2-6
【調理ウィンド】にアイテムを入れ製作するわけではないので、数秒では焼けない。
が、アカザは頭の中に入ってくる情報の通りに肉を焼き続けている。
現在28個目。1時間ほど経過している。
姉御は時間制限を設けなかったが、今日が終わるまでにすべて焼き尽くせるだろうか? と疑問に思うアカザ。
一度【調理ウィンド】に素材アイテムを入れて調理すれば10秒掛からずにでき上がるが、それを献上したところ所、不評であった。それでも食べるあたり、余程空腹だったのだろう。取りあえず【オーク肉】を調理終えるまでの急場しのぎと、姉御は勝手に解釈した。
チェーン店ですら注文してから、料理が来るのに10分以上の待ち時間がある。なのに、江戸時代を模しているのか、釜土は昔のお爺ちゃんお婆ちゃんが使っていたような、石の箱に薪を入れて上にある金属の鍋を温めるタイプ。
一々【農場移動】して繰り返し料理をするのも面倒なので、ここで料理をすることにしたアカザ。まずは鍋を外して、鉄板を置き熱した後、切った【オーク肉】を上に載せていく。
焼肉で塩を塗しただけではある物の、【料理スキル】の恩恵からか、それなりに美味い味になっている。ただしそれでも調理時間はあり、肉を切って、焼く。ただそれだけの事なのに1時間近く経過した。
摘み食いに焼いた肉を手で掴んで口の中に頬張る。行儀の良い食べ方ではないが、ここには叱りつける者は居ない。クゥカなど箸を使わず熱々であるはずの皿に盛った肉を、皿ごと傾けて食べる始末である。
囲炉裏の横に設置された釜土で、いい加減、肉焼きに飽きてきたので他のことをしたいと思い始めたアカザ。
同じことを何時間も繰り返し、飽きたり、気が滅入ったら他のことをする。ダンジョンの周回、スキルの修練埋め、採取。作業中はゲーム画面を小さくして、モニターの余白に動画サイトを見ていた。
(まぁ、できないんだけど)
今や視界全てがゲーム画面であり、余白など在り得ない。そもそもネットに繋ぎようがないのだから、アニメやサイトを見ることができない。
(……24時間ログインもプラス面だけじゃねぇな)
更に、オンラインゲームでの漫画やアニメなどの娯楽関連は余りにも少ない。なにせオンラインゲーム自体、ゲームという娯楽なのだから。
キャラを育成し強くなる。しかし、アカザのようなシステム的に限界まで強くなったプレイヤーが、これ以上どう強くなれというのだろう。だったら次の目標を探さなければならないが、アカザの頭の中に今の状況で最終的な目標を考える。
(ハーレム作成?)
ラノベの主人公ぽく、危機的状況から美少女を助け、好感度を上げ、甘酸っぱい雰囲気まで行く。それを何度か繰り返し、いつの間にか周りには美少女で囲まれている。
そこまで想像したところで、アカザは難易度の高さに愕然とした。
まず女性はこの遊郭に何人も住み込みで働いており、危機的状況は【シュウキゴク】まで行ってモンスターを蹴散らせばいいだろう。だが、それを彼女たちが知って更にこき使われそうな気がするのだ。
Q、これは俺のハーレムですか?
