3-3
翌朝。朝早くから動く料理番のコマチが小走りで駆けて来た。
「アカザさん。朝食ですよー」
その声でアカザは7時くらいに目が覚めたものの、2度寝を始め出す。
「……後3時間は寝かして」
アカザは未だ朝が弱い。
現代人からすればやる事がないときにさっさと寝られるここの住人が羨ましいが、徹夜など不規則な性格をしていたアカザにとってみれば早々と生活のリズムが変わることはない。変わらせる気もない。
22時に布団に入って寝ようとしても、4時間は寝付くことが出来ず悶々と布団の中で寝返りを打っている。人間の睡眠時間は6時間は必要。なので後3時間は寝ていてもOKと勝手に判断した。
だが、それを許さぬ者が居る。
「おっきろー!」
そんな掛け声とともに小さな体がアカザの布団の上に落ちて来る。それも腹の上に。
「おふっ」
アカザが凄まじいステータスを誇るから、悶絶する痛みはないものの突然の衝撃で呻く。
恨ましい目を向けるが、トゥルーはちょっと怒った顔で咎める。
「早く起きないとご飯が覚めちゃうよ!」
「後でいい、猫舌だから味噌汁とか熱いと飮めん」
ぷぅーと焼いた餅のように頬を含まらせるトゥルーだが、アカザはもぞもぞと布団を頭の上から被り徹底抗戦を始める。
何時もなら、強制的にアカザを起そうと躍起になるトゥルーだが、今日は少々違った。
「ふんっだ」
あっかんベーと可愛い小さな舌と目の下を抑え込む。本来失礼に当たる仕草だが、どちらかと言うと子供が拗ねた感じで下品ではない。むしろ可愛い。
だがアカザは布団を被っているので見えない。さらに言えば萌えない。
ともかくトゥルーを蔑ろにしたアカザは、トテトテと音が鳴る足音が遠ざかるのを聴き計って、カメが頭を出すように布団から出た。
「……味噌汁を俺の頭にぶちまけるために下に降りたんじゃないよな?」
「そんなことするはずがないじゃないですか」
誰もいないと思っていた所に、突然返事が返ってきたのでビクッと体が固まったアカザ。
「トゥルーちゃんが作ったんですよ。早く食べてください」
「……本当に猫舌だから」
「それに耐えて「美味しい」って言えるのが男の甲斐性です」
「知ってるか? 人間族は食ってすぐ寝ると牛になるんだ」
「二度寝すること前提にしないでください! ほら、起きなさい!」
コマチの布団を掴み朝の攻防は結局10分続いてアカザはもう完全に目が覚めてしまい出て来た。
「ふんっだ」
下に降りたアカザと顔を合わせたトゥルーはぷいと顔を逸らす。
「あ、なんかごめん」
「誠意が感じない!」
「と言われても、正直この体そんなに飯食わなくても生きていけるんだけど」
「じゃあ、必要最低限しか食べなきゃいいよ! 体が大きくならなくちゃいいよ!」
確かに最小限の食事は必要だろうが、それ以外は食べなくていいのだ。1日1食、食費は最低限、それでもお腹は膨れる、省エネ生活万歳。さらに言えばこれ以上身長が伸びることを望んでいない。そんな事を頭に思い浮かべるアカザ。
「それも在りか」
「あ、アカザさんのバカぁ!」
涙目になってしまうトゥルーは、ポカポカと腕をグルグル回しアカザに殴ってくる。だが悲しきかな、アカザにはノーダメージ。
さらにトゥルーを苛めているように見えるのか、遊女たちはアカザを軽蔑と呆れの半目で見た。
「分かったから、食べるから、許してくださいトゥルーさま」
流石に全方位からの視線による、無言集中攻撃に耐えられなくなったアカザはぺこぺこと子供に頭を下げへりくだった。
「許さないもん」
「分かった。お菓子作るから」
「ゆ、許さないもん」
懐柔の余地があると思い、さらに畳み掛ける。その時のアカザの顔は粘ついたようなニヒルな笑み。
「団子、饅頭、パイ、クッキー、ケーキさぁどれがいい? 全部と言う選択肢も用意するけど?」
「……ゆ、ゆゆゆ、許さないもんっ」
子供だからと餌で釣ろうとしたアカザであるが、動揺を誘うだけでなかなか相手は折れない。
