2-7
翌朝。
門の前には20人ほどの猛者たちが集まっていた。
英雄、イイ ナオトラをリーダーに冒険者、兵士から腕利きに招集を掛け集まった人数だが、最大パーティ人数に届いてはいない。
集まらなかった者たちは冷静に考えて、無駄に死に行くことはないと守勢に考えたからである。しかし、城壁が崩れ、モンスターは未だに断続的に襲って来る。休む暇さえなくこのままでは疲弊する。ゆっくりと絞められた首の縄は、もうそろそろ息を止めるほどに締め上げられていた。
「あの子たちはどうした?」
「アカザだけどこかに行ったようです。あの子を置いて」
ここに立っている者たちも食料の配給目的に来たのが殆どで、モンスターが溢れだしている元凶を止められると思っているものは、そうそう多くない。
「……そうかい」
サツキは怖くなって逃げ出したのか、とは考えなれなかった。少なくともアカザは強い。恐らく、この集められた中で対抗できるのはナオトラくらいだろうと思っている。
そのナオトラが先頭に立ち、馬に騎乗して演説する。
「ここに居る者たちは何かしらの目的があるのでしょう。例え名声でも食料でも何でもよろしいです。ただ、目的は同じくしていただきます。この【エチゴ】の脅威を排除する。ただそれだけで結構。
正直、私めは早々に集まらぬだろうと思っていました。敵は多く、報酬として支払えるものも多くないでしょう。
しかし、それでも力を貸してくれる勇気ある貴方達に感謝します」
短い演説ではあったが、士気は上がる。
そして、門が開き全員が外に出るの同時に、後の方で爆音がした。全員が何事かと振り返ると、それは彼らの良く知る怪物が居る。だが、そのような存在がここに居ることがおかしかった。
黒い巨体。
目測で全長30mの爬虫類の巨体に、前足の肩から2つの蝙蝠の翼が生え、さらに背中から4つ生え、後ろ脚の付け根から2つ生えて合計8つの翼を持っている。鱗は1枚1枚が鉱石のように黒光りしていて、硬度が強固なことが一目で分かる。角も髪をかき上げるようにして、幾つも太い突起物が生えている。
太いナイフのような牙を幾つも連なっている咢。かぎ爪は一度掴まれただけで致命傷になるほどに太く、鋭い。例え牙や爪を免れた所で、その巨体から生み出される腕を一振りするだけで人はひき肉となるだろう。
特に眼球はこちらを障害物とも認識していない。それが圧倒的な強者を物言わせ、畏怖を否応なく感じさせる。
そのような爬虫類はこの世で一種類しかいない。
ドラゴン。
劣化したワイバーンのようなモンスターとは違い、その存在は伝説とされ1体だけで都市を飲み込む災害になる。
いきなりの強敵の出現により、恐慌状態になったパーティだが、ドラゴンの隣にいる人物を見てサツキは目を見開く。
「あんた、何やってるんだい!? 早くそこから離れな!」
「……何か勘違いしていないか?」
見るからに高級感や凄まじい性能溢れる装備、【八竜】シリーズと名付けられている装備で身を包んでいるアカザ。
レイドボス8体のドラゴンの素材から作られる装備は、隣の龍と比較しても劣らない威厳を見せる。ただ着ている本人の雰囲気のせいで、着こなせていないという雰囲気が出てしまっている。
手にはL字の鎌が3つある杖【クロノスの鎌】を持っている。
背中には野太刀と呼ばれる背丈ほどもある刀を背負い、腰には刃が銃身に備え付けられた長さが違う拳銃【ガンブレイド】を二丁備え付けていた。
そして、鎌首を地面まで下し背を低くした黒いドラゴンの背中に飛び乗る。その命知らずな人物に向かって、1人の兵士が触らぬ神に祟りなしからか、悲鳴にも似た声を出す。
「ま、待て! 貴様、そんなことして怒りを買ったらどうするつもりだ!?」