A、ていのいい高ランクプレイヤーです。
そもそも、多数の人間に囲まれると言う時点でアカザにとっては難易度が高い。
では、英雄にでもなればいいのか。ますます、使い勝手のいい自動モンスター討伐機認定でしかない。
「あの、アカザ様。よろしいでしょうか?」
「?」
考えているところに声を掛けられ振り返ると、一人の見覚えのある女性が行儀よく床に正座していた。確かヤマブキという名前で、今は長い黒髪に大きな蝶が止まったかのようなリボンで飾っており、おっとりしたお嬢様に思えるほどに華がある。姉御のように着物を着崩す事もなく、大和撫子ってこいう女性を言うんだろうなぁ、とアカザは思った。
その姉御や【常春】の従業員は囲炉裏でアカザが焼いた肉を分けて食べていたのだが、何時の間に殆どの従業員はどこかに行った。トゥルーもいつの間にか消えていた。
「今日はもういいと、楼主さんが言っていましたのでお休みください」
「……あれ? サツキが従業員分作れとか言ってなかったけ?」
「ええサツキさん、ここの楼主で姉御です。しかし、今食べてしまうと明日の分がなくなるので、明日もよろしくと」
しばらくこの生活が続くかと思うと、気が滅入り始めた。ご近所付き合いはアカザは苦手である。
「それとできれば、軽い物と酒のつまみも作ってほしいと」
「材料がないから無理」
「ふふ、材料があれば作ってくれると言うことでしょうか?」
「働きたくない」
「では、お休みになるためにお部屋に案内いたします」
そう言ってヤマブキは立ち上がり、奥の方、脚の相手をする部屋へと歩いていく。日本建築なのでアカザは【錬金術師シューズ】を脱いで、ヤマブキを追う。
階段を上がって行くと、ヤマブキが「どうぞ」と言い、襖の扉を開ける。
「あ、アカザさん!」
アカザが部屋に入ってきたことに気づき、振り向くトゥルー。
いつもの薄着の葉っぱを模った衣装ではなく、黄色の着物を着付けたトゥルー。周りにも華やかな着物を着ている女性が多く、一種の桃源郷であろう。前に泊まった部屋より大きいが、豪華という訳ではなく大人数で入っても狭くない大広間みたいな感じであった。
「見てよアカザさん! このふくすっごく可愛いよ!」
そう言ってくるくる回って袖を振るトゥルーは、真上から見れば花が咲いたように見えただろう。
「悪いけど今は客は取らないんでね。まぁ芸者の真似くらいはできるさ。まずは投扇興でもやるかい?」
サツキはせめてものお礼にと思っているらしく、確かに飢餓から回復したと言ってもすぐに客を取ることなどしたくないだろう。未だ頬の痩せた雰囲気が未だに出ている。
しかし、回復したことも事実で顔が笑顔になっている女性が殆どである。営業スマイルかどうかはアカザには判別しづらい。
種族は様々で獣人、半獣(2足歩行で獣よりの種族)、ドワーフ《小人族》、ノーム《妖精族》、背中から蝙蝠の翼を持つハーフデーモンまで居る。
だが、アカザにとって好意的であろうと、不特定多数の人たちに目を向けられるのは苦痛である。
「……別に要らない」
そのようなサービスなどいらない。寝る所と布団があればいいのだ。
人との付き合いは苦手。暗い、覇気がない、何を考えているか分からない。散々そう評価され、見下された。今更、必要ないことである。そして、おもてなしすることがアカザには押し付けがましかった。
自身も相手と付き合う気はなく、早々に部屋を出ようとするが、腕を誰かが掴んでくる。
「乗りが悪いねぇ、ほら」
なのにしつこくここの女性たちはアカザに接して来ようとする。アカザにとってはいい迷惑であり、内心どう思っているか分からない。アカザの力を利用しようとしているのが有力か。下心がない訳がない。
相手の真意が分からず、不機嫌になるアカザ。そんな時にいきなりのスキンシップに対して、過剰に警戒し、反発してしまう。
「だから、要らないって言ってるだろ!」
アカザの腕を組もうとしたクゥカに対して、思わず怒鳴り声を出して振り払ってしまった。瞬間、先ほどまで意気揚々だったと思われる雰囲気から一転、一瞬にして温度が下がって固まったかのように冷える。
「あ……」
か細く、今の彼女たちよりも生気がない声を降り出すアカザ。
