2-14
瀕死のアカザはその場に膝を付いて、息を荒上げる。
勝ったのが奇跡的であった。
ゲーム時代より何倍も難易度が高すぎると愚痴りたいアカザ。
【インベントリウィンドウ】から【神酒】を取り出し、口に含む。残り【生命力】が3桁ぐらいまで減らされていた短いゲージが、瞬時に全回復まで回復する。
味は各種類の薬品のように濃いが、のど越しは良くミックスジュースみたいで美味い。
瞬時に回復したため、先ほどの疲労が嘘のように無くなっていく。
しかし、【出血】のバッドステータスがまだ治っておらず、傷から血が滲みだす。今は【神酒】の持続回復効果で減った分を自動的に回復している。
それでも、【生命力】は90000を超えているのだから、その辺のモンスターぐらいなら軽く蹴散らせる。【鬼道丸】のような敵が来ない限りはだが。
完全回復まで待つまでの時間はもったいない。今すぐナオトラたちと合流して【エチゴ】に帰還しようとする。
【騎飛竜】を呼び出し、上昇しようとしたところで待ったが掛かる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「……あ、居たんだ」
完全に蚊帳の外で何も出来なかったキキョウをアカザは酷評していた。と言うか存在自体声を掛けなければ忘れていた。
「余りに何もなかったから、落ちて死んだか巻き込まれて死んだと思ってた」
というか、死んでてくれた方がよかった。と口を滑らせたアカザはまるでその辺に落ちている石ころを見る目と、感情の起伏が無い平坦な声で言う。
戦いの後だからだろうか。滾った感情がアカザの中で放熱を初め、色々とやる気が無くなっていく。
そして、【騎飛竜】を飛び立たせる。
「ちょ」
慌てて飛び乗るキキョウを鬱陶しく思いながらも、アカザはナオトラたちの所に向かう。
顎に伝わった汗が滴り落ち乾いた土に染み込んでいく。
終わりのない人海戦術に消耗していくナオトラたち。
「……ふー」
思わず長い息を吐いたナオトラ。
もう限界を超え動いている騎士や戦士は肩で息をして、腕が鉛になったと思う程その太刀筋は鈍い。
もう彼らにスキルを放てる程の【スタミナ】はなくなった。【薬品】も底を尽き、後衛は【黙想】で【マナ】を徐々に回復しているものの、【練気境内】を持続できるほど回復していない。
それでもナオトラの腕に疲労は感じない。持つ薙刀は重くならず、心臓の鼓動が速くなっても、心は乱れないナオトラ。「武器と一体になる」という言葉を実践するほどの修練を積んだ、武人ならではの技術。
無心という技術。
例えば筋肉は脱力状態の方が瞬間的に力を発揮できる。緊張でガチガチになった筋肉や力んで余計に力を入れた筋肉では、どうしてもぎこちなく振ることになって太刀筋も速度も悪化してしまう。
しかし、ナオトラは一切の乱れもなく薙刀で鬼どもを真っ二つにしていく。
長時間の戦闘、視界いっぱいの敵、孤立無援の状態でだ。
並の精神では疲労困憊の彼らのように情けない姿を晒していただろう。
「づぅりゃぁああ!」
獣人のクゥカは精一杯の声を張り上げ、ゴブリンの顔面に拳を叩き込む。最早、【スタミナ】はなくなり、根性で拳を動かしている。
その為、攻撃力が半減してしまっている。しかし、ナックルの通常攻撃回数は6回。
勢威に欠けた拳ではあるが、何度も殴られたゴブリンは【生命力】を無くし黒いモヤに変わっていく。
「うぐ……」
しかし、ゴブリンを倒した後クゥカは地面に膝を付いてしまう。汗が体の熱で蒸発しているのか、頭から湯気を出している。
その隙を付いてオークが殴り掛かる。だが、後方に居たサツキが投げた刀がオーガの目に突き刺さり、もがき苦しむオーガ。
その痛みに悶えているオーガにナオトラが、背後から薙刀の柄頭付近を持って最大まで攻撃範囲を伸ばし、回転斬りでオーガは背後から、他にも攻撃範囲に居たモンスターを纏めて片付けてしまう。
