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川辺から移動して道中、モンスターの大群に襲われること17回。エルフの里から【エチゴ】に向かっている道中、現在計23回のモンスターの襲撃。その大半がゴブリン、オーク、オーガなどの亜人。
(……もういい加減にしてくれ)
アカザは何度も続く連戦にうんざりしている。
狩場までの移動に、戦いたくないアクティブモンスターとの戦闘を要求されたりもするが、それだって回避手段がある。【イペリア】の【ステルス】や【スニーク】、【ハイド】など。
モンスターたちの発見されない回避手段は無数に存在し、戦闘回数も減らすことができる。通る道や、モンスターの動き、視認範囲に気をつけていれば数回で済むだろう。
なのに、街道沿いというモンスターが比較的に遭遇率が低い所を通っても、23回も断続的に襲撃されていた。面倒になって高速移動して逃げるのもあったが、諦めず追って来たきたり、振り切ったと思って休憩している時に奇襲されりもした。
生息地の違うモンスター、大量の数も精神疲労の一端になっている。
何より、自分が仕掛ける側なのではなく、相手から仕掛けられるというのがアカザにとっては苦痛である。
別にモンスターと戦うことは、今はそれほど恐怖を感じている訳でも、苦しい訳でもない。永延とモンスターを狩り、ダンジョンを周回し、レイド戦を何回もやることなどゲームでは当たり前である。
しかし、基本はプレイヤーが仕掛ける側であり、どのようなモンスターと戦うかという選択ができる。
例え、一撃死するモンスターでもお金が必要だったり、レアアイテムを手に入れるために何度も倒す必要があれば、アカザもここまでうんざりすることはないだろう。例え何万ものモンスターを倒し、レアアイテムを手に入れられなかったとしても、また明日に挑戦する。
しかし、レアアイテムも落とさず、倒す必要制のないモンスター相手と強制的に、何度も戦闘してもあまり達成感はない。普通のゲームで最初の村周辺の低LVモンスターを、永延と殺し続け経験値を微量に蓄積し、キャラクターの最大LVまで上げると言ったようなものだ。
そのようなゲーム、楽しそうなものでない。
モンスターの襲来にトゥルーが夜間に起こして、寝起きで戦わされてしまい苛立ちながら戦うこともあった。しかし、トゥルーが起こしてくれなければ先制攻撃を受けて更に不機嫌になりながら戦闘をしていたころであろう。
トゥルーもあまりいい顔はしていない。と言っても旅や戦闘で疲れている訳ではない。
アカザたちの立ち寄った村が、町が廃墟と化しているのに悲しんでいる顔をしている。
焼けこげた壁、荒らされた部屋、壊れたドア、無茶苦茶に踏まれた畑、野菜。
そのどれもが、戦闘の痕跡を色濃く残す。夕切れ時で、紅く染め上げられる廃墟化した村は戦地や、荒れ地みたいで赤い印象とは対比的に寒々とした風景。
所々から変な匂いがして、匂いのする方に行って見ると血がべっとりと壁に付着している。
しかし、死体はなく【創波】に変換されたか、傷を負って今なお逃げ延びているのか。死んだとして死体がないのは【エチゴ】などの都市に強制帰還されているからだと思いたい。
城壁や柵などがなく、兵士や傭兵が居ないのもあるのだろうが、あの数と戦わなければならない。アカザのように高ステータスで、強力な装備を持ってなければ、死んでしまうのが当然だろう。
幸い、ここを襲ったモンスターは居ないようで【索敵】には表示されない。
日も落ちてきているので、今日はここに泊まることにした。
まだ、崩壊が少ない一軒の古民家をアカザたちは見つける。
瓦が剥がれていたり、壁の板が折れているが入っているが崩れてはいない。
アカザは装備の修理のために、その辺の民家に無断で入る。
「お、お邪魔します……」
と、一応玄関口で挨拶をするが誰も居ないので返事などない。ここで返事があっても、アカザがコミュニケーションを上手く取れなくて困るだけだが。
そのまま家の中に入り、居間の椅子に座って【インベントリウィンド】を操作する。武装を取り外し【修理道具】を装備し直す。
道具箱が手に持たれ【スキルウィンドウ】から【修理】を選択し、表示された【修理ウィンドウ】に【インベントリウィンド】の【膝丸《薄緑》】をドラッグし修理する。
すると片方の手で【膝丸《薄緑》】を手に持って、もう片方の手は【修理道具】の道具箱の中から砥石を取り出し、刀の刃を砥いでいく。カッターナイフで鉛筆を削るのに似ているだろうかと、アカザはふっと思った。
装備は耐久値が設定されており、減っていくと使えなくなったり、攻撃力が多少ではあるが落ちてしまったりする。アカザはモンスターを1撃で倒しているものの、倒す数が多かったため消耗が激しい。
鍛冶屋や服屋に居るNPCにお金を払い、修理してもらう方法もある。だがその場合、修理に失敗すると耐久の最大値が減ってしまう。それを取り戻すためのアイテムもあるのだが、NPCが販売する物は高く、宝箱やモンスターからも早々現れないレアなアイテムになっている。
自身で修理する場合は失敗したとしても、耐久の最大値が減ることはない。しかし、耐久値は1ポイントづつしか回復せず、【クールタイム】も発動するため、多少時間が掛かり煩わしく思うことがある。
また耐久値を1直すために【修理道具】が1つ消費されるため、【インベントリウィンドウ】には大量に入れておかなければならず圧迫される。それにNPCに直してもらう方が安上がりな場合もある。
(そう言えばNPCはボタン押すだけで次の瞬間には耐久値回復させるけど、現実じゃ何日もかかるんじゃないか?)
