2-4
地上からの喝采を浴びる中、そのまま草原に降りると周りに兵士が群れそうな雰囲気だったので、不特定多数の人に見られているだけで恥ずかしいのだ。さっさと逃げたい。
【騎飛竜】を飛ばし、一旦森の中へと降下する。
そこで【騎飛竜】を【呼び出し解除】。代わりに【イペリア】を呼び出し、【ステルス】を発動。
【イペリア】を肩に乗せ、ステータスagi《敏捷》を生かして、トゥルーの首根っこを掴み高速移動。草原を一瞬にして駆け、高い城壁を軽々と飛び越える。
そのまま屋根を走り、集会場までの長い階段も駆け上がる。
「ぐぇ、あ、アカザさん。目が回る……」
「あっそ」
トゥルーは元気のない声で訴えかけている。
ぶっきらぼうに言い返すアカザは、さっさと【イペリア】を【呼び出し解除】しておりあまり気にしている様子はない。そもそも交戦を控えていたのにトゥルーが手を出したことで、戦わざるを得なかった。
アカザにしてみれば無駄な労力をして、何も得られないでは余計なことをしてくれたと毒づきたい。誰だって無駄な時間や労働はしたくない。
それに、あの場で颯爽と登場して活躍したい訳でもない。その後の勝鬨に名乗り出られるほどアカザは肝っ玉がある性格ではなし、それに合わせて声を合わせるほどノリがいい訳でもない。
そして【エチゴ】に入ったとき、酷い光景がアカザの目の片隅に映った。
道には土や泥で薄汚れた浮浪者が溢れかえっており、地面に寝ている。その瞳には生気が宿っていない。
モンスターが入り込んだのか城壁に近い露店、家は軒並み破壊されており瓦礫と化している。燃えたのか炭化している所も多い。
前に来た時とは打って変って、苦い憂愁を感じる。
まぁ、アカザには関係ない。
トゥルーは至る所に目を向け、行こうとしとするので首根っこを掴んだままだ。
集会場に向かい、さっさとクエストを達成しようとする。
神社の形をした集会場に入るが、かなり慌ただしく袴を穿いた従業員の禰宜や巫女がひしめき合っている。それ以外にもかなり傷ついた人々が横たわっており、野戦病院を沸騰させる。室外にも布を敷いており、血の匂いと薬品の匂いが漂っている。
アカザの目では冒険者の身なりでなく、町人や村人が多いように見受けられた。
まぁ、関係ないと見て見ぬふりをして神社の中に入るが、一層濃くなった血と薬品の匂いが鼻を突く。
さっさとここを出たい一心で、カウンターまで行くが従業員の巫女は誰もいない。巫女の大半が貧弱な回復魔法や包帯を巻いて看病しており、禰宜も薬品や包帯を運んだり、次々と来る怪我人に肩を貸している。
慌ただしく働いている所に声を掛けるのを一瞬躊躇ってしまう。
だが、意を決して話しかけることにした。
「……あの」
一番近くに居た巫女に話しかける。
「今忙しいの! 後に……あんた何でここに居るのよ」
ツリ目に長い黒髪を腰まで伸ばした巫女。スミカがアカザに振り返る。
アカザが集会所に来た時のいざこざを思い出したが、非はあちらに在り、あくまで自分のやったことは防衛措置である。
なので彼女の剣幕に負けず、用件を伝える。
「依頼完了して報酬貰いに来ただけだけど」
「どうせ、貴方なんて依頼失敗に決まってるでしょ。さっさとどきなさいよ。こっちは忙しんだから」
事実を確認すらせず、この言われよう。
流石に頭にきた。反骨精神からかやってやろうじゃねぇか、間抜け面を晒せとも思い、前言撤回させるために、【錬金術《水》】を発動させる装備【錬成陣】の手袋を装備し【ライフツリー】を使用する。
地面に【木の結晶】を叩き付けると、そこから強大な木が生え、周りの人々が何事かと騒ぎ集まってくる。
完全に1本の木が生えた時、木漏れ日が緑の光となって人々に降り注ぎ、暖かく包み、癒す。
【錬金術】の設置型のスキルであり、周囲の味方の【生命力】を長時間回復させることができる。【錬成陣】に付属する属性によってスキルの効力が強くなったり、弱くなったりする。【ライフツリー】は属性が土、木であるものの、スキルの高さ、ステータスの高さから、たちまちに怪我人の生命力が回復し、先程までの傷、苦しみが消えていく。