「トゥルーも【キョウノミヤコ】に付いて行って欲しいっていうなら許してあげる」
「何で知ってんだ」
「サツキさんから聞いた」
アカザが何か言いたげな視線を向けるとサツキが味噌汁と一飲みした後に茶化す。
「そんなに昨日の内容を知っているのが気懸りかねぇ?」
「当たり前だ」
「朝に届いた手紙を呼んだだけだよ。あんたを貸してくれってね」
届け先が【常春】だったのでアカザ当ての手紙だとは知らず開けてみたという事らしい。
「えー。来るの?」
「うん!」
「まぁ、高難易度のダンジョンでもないしな。付いて来るなら別にいいんじゃねぇの?」
「やった!」
何がそんなに嬉しいのかアカザにはよく分からない。
朝食を取り終えた従業員が立ち上がって仕事をし始め、食堂に人が少なくなった時に座るアカザ。少なめに茶碗に白米と漆塗りの椀に味噌汁を盛って、胃にかき込んだ。
時間にして1分も掛かっていない食事だが、朝食なんて食べずに学校に通う今時の若者である。自身の料理の腕を評価してもらいたいのに、そんな食べ方をする様子を見ていたトゥルーはガックリと肩を落としていた。
「……うぅ」
手紙の内容だと【エチゴ】の門構えに来てほしいと書いてあったので、準備をして向かう。流石に弱体装備で向かうことはせず、アカザは【錬金術師コート】を着て【錬金術師シューズ】を履き、【膝丸《薄緑》】と【小鴉丸《八咫烏》】を腰に装備する。
二刀流だと【暗鬼鞘】がどうなるのだろうと思ったが、半分に割れたと思ったら2つに分かれ【膝丸《薄緑》】と【小鴉丸《八咫烏》】が収まるサイズに変貌する。
「お前どうなってんの?」
【【ふ、重宝するだろう?】】
「むしろ、単細胞生物みたいできもいわ」
そんな事を言われて不機嫌になった【鬼道丸】に何か言われる前にアカザは刀納し、無理やり黙らせる。切羽が2つになったせいで二重に【鬼道丸】の声がしてうるさい。
後は【クロノスの鎌】を背負って扉を出る。
入口にはトゥルーがもう準備を終え待っていた。
しかし、装備がアカザによって強化されており【ワイバーンボウ《レッド》】から【ドラグーンロングボウ《ヴァーミリオン》】に変化している。
M字の形をしていた弓は野太くなって、付いていた赤く並んだ魚鱗は変化し甲羅が重なってギザギザとしている。攻撃力は上がり通常攻撃や発動するスキルに火属性も追加されている。
服も葉っぱの形を模ったエルフの民族衣装ではなく、【赤翼竜の革鎧】のシリーズを着ている。胸当てや篭手、脛当てに【レッドワイバーン】の鱗が使われ、布地が翼膜で編まれており、スカート姿になっている。頭は翼膜で作られた鉢巻と、鱗を集められ作られた額当てになっていた。
候補としてオーガの素材を使た装備もあったが、角で局部を隠しているだけで布地が少ない装備でもある。アカザはむっつりスケベではあるが、オープンスケベではない。故に直球すぎる表現は回避してしまう。なので、作ったとしても渡すのには恥ずかしくもっともらしい理由を考え(ちょっと年頃の女の子が着る服ではないと思い)、止めた。
だが総合的な防御力が上がり火属性に耐性が向上している分、水属性が低くなっている。エルフと言うと森や魔法の印象が強いが、真逆に行く熱血系の近接エルフとかが居るので問題ない。
「アカザさん。早く行くよ!」
そして、トゥルーはアカザの手を握りアカザを連れ出した。
新しい場所にウキウキした気分を隠せないトゥルーは待ちきれず、心が躍るようなステップでアカザを引っ張って行く。
【エチゴ】に入る為の入口にある大門の柱に寄り掛かっている人物を見た時、アカザは今すぐ回れ右して帰りたくなった。
本来は集会場で受付嬢をやっている巫女姿の女性、キキョウ。
キキョウはアカザの姿を見た時、物凄く睨んでくる。
だが、その睨みもどちらかと言うと疲れて不機嫌になっているようで、顔に血の気が余りないように感じる。ナオトラの部下が不眠不休で働いているのは嘘ではないらしい。
