画面から出てこれないアホな幽霊女 その7
幽霊女は、画面から腕を出したまま、ぐったりしている。
とにかく休憩だ。このままでは埒があかない。
画面の中に押し戻そうとしても、画面の縁からは大きな胸の半分以上がこちらに出ている状態だ。
俺の部屋に引きずり出そうとしても、女の大きな尻は、とてもじゃないが画面を通れる大きさではない。
そんな現状に疲れた俺達は、ここで休憩を挟む事にした。
俺はキッチンに向かい、ケトルのスイッチを入れる。沸騰のランプを確認し、カップにインスタントコーヒーの粉を入れ、湯が沸くのをしばし待つ。
すぐにコポコポと湯が沸いてくる音がし、カップに注ぐと、温かいコーヒーの香りが深夜の部屋にふわりと広がる。
カップを手にし部屋に戻ると、幽霊女は画面から腕を出した恰好のまま、今もぐったりしている。
俺もかなり疲れていたが、女の方も見るからに完全に疲れ切った様子だった。
ちょっと可哀そうだったので、「お前も飲むか?」とコーヒーを差し出してみた。
幽霊女が顔を上げると、今にも死にそうな疲れ切った目をしていた。
こいつは幽霊なのでもう死んでいるのだが、疲れ切った目で面倒そうに俺を見つめてくる。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ブラックはちょっと……。苦いのは苦手です。牛乳とコーヒーを半分づつでお願いします」
幽霊もコーヒーを飲むんだ、と思いつつ、つい言ってしまう。
「牛乳って……。それ以上、その胸を大きくしてどうすんだよ」
「だって牛乳が好きなんだもん!」
少し頬を膨らませて、そう主張する幽霊女を見て思う。
……ちょっと可愛いじゃないか。
キッチンに戻りコーヒーを淹れていると、部屋から声が聞こえてくる。
「お砂糖も、いっぱい入れて下さいね。熱いのは苦手なので、牛乳は冷たいままで良いですよ」
その声におもわず手が止まるが、返事をせずに冷蔵庫から牛乳を出し、カップに注ぐとそれを持って部屋に戻る。
「ほら、どうぞ」
「わーい。ありがとうございます」
嬉しそうに俺からカップを受け取ると、恐る恐る一口飲み、熱くないとわかるとゴクゴクを一気に飲み干す幽霊女。
「ぷは~、この一杯の為に生きてるぜ!」
「お前はもう死んでるけどな」
「あはは、そうでした」
幽霊女の顔に笑顔が戻ると、そこから俺と幽霊の妙な雑談が始まった。
話を聞くと、どうやらこの幽霊女は最近幽霊になったばかりで、就職活動が大変だという。
「幽霊も就職するのか?」
「ずっとフラフラしてるわけにも、いかないですからね」
「……幽霊になっても大変なんだな」
「え、人間だって大変じゃないですか? それと同じですよ」
確かに、人は生きる為には働かなければならない。それが死ぬまで続くのかと思うと、生きるのも大変だ。
だが、死んでからも働く事になるとは思ってもいなかった。
俺は死んだら、どんな仕事をするんだろう……。
コーヒーを飲みながら、ふとそんな事を考えてしまった。
「しかし死んでからも、働く事になるとは思ってもいなかったよ。出来る事なら、死んだら働きたくないんだけど……」
「普通の人達は、亡くなったらすぐに、あの世って所に行くんだと思いますよ?」
「そうなのか?」
「うん」
「じゃぁ、なんでお前は幽霊なんてやってんだ?」
「この世に留まって、待ってたい人が居るんです」
「彼氏か?」
「ち、違います!」
「なんだ違うのか……」
「私のお友達なんですけど、その子ってちょっと変わった子だから心配で放っておけなくて。どうせなら、その子がこっちに来るまで待ってようかなって思ったんです」
「だからって、人を呪い殺すバイトなんてしてちゃダメだろ!」
俺が声をあげると、幽霊女がきょんとした顔に変わる。
「呪い殺すって、なんでしたっけ?」
「はぁ? お前は俺を呪い殺す為に、ここに来たんじゃないのかよ」
「あはははは。本当に呪い殺すわけないじゃないですか」
幽霊女は両手で口を塞ぎ、体を震わせながら笑っている。
コーヒーカップを持ったままなので、正確にはカップで口を塞いで笑っている。
「あはは、呪い殺すって……。もう笑わせないで下さいよ」
その笑顔はとっても可愛いのだが、見てると怒りが込み上げてくる。
突然、俺の部屋のパソコンのモニターから幽霊が顔を出し、呪い殺すと言われれば、誰だって信じるし恐怖するだろう。
実際、俺も自分が呪い殺されないようにと色々と考え、それなりには怯えていた。
それなのに、そんな俺をバカにしたように笑っている幽霊女。
画面に押し込む手伝いをした事には、ご褒美があったので後悔は無かったが、コーヒーを淹れてやった事には後悔した。
「じゃぁ、お前は何をしに来たんだよ!」
「君を怖がらせて、気絶させる為に来たんですよ?」
「はぁ? なんでそんな事をするんだよ!」
俺のその問いに、幽霊女は視線を手元のコーヒーカップに落とし、静かに、そしてゆっくりと小さな声で言う。
「もうコーヒーは全部飲んじゃいました。次はホットミルクが飲みたいです」
幽霊女のその言葉に、俺は部屋の壁に背を預けたまま固まってしまった。