天空に浮かぶ地では【竜騎士】と呼ばれる竜の背中に乗り戦う者たちが居ると言う。だが、武者鎧を装着し、冴えない顔をして冷ややかな視線をしている彼には似合っていない。侮辱ではなく、考えられないのだ。
昨日、落ち込んで、今にも消えてしまいそうな雰囲気を出していたアカザを知っているサツキは、何がなんだかよく分からない。
「俺の【騎竜】に乗って何が悪い」
【竜騎士】にはそれぞれ自身の実力に敵い、制御下に置ける竜しか乗れないと噂で耳にした。元々獰猛な竜は手懐けるだけで、命の危険を伴う。あれ程、強大なドラゴンに乗れる彼の実力は一体いかほどのものだろう。
その実力の一部を知っているナオトラはアカザに聞く。
「なぜ、……依頼は受けないのではなかったのですか?」
「ああ、あんたらからの依頼は受けない。俺はこの町がどうなろうが知ったこっちゃない。ただ、裏切られたくないから、裏切らないのか確かめるために行動しているに過ぎない」
まるで勝手な理由だが、戦うのならこれ以上の戦力は無い。
「協力してくれるのですか?」
「俺は俺の理由で勝手に戦うってだけだ。協力なんていらないんじゃなかったのか?」
そんなこと俺に関係あるのか? と言う顔をして、面倒くさそうに続ける。
「で、俺はこいつで【シュウキゴク】まで飛んでいし、ついでに運んでやる。死にたい奴、覚悟が決まってる奴はさっさと乗れ」
アカザが呼び出した【大型黒騎竜】は24人での移動が可能な【騎竜】である。攻撃範囲はその巨体から追加され、攻撃力も高くなる。しかし、武器での通常攻撃は不可能となり、リーチが長い槍ですら、その巨体で地面届かない。当然、武器スキルも発動不可能となる。
あの場から【大型黒騎竜】に乗ったのはアカザを含めて22人。
ナオトラの話では全員が腕利きという話だが、アカザにはそうは見えない。ナオトラの装備が秘宝なのはゲームの設定上仕方がないが、他の者たちは装備は上位が殆どで、最高位はいない。
試しに【ステータススキャン】で彼らを見ると、各ステータスが1000以下か、ちょっと上回っている者が殆どである。ナオトラは英雄のためか一部ステータスはアカザより高く、種族人間の限界値を超えていた。このメンバーで【シュウキゴク】のモンスターが溢れる場所に向かい、モンスターが溢れる所を封印する予定だったらしい。
そのことを踏まえて、アカザは言う。
「別に封印しなくていいと思うんだけど」
「と言うと?」
「【地獄解門】は【シュウキゴク】のどこかに設置された【地獄門】から出現してるんだからそれを破壊すればいい」
破壊不可能オブジェクトは背景、つまりフィールドやダンジョンに設置された岩や木である。ゲームで地面に向けて必殺技を放ったところで、何事もないように無傷である。ゲーム内で破壊できるのは、破壊されるよう設定された脆い壁ぐらい。
しかし、【農場】で確認したが、【巻藁】は以前と破壊されたまま、農場に転がっていた。
つまり、やり方次第ではダンジョンの入口に岩を置いて入出場を封鎖することが出来る。
「しかし、我々では、いえ、貴方ならできそうですね」
アカザの提案に目を見開いたナオトラだが、【大型黒騎竜】の巨体なら、入口に突進攻撃をするだけで入口が粉砕して、出入り出来なくなるだろう。
「【シュウキゴク】が俺の知っている場所ならな」
例えばフィールドで行けない所であった進入禁止エリア。渓谷や森で区切られるフィールドの境目。ゲームではある一定の空間しか行動できなかった。そして、【シュウキゴク】は8つあるダンジョンの総称であり、【エチゴ】から北東に存在する。
元は八大地獄をモチーフにしているらしく、8つのフィールドがあり背景にはマグマや紫色の沼、何を煮ているのか分からない鍋など、気色悪い。
【シュウキゴク】の入口には門が設置されている。
