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3-2

 【大陸移動】で【エチゴ】に戻ってきたアカザは居候している所まで向かう。

 日が暮れて、辺りが薄暗くなっても外で活動している人々はおり、その中には木箱の上に立って演説している人物も居る。


「我々は今危機に瀕している。今こそ女神を信じろ。信仰によって女神の光が我々を救うであろう!」

 西洋の格好をした宣教師。ようはキリスト教徒のような格好をしている。黒く長い服を着て黒い帽子を被っているが、首にぶり下がっている形は十字架ではなくL字の鎌。


 これは女神がそれぞれ持つ武器を表しており、7人の女神の主な布教地域がある。北太平洋なら日本の女神、タユゲテ(アマテラス)。穴が開いた円が信仰者の象徴となっている。鎌は北極海の|北欧の女神、エレクトラ《ガイア》。


 つまり、宣教師は遥々遠い北極海地域近くのどこかから【エチゴ】まで来たわけである。その宣教師を見ている住民は少なくとも遠目で見ているだけで、誰もが鬱陶しい視線だけ向けている。


 まぁ、アカザには関係がない。と言うよりその女神の象徴であるオリジナルの武器を複数持っている時点で、重複信仰である。


 アイテム収集に精を出し集め、全種類の女神の武器が【農場】の倉庫にある。

 精霊を崇めるエルフが【召喚獣】を見て敬ったのと同じように、宣教師が女神の武器を見たらどう思うだろうか。ちょっと興味かあったアカザ。


「信仰を改めよ! 我らが至高の女神エレクトラ様は慈悲を与えるであろう」

 なんだかその言葉を聞いてアカザは一気に萎えた。


(慈悲じゃなくて、毛嫌いして破滅をもたらしたんだけどな)

 無論それがゲーム上のストーリーで、隠された真実なのは知っているがそんな女神に救いを求めるほどアカザは酔狂ではない。


 興味がなくなって、居候している所に歩き出した。


 遊郭【常春】。

 以前ならもうそろそろ営業時間になるところだが、今の町の状態でここに来ようとする人間は余程飢えているか、懐に余裕があるか、余程恩知らずとしか思えない。と言うのも、アカザには大量に入手した食料を捌く術や伝手がない。そこで商業的に繋がりがある【常春】が仲介してくれているのだ。


 なんで、料理店でも食料店でもない所がそんな事をしているかと言われても、アカザは答え辛い。恐らくではあるが、店主とかに弱みでも握られているのだろう。浮気をばらすぞとか、寝言の内容とか。


 張見世(格子越しに遊女を見定める部屋)には誰も入っていない。その隣の扉を開け中に入る。

 一階は仕切りが殆どなく、台所で料理をしているのか匂いが入った途端に鼻に充満する。


 台所に向かうと料理番や掃除をしているコマチと呼ばれるおかっぱの女の子が、釜土で鍋を混ぜている。その後ろの方には大量の食糧があった。大根、キャベツ、玉ねぎなど、主に畑で採れる野菜類が所狭しに並んでいる。


「これ、適当に分けて」

 【インベントリウィンドウ】から大量のリンゴを取り出しテーブルの上に置く。リンゴをストックできる数は100個なので一気にテーブルが赤い宝玉で埋まる。


「はい! アカザさん! でもこんなに要らないと思うけど」

「ああ……。リンゴパイでも焼くか、濃厚リンゴジュースでも絞るか?」

「後で作り方教えてくださいね!」

 元気よく返事をするコマチであるが、余計な仕事が増えたようでアカザはため息を吐く。


 だが、一緒に教えてほしいというトゥルーや他の従業員が居ない。一緒に作業しているかと思ったが、地図で確認してみるが二階にも居る反応もない。


 その様子を見ていたのか、奥から出て来たサツキが酔った声でアカザに言う。

「みんななら【農場】に手伝いに行ったよ~。ひっく」

「うわ、酒臭っ」

「あ、また飲んでるの!?」

「仕事がないんだ。飲むしかないでしょ。うひっ」


 とっくりとおこちょを手に持って、ふらふらと動きぼやくサツキ。頬が赤く火照る色気より、酒臭さが目立ってしまい大人の雰囲気が台無しである。ただそれでも豊満な胸と肌蹴かけている浴衣の間から見える谷間に目が行ってしまう。悲しき男の(サガ)である。