ナオトラが前線を維持しているものの、敵の数がもう少し多くなれば崩壊しまう危うい状況。
そして、ナオトラたちの所から見れば、空中に黒い点ほどに映るアカザたちが居た。
距離は約5㎞は離れているだろう。
ここからでは必死に【騎飛竜】の速度を上げ、無事であることを祈るくらいしかないキキョウ。だが、同行しているのは先ほど新たなスキルを手に入れたアカザである。
そんな距離から攻撃をすることは不可能と、誰もが思っていただろう。実際アカザが手にした対物ライフルの最大射程距離は2km。それ以上の距離を進むと弾丸が消えてしまう。しかし、スキルを使えば問題は解消される。
【極光の慶賀杖《冠光》】を【バレッド《M99》】に、【果てなき武士道の霊魂】を【クロノスの鎌】換装する。
虹色の水晶が供えられた杖から、長く黒光る金属の筒に変わり、背中に3つの刃の鎌首を持った杖が突然現れる。
現実では戦車の装甲を貫くために作られた対物ライフル。上部にはスコープ、前方下面には地面に固定して反動を抑える二脚、銃身の被筒には楕円の放熱口の穴が並んで開いている。銃口には五角形のマーズルブレーキ。
どう見ても何の捻りもない、現実の対物ライフル。
言っておくが【フォークロア】はFPSのジャンルではない。どちらかと言えば【剣と魔法のファンタジーゲーム】である。
世界観に合わない装備ではあるが、今更気にしたってしょうがない。
何せ打てる弾丸に銃口から一定時間火を噴く【火炎放射弾】やら、怪獣が放つビームのような熱線【龍射砲撃弾】やらが撃てる。一々口径だの使い方が間違っているだのと理屈を言って使える物は使えてしまう。
アカザが選択した弾丸の種類は【長距離貫通弾】。射程距離が1㎞ほど伸び、大型のモンスターに多段ヒットし、一直線に並んだモンスターには貫通して同時攻撃が可能な弾丸。
【マナバレル】によって射程距離を伸ばし、【融技】を使いさらに射程を強化。
弓術スキル【鷹の目】と銃術スキル【バードショット】を同時発動。
弓術スキルで攻撃の射程を伸ばすスキル、銃術スキルで弾丸の性質を足した広範囲に拡散する弾丸に変わり、相乗してナオトラたちまで射程距離を上げる。
ライフル銃を撃つように銃床を肩に当て、スコープに目が当てるように銃を持って頭を立て姿勢を正しくする。【バレッド《M99》】を支える左手は垂直になるように支え、わき腹に左肘を当て支える。
立射という構えをしながら、スコープの中に居る蟻サイズのオークに照準を固定し、引き金を引く。
バゴンと音を立て、反動で上半身が倒れそうになるのをstrの高さを使って無理矢理に抑え付ける。
ナオトラたちの手前に降り注ぐ鉄の矢群。
放たれた弾丸はオークの胴体に風穴を空け、凄まじい攻撃力のせいで【生命力】が一気に0になり黒いモヤになり消えた。流石に狙ったところに寸分違わず当てることは出来なかったが、体が大きく数が居る分攻撃が外れにくい。
それに現実の銃火器は銃の種類と弾丸によって威力が決定されるが、ゲームの中ではステータスも威力向上に反映されてしまう。つまりアカザのステータスによる攻撃力の底上げで、肩や足に当たっても一撃死のダメージになる。哀れなモンスターたちに降り注がれる致死の雨に抗う術などない。
オーガを貫通した弾は、射線上に居た他のモンスターを貫き続ける。モンスターという壁で威力が落ちているにもかかわらずだ。
最早、戦いではなく一方的な蹂躙。虐殺の結界を生み出し高揚したアカザは、意気揚々と連射開始。
「汚物は消毒だぁ!」
火炎放射器でもモヒカンでもサングラス姿でもないが、一方的な殲滅は圧倒的。
予想外の攻撃に戸惑いを見せたモンスターたちの隙を逃さず、薙刀でバッサバッサと倒していくナオトラ。
アカザが連射しモンスターを掃討するより速くナオトラたちの上空に来る。【騎飛竜】を【呼び出し解除】して、地面に落ちていく。
「いやぁあああ!?」