流石に空気が読めなくても、自分が水を差したことが分かる。
そういう時は、教室で受けた他人に冷たい視線を受ける。NOと言えば数の暴力によってかき消される個人の意見。強く反発すればするほどその視線の温度は冷たくなっていく。
もう嫌だとアカザは、他の人の顔を見ることができず、俯いて部屋を出ようとする。が、玄関を見張っていた誰かがこの部屋まで駈け込んで来てしまったので、驚いて思わず道を開けるアカザ。
「と、楼主! 冒険者組合の人たちが玄関に大勢来て!」
「ちょっと落ち着きな、今行くから」
面倒と頭を掻き、部屋から出ようとするサツキはアカザの方に一度振り返って、「悪かったね」と申し訳なさそうに呟いて部屋に出ていく。
他の人もサツキに付いて行き、アカザのことなど気にしていないように一目散に降りていく。
「アカザさんはいかないの?」
「……なんで俺が」
それだけしか声を絞ることができない。
野次馬のごとく下に降りればいいのか。トゥルーはそうするらしく、扉から出ていく。
アカザは違う。一歩も動くことができなかった。現実が嫌いなのだ。
だから、現実に目を背けて、部屋に引きこもっていればいいとアカザは結論した。
先ほどまでこれからの目標、生き方をどうするかという回答は不思議と得られた。
逃げて楽な方に行けばいい。
アカザは……ゆっくりと襖を閉めた。
トゥルーが下に降りると、ゴリラのような大男鎧と、背丈ほどもある大剣を背負っている。同じように鎧や剣で武装した3人の男が玄関で待機していた女性に取り囲込まれていた。
「悪いけどこっちは食料が少なくて疲弊してんだ。門から出てモンスターを狩って来いって言って無理に決まってるだろ! 死んで来いってかい!?」
「そうだ、それとも慰安婦として奉仕するか?」
にたりと気持ち悪い顔をしながら、下種なことを言う大男の言動に、怒りを露わにする遊女たち。
しかし、大男は自分たちの方が高潔とでも思っているのか、更に彼女たちを侮蔑する。
「ふん、売婦ごときが。お前たちに何ができる。このような武器を持ったところで、ろくな扱い方すら知らないくせに俺達に歯向かうか? この【エチゴ】の危機に少しでも役立ててやろうって言ってんだ。感謝してほしいぐらいだぜ」
「てめぇ」
クゥカが相手を今すぐに殺しかねない感情を抑えるために、全身に力を入れ体を押し留める。
「……ねぇ。あの人たちなんであんなに偉そうなの」
純粋にトゥルーは【エチゴ】が危機的状況に陥っているのなら、みんなで助け合うのが一番理にかなった方法だと思っている。しかし、アカザさんは救助の要請を断り、今玄関に居る人たちはここの人たちを侮辱している。
そのことに疑問を感じて、近くに居る遊女に声を掛けたが返答は望んだものではなかった。
「あの人たち、この【エチゴ】の冒険者なんだけど、ガラが悪いのよ。自分が力を持っているからって。で、逆らうなら痛い目会うぞって脅してんの」
「えっと、そうじゃなくて、なんであの人たちはそんな脅しをするの?」
「相手を屈服させたいのでしょ。自分が上だって知らしめて愉悦感に浸りたいのよ」
「……」
そんなのおかしいと口に出したいが、トゥルー自身エルフの村で【人間の混ざりもの】と迫害された。自分が優れている、上に居るということを示したい人物はどこにでもいると言うことだろう。
「悪いけど、そんな容貌受け付ける気にはなれないね。こっちに余裕がないのは知っているだろう」
「余裕がない? 先ほど子供連れの冒険者がここに来ただろう。凄まじい力を持った奴がこの状況で放置しておく訳にはいかない。そいつを差し出すと言うのなら先ほどの話はなかったことにできるが?」
(どうしよう……アカザさんのことだ)
考えたくはないが、ここの場に居る全員が身代わりとしてアカザを差し出すことに懸念した。そして、アカザ1人にモンスターの処理を押し付けようと、禰宜は考えていることもトゥルーは理解した。
何故かと言われれば、自身で戦う気がないのだ。エルフの族長と同じく、自分が傷つき、痛みや恐怖から逃れようとしている。だから、地位を利用して弱い立場の者に脅迫や強制させようとする。
トゥルーも【レッドワイバーン】を倒せと族長に言われて倒すしかなかった。
