせる観光に来た女の子と、手入れが大変そうな建物だと場違いに思い始めた成年。
池の畔にあるのではなく、中央に立っているため、モデルとなった寺を修学旅行で見たことがある身としては、何となく疑問視してしまう作りである。
元がゲームの世界なのでデザイナーや製作者からすれば自由。何でもありと言えばありな世界に一々ツッコミを入れ出したらきりがないのだが、釈然としないアカザ。
「ろくおんじ? あの寺は【金閣寺】だよ?」
「まぁ、この世界だとそれが正しい呼び方なんだけどな」
それを間違った呼び方だと指摘するとしても、トゥルーはこの世界がゲームを元にした世界だという事を知らないので伝える手段がない。なので、早々に諦め【金閣寺】を眺めだしたアカザ。
「あそこで暮らしている人ってどんな人なんだろうね」
「お坊さんだろ」
「金色で光が反射するけど、眩しくないのかな」
「シラネ」
「どんな住み心地なんだろうね」
「……」
素っ気なく答えるアカザだったが、段々と返事する気がなくなっていく。
「……あ、飽きちゃった?」
「別に」
不安そうに声を出すトゥルーだが何の関心も持たず返事するアカザ。それを聞いてさらに顔を悲しくする。
「……楽しくない?」
「…………わかんね」
本当に分からなさそうにポツリと呟いた。独り言に近くトゥルーが聞き耳を立てなければ消えてしまいそうなほどに小さな声。
考え方を変えればデートになるかもしれない。普通の男なら幼い、歳が離れていることを除けばそれなりに楽しめると思われる状況だが、アカザにとっては気の重くなる行為である。
人と行動を合わせる事が嫌い。集団行動なんてしたくない。人付き合いが苦手。
そんな奴がいきなり気の利いた言い回しをするなどできない。
「あの建物よりも君の方がずっと綺麗だよ」と歯に衣着せた言葉でも吐き出せと言うのか。そもそもそんな言葉すら思いつかないアカザはどうすればいいか戸惑い、会話を放棄した。
「もうそろそろお昼だね」
「そうだな」
そんな気まずい2人は観光に来た客の休憩所になっている食堂に入る。入口近くには赤い和傘が立っており、赤い布を敷かれた長椅子がある。
「おこしやす。2人どすか。なら、手前ん席を使こうておくんなまし」
京都弁を話す店員に案内された席に座り、アカザは木札で書かれたメニューを見る。
蕎麦、うどん、ラーメン、湯豆腐、一銭洋食、団子、大福、金平糖。
アカザは食べたことのない一銭洋食を、トゥルーにとっては全てが存在の知らない料理なのでどれにしようか迷い考え抜いた結果うどんになった。
運ばれてくるのに人数が居るためか時間が掛かる。暇になってしまったトゥルーが声を掛けた。
「どんな料理なんだろ。アカザさんは食べたことある?」
「麺類にはお世話になったからな。素晴らしく完成された料理と言っていい。ただ、汁には注意しろ。跳ねるから机の周りが汚れる」
「麺類?」
「あれだ」
アカザが離れてうどんを啜っている男性を指さす。中々失礼な行為だが相手は背を向けているので気付いていない。
「ほへぇ」
と、トゥルーが見入っている間にうどんが来た。きつねうどんと明記されていなかったが油揚げが入っており、白露の色をした麺はつるつるしている。だが、今にも半開きの口元から涎が垂れているのに手を付けようとしない。
チラチラとアカザと目の前にあるうどんを交互に見ている。
「……麺が伸びるぞ」
「伸びる?」
「麺類は時間が経過すると不味い」
「で、でも、アカザさんの来てないよね」
「別に先に食べればいい」
何を躊躇しているのかトゥルーはまた数秒悩み、不味くなってしまうことが決め手になったのか食べることを決意する。
「いただきます!」
手の平を合わせた後、うどんを食べ始めた。始めて食べるためか啜ると言うよりも、箸で麺を掬い口元まで持っていく食べ方である。
茹で上げるのと焼く物の差か、まだ一銭洋食は来ない。
トゥルーが麺の半分ほどを食べ終えた時にやっと来た。
そして、アカザの手前に一銭洋食が置かれた時、喚き声が上がる。
「なんと!? 一銭洋食がもうないと申すか!」
「申し訳あらしまへん。在庫がなくなってしまい今日はようお出しできまへん」
何事かと声が上がった方向を見ると、小さな子供と付添人の女性が京都弁の従業員に講義していた。と言っても駄々をこねているのは子供だけ。
そして、その子供には見覚えがあるアカザ。
童顔の男の子で歳は10歳程度。話す言葉は変に偉そうに話して、少々生意気な餓鬼と言う印象を受ける。ただ、一般的な柄もない和服を着ているが、外で遊んでいる様子がなく全く汚れを感じない。
日皇のお忍び姿であった。
あまり関わりたくないなと思い、さっさと食べてここを出ようとする。
「あちらん方でベチャコどす」
ベチャコとは京都弁で最後と言う意味で、目線で従業員がアカザを示した。そのことを理解した日皇は少し唸った後、アカザに声を掛けた。
「そこの者! 余にその一銭洋食を差し出すがよい!」
「断る」
即答したアカザは焼かれた小麦の生地をバリッと齧り付く。
お好み焼きみたいなものだが、中にソースや卵、葱、こんにゃく、ちくわなどが入っており食べたことのない味を舌に広がらせる。バリバリと勢いよく平らげ、ゲフッとマナーなど知ったことかと言う風に噯気を出す。
だが、その食べる姿を見た日皇は涙目になって今にも泣きそうだった。