「わぁ、きれいだね」
トゥルーは呑気にそんな感想を漏らす。
アカザは別に善意からこのようなことをしているわけではない。怪我人の手当てに人員が引かれているのなら、これである程度の負担が減るだろうと思い、広範囲回復を行ったに過ぎない。
「さっさとカウンターに着いて報酬払え」
「まだまだ怪我人は来るわよ。それに医者の数が圧倒的に足りないの。手伝いなさい」
「ヤダね。めんどくさい」
アカザはさっさと報酬を貰ってどっかに行きたいのだ。
ゲームでは受付嬢に報告することで報酬を貰える。しかし、用事で立て込んでいるらしくその用事を解決したと思ったら、まだまだ来るという。
こっちだって仕事を終わられて報酬を得る権利があるのだ。それを蔑ろにされ、手伝ったと思ったら、今度は便利道具みたいに扱われる。馬鹿馬鹿しくなってきた。
「あなた、今の状況分かっていていっているの!?」
「じゃあ、教えてくれよ。一から十まで!」
「そんな暇ある訳ないでしょ! 期待した私の考えがたらなかったわ」
「ああ、そうかよ。くっそったれ!」
そんな相手の態度にアカザもすっかりやる気をなくし、集会場を去ろうとする。
しかし、行く手が阻まれた。
禰宜が5人ほどアカザを取り囲む。
「少々お時間よろしいでしょうか?」
「よろしくない。邪魔だ」
即答である。
これがイベントならアカザは食いついているだろうが、睨むようにして取り囲み【はい】と言う雰囲気にしているのだ。
こういう時は、面倒事を押し付けられるだけなのだ。そういったことに経験がある。
例えばクラスで学級委員長を決める際、自身がやりたくないから他人に押し付けるように誘導する。最初は「―――君がいいと思います」と言い出し、周りも押し付けたいので同調し、断れない雰囲気を作る。
そして、断ったら次の日からクラスからハブられるのである。意味が分からん。
今回は数、精一杯の睨み、冒険者のクエスト報酬を握っている権力者という要素だろうか。警察の任意同行が強制的なものに近いのと同じ。
「貴方のお立場が悪くなっても構わないと?」
「あんたらに従う理由がないね。俺が何か悪いことしたか?」
「今の状況でそれ程の力を持ちながら振るわないと言うのですか」
「俺が得た力を俺がどう使おうが俺の勝手」
「恥を知りなさい」
禰宜の中で、いつの間にかアカザが悪役になっていた。
アカザはさっさと離れたい。しかし、離れてくれそうにはなく禰宜が腰に差した【脇指】を抜き始める。
力の差が分からないバカではなく、アカザが問題を起こせば、それを足がかりに何かしらのペナルティを負わせるのだろう。
(権力者を倒すと躍起になって追い回されるんだろうな。不祥事を取り消そうとするってより、落とし前を付けようとする感じか?)
彼らもモンスターの襲撃によって切羽詰っているのだろうが、アカザには関係ない。
面倒事になる前に、面倒事になった。
助けても、救っても、自分と言う存在が出てくればこのありさま。別に感謝されたい訳ではないが、不利益にはなりたくない。
先程の喝采はアカザがよく見えなかったから、起こったことだろう。見えていたら冴えない顔に懐疑的に思うはずだ。
(いっそ【エチゴ】ごと潰すか? ……いや力で支配、……もう全部メンドクサイ)
怒りに任せて【エチゴ】を潰したところで廃墟ができるだけであり、銀行や武器屋が使えなくなるデミリットの方が大きい。君臨し支配したところで今度は統治という面倒な仕事が待っている。
なので、トゥルーの首根っこをまた掴み、逃走。
やはり、ただのNPCではアカザに追いつくことは不可能であり、他人の目からでは集会場から瞬間移動したように消えた。
一瞬にして、集会場から離れ破壊されている町の大通りに移動したアカザ。
「どうするかね」
「あぅ~。あ、あたまがぐぅらぁぐぅらぁ、めがまわゃるぅ」
ぐるんぐるんと頭が右回転しているトゥルーを気にもせず、思考を始めたアカザ。
拠点はどうするか。
禰宜や巫女、この【エチゴ】の役人が死に物狂いで来るとしても、今のように逃走は可能である。しかし、アカザを支援してくれるところがあるか?