「生憎だけど、断るよ」
「何?」
自身の思い通りにいかないことに大男は歯切りした。
「自分の仕事他人に押し付けてるんじゃないよ。あんたらが弱いからこんなことになってるんだろうが」
「ッ! だったら明日からここの配給はなしになるな! 精々、苦しんでろ!」
大男の冒険者自身、分かりきっているのだろう。
自分が恥ずべき存在ということに。
トゥルーは知らないが、この大男はアカザに為す術もなく倒され、打ちのめされた。自分一人ではなく集団で1人囲んで返り討ちに合ったのだ。
自分が強いというプライドはズタズタ、町の住人からは大男が威張り散らしていれば、恐怖で竦んでいたのが今や嘲笑いの対象だ。この状況を変えるためにモンスターを倒そうとしても、自身の腕では苦戦する。
少しでも戦果を上げるためには、気晴らしが必要な時点で色々と間違っている。いざとなったら見捨てて逃げようと言う思考も、人の風上には置けないだろう。
しかし、どうしろと言うのか。
このままでは負けるのは誰の目にも分かっている。
「それにな、どっちにしろ俺達は破滅だ。協力しなかったことを後悔してろ!」
身勝手な男は負け惜しみのようにそう言うと、立ち去っていった。疲弊している今、あの数、しかも自分を倒した奴の拠点を襲うような蛮勇はない。
「楼主どうします?」
「配給がなくなるのはまぁ、きついからねぇ。戦える奴はちょっと集まってくれ、参戦する子とここを留守番する子に分けるよ」
そう言った楼主と遊女たちは別の部屋に移動する。トゥルーも付いて行こうとしたが、サツキに止められる。
「アンタらは客なんだ。まぁ、休んでくれ」
「でも……」
口ごもるトゥルーは何か言いたげだが、その前にサツキたちは襖を閉めた。
現実のアカザを操るプレイヤーに居場所はない。
本当に居場所と言えるところも、部屋のパソコンの画面内が唯一無二の居場所。
生きるために必要だから、栄養素を食べているだけであり、衣服、恰好はそれ程気にしていない。むしろ、この顔で気にしてどうなるのかと聞きたい。
子供に声を掛けられるのはイケメンだから許されることであり、ブサイクやオジサンが声を掛けたりすれば子供、周りの人は通報する理不尽な世の中だ。
嫌なことがあったから引きこもる。
現実から逃げる。
それが、世間一般で言うかっこ悪いというのは分かるし、自分でもみっともないと思う。しかし、どうしろというのだろう。周りは外に出ろ、働け、将来を考えろとさんざん言われるだろうが、そんな事本人だって理解している。
だが、どうしようもない。
世の中の不平等さと過酷さを見せつけられて、どうして外に出ろと言われなければならない? 少なくとも正しくないことをしている人間が、罰せられず、被害にあった人々がペナルティを負う世界に、どうして未来に希望が持てるのかよく分からない。
そもそもの話、そんな世界で生きて何が楽しいのか。
現実はリセット・引き継ぎ不可能。外見は自分で決められず、ステータスすらランダム設定。勝っても意味がない。難易度は固定され調整すら行われない。途轍もなく何もないシナリオ。
その分、MMORPG、オンラインゲームには壁があった。
個室で、と言う意味ではなく、他人と自分を区切る壁。
相手は誰か分からない。逆に相手も自分が分からないようになっている壁。
本当の地位、経歴、姿は誰にも分らない。故に人の視線に気にすることはなく、規則はあるものの自由に振る舞える世界。
ゲームはアカウント・アバターの削除。外見はある程度自分で決められ、ステータスは自身で育成可能。モンスターに勝てばアイテムゲット。プレイヤーに勝てば勝敗数の勝が1足される。難易度はある程度選ぶことが可能どころか、自分が好きなジャンルでプレイ可能。その世界の運命すら左右できる場所に行くことができるシナリオ。
アカザが英雄気取りで、危機に落ちたプレイヤーを助けることはできる。本当の姿を知らないから、感謝され、尊敬される。
もし、今【エチゴ】に起こっているモンスターの襲撃も、その気になれば1人で解決することも可能だ。少なくとも、スペック的には可能だろう。
だが、エルフの族長、村人がアカザを見る視線は何だった?