「遅かったわね。遊女と遊んでたの?」
しかし、隣の禰宜がキキョウの額に手刀を入れる。と言ってもそんなに強力な手刀ではなく、メッと子供に叱るような仕草であった。
細目に長方形のメガネを掛け、禰宜の服を着た男性。背が高く温厚そうだが、頬が少しやせている印象をアカザは感じてしまい、病弱そうな体に見える。
「娘がお世話になりました。イイ、トラマツと言う者です。今日はよろしくお願いします」
「……娘? 父親?」
「ええ、そうですが?」
つまり、あのナオトラの息子という事になる。歴史では直虎は結婚せず、元いいなづけの忘れ形見の息子を育てた。それが虎松、後に井伊直政と呼ばれる人物である。
しかし、信じられないアカザ。ゲーム時代には全く見かけなかった人物の一人であるが、内心でどうやったらこの優男が、創作物とはいえ赤鬼と評される人物のモデルになったのか分からない。
「で、【キョウノミヤコ】に送るのはトライチロウさんだけでいいんだよな? その隣は見送りとかそういう理由だよな?」
「いえ、私たち二人です」
「はぁー」と大きくため息をついたアカザ。
何か言いたげなキキョウだが、そっぽを向いてアカザの行動に突っ掛かって来る気はないらしい。
トゥルーは何が何だか分からず頭に疑問符を浮かべるだけだった。
「トゥルーって言うの。よろしくね。キキョウさん、トラマツさん!」
「ええ、よろしくお願いします」
「よろしくね、トゥルーちゃん」
もう既に打ち解けているトゥルー。
アカザたちは【魔法の絨毯】に乗って飛行している。
山やら川やらをすっ飛んで超えていくため、悪路や障害物に時間が掛かるような事はない。また、モンスターに襲われる心配も大幅に減った。空を飛んでいるモンスターは居るが群れで行動している種類はいなかった。居てもアカザが【クロノスの鎌】を掲げ【魔法】による遠距離攻撃スキルや、トゥルーの弓による攻撃系スキルのおかげで、先手が取れるので苦にはならない。
なので余裕で【エチゴ】に向かう旅路は順調であり、昼下がり辺りには上空で確認できる位置にまで来た。
そこで【魔法の絨毯】の呼び出し制限時間が迫っていたので、アカザは一度地上に降りて【ペットウィンドウ】から他のペットを呼び出そうとしたが、トラマツに止められる。
「ここまで来たら徒歩でもそう時間は掛かりません。いきなり空から来たら大事になるので止めておきましょう。馬ぐらいなら大事にはなりませんが、冒険者が呼び出せる幻獣や使い魔は1体だけですので、全員での移動は不可能ですし、無理矢理乗ると不審がられてしまいます」
この世界の住人にとって【召喚獣】や【騎竜】は、伝説上の生き物である。そんなので来たら大事と言うのは、人目を引く原因になり、情報収集が出来ないと言うトラマツ。
そのトラマツの言葉を聞いて、今までスキルの検証だけだったが、【召喚獣】やペットを同時出しとか出来るのではないのだろうかとふと思い始めたアカザ。
(ま、後でいいか)
アカザは投げやりに思考を放棄し【キョウノミヤコ】に向かった。
着地点から約1時間歩き【キョウノミヤコ】の城門、羅城門の目の前まで来たアカザたち。平安時代の町の再現した模型をそのまま反映したような感じで、大内裏まで続く直線の道である朱雀大路、1階建ての建造物が多く平べったい印象を受ける。
「おー」
トゥルーは初めて壊れてもいない日本独自の和という印象の都市に驚きの声を思わず上げる。
「取りあえず、依頼達成でいいんだな」
「ええ、帰りもお願いします」
「3日は掛かると思っていたのが数時間って……。前まで雇っていた奴らって詐欺なんじゃないかしら」
キキョウが愚痴るが、前までは馬に乗って移動していたらしい。この世界だと便利な【ペット】を持っているアカザが例外なだけだ。
帰りもアカザがキキョウたちを【エチゴ】まで送迎する予定だが、【大陸移動】で【キョウノミヤコ】に飛んで迎えに来ればいいだけなので、ナオトラから連絡を受けるまでは自由時間となる。