 それを見て呆れる様子を取り繕うアカザと叱りだすコマチ。

「言ったでしょ! お酒は仕事がない日か終わってからだって!」

「遊女の仕事はないよ。ひっく」

 子供と大人の立場が逆転している。働きたくないという気持ちは、分からなくないアカザだが酒に溺れたくはない。


「せっかくアカザさんが【農場】を貸してくれて、【料理】を教えてくれているのに!」

 アカザはまずトゥルーに【調理】スキルを覚えさせた。DEXを上げやすく、料理でステータスを増量できるので弓使いに損はない、と思って効率的な上げ方を教えた。無論、料理を自分で作らなくて良く、美味ければばなおさらいい。


 だが、トゥルー自身が他の従業員に【調理】スキルがあるから自分が料理すると言いだした。アカザが教えたことも踏まえてだ。


 それが伝わった時、全員が目の色を変える。自分も教わりたいと。

 取りあえず、アカザが使っていたアイテムのクッキングナイフとまな板テーブルを貸して、スキルを習得させ紙に調理法と修練内容を書き出した。


 【調理】スキル自体が上がりやすいのもあるのだろうが、もう殆どの従業員が40~50までランクを上げている。


 だが、【調理】スキルを上げる素材アイテムは、周辺の村が壊滅し畑が荒らせたことで食料店には全く並ばない。故にアカザの【農場】で種蒔きをして栽培するしかない。


 幸い、植物系のモンスターのドロップアイテム、フィールドを探索して採取することで種の確保は問題なかった。


 この世界の料理は誰もが料理をできるが、価値や味が安く不味いらしい。

 聞いたところによると、一応誰もが料理はできるが、【調理】で作られるアイテムではスキルを使わないと作れない。


 スキルでステータスが上昇する調理アイテムのほうが売れやすく、需要が高いらしかった。何しろアカザのようなプレイヤーが沢山買って行くから儲かり、また飯を売ることはできなかったらしい。何しろプレイヤーに味を感じることはできない。


 彼女たちもなんで買うのか分からなかったが、食堂にある注文には目もくれず、買うのは調理アイテムである。


 プレイヤーにしてみれば作るのに手間が掛からない、スキルの恩恵で美味い料理が作れるため、料理店は繁盛したらしい。と言ってもそこから更に調理して、ステータスの上昇効果を高めるのに買っていただけである。


 スキルを持って作っても本来の味がする料理は、売り物になるほど美味くはなく、種類も少ない。

 料理店に出される調理アイテムから察するに【調理】スキルのランクは10~20程度。ランク100は宮廷料理人の料理長に抜擢されるほどに困難とのこと。


「みんな、働き者だねぇ~。私は嬉しいよ~。ありがとよ~ア~ガ~サ~」

 と、名前を言い間違いながらアカザに抱き付いてくるのは、どう考えても酔っ払いの絡み方である。


「トゥルーちゃんなんて明日の下準備までしてくれたのに」

「子供の内は元気が在り余っているもんさ」

 まったくもう、と呆れているというより諦めた表情を浮かべるコマチにドヤ顔で勝ち誇ったと胸を張るサツキ。


「40歳以上は怠け者か」

「はっ倒すぞ」

 アカザの皮肉にサツキの声が酔った声から、いきなりどすの効いた声に変わってしまう。女性にとって年齢はタブーな話らしい。


 アカザは逃げ出すように【農場】に移動した。


 アカザの農場は相変わらず設置物でごった返している。季節感の欠片もないクリスマスツリーが輝き、桜の木が桜吹雪をまき散らしている。


 しかし、そこにはアカザ1人ではなく、【常春】の従業員が畑で作物を収穫していた。

 この世界の【農場】にある畑の栽培は、水なし、肥料なし、手入れなしで育つ。また、植える作物によっては1時間から3時間で収穫可能。さらに育成時間は設置物によって短縮可能なので、最短30分で収穫可能。3ヶ月も休まず働き続ければアメリカの農家の収穫量を軽く越すことができそうなものだ。