まるで化物でも見る目であった。
勝ったところでプラスになっていない。感謝すらされていない。
きっと今回も助けた所でどうしようもない。手間が省ける分、何もしない方が正しい。
それでも、それこそラノベの主人公であったなら「感謝されたくて助けるわけじゃない」と言って、弱者に手を差し伸べるのだろう。
だが、アカザには無理だ。
能力が高く、会社すら作り上げた姉への劣等感は高く、両親には顔を合わせたくない。
そんな奴が弱者に手を差し伸べることなどできない。第一そんな人間が居るのなら、どうして小学生の時、助けてくれなかったのか。
だから、現実に、この世界に。
ヒーローなんていない。
いつでも呼べば駆けつけるような、苦しいときに手を差し伸べるような、都合のいい存在はいない。
努力したって報われることはない。
生まれた時点である程度のレールは敷かれ、どうしようもなく何もない人生が続く。
そのレールを変えられるのはほんの一握りの人物だけ。
現実なんてクソゲー以外の何物でもない。
「なに落ち込んでいるんだい」
アカザが体育座りで、膝の上に額を乗せるほど落ち込んでいる姿を見たサツキは隣に座り込む。アカザの了承なしに懐から煙管を取り出し、火を付け一服する。静寂な部屋は、すでに夕刻が過ぎて暗く色を変えている。灯りを付ける気はサツキにもない。
「……そんなに人に絡まれるのが嫌いかい?」
「……」
アカザは無言のまま身動きしない。
そんな事を言われても、アカザにはどうこたればいいか迷い声に出せない。人と直接会うのは最低限でいい。ただ、絡まれるのが嫌というよりは見栄を張って、作り笑いでごまかす現実より、本音が表れる仮想の方が心地良い。
「まぁ、いい。ちょっとここを離れることになったから、ここに居る間だけでいい。あの子たちを守ってはくれないかい」
「……なんでそんなことしなきゃいけない」
やっと言葉にできた声は他者を拒絶している。いきなり約束事を交わさなければならないのか、無茶苦茶である。
会って数日の人間に頼むことではない。例え力があったとしても、アカザが了承すると思っているのか、余裕な態度でいるサツキに苛立つ。
「まぁ、戦力がないからねぇ。【エチゴ】を守る兵士は全員出張るし、腕が立つ者には召集が掛かっちまったんだよ。で、うちからも何人か出ることになったのさ」
「ここに戦える人っているなら、別に遊郭に入っている必要がないと思うんだけど」
「ま、訳アリがいろいろあるんだよ。故郷がなくなって流れ着いた子も、借金のかたに両親に売られた子もいる。その子たちが武芸を嗜んでいた子もいるのさ。けど、女だからねぇ」
どうやらこの世界でも男女差別はあるらしい。
まぁ、現代社会でさえ男女差別はなくならない。人種差別、職業差別、障碍者差別。どうしようもないことだらけ。
「まぁ、そういう子たちを守ってほしいのさ」
「嫌だ」
「即答かい」
「俺が守る理由なんてない」
なぜ会ったこともない人を、関係すらない人を守らなくちゃいけないのか。先程からアカザは考えていた。
アカザは誰も助けてくれないのに、アカザは他人は助けなければならない。
何処のヒーローだ。馬鹿馬鹿しく、そして面倒だ。
チンピラに絡まれた不細工な少年を誰が助けたいと思うだろう。
周りの人間が薄情ではないが、誰だって不利益、不幸をこうむりたくない。他人は見知らぬふり、聞かぬふりをして、弱者を見捨てる方が圧倒的に多い。