そして、イベント【地獄解門】は入口の門の所に、イベント期間中には特別なフィールドに行けるように設定される。なので門にはパーティメンバーを、目的地に転移させる機能も備えている。それを使うことでしかフィールドに入れないため、門以外の移動方で8つのフィールドの行き方など知らない。
それが無かったり、破壊されているとするとアカザは何処をどう進めばいいか分からない。ゲーム時代の推測でいいのなら、地面が全て荒れ地であった【想地獄】の近くに【地獄門】があると思われる。【地獄門】があったフィールドも【想地獄】と背景が似ているだけであって、本当にそこにあるのか、正確な位置も分からない。
「結局のところ役立たずじゃない」
とアカザが説明している所の後ろから、パーティに参加していたのかキキョウが非難する。【大型黒騎竜】から振り下ろしてやろうかと一瞬考えたアカザだが、やると他の関係ない者たちも振り下ろすのは忍びないので、無視して話を続ける。
「問題は【地獄門】がどこにあるか、入口の門が破壊されていること、モンスターの飽和状態。だけど、進軍させないだけなら渓谷を崩すだけでいい」
【地獄門】を壊さなくても、ダンジョンの入口に岩を置くように入口を封鎖してしまえばいい。
「……しかし、それでは時間稼ぎにしかならないのでは?」
「当たり前だろ。だから入口封鎖したら、【地獄門】破壊してから周辺のモンスターを駆逐していくのが理想的だが、そこまで上手くいかないだろうな」
入口を封鎖すると言うことは、脱出を封じると言うことに他ならない。背水の陣と言うが、敵を誘い込んで油断させる意味合いも含んでいる。一か八かの賭けでやるような策ではない。
「あたしたちに死ねって言うの!?」
「さっき言わなかったけ? 死にたい奴、覚悟決まった奴なら乗れて。まぁ死ぬ気はないけど」
確かに言った気がするが、だけが本気で実行しろと言う奴がいるだろうか。アカザには【騎竜】という逃避手段があるが、他の者たちには逃げる手段は持っていない。
が、都市の為に命を掛けて戦うつもりなのだ。死ぬことなど、もとより覚悟の上といった心境の者たちが多い。
第一、死にたくないのならば【エチゴ】から逃げればいい。そうしないのは【エチゴ】という家を失いたくないと全員が思っているから、片道切符の特攻隊に志願した者たちなのだ。
が、死兵となるのは構わないが、犬死はごめんだといった感情の者は多く、アカザの発言に不満を漏らす者もいる。
「【エチゴ】は一応腕利きを失っているんだろ。時間稼ぎしておかないとまず、【エチゴ】が無くなる。【生命力】が続く限りは相手を倒さないといけないし、あの城壁も耐えられて後3日程度じゃないのか?」
アカザが【大型黒騎竜】を使って山や森などの障害物を、飛んで超えるのもそれが理由である。地上から行ったのでは何日目に【シュウキゴク】に辿り着けるのか、少なくとも3日は掛かるだろう。
その間、すれ違いにモンスターの大群が【エチゴ】に襲撃をしたら、疲弊しきった【エチゴ】の兵力では太刀打ちできるのは、もう数回が限度だろう。
持久戦は不可能。ならば電撃戦しかない。
少なくとも【地獄門】さえ破壊してしまえば、モンスターの出現率を減らすことが出来る。後は死のうが自動的に【エチゴ】で復活でき、そこからモンスターを掃討すればいいだけの話だ。
「どっちにしろ、時間が無い。緻密な作戦なんて練るよりは、特攻して情報でも集めたほうが有意義だ」
少数対大勢で目標だけを壊すだけなら、陣形を鋒矢のような矢印にして敵陣を突破するだけなのだが、目標の場所が分からない。【召喚術】の【オーナートランス】での偵察も考えたが、全マップを調べている時間は無い。
不安要素有りで特攻するしかないのだ。
「…………」
アカザが考えを述べた所で、後ろに居た人物は驚きで目を丸くする。
(……俺を考えなしの馬鹿とでも思っているのか? いや、これが普通なのか?)