 収穫していた彼女たちも取り終えたのか、出口の方に向かって来る。

「アカザさん。見て! 沢山取れたよ!」


 テテテと駆け寄って籠の中にある大根やカブ、玉ねぎなどを見せて来る。

「あっそう」

 トゥルーは元気いっぱいに話題を振っているが、興味がないアカザは気の抜けたような返事しかない。サツキから逃げて来ただけなので、余り話したくないのが本音である。


「もっと畑の数多かったらもっと収穫できるのになぁ」

「トゥルーちゃん。これでも普通の農家の畑の半分近くあるの」

「全部を含めたら武家屋敷ぐらいありそうだけどな」

 とトルゥーやヤマブキ、クゥカたちが話すが、敷地面積は限られているので1度の収穫量はどうしても限らられる。【常春】の従業員だけなら十分だが、【エチゴ】全員に炊き出しでもしようとすれば供給はまだ足りない。


 畑の数を増やせばいいだけの話だが、アカザは【農場】の中を変える気はない。イベントで手に入れた設置物は削除しなければならず、畑を作成するのにもキャッシュや作成時間、素材アイテムが必要になる。


 イベントの設置物はもう手に入らない可能性が高いので、削除する気はない。畑を作成するための素材アイテムも、入手は面倒。また畑を拡張した分、敷地も減ってしまう。


 他のプレイヤーはウケ狙いで敷地一面が畑の【農場】を作成し、【フォークロア】の公式ホームページにスクリーンショットで掲載されていて、ユニーク評価を受けたことを思い出したアカザ。だが、そのような【農場】を作成する気はまったくない。


 女子たちの会話が盛り上がってきたので、その会話の中に入るのにも躊躇いが出て来きたアカザはその場を離れ、倉庫に向かう。


(何で女子ってあんなに姦しいんだ……)

 アカザは、木の板で簡略的に作られた倉庫の中に入る。同じような倉庫が並んでいるが、誰も入れないように設定してある。


 扉を開けると屋根に何時も灯っているランタンが中を照らす。

 倉庫の中には縁が金で装飾され高級感のある木製で作られた、宝箱の形をしたアイテムボックスが、床に何個も均等にきれいに並んで置かれている。正確に定規で図ったかのように。


 目で見るとアイテムボックスの間に、人が1人歩けるほどの隙間がある。だが、実際はこれ以上何かを置けない決まりになっている。


 ゲーム内だと必要な広さを表す目安が、マス目として設置時に画面に浮かんでいる。マス目に重なると設置自体ができない。アイテムボックスが隙間をあけて均等に並んだ配列も、これ以上ゲームの規則で置くことができず、ぎゅうぎゅう詰めに設置してある。


 このアイテムボックスの中にどのくらいアイテムが入るかと言うと、銀行に仕舞えるアイテムの3倍。恐らく【カバン】と同じ理屈で中は異空間になっている。

 この他の倉庫も同じようなもので、アイテムボックス以外は設置していない。


 そのアイテムボックスに遠慮なく今日の戦利品(ドロップアイテム)を詰め込んでいく。できればそろそろ【レッドワイバーン】、ゴブリン、オーク、オーガで得た素材アイテムを売ってしまいたいが、どれも復興に使えるアイテムではなく大量に買い取ってくれそうな所がない。


 どうするかと考え、武器やアイテムに加工して売ってしまうかとも考える。だが、結局売れるだろうかと堂々巡りなってしまう。


「どうするか」

 しばらく考えるが方針は決まらなかった。


『いただきます』

 と、従業員やトゥルーが一緒になって座布団を敷いて鍋を取り囲み、豚汁や白米、煮物、デザートにリンゴが皮を剥かれて置いてある物を食べ始めてる。


 どれもこれもそれなりに美味く、箸が進む。

 その時、白一色の雪が出たかと思うと霧のように消え、中からアカザが出て来る。アカザが【農場】から帰って最後に居た、台所に転移して来たのだ。


「あ、アカザさん! 一緒に食べよ!」

「腹減ってないから別にいい」

 トゥルーが誘ったのに冷たく断って、外に出ていくアカザ。


「外で美味い物でも1人で食ってんのか?」

「こんな夜にやっているのは酒場くらいよ。それだってまだ治ってないらしいし」

「さっき農場で何か作って食べたんじゃないかしら?」


 様々な憶測が飛び交うが、彼女たちに悪気はない。むしろ、【農場】の提供や【調理】スキルの向上に感謝している。なので、憶測も陰湿さであるものではなく、陽気におちゃらかすような話し方だ。