ここでナオトラの依頼は終わったと思い、アカザはトゥルーと一緒に帰ろうとする。
「さて、帰るぞ」
が、好奇心旺盛なトゥルーはさっさと帰るとするアカザの手を掴み、駄々をこねる。
「ここまで来て帰っちゃうの!?」
「依頼は達成。ここに留まる理由がない」
「ちょ、ちょっとだけ探索しようよ!」
「ええ……」
しかし、ここでトゥルーだけ置いて帰るわけにもいかず、なし崩しにアカザはトゥルーと一緒に入洛した。
それから、やる事もないのでトラマツとキキョウに付いて行く。
どっしり構えた羅城門を潜り抜け朱雀大路を歩くアカザ。朱雀大路は幅85メートルの通りで、【エチゴ】の大通りより広い。人も行き交っており、それなりに活気であった。
目的地は朱雀大路の先にある大内裏だが、羅城門、【キョウノミヤコ】の入口近くから見えるほどに大きい。
が、そこまでの道は人が行き交ているため馬やペットで走る訳にはいかず、どうしても歩きになってしまう。大内裏まで行くのには30分くらい歩き続けた。
その間、朱雀大路の端にある店や建物に興味津々なトゥルーは忙しく顔を振る。
なんだか離れていきそうで面倒だったので、今度はアカザがトゥルーの手を引っ張る。
そうして、大内裏に着いたアカザたち。入口に居る衛兵にナオトラから渡された書類を見せて、中に入ろうとするが止め垂れてしまう。
「武器を御仕舞ください」
「それと、日皇様に失礼のないように」
扉の前に立つ衛兵が武器を【インベントリウィンドウ】に収納するように言う。特に【クロノスの鎌】や両腰に差した刀で武装したアカザを見ながら。ただ立っているだけのNPCだったので、ゲーム時代は何もせずに入っていたアカザ。だが、しっかりと仕事をしている。
言われた通り、アカザとトゥルーは武器装備を【インベントリウィンドウ】に収納して、大内裏の中に入る。
大きな庭の地面は白石が敷き詰められ、独特の模様を描いていた。石畳もきっちりとしており、まるで新築したように清潔感が保たれている。
そこを歩いて中に入って日皇の元まで行くアカザたち。
そして、玉座と言うべき大広間に来た。
日皇が居ると思われる中央の台座には仕切りが在り、姿がシルエットにしか映らない。
その手前で膝を折り、頭を下げるトラマツとキキョウ。トゥルーも慌てて頭を下げた。
「貴様、頭を下げんか!」
隣に居た従者が未だ頭を下げていないアカザを叱咤する。アカザは渋々といった感じでのろのろと遅れて頭を下げ、従者はその態度が気に入らなかったのか苛つき始めた。
「【エチゴ】からよく参った。書類をこちらに」
と、日皇が従者に命令を出す。従者がトラマツに近づいて書類を受け取る。そして、サササと動き日皇まで書類を持って行った。
「……」
日皇は書類を隅々まで読むたちなのか、沈々とした玉座に成り変わる。アカザは長い間下を向きながら欠伸を始めた。声が出てしまったので玉座に響いてしまった。従者の顔がまた厳しくなった気がするが、アカザは下を向いているため見えない。
「……悪鬼どもを退け、【地獄門】を破壊したと言うのは真か?」
「はっ、この目で確認いたしました」
「ナオトラと協力してくれた者たちの、尽力に感謝している。さて、書いてある同盟の件だが、余は受ける気だ」
一瞬、周りの従者たちがざわつくが、日皇が手を上げ声を制してしまう。
「【十人侍】も未だ【ヤマタノオロチ】を討伐したという報告はない。同盟によって他国を牽制し、軍備を整える時間を稼げると余は思うが?」
「し、しかし、相手は聞いたこともない得堪えの知れない都市ですぞ」
何やら、話が長くなりそうだったのでアカザが発言する。
「すいません、話長くなるなら出て行っていいですか?」
「好きにしろ!」
アカザの発言に気分を害したのか、従者が苛立たしく言うのでアカザは立ち上がって、玉座から出て行く。
トゥルーも慌てて立ち上がり、アカザの後を追った。