ならば、アカザだって見捨てる方が不幸にならずにすむ。
「まぁ、ないわなぁ。けど、なんで料理したんだい」
「報酬の寝床提供。これ以上いいだろ。感謝だの、謝礼だの、余計なことばかりだ。第一そんなことして何になる。俺が戦う必要がどこにある。逃げるのが何が悪い」
アカザから零れる言葉は、相手を不愉快にする言葉。
相手の心情など全く考慮していない。
「そうだねぇ。そう言うのが煩わしい、照れくさいっていうのは分かるけど、ただやって終わりっていうのは味気がなさすぎるだろ? 人のぬくもりが欲しいてこった」
しかし、そんなアカザの言葉にも、気を悪くした様子はない。むしろ飄々と笑って、受け流す。
「あたいたちだって逃げたいよ。でも、ここが私たちの居場所なんだ。守らなくちゃいけないんだよ。あんたにはないのかい?」
守る場所、帰る場所。
前の世界にもこの世界にもない。
「……俺にはない」
「トゥルーって子は」
「預かているだけ、後についてきた。守りたい人なんかじゃない」
「傍から見れば保護者……いや、できの悪い兄と、素直な妹に見えるよ」
嫌な評価をされている。しかし、アカザにとってトゥルーはどういう存在かというと、はっきりとした答えが出せない。
友達ではない。仲間……でもないと思う。恋人は確実にないし、兄妹と言っても血のつながりもなければ、家族関係でもない。
そんなことに悩んでいるのが馬鹿らしくなって、考えを放棄する。
「……だから、なんだって言うんだ」
「信頼できる奴がいるっていうのは、ありがたいってことだよ。死んだらそういった物は徐々に薄れていっちまうからね」
死んで記憶が、存在が消えていく。
例え復活できるとしても、生の苦痛は続く。
簡単にはログアウトできない世界。
「……そんな世界で何しろっていうんだよ。俺の力は俺の物だろ!? なのに利用しようとして、断ったら嫌悪される! 助けた所で感謝はされない! 必要以上の物を要求していないのに断ったら、上手くいかない! 何なんだよ! だったら最初から依頼とか要求とかするんじゃねぇよ! 信頼? 信用? どこにそんなの有るんだよ!? 分かり易くてきれいな言葉を言うんじゃねぇ! 勝手に期待して、勝手に失望しないでくれ! うんざりなんだよ! 価値のない俺をほっとけ置いて、自分たちで解決すればいいだけの話だろ! わざわざ俺を仕立てあげるなよ!」
いつの間にかアカザは立ち上がって、大声で不満をサツキに吐露していた。
うざい、目を背けたい、黙れ、恥ずかしい、どうしようもない感情がアカザの中に生まれて、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。
「これ以上、俺に関わるなよ!」
力を得た所で、異世界という環境になった所で、アカザは以前と変わらない。部屋に引きこもり、誰とも関わらず、漫然と日々を過ごす。
アカザだって、あのような生活を望んでいたわけではない。しかし、どうしようもない。そうするしかない。それしかできない。変わることも成長することもできない。
期待している人、好意を持っている人でさえ、疑う。
今でも他人の視線は怖い。嫌なことはやりたくない。だから人を避ける。
場を読まない発言、無神経と思われる行動。
それでも、ネットを見れば「甘え」や「ゆとり」と非難される。だが、どうしようもない。
アヒルが白鳥に成れるだろうか? 白鳥がアヒルに成れるだろうか?