アカザは【修理】スキルは最高の100なため、次々と直していける。大体10秒で1ポイント装備の耐久を回復し、次に【小鴉丸《八咫烏》】の修理を始める。
しかし、この世界の鍛冶屋、武器屋などのNPCがどれ程の速さで直すことができるのか。
もし鍛冶屋、武器屋のNPCもアカザのように【修理】スキルを使うのなら多少時間がかかるが、彼らは独自の方法で武器を直しているのではないだろうか、と疑問に思ったアカザ。
「そう言えばトゥルー、弓ってどうやって直してる?」
隣で修理作業を見ていたトゥルーに質問する。
「え? 折れたりしたら直せないから串とか、薪とかに利用してるよ」
「……え。あ、いや、弓とかの耐久値が減ってきたらって事なんだけど?」
「うーん? トゥルーの弓は手作りだから、耐久値が低いし、壊れたら作り直している」
アカザがトゥルーの持っている弓を調べたいと思い【鑑定】を使って見てみる。
すると、ある程度の情報が弓の隣の空中に表示される。
アイテム名は【ショートボウ】、攻撃力、耐久値はかなり低い。
【木工】で作れる弓の中に【ショートボウ】というアイテムがある。作成難易度は低く、短弓の一種で丈は短く曲線状の棒に紐を付けた、かなり簡易的な造りをしている弓。
射程、攻撃力がかなり低く、最大耐久値も5とかなり低い。強化したところで対した性能にもならない。唯一特徴の強化、修理コストの低さだが、初心者でもさっさと他の武装に切り替える弓の一種である。
そのため、基本捨てるのが常識だがトゥルーは勿体ない精神からか、耐久値がなくなっても【薪】の代用にしているらしい。
だが【ショートボウ】のような木製品で焚火を起こすなど、ゲームではできないはずであった。
【キャンプファイヤー】という焚火を起こすスキルがあるが、それに使うのは【木の枝】や【薪】、【マッチ】。【火打石】のアイテムでしか起こすことはできない。そして、起こしたところでその周辺で【休憩】をすると、【自然回復】が上昇するぐらいしか効果がない。
そのくらいならアカザは【回復術】と【マナポーション】で【生命力】を回復させるため、【インベントリウィンド】に【木の枝】も【マッチ】も入れていない。
「なぁ、俺が新しい弓作るぞ?」
「え!? そんなのいいよ! これで、その、戦えるし」
「ハッキリ言うけど火力不足」
「あう」
バッサリとアカザが切り捨てる頃には武器の修理は完了し、トゥルーにどの装備を作り上げるか考えるアカザ。
【インベントリウィンド】の素材アイテムを吟味して、作ろうと思ったのは【ワイバーンボウ《レッド》】。
【レッドワイバーン】を大量に倒したため、素材が【インベントリウィンド】に使えないほど余るために、今現在で作っても問題がない弓武器。
装備を【修理道具】から【鑢道具】に切り替え【骨細工】を使用する。【調理ウィンド】や【修理ウィンドウ】と同じようにアイテムを入れる蘭が出て来る。そこに【レッドワイバーンの鱗】を10個、【レッドワイバーンの翼膜】を5個、道中で倒したオオカミからドロップした【獣骨】を2個、と蘭の中に入れ作成開始。
鑢で手に持った骨のポリゴンを削る動作を何度かすると、【インベントリウィンド】の中に【ワイバーンボウ《レッド》】が作られた。
生産スキルには様々な種類がある。
生産には【鍛冶】【裁縫】【彫金】などの加工したアイテムから、装備品を作り出す生産スキル。【製錬】【紡織】【研磨】などの素材を加工する生産スキル。【革細工】【練金】などの装備や加工品、道具、消耗品など様々に作れる生産スキル。【調理】【調合】などの消耗品を作り出すスキル。【鉱物採取】【毛刈り】【釣り】などの採取スキル。
これらは得られるものが採取<消耗品<加工<様々≦装備の順に、スキルをランクアップさせる難易度が上がっている。
【骨細工】は主にモンスターの骨、角、牙、爪を加工し、矢じり、軽量鎧(革鎧)、盾などを生産できる。
基本、弓の生産は【木工】が多いが、【骨細工】は幅広く様々なアイテムを作るため、弓装備も作り出せる。