 そんな中、あまり浮かない顔をしだしたトゥルー。

 アカザは余り人と積極的に関わる人間ではない事は分かっているが、幾らなんでも排他的すぎるのではないだろうかと感じたトゥルーはポツリとつぶやく。


「なんでアカザさん、1人で居たいんだろう……」

「人と壁を作っているんだろうねぇ」

 隣に居たサツキがトゥルーの呟きに答える。


「みんなと一緒に居たほうが楽しいのに?」

 トゥルーにとってエルフの村では迫害されて、隔てなく接してくれた人物はシルフィールだけである。師匠と弟子という繋がりだったが、それでも誰かとか関われることがうれしかった。


「煩わしく感じる人間もいるんだよ」

「……分からないよ」

 余りに世界と関わってこなかったトゥルーは、アカザの行動に口を尖らした。

 その時、玄関の扉が開き、禰宜や巫女たちが入ってくる。


「すいません。食材を取りに来ました」

「ああ、こっちだよ」

 と、サツキが立ち上がって台所に案内して、冷めた豚汁を禰宜と巫女たちに運んでもらう。基本的には力仕事は男がするものだが、STRが高い巫女もいるので男女混合になって外に置いてある荷台に運ぶ。


 彼らが運ぶ食料は、中央の広場で炊き出しされる。それでも、空腹に喘ぐ者はいるらしい。


 そんな中、一人の禰宜がサツキに声を掛ける。

「アカザ殿はどこに居るでしょうか?」

「ああ、さっき外に出たけど何か用かい」

「アカザ殿を城までお越しになられるよう、ナオトラ殿に申されたので」

「探そうかい」

「いえ、こちらで探すのでお構いなく」


 そう言ってあっさりと禰宜たちは出て行った。

 それに付いて行くようにサツキも外に出る。

「あれ、楼主も出るんですか?」

「ああ、ちょっと用事でね」


 アカザは【常春】から出た後、ぶらぶらとその辺をうろついていた。

 まずやる事がないし、暇つぶしのゲームや本を読むこともできない。


 コンビニでもあれば別だが、あんな便利な所がファンタジー世界で見つかる訳ない。武器屋や薬屋も営業再開には時間が掛かるだろう。酒場は酒がどうしても美味いとは思えないので論外。


 傍から見ると家に居られないので街をぶらぶら移動している無職の若者に見える。

 実際、冒険者と言う肩書きがなければ無職も同然なので何も間違ってはない。

 そうやって暇つぶし、時間つぶしをしてはいるが、頭の中ではしっかりと何か考えているのがアカザである。


(他の都市に行ってドロップアイテムを売るか? でも、店売りだとどうしても安いんだよな。露店だと売れるのに時間が掛かるし、余計な費用が掛かるし、NPCは基本買わない。いや、冒険者専用って訳でもないからNPCの冒険者なら買うだろうか?)


 アイテムの売却は基本的に2つある。店売りと露店。

 店売りは武器屋や薬屋の定員NPCに売ることですぐに売却できるが、最低限のお金しかもらえない。


 露店は正確には個人商売と表記されている。だが、地面にシートを広げ、露天商店しているので略され露店と呼ばれることになった。


 露店は自身で商品の販売額を決めることができるプレイヤー同士の売買である。だが、興味を惹くことがなければ永延と売れずに売れ残ってしまう。そのため、価格調査や損得勘定をしないといけない。でないと露店に必要な【個人販売許可書】の金額3000キャッシュも無駄になってしまう。


「アカザ殿」

 そんな事を考えて夜道を歩いていると後ろから声を掛けられる。振り返ると、精悍な顔つきだが、疲労して顔を曇らせる禰宜が居た。どこかで会ったことがあるような気がしなくもないが、はて何処だったかと首を傾げてしまう。


「ナオトラ殿が呼んでおります。ギルド会館まで来てください」

「今? 明日でいいだろ」

「多忙なため、時間がいつ開くか分からないのです。ご理解を」


 暗に行けと言われているようで、ため息をつきながらギルド会館に足を向けたアカザ。精悍な顔つきをした禰宜もアカザの後を付け出した。


「このような格好で失礼します」

 日本の城の形をしたギルド会館の最上階、天守閣まで上がって来たアカザ。目の前に書物を書いているナオトラ。老眼だったのか小さな丸いメガネを掛けて、和服の略式服なのか色無地の着物を着ている。といってもパーカーを着て来るアカザよりはマシであった。