突然、【騎飛竜】が無くなったことにより落下し始めるアカザたち。
アカザは軽業師のスキル【フェザーダンシング】を使う。落下速度がパラシュートでも使ったように減速して落ちていく。その間に装備を【バレッド《M90》】から【クロノスの鎌】に変更し、【薬品】を飲んで【ドラゴンブースト】で消費したスタミナを回復する。
自然落下で急速に地面に近づいていくキキョウは恐怖で目を瞑り、突然の浮遊感に目を開く。そこにはナオトラが【ジャンプ】して受け止めていた。
落下中のアカザは【サンダーグロウ】を発動。
地面に向かって枝分かれする雷撃は、【バードショット】が溢した残りのモンスターを掃除していく。
アカザが地面に着くころには、周りにモンスターの影もなくなってしまった。
「これ飲め」
アカザは【インベントリウィンドウ】を開いて出した【神酒】を人数分取り出し配る。
突然渡された【神酒】に戸惑いながらも飲んでみると、体に活力が湧いて出るのを感じる。実際、さっきまで疲労困憊だった顔が驚きに変わっていく。
「なんじゃこりゃ!」
心強い援軍に持ち直したナオトラたち。だが、中には未だ生気を失っている者もいる。
【シュウキゴク】のモンスターが、【地獄門】を破壊されたとき動揺したらしいが、ここから離れたモンスターたちはどうだろう。距離が離れて情報が伝わらないとしたら、【エチゴ】を襲っているとしたらぐずぐずしている暇はない。
生気を失っている者には悪いがすぐさま【エチゴ】に戻らなければならない。
「分かりました。先程出した【大型騎竜】は出せますか?」
「いや、これで飛ぶ」
そう言ってアカザが取り出したのは【帰還の羽根】。
最後に立ち寄った都市に移動するアイテムであり、その効果はパーティメンバーにも与えることが出来る。ダンジョン攻略終了後や採取終了後によく使うアイテムであり、低価で難易度が低い生産アイテムで在る為、駆け出しの生産プレイヤーが良く作り、売っていたアイテムである。
似たようなスキル【大陸移動】や【ホームディメンション】があるが、あれは使った自身しか効果が発動しないため大人数で移動するとなると他の移動手段が必要になる。
「まるで、びっくり箱ですね」
アカザが効果を説明しても驚愕が薄れつつあったナオトラは、呆然とした声を出す。他の面々の同じような声しか出なかった。
【帰還の羽根】を使い【エチゴ】の門前に飛んで来たアカザたち。一瞬にして景色が変わったことに驚く者は居たが、呆けている暇はなかった。
時間帯がもう1日過ぎようとしていたのか、夜になっている。周りには松明で明かりが灯り喧騒と矢が放たれたり刃が何かとかち合う戦闘音が至る所から発生している。
どっしりとした門構えは、煤で汚くなっていたり亀裂が走っていてみずぼらしい。崩れた城壁は元には戻っていないが、モンスターに進入されることは無かったらしく城下町に戦闘や火の手が回っている様子はない。
瑞々しかった草原は踏み荒らされ見る影もない。
そのような戦闘中に、戦場のど真ん中に転移してしまいアカザたちはモンスターに囲まれている。だが、アカザたちは一瞬驚くものの混乱なく動く。
【疾風怒濤】を使い一瞬にして戦場を駆けるアカザ。アカザ以外の物が止まっている中、進路上に居たモンスターを音もなく斬り付け、移動し終えたアカザが止まった時に初めてモンスターは両断されていることに気づき、何も出来ぬまま黒いモヤへと変わる。
ナオトラたちも各々にスキルを使い、アカザが切り開いた進路を広げていく。
一先ずは城壁近くで戦っている者たちとの合流を優先した。
突如現れたアカザたちにモンスター側は、取り囲んで全方向から攻撃する。が、アカザはそんな物知ったことかと、【電光石火】を使い強引に突破。
並のモンスターがアカザを止められる訳が無く、放出される炎と雷撃の弾丸になす術なく薙ぎ倒されていく。そのことに恐怖を感じ、怖気づくモンスターに遅れて来たナオトラたちが追撃して、戦果を拡大。