「ぬ、ぬぅぁあああ!」
とうとう泣き出した。
そして、アカザがさっさと食べ終える頃には、泣き声で宣告した。
「よ、余の命令を蔑ろにするとは、貴様は牢屋に100年の刑だ!」
「ヤダね」
立場を考えればそうすることも苦ではないのだろうが、今の格好ではただの子供の戯言にしか聞こえない。大体、運がなかっただけでこじ付けで牢獄行など誰だってごめんである。
周りの客も子供の戯言と聞き流していおり、相手にしない。
「ぬぅぅうう」
「若、他の店に行きましょう」
日皇の様子に呆れたのか、見かねたのか付添人の女性がはぐらかそうとする。
「し、しかし、余はここの一銭洋食が食べたかったんじゃ……」
しょぼくれて、その場に居座ってしまった日皇にため息を吐いてしまう付添人。
「……大変だな」
「……アカザさんも大人げないと思うけど」
中々に失礼ことを言うトゥルーだが、反論する気はなかった。
「失礼ですが貴方は?」
「トゥルー!」
「……アカザ」
付添人の女性が日皇を宥め、今は机の中央に大福が盛られている。
迷惑料と言う話だが、一番食べているのは日皇である。先ほどのしょぼくれた顔はどこかへと飛んで行き、今は大福のように頬が膨れている。
「ここで見かけない顔なのですが観光でしょうか? 最近は外のモンスターが活発になっているようですが」
「えっとね【エチゴ】から依頼で来たの」
「……冒険者の方ですか」
疑問に思いアカザとトゥルーを疑いの目で見る付添人。アカザは冒険者と呼べる体格ではなく、明らかに筋肉が足りていなさそうに見える。剣を持った所でまともに触れるか怪しい。例え魔法職専門の後衛だったとしても洗礼された雰囲気を持っていない。
トゥルーの方は日皇より少し年上とはいえ、まだ子供だ。身に付けている装備はかなり高性能という事が一目で分かるが、その装備で果敢に戦う様子がまるで想像できない。
どちらもモンスター退治や荒くれ者と一緒に戦うというイメージに結びつかない。
「失礼ですが依頼と言うのは?」
「えっとね、キキョウさんとトラマツさんをここまで送ってきたんだけど、情報収集するためにえっと、玉座まで行ったんだけど日皇さんは居なかったみたい。だから暇になっちゃっていろいろ見て回ってるの!」
日皇が居ないという所でいきなり付添人の目つきが険しくなる。
「なぜ居ないと?」
「アカザさんが日皇じゃないって」
「なぜです?」
目線をトゥルーからアカザに変える。
そんなアカザは大福を食べていたため即答することができない。じれったそうにアカザを睨みつける付添人。目を逸らしつつアカザは大福を胃に押し込めながら答える。
「そこのガキが日皇だろ」
「…………」
付添人は袖の下にある苦無を何時でも取り出す用意をする。警戒するのに越したことはない。
「……どうする気ですか?」
「どうもする気はないね」
ぶっきらぼうに言うアカザだが、嘘は言っていないように感じてしまった付添人。
第一彼らに日皇を誘拐することで利益がなさそうだ。そもそも、日皇の力を使うことなど不可能なはずだ。何より機密情報なので知らないだろうと付添人は思った。
「んむっぐ、ガキとは何だ! 余は日皇だぞ!」
「え、本当なの?」
余りにも想像とかけ離れていたためか、目の前の子供を日皇とは到底思えず首を捻るトゥルー。その行動を咎めたいのかさらに声を出す日皇。
「余の力が分からぬとは凡俗な奴らめ!」
「予言だろ」
プレイヤーならストーリー展開で知っていたことだったので、アカザは何気なく言ってしまった。
「…………え」
アカザの何気ない一言が当たっている事に余程驚いたのか、日皇と付添人が固まってしまった。そして、付添人は警戒を強め殺気立つ。
「……貴様は一体何者だ」
「アンタはどう思う?」
殺気立った声に、どう答えてもアカザは気にしない口ぶりで問い返した。だが、付添人には余り何を言っても反応が薄いことを察してか口黙る。
重々しい沈黙が食堂の1つの机に作り出され、何とかしようとトゥルーは声緒を張り上げた。
「だ、団子と金平糖を人数分お願いします!」
「おおきにどす」
従業員は何知らず顔で注文を取り付け奥へと去っていく。しかし、すぐに注文が来ることはなく、重々しい空気は停滞し続けた。
「ともかく、貴方には聞きたいことが山ほどあります。答えてくれなければ―――」
「【日没事件】に関わったから知ってるってだけなんだけど?」
【日没事件】
【ヤマト】と呼ばれる国を揺るがし、裏で暗躍した【禍津日神】が居たりする。それとモンスターの戦いにプレイヤーが参戦し、解決したというストーリー展開である。その展開に日皇の力が振るわれたので、アカザは知っていた。
だが、日皇の力が振るわれた時に居たのは目の前の人物だったかと疑問視し、納得できない顔をしている付添人。
アカザがストーリークエストをクリアーしたのは5年以上前であり、その間に何度も死んでいる。死んだことにより付添人の記憶が欠如しており、証言にならなかった。
「もう納得できないならこれ見れば?」
アカザが取り出した書類を確認する付添人。書類にはナオトラの印鑑による書類であり、少なくとも怪しい者ではないことに渋々納得した付添人。
「お待たせしたんや」
その時、トゥルーが注文した菓子が机に並ばれる。
先程まで手に付ける事がなかったが付添人も、金平糖の1欠片を指で摘まみ口に放り込んだ。