人の本質は変えられない。
「別に私たちは助けてくれって言ってる訳でも、恩を売ろうとしている訳でもなんだけどね」
頭を掻きながら照れくさそうに、サツキは先程のアカザの吐露が何でもなかったと言うように、ポンポンと優しく頭を2回、叩きながら言う。
「まぁ、考えすぎなんだよ。ちょっとは肩の力抜いてみな」
「……ここの人たちを守れってのはいいのか」
「まぁ、結局のところ他人だからねぇ。それに職業柄、助けられることは早々ないから。男どもはいつも自分勝手で、女のことなんてすぐ忘れちまうもんなんだよ。力になってくれないのなら、自分でどうにかするさ」
彼女や、ナオトラ、この町の人間にアカザに頼らず、彼女たちはどうやってこの問題を解決するのか聞いてみたかった。
だが、明日の準備のためかサツキは休憩を終え部屋から出ていた。
確実に明日の遠征は失敗する。
ナオトラだけではどうしようもない。目的地までのフィールドで遭遇するモンスターとの戦闘の消耗はアカザが体験した。そのためには【修理】スキルが必要になり、戦闘力のない武器屋のNPCを同行させなければならない。
戦闘ができない者など足手まといにしかならない。
それを回避するためには空を飛んで、目的にまで一気に進むか、転移魔法によって跳ぶか。前の戦闘で竜騎士のような存在は確認できず、魔法職も【陰陽術】【風水術】が中心の者が多い。
つまり、そのような方法はできない。
「アカザさん。……あの人たちを助けよう」
「……」
「戦いは怖いよ。痛いし、死ぬのも嫌。でも、誰かを見捨てていいの?」
「……別に戦うのは良いだよ。モンスターを倒すことが嫌な訳じゃない」
実際、モンスターを倒すことに抵抗はない。戦闘を楽しめばいいのだ。前の世界では絶対に在り得ない、取得できなかった力を思う存分振るえる。
「だったら」
「けど、誰かを助けるのはごめんだ。裏切られて、道具みたいに思われて、使われるなんてごめんだ。後で見捨てられるぐらいなら、最初から見捨てて、見捨てられる方がいい」
人間関係ほどアカザにとっては鬼門。生きている限り避けては通れない。【フォークロア】でさえ、「ありがとう」「おめでとう」「おつかれ」と会話を打つことはできたが、所詮は顔の見えない相手だ。
仲の良かったギルドメンバーだって次第に仕事や行事が忙しくなって、引退してログインすることはなくなった。アカザにとっては大切な思い出だが、ギルドメンバーにとっては数ある娯楽の1つだったのだろう。サービス終了の時にアカザ《―――》のようにログインしていたプレイヤーは何人居た。
少なくともアカザは見かけていない。
露店が並んでいたところは、寒々とした広場で何もなかった。ギルドホールですら打ち上げをしている所などはなかった。
アカザだけがこの世界に残ってしまった。
「トゥルーは見捨てない」
「……裏切らないって証拠は? 根拠は? ……信頼になる物なんて何もないだろ」
「……分からない。信頼って……形がある物なの? アカザさんが信用している物って何なの? 分からないことだらけだけど、トゥルーはアカザさんを信頼してる。エルフの森から出た所で分かれてもよかった。武器とか作らなくてもよかった。スキルを教えるなんて約束しなくてもよかった。だけど、してくれたアカザさんを信じるよ」
アカザは、トゥルーの言葉を聞いた。だが、トゥルーが信用したところでアカザが彼女を信用するとは限らない。
「……俺が裏切るって可能性は考えないのかよ」
ねちっこく、遠まわしにトゥルーを信頼していないとアカザは答える。彼女の好意を蔑ろにして。
しかし、彼女は言い切った。
「だって、トゥルーが信頼してもアカザさんを裏切ったことにはならないでしょ?」
アカザは自問した。
トゥルーに答えなくていいのかと。
蔑ろにしていいのかと。
ここまで自分を思ってくれる者を、見捨てていいのかと。
そして、アカザの答えは。
「……【農場移動】」
アカザが呟いた瞬間、所有者が許可した者しか入れない所への転移だった。