「ほい」
取り出して、【ワイバーンボウ《レッド》】を手渡す。
手渡る赤みがある弓は、丈に鱗や張られて魚鱗みたいに連なっている。M字で持ち手は爬虫類の肌のようにザラザラとした手触り。短弓と呼ばれる丈が短い弓。
トゥルーの手に渡った【ワイバーンボウ《レッド》】はアカザのスキル補正によって上質し、性能が通常より上がっている。
「わぁ」
トゥルーは感嘆の声を漏らし目を輝かせているが、アカザにとってはそれ程良い物とは思えない。
性能としては、装備の等級7、上位の良質程度の装備であり、【膝丸《薄緑》】の等級88、伝説の装備と比べるとどうしても見劣りしてしまう。最もアカザがギルドメンバーと協力して、最初に作ってもらった思い出の品でもあるが。
本来はここから《レッド》から《スカーレット》と強化するのだが、強化するための素材【細い弦】がない。
「こ、こんなにいい弓貰えないよ」
「どうせ自分が倒している【レッドワイバーン】の素材と、道中のモンスターの素材なんだから遠慮することないと思うぞ。ってか、戦闘が俺一人の負担がデカいから少しでも効率化したいんだよ」
最後になるにつれて苛立った声で言ってしまう。トゥルー自身は初心者みたいなもので、どうしようもなく、悪くもないのだが、戦闘の鬱憤が溜まっているのもあり、遠慮しがちなトゥルーが煩わしく思ったのも事実だ。
「う、うん。が、頑張るね」
トゥルーに弓を渡した後、先程倒したオークからドロップしたアイテムに目を向けるアカザ。
【オークの肉】。
見た目から500グラムぐらいだろうか。骨が串となって円柱型の肉に突き刺さっている。典型的なマンガ肉であった。
あの厳つく、臭いモンスターの一部を食べるのは抵抗あるものの、トゥルーが持っている非常食は飽きてしまった。現状、アイテムが買えないので食品類はこれぐらいしかない。
「……さぁ、やってみるか」
家の台所を借りて料理開始。調味料が戸棚に散乱していたが、使えない訳ではないので拝借し、手に持つ。
【インベントリウィンド】から取り出し、家の釜土に火を入れ、焼く。
すると、【調理】スキルの恩恵が働き、何時間焼けばいいか、火加減の仕方、調味料の適切な量など、ある程度の知識が頭の中に直感的に分かる。
前の世界の主に食べていた飯は大抵がカップ麺やインスタント商品が、であり料理をしたことなど殆どない身だが、上手に焼けました。
1つ焼けたのでテーブルに置いておく。しかし、トゥルーはウキウキと涎を垂らしながら椅子に座っている。決してオークの丸焼きに手を付けようとしない。
「先に食べていいぞ」
「ん! や! 一緒に食べよ!」
アカザと一緒に食べたいらしく、トゥルーに毒見をさせようというアカザの思惑通りにはならない。しかし、食べたいらしく口が半開きになって、涎でテーブルが濡れている。仕方なく、もう1つ自分の分を焼き終えテーブルに備えられた椅子に座る。
「……さぁ、喰え」
「いただきます!」
両手に肉を持って噛り付くトゥルーの顔は、その肉がオークであることにあまり気にしていない。それどころかおいしそうに噛り付いている。
「おいしいよ! アカザさん」
そう言った後は一心にオーガの丸焼きに噛り付いて無言になっている。
アカザも噛り付き咀嚼する。
「うまい」
思わず感想を漏らす。
豚の丸焼きを食べたことはないが、きっとこのような味なのだろう。
溢れる肉汁がしたたり落ちそうで、香辛料が香ばしさとスパイシーな味を舌の上で弾けさせる。無論、肉の旨味も消えておらずしっかしとした歯ごたえと、柔らかさ。
調味料をぶち込んだだけのグミ食感の食べ物や、非常食だけを食べていたアカザにとってはご馳走であり、それは質素な生活を送ってきたトゥルーも同じである。
手が油で汚れているのも構わず、オーガの丸焼きに噛り付く。
1つ食べきるまでにそう時間は掛からなかった。
「あんなにおいしいお肉食べたの初めて!」
「肉自体は食べていたのか?」