一見、取り囲まれているアカザたちが不利に見える状況。単騎で集団に飛び込むなど自殺行為であり、四方八方からの攻撃で袋叩きに会うのが当然なのに、ステータス数値や装備の質の差で、単騎で状況を覆すというとんでもなく理不尽な光景が生まれた。
無論、アカザたちの到着に驚いたのはモンスターたちだけではなく、防衛に回っていた兵士たちにも伝わる。
「な、ナオトラ殿が戻ってきてくれたぞ!」
「おお!」
「あと少しだ! 踏ん張れ!」
英雄の帰還は瞬く間に伝わり、兵士たちの士気が上がる。
それでも、続々と来るモンスター。
英雄が来たという高揚した気持ちが、油断を生んだのか一体のゴブリンが前線を通り抜けてしまった。
しまったと思わずゴブリンを取り逃してしまった兵士は振り返るが、自身が動くとそこからモンスターが流れ込んで、前線が崩れてしまい動けない。
ゴブリンが抜けていった先には負傷して回復中の侍や戦う能力のない町人。例え弱小とはいえモンスター。一般人は到底敵わず、戦士でも消耗していれば倒すことは容易である。
そのゴブリンは一目散に、高品質の【薬品】を配っていたヤマブキに向かって行く。その小柄な体格からか、敏捷性が高くすばしっこい。
「ヤマブキさん!」
【兵糧丸】でステータスをブーストして、強力な矢を放ちオークを射っていたトゥルーが前線を抜けて来たゴブリンに気付き声を上げる。矢を矢筒から取り出そうとするが、消耗量が多く矢筒に矢が無くなってしまった。
トゥルーは腰に差した鉈を抜きヤマブキへと駆け出す。だが、距離の差でどうしてもゴブリンの方が速く辿り着いてしまう。
ヤマブキが振り向いたときには、頭上に棍棒を振り下ろそうとしていた。
迫りくる棍棒に一般人のヤマブキには対処が出来ない。
だが、その兵士の横を疾風が通り過ぎ、ゴブリンに追いつく。
そして、輪切りのごとく野太刀が胴体を両断し事なきを得る。
「アカザさん!」
トゥルーはアカザが助けに来たのが嬉しかったのか声を上げるが、返事は無く切羽詰まった声を出すアカザ。
「ナオトラ! 30秒持たせろ!」
「承知!」
すぐに野太刀から【クロノスの鎌】へと換装し、賢級【魔法】を発動。
アカザの体の中にある膨大な【マナ】が放出され、天空に不規則な大きさの魔法陣が重なって展開される。大中小の並んだ魔法陣が重なり、壺型の魔法陣の隙間からは放電現象が起きる。
スキル【魔法】や【付与術】には初級、下級、中級、上級よりさらに高い階級のスキルがある。
だが、【スタンバイタイム】が10秒~30秒と長く、戦闘中に無防備な姿を晒す。前衛が敵を引き付けなければモンスターに攻撃され、詠唱は中断されるだけに終わってしまう。単独で使うにはあまりに隙が多いスキル群。そして、今まで使っていた魔法はゲーム時代では牽制に過ぎない。
アカザの発動させたスキルの【スタンバイタイム】が終了し、【魔法】の最上級の破壊が解き放たれる。
【ケラノウス・ボルティジ】
壺のように重なった魔法陣が1つに合わさり、何個も円が掛かれた魔法陣から稲光が弾け【エチゴ】を飲み込んだ。
バババババと幾多にも放たれた雷撃は、夜空を引き裂きモンスターの頭上にピンポイントで落ちる。
魔法陣から逆さまに生える電撃の森林。
その枝先に触れただけで、モンスターの体を構成している【創波】を全て塵にしてまう。
余りにも圧倒的な光景。
落雷で命を落とすことなど生ぬるく、体の一片たりとも残さない殲滅の光。
そんな死の閃光が10秒も続く。
その光景の後に残ったモンスターは居ない。
エチゴに攻め込んだ目も眩むような数のモンスターが、たった一回の【魔法】にかき消された。
その事実をまるで夢幻のようにしか感じられない兵士たち。
そこにはアカザが最初に【エチゴ】周辺のモンスターを殲滅したような歓喜はなく、ただ唖然とした顔を晒す者たちが殆どだった。