今話していた内容は誰でも思いつくような戦術だとアカザは思っているが、この世界で認字率は分からない。時代によっては平民や兵士は識字率が低いこともある。貴族制などは民衆に力を付けさせないために、学問を学ばせないようにした。
その分、江戸時代の日本は寺子屋などで学ぶことがあり認字率が高い。が、冒険者は戦うことが優先、または行き場のなくなったならず者たちなどであり、兵法を知っている者などは少数である可能性も出て来る。
アカザがどう思われているのかは分からないが、ただ力を持っただけの流れ者の冒険者と思われているのかもしれない。しかし、アカザは異世界人である。普通に義務教育をしていてもそれぐらいの知識は歴史で学ぶ上、歴史の漫画や本なども読んでいた。
ある程度の状況から戦術の模倣くらいは出来る。
「だ、だったら空から探せばいいじゃない」
キキョウの言葉で、一番いい答えが出る。だが、それはアカザも考えたことだ。
「そうだな。【大型黒騎竜】の呼び出し限界時間は2時間だから、着いた瞬間探し終えるまでの時間は無い。一度降りたらアンタらは下して、俺は他の【騎竜】で【地獄門】を探しに行く」
「それって私たちは囮じゃない!」
「そうだな」
【シュウキゴク】は飛行禁止エリアだったが、ゲームでなくなった今制限が解除されているかもしれない。しかし、アカザ以外に飛行能力を持って偵察できる者はおらず、これ以上【エチゴ】に負荷を掛けないためにモンスターの間引きをする者は必要になる。
「では、アカザ殿は地上で一度私めたちを下した後、【地獄門】探しに行ってください」
「お、叔母様!? こいつにそんな大役仕る訳がありません!」
彼らにしてみればアカザはぽっと出の新人である。そんな奴がいきなり部長クラスの仕事を任せられたとくれば嫉妬か、心配事をするのは当然だろう。アカザからしてみればどこのブラック企業だ、と感じるが。
「……あなたに【騎竜】や飛行能力を持った幻獣を呼び出すことが出来ますか? もしくは一騎当千の力があるとでも?」
アカザと一般兵の力の理不尽さ。それに悔しがるキキョウは唇を噛み締め黙り込んだ。後を見ればキキョウのように苦虫を噛んだ顔をする人物もいる。誰だって手柄を立てたいのだろう。
そんな事をしている内に、空が自殺でも決意しているのか、遠来が鳴り響き黒雲の立ち込める空に、【シュウキゴク】上空に浮かんでいる黒雲が見える範囲まで来た。
草木は一本も見当たらず剥き出しの赤土が、天気が曇っているせいで赤黒くなった荒れ地。今後一切草木が生える様子を思い浮かべることは出来ず、天気のせいなのか寒々しくもあった。
そんな大地にひしめくモンスターは全て醜いゴブリンやオーク、オーガなどの人間とは似て非なる者たち。邪悪さが顔に出ているようにすら感じる。
圧巻であり、絶望的。
無数の鬼が渓谷を歩く姿に、アカザは昔見た映画で、無数の地獄の亡者の行進のシーンを思い浮かべた。
「な、何体、……いるんだ」
その数に戦慄した兵士の1人が震えながら声に出す。
アカザの目測では下に居るだけでは3千は軽く越しているんじゃないのかと思った。
(【フォークロア】って無双ゲームだったけ?)
そんな所に来てしまったアカザは、あまり恐怖は感じない。
ちらりと横を見ると、【大型黒騎竜】に乗っている殆どの者が、青ざめた顔をしていると言うのにだ。ナオトラも息を飲んでいる。
しかし、何か現実味が薄いと感じるアカザには恐怖心よりも、淡々とした感情しか浮かんでこない。あまりな情景に放心状態という訳でではない。
決して状況を理解していない訳ではない。
ただ、言葉にするなら。
「めんどくっさ」
ただこの数を相手にするのは、気が滅入り骨が折れると言う感想であった。