エルフは余り肉を食べない先入観があったため、興味が出て聞いてみるアカザ。
「お鹿さんを狩って、干し肉にしたり、焼いていたけどこんなにおいしく料理できたことはないよ」
トゥルーも料理で肉を焼いたことがあるらしい。
【調理】スキルはNPCが売っている本を読むことで料理法の習得が可能であり、他の本を読むことで【煮込む】スキル、【蒸す】スキルといった料理法のスキルを習得していき、それらは【調理】が高いほど習得できる料理法を多く獲得できる。
そして、【調理】は【混ぜる】スキルで料理を作ると習得でき、本を読まなくても【焼く】までの料理法は取得できる。しかし、【燻製】は【調理】スキルがある程度ないと習得不可能である。
「……【調理】スキルは?」
「えっと、ランク4だよ」
「干し肉ってどう作ったんだ?」
「醤油が入っている壺にお肉を入れて、一週間漬けて置くと色が変わったら切って、風通しのいいところに干すの」
それは一般的な干し肉の作り方である。どうやら【調理】スキルがなくとも料理はできらしい。
アカザとトゥルーで足が違うのはスキルの影響。
【調理ウィンド】でアイテムをドラッグして作ると、ランクが高いほどステータス上昇効果も高くなる。恐らく、その影響が普通に料理することに影響を与えているのだと思う。
「……アカザさんはすごいよね」
「え?」
「強いし、料理だって上手だし、すごいよ」
「スキルが高いだけだろ」
「でも、そこまで上げるのにどの位時間がかかるか分からないよ」
トゥルーはアカザを尊敬の眼差しで見るが、彼女はゲームとしての【フォークロア】を知らない。マウスを、ボタンをポチポチ押していているだけで、スキルが上がると知ったらどう思うだろう。そもそも時間を掛ければ、スキルは上がるのだ。
この世界には攻略サイトも、ネットもない。
そのような環境の中で、手探りでスキルを探し、取得し、上げている方がすごいと思うアカザ。
「10年」
「え?」
「10年でこんなのになった」
正確なプレイ時間は分からないが、アカザは、少なくともその間は【フォークロア】に浸り、過ごし、考え、調べ、全てだった。
そして、現実の友達は誰もいない。
現実よりパソコンの画面の方が楽しく、努力が報われる。だから、現実から逃げた。
やる気が起きない。どうせ、何をやっても無駄と諦める言い訳を心の中で思いながら。
こっちに来てから大規模PVPをされた時も、【レッドワイバーン】を倒している時も、今日のオーガやゴブリンとの戦闘でも、ゲームだからと直視していない。
ここは【フォークロア】の世界なのだと思い込んでいる。
仕方ないとアカザはまた諦める。だって似ているのだからと言い訳を重ねる。
「凄いね。トゥルー、お師匠さまに弟子入りして、もう何年も経つけどアカザさんの半分も強くない」
「……なんで、弟子入りしたんだ?」
「泣いてばかりの自分を変えたかったから……かな?」
「……(お前の方が十分強いよ)」
自分で聞いたことだが、心臓辺りが痛くなってきてさっさとその場から離れたかったアカザ。寝室の収納棚を開け、布団を敷いてさっさと寝ることにした。
嫌なことは基本、寝れば緩和される。
完全に忘られないのが難点だが。
【錬金術師コート】のコート部分だけ脱ぎ、シャツとズボン姿で布団の中に入る。
しかし、アカザと並ぶように隣に布団を敷くトゥルー。
「もっとあっち行けよ」
「えー。一緒に寝ると安心するんだよ。アカザさんでも知らないことあるんだね」
「……うざ」
ぼそりと吐き捨てて、寝返ってトゥルーから離れるアカザ。布団を頭から被り、体を丸く縮こまり、まるで冬が来たような体勢で目を瞑る。
今は夜なのにトゥルーが暖かすぎて一緒に居たくなかった。
自分とは違うことは当たり前だが、眩しく現実に努力できるトゥルーが妬ましく思った。
自分には出来ないのに、子供なのに出来ること。
劣等感で押しつぶされそうだった。
そのような自分が嫌になるアカザ。
悶々として寝つけたのは、月が空に出た向きと反対側に移動してからだった。