そもそもなんで彼らは怒っていたのだろうか疑問に思う。
嫉妬は分かる。このような力を持っていれば様々なことが出きる。誰だって使いたいし、確率によっては入手困難な物もある。
アカザだってゲーム時代、何回もダンジョンを周回し、【伝承】級モンスターを何体も倒し、それでもレアなアイテムがなかなか出ず、イライラした。そして、次にパーティを組んで戦ったプレイヤーにレアアイテムが出る。「おめ」と言うものの内心チクショー! と叫び口惜しさ、羨ましさで一杯であった。
しかし、それだけでは情報が足りない気がする。
(情報収集するにしてもなぁ)
情報収集と言っても、これがゲームならマウスのカーソルでNPCをクリックして、情報を集められるが、現実での情報収集なんてやったことがないアカザ。会話で情報を得るとしても道行く人々全員に声を掛けるなんて真似はできない。
そもそも、アカザは最近まで人と距離を置いていたのだ。見知らずの他人に話しかけるのは勇気がいる。スミカや禰宜、エルフの族長に強気だったのはイライラしてたからだし、トゥルーはそれなりに打ち明けたと思う。
【ランク証】の【フレンドリスト】を見て見るが、全員オフライン状態でありアカザ以外にはこの世界にはいないと思われる。離席状態、攻略状態、余暇状態と変更可能で今自分が忙しいか、忙しくないかと意思表示できる。オフライン状態を意図的にすることも可能だが、こっそり平日プレイしている人ぐらいしか使わない。つまりアカザである。
【ギルドリスト】はギルドが閉鎖したため、表示されていない。
(ファンタジー小説の定番なら酒場だよな。……いや、ゲームならギルドホール?)
アカザはそこで内部がギルドホールになっている施設、【エチゴ】の中心部に備え立つ日本の城、天守閣を見上げた。
「アカザさん。今度は何するの?」
「潜入」
日本の城の形をしたギルド会館。その周囲の中心の池が在るため、そこに渡るための橋があるが門番が居る。もし、アカザの顔、トゥルーの存在がばれているとなると時代劇のような【であえい! であえい!】といったことになるだろう。
なので入るためには池を超え、塀を登るしかない。
「……また首を掴んでるのはなんで?」
捨てられたチワワのような目をするトゥルーだが、生憎アカザは犬より猫派である。かわいいと思うがそれだけ。なので、家族が猫を飼ったとしても世話をする気もない。
つまりあまり気にしていない。
「トゥルーじゃこの池を越えられないだろ? で、さっきのように牽引するのに、効率がいい」
「どうしてもしなきゃいけない?」
「目を離すとどこに行くか分からないからな」
なにせ危機に瀕している人を見つけたら迷わず助太刀する子である。それが悪いとは言えないが、好奇心旺盛で一緒に行動しているアカザが、何かしらのでき事に巻き込まれるのかもしれない。それはごめんである。
「トゥルーの目と頭の心配は!? あれ首も痛いんだよ!?」
「安心しろ、回復魔法で直すから」
先程のように【イペリア】を肩に乗せ、【ステルス】を発動させ、トゥルーの首根っこを掴む。そして、足に力を入れ、助走をつけ、跳ぶ。
矢のように跳びだしたアカザと、鯉のぼりのようになびくトゥルー。
「ぐぅえええ! んむぅぐぅ!」
ヒロインなら出してはいけない声を出していた。隠密行動なのでアカザが手で口を覆い、くぐもった声を出すトゥルー。
傍から見れば人さらいであった。
塀の所で【エアハック】で【マナ】で形成した足場を作り、塀を軽々と跳び越え超える。
アカザたちが着地したところは入口の反対側の庭。
松の木や盆栽などが置いてあり、池には鯉が泳いでいる。雑草ではなく、苔が生えているため落ち着いた雰囲気を出している。イベントが開催された場所であるため、一種の広場でもあり、広さは50メートル四方はありそうだ。
そこからギルド会館の入口に回り込んで、中に入るアカザと今にも気分が悪く吐きそうなトゥルーはギルドホールに入る。
ホールは旅館のフロントに近く、岩の断面を敷き詰めた床にギルド受付のカウンター。カウンターの中には従業員と思われる和服の女性と袴姿の男性。
その横には掲示板と上に登る階段がある。
