画面から出てこれないアホな幽霊女 その6
「おりゃーーー!」
「うりゃーーー!」
「……びくともしない。重いな……お前」
「失礼ですよ!」
それからも俺たちは、汗だくになりながら、何度も引っ張り合った。
何度も引っ張るが、がっちり引っかかって全く動く気配がない。
そんな時、とうとう彼女の心が折れたようだった。
「……もう帰る……私はもう帰る……もうバイトなんて辞めて帰る……私はもうお家に帰る」
「うん。それが良いと思う」
俺がそう告げると、幽霊女も帰