「別に。で、話は?」

「【エチゴ】を救った報酬についてです。今【エチゴ】の財政は城壁や町の修理と患者の治療に当てられていて、働きに見合う報酬は有りません。期限を設けてほしいのです」

「お金はいらない。町を修理するついでに俺の拠点……1戸建でも作ってくれ。家賃なし、維持費なし、建築費もそちら持ち」


「いいでしょう。遅くなるでしょうが建築家を紹介します」

「え」

 かなり吹っ掛けた気がするのだが良いのだろうかと逡巡してしまった。そんなアカザの表情を理解したのか、ナオトラは言う。


「衣食住は誰にだって必要でしょう。気になるのはギルドホールを使わないことですが」

「ギルドを立ち上げるには5人必要だろ。モンスターを殲滅しろとか、世界を征服しろの方が簡単に思えるね」

「それを防ぐためにも報酬は約束します」


 冗談交じりにアカザは言ったつもりだったが、ちっとも笑わず、本気と取って怯えもしなかったナオトラ。

「……報酬の話だけ?」

「もう1つ。この書類を【キョウノミヤコ】に送り、日皇周辺の情報を持ってきてしてほしいのです」


 もう書き上げていたのか、漆塗りされた小机の隣に置いてあった封筒を俺に渡す。

 そして、日皇と言う単語にアカザはしかめっ面になる。

 現代で言えば天皇陛下で日本の象徴人物である。あまり積極的に会える人物でもなければ、会いたいと思う人物でもない。この世界で下手な態度を取ると、正式な手続きなく牢に送られても可笑しくない。


「それは、他の信用できる奴に頼んだらいいのじゃないか?」

「私めは信用しています」

 責任とか取りたくないと考えているアカザは、面倒臭さから依頼を拒否しようとする。


「嫌だ。と言うかフクロウ使えばいいじゃ?」

「それでは情報を収集する者がいないではないですか。それに、これには紹介状も入っているのです」

「俺が仕事熱心な若者とでも思っているのか?」

「では、私めの代わりに【エチゴ】の雑務をやってくださるのでしょうか」

「部下に任せれば?」

「この町の役員は全員が不眠不休です。それに実力が足りません」


 それはここに呼んだ禰宜からして察することができる。やつれた顔で目の下にはクマができていた。

「第一になんで?」

「それは……。北欧の動きが怪しいとしか言えません」

「……領地戦でもするのか?」


 領地戦はプレイヤー同士の大規模PVPである。

 プレイヤーはどちらの国に所属し、勝利することで特別なアイテムや多額のキャッシュを得ることができ、勝利国は一定期間、敗北国の特産物を販売する。そんなゲーム的システムではあるものの、現実化したこの世界では奴隷だっている。あまり思いたくないものの負けたら属国となって、国としての立場が弱くなるなんてこともあり得る。


「いえ、同盟を結びたいと」

「は?」

 思わず間抜けな顔をする。

 同盟自体は理解できるが、そんな事ゲーム時代には一度もできないことである。精々、冒険者のギルドが協力してイベントやレイドボスに挑むくらいしか知らない。


 いや、ゲームのストーリー展開で、それぞれの地域の都市が協力して事態を解決する事もあったが、あれは【世界の終りクラスのモンスター】の出現によって緊急事態であったからだ。


 もしかして、そういったモンスターが現れたのかと思ったアカザは、口の端が少し上がってしまう。

「【デッドエンドドラゴン】か【エターナルブリザードドラゴン】でも現れたのか?」

「詳細は私めも分かりません。【キョウノミヤコ】で同盟を結ぶ会議が行われますが行かれますか?」

「モンスター退治ならまぁ、条件次第でやるけど……。そう言った政治の情報収集なんて専門外だ。他の誰か、間者(スパイ)の方がいいんじゃないのか。【キョウノミヤコ】まで送ることはできるからさ」