ギルド会館にはギルドの入会、脱会、ギルド作成、また掲示板システムがある。
そして掲示板は、クエストやイベントの情報交換、フィールドボスの沸き時間、野良でのパーティ募集、フレンド募集。またプレイヤーが考案したイベント、大規模PVPやレース、演奏会、オークション、バザーなどの開催お知らせが掲載されている。
これはどこのギルド会館にもあり、どのギルド掲示板も繋がれている。他の地域に居るプレイヤーも他のギルド会館での書き込みも見ることが可能。
しかし、掲示板にはアカザが見ても何も書かれていない。
例え【フォークロア】が終了していたとしても、過去の履歴は残っているはずである。サービス終了と共に初期化されたのか。
取りあえず掲示板に【自分以外のプレイヤーに】と題名を書き入れ、自身の状況を掲載した。
その後、階段を上がった正面の襖を開けようとするアカザ。
「ぬ?」
しかし、幾ら開こうとしても襖が動かない。
「このぉおおおお!?」
両手に力を籠め思いっきり襖を開こうとするアカザ。しかし、アカザの90000越えのstrの力を持ってしても、ビクともしない。
ギルドホールは結成した地域で、ギルドメンバーが運用することが可能。しかし、アカザは今ギルドに所属しておらず、ギルドホールに入る権限がない。
攻撃をして無理やり入ろうかとも思ったが、破壊音が出たり第三者に見らたりすれば大ごとになるだろう。ここは引くしかない。
アカザは他の所を探索することにした。
「逃げたと?」
城の天守閣の部屋で老年女性が声を上げる。
昔はさぞ美人であったのだろうが、今は年から輝きはなくなっている。長い黒髪に白髪が混じり、皺が固い皮膚に刻まれている。だが。声は美声であり、力強さを他者に与えるものであった。外見からでも老いた枯れ木とは誰も思わず、女鬼が座っているとも思える厳格さと、恐ろしさを感じさせる。
「も、申し訳ございません」
「いえ、なぜ彼を取り囲み、脅したのです。急を要するとはいえ余りにも横暴では?」
女鬼、イイ ナオトラは淡々と言葉を発する。
それが物知れぬ恐怖に感じ震えあがる禰宜たち。
「し、しかし、かの者は傲慢であり、この事態を軽く見ているようで」
「それはそうでしょう。冒険者はふと現れては消える者たち。現に冒険者はこの【エチゴ】から徐々に去っていったはずです」
「ですが、人々が危機に晒されているのに立ち上がらぬのは!」
「忍びの報告では、城壁に迫っていたモンスターを薙ぎ払い、集会場の怪我人に手を差し伸べたとありますが。これでは不十分だと」
実際には不本意な状況だったのと、身勝手な行為だったのだが、結果的に【エチゴ】の助けになったのは言うまでもない。
「ええ! 冒険者など得体のしれない者! そもそも彼らが依頼を受けないからこのようなことに!」
禰宜の一人はここ最近流れる噂を信じているのか、悪態を吐く。
【冒険者がこのような状況になるのを予想して逃げ出した】【冒険者がクエストを受けないのは意図的である】
事実、集会場のクエストは賑わっておらず何人かの冒険者しかこなしていないため、数多くの依頼は放置される一方。
そして、その冒険者も精々、総合戦闘力が1000にも届いていない者たちである。【エチゴ】の兵士もほぼ変わらないが。
ここ数年で冒険者の数が減り続け、税を納めていないことから次々と冒険者のギルドは閉鎖していった。
そして、対処しきれなくなったモンスターの大群。
ナオトラも先程の戦場に出てモンスターを倒していた。東方を守護する英雄集団【十人侍】の1人であるが、ナオトラはスキル群【戦闘】【侍】【刀】【野太刀】【薙刀】などが高かく設定されているNPCである。
しかし、【侍】はコンボ中はダメージ加算を意識しすると、他のスキルをあまり使えない。彼女自身、【魔法】のような広範囲攻撃スキルを多く習得している訳でもない。複数のモンスターの殲滅には時間が掛かってしまう。
そして、対処しきれずに城壁の一部が崩れて、モンスターの侵入を許してしまった。
「つまり、私めも対処しきれなかった無能者とそちは言っているのですね」
「い、いえ! そのようなことは」
「もういい、下がりなさい」