「分かりました。同行者を手配します」


 取りあえず、面倒事はその諜報員に任せることにしたアカザ。

 一応、どこの都市が同盟を結びに来ているのか聞く。

「北欧のどこの都市が同盟を結びに来てるんだ?」

「それが、聞いたこともない都市で確か【ドメラシナ】という都市らしいです。最近、できた都市だとか。それが少し気になって、様子を見てきてほしいと言うのが本音です。私は今ここを動けませんから」


 アカザにも聞き覚えがない都市名で少々違和感が拭えない。まず、この世界が現実となって1ヶ月も経っていない。その短期間で町ができることなどほぼ在り得ない。

 次に都市は運営が作るものである。【エチゴ】だってゲームで運営側が作り上げた都市。没案になっていたデータを、この世界が自動的にインストールした。

 在り得ないとは言えない。アカザの知らない村やゲーム時代では在り得ないスキル、システム上の制約をやり方次第では越えられるという事態。


 そう思うとアカザも興味が出て来る。

 そして、様子を見るだけならそれ程手間が掛からないので受けることにした。


「分かった。ただ、報酬に関してお願いがあるんだけど」

「できることならば」

「だったら、俺が大量に拾ったドロップアイテムの利用法だ。装備や薬品を作っても買ってくれる人が居るか心細いから、そっちで取り扱ってもいい」

「買い取ってほしいという事でしょうか? どのくらいで?」

「それは……そっちで決めていい。こっちはドロップアイテムで【インベントリウィンドウ】が圧迫しているから、それを如何にかして欲したい。でもただ店売りより、有効活用できないかって思っただけ。俺じゃ装備にするぐらいしか思いつかない。無論、見返りも期待してる」

「……少々、私めには判断しづらいですね。考えておきます」


 そうして話は終了し、アカザは書類を手に持って帰ることにした。


「……どう思いますか?」

 奥間の扉に話し掛けたナオトラ。そこから出て来たのは【常春】に居たサツキである。


「どうってアカザって子は……そうだねぇ。気分屋で人と深く関わるのが怖い子……かねぇ? 後、善意にはどう対処していいか分からずに精神的にも弱い。むっつりスケベだけど理性で押さえているから、まぁお針(服のもつれを直す職人)や料理番に向いていると思うよ」


 江戸時代の遊郭というのは営業に国の許可が必要で、一区画の治安や風紀を公権力側が統制する目的がある。つまり、実質ナオトラはサツキの上司である。


 そのナオトラからの命令はアカザの観察。

 アカザがどのような人物で、どのような危険性があるかを調べさせている。

 それとできることならば遊女と色恋に発展させて篭絡し、ある程度制御したいとも考えていた。友人や恋人の頼みは、無下に断りにくいのが人間である。それによってアカザが怒りで暴走した時は、抑止力になるのではないかと思った。


 だが、サツキの話を聞いていると一つ家の下で、遊女たちから好意的に取られていてもアカザの方から手は出していないらしい。

「……彼はこの世界に取り残され、一体どう振舞うと思いますか?」

 ナオトラの一番の懸念はアカザがこれからどう生きていくか、その一点だけである。

 野望を持ち自身の思うままに強大な力を振うか、また英雄となって人々を救うか。人の生き方はそれぞれだが、彼に修羅道や飢餓道に堕ちてほしくないナオトラ。


 【シュウキゴク】でアカザに付いて行ったサツキの報告では、戦っている最中に相手の強さに喜んだ笑いをしていたらしい。ナオトラにも強者と戦う喜びを感じない訳ではなく、相手を認め合うこともある。

 だが、そう言った感情に何も疑問を持たず身を任せて力を振るい続ければ、待っているのは破滅だ。

 自身や民を助けてくれた恩人にそうなってほしくない。


「大丈夫だと思うけどねぇ」

「根拠は?」

「あいつがただの人でなしなら、何かに協力したりしないと思うから」


 そう言えば最近はトゥルーや遊女たちに【調理】スキルを教えているのだったかと、思い出したナオトラ。


「そうですか。あ、それと貴女は明日から炊き出しをお願いします」

「え、あ、いや。私はその、習っていないからね。他の奴呼ぶよ」

「怠け者め」

 ジト目でサツキを見た老婆は、アカザよりもこっちの方を如何にかしなければならないのではないかと思った。

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