弁解しようと言葉を作ろうその姿勢が、ナオトラには聞くに堪えない。禰宜が部屋を出ていくのを見計らい、縁側に声を掛ける。
「そちらの御仁。どうぞ、お出でなさいまし」
「……ば、ばれてた?」
縁側に居て【イペリア】の【ステレス】を発動し、会話を盗み聞きしていたアカザは解除し、バツが悪い顔で部屋の中に入る。トゥルーは生気のない顔で入ってくる。まだ、連れ回されたのが堪えているらしい。
あの後、ギルド会館に侵入し探索しても何も出てこない。上に登り、ギロドホールになっている襖を開け覗いても空き部屋ばかりで、どうしようかと迷っている所に先ほど取り囲んだ禰宜が上がって行くのを見かけついて来た。
その間、ずっと【イペリア】の【ステルス】で隠れていたが、どうもナオトラにはアカザが後を付けていることに最初に気付いているように思った。
「気配を溶け込むのは見事。しかし、視線を消し切れていませんので分かりやすかったのです」
そう言う女性、イイ ナオトラにアカザはゲーム内で何度も会ったことがある。
【武闘】と呼ばれる所でNPC達と戦うインスタントダンジョンがあり、武器の強化のアイテムを求めてアカザはカンザキナオトラに挑んでいた。また、クエスト、【侍】スキル関係で、お世話になることもある。
そして、【武道】で戦った時はかなり強い。
薙刀による攻撃力は高く、間合い範囲も広い。近接攻撃をすればどうしても薙刀の攻撃範囲に入ってしまい、遠距離攻撃は彼女自身は普通の女性の背丈しかなく、移動速度が速く設定されているため、当てにくい。
アカザがソロでボスを倒しまくっていた時も、ナオトラの攻撃で【生命力】が削れてしまう。困難級では【侍】スキルをくらってもクリティカルヒットで1%ぐらいだが、伝承級になるとスキルの威力が加算されているとはいえ、フル装備であっても一撃で全体の5%ほど減らされることもある。
そんなのが10人の集団で同時に攻撃してくるので、手間がかかる。
「そして、この度の戦ご援助感謝します」
ナオトラは畳に両手を付け頭を下げる。
「もっと働けって言っている人たちがいるけどな」
そんな老体に嫌味を言うアカザ。先程までの会話を聞いていたので気分はあまりいい方ではない。アカザにしてみれば、勝手に酷評をされ、ボロクソ言われて、しかも物扱い。
「それも含めお話があります。なぜ、冒険者の方々はこの地を離れていったのですか?」
このオンラインゲームがサービス終了するから、っと言ってもどういう意味か理解できないだろう。ゲームの住人にはリアルの用語が分かりづらいはず。
「この世界が終わるから」
……むしろ、要らぬ危機感を抱かせるような言葉であった。
現にナオトラの目は得体のしれない物でも見ているかのような、警戒した目つきになる。
それを弁解するためにアカザは言葉を続ける。
「あー、えっと、少なくとも俺のような冒険者を、プレイヤーっていうんだが。プレイヤーはこの世界に来る通路みたいな物があるんだけど、それが1か月後には閉ざされてしまう。って言う告知が来た。で大半のプレイヤーはこの世界に来るのが極端に減った。って感じか」
できるだけアカザが補足し、俄かには信じがたいような顔をするナオトラ。
「しかし、それなら貴方はなぜここに残ったのです?」
「……最後だから見納めに来たら終電時間に遅れった、って間抜けなだけ」
実際には少し違うが、間抜けには変わりない。
「あ、アカザさん……」
今まで会話に参加してこなかったトゥルーが、深刻そうな顔でアカザに告げる。
「も、う、むり。オロロロロ――」
吐いた。盛大に。アカザとナオトラの目の前で。
精一杯頑張っていたのであろう。口には吐きながらも手を当てているが、吐き出す量が多く溢れている。
胃液のすっぱい匂いが部屋に充満し、今日食べた物は小さくなってぐちゅぐちゅに混ざっている。それが畳に飛び散り、跳ねた物がアカザのズボンやナオトラの着物に付着する。
アカザの高速移動による牽引がトゥルーに負荷を掛けていたのは知っていたが、アカザ自身問題がなかったために大したことがないだろうと高をくくっていた。
「……ご、ごめん、にゃさい」
吐き終えて若干涙目じりに、謝罪するトゥルー。
「……他の部屋に移りましょう。そちらの女子には布団を」
「はぁ」とアカザは曖昧な返事。
「……あ、りがとう。お、ばあちゃん」と事実を取り繕う事なく弱々しく言うトゥルー。
部屋を出ると女中を呼んでトゥルーを任せ、アカザはナオトラの後を付いて行く。
「こちらに」
促され、部屋に入るとギルドホールとは違い、掛け軸や違い棚、障子、床板が設置された10メートルくらいの書院であった。
「座布団を今出しますので」
「え、あ、お願いします」
戸惑いながらも、出された座布団にねぐらをかくアカザ。それも慣れない座り方か、体をゆらゆらと動き出す。
ナオトラの方は、ピシッとした正座であり、老体を感じさせない姿勢であった。
「……力をお貸しくださいませんか」
単刀直入にそう切り出したナオトラ。
「現状、【エチゴ】の戦力では守り切ることは不可能です」
「別に俺でなくとも他の英雄……、【十人侍】は?」
「【エゾチ】【キョウラク】の都市に1人づつ。他の7人は【リュウキュ】に現れた【八岐大蛇】の討伐に兵を連れ向かったと報告が」
【八岐大蛇】。フィールドボスであり、さまざまな異常状態付きのブレス広範囲や水ブレスを使う8首を掲げた大蛇。それぞれの首に【生命力】が設定され、それぞれに意思があり同時攻撃、連続攻撃を仕掛けて来る。
それに挑むとなると練度や総合戦闘力によっては討伐可能かは分からないが、伊達に英雄とは呼ばれていないのだ。基本ステータスはアカザより高いのだし、彼らで何とかするだろう。
「ってことは、彼らが戻ってくるまでの時間稼ぎ……?」
「そのように解釈していただければ。しかし、戻ってきたとしてもそれまでに【エチゴ】が残っていないやもしれません。仮に残っていたとしても絶望的なまでに疲弊しているでしょう。なので、我らは敵の本陣を攻めようと思います」
「本陣……」
「【シュウキゴク】」
「無理無理」
アカザは顔を顰め手をパタパタと動かし断言した。
ナオトラはまだいい。だが、他の兵士は無理である。
そして【シュウキゴク】の単語を聞いたアカザは、記憶の片隅にあったイベント【地獄解門】を思い出す。
毎年5月辺りのゴールデンウィークから始まるスキル強化イベントであり、複数のモンスターを倒してスキルの修練内容を埋め安いイベントである。
【シュウキゴク】で一定期間あるフィールドが解放される。ゴブリン、オーク、オーガ、和訳にすると鬼と付きそうなモンスターを、クリアした段階で報酬がもらえる。
今居る城の庭の大きさぐらいのフィールドで大量に出現するモンスターと戦う。それを5回殲滅することでクリアとなる。
1回目は通常のゴブリンが50体、2回目はオーク30体、3回目はオーガが15体、4回目は【ホブゴブリン】【ホーンウルフ】【アーマーオーク】がそれぞれ5体、5回目はランダムで中級~上級のゴブリン、オーク、オーガ、などの亜人モンスターが10~30体になる。
そして、段階を完全にクリアして報酬で貰える【鬼封じの護符】が貰え、【鬼道丸】がいる部屋に行けるようにもなる。
もし【鬼道丸】が何体も量産されているとなればアカザ、ナオトラでも勝つことは必死になる。当時は無情級の【鬼道丸】が【鬼封じの護符】で弱体化され、上級まで強さをなくす。しかも、バージョンアップで1年後には地獄級の、2年後には伝承級の【鬼道丸】が追加された。
その【鬼封じの護符】を持っていない兵はまず勝てない。
「例えそれを手に入れたとしても、総合戦闘力1000異常の冒険者が6人で連携取って倒すんだぞ? そもそも人数制限で100人も入れない……はず。今どうなっているのか知らないけど」
「そうですか」
悲壮感に満ちた声であったが、絶望して様子はなく、今ナオトラの頭の中では周辺に無数に存在するモンスターの大群と【鬼道丸】に、策を考えているのだろう。
そこで襖の向こう側から「叔母様、失礼します」と声がして、開かれる。
お盆にお茶と羊羹を乗せ持ってきた女性はアカザの顔を見て、すぐに怒りの声を出す。
「何でアンタがここに居るのよ!」
スミカは今にも食い掛からん勢いであった。
今日はとことん運がないと思い始めたアカザは、大きなため息をつく。
「はぁ、だりぃ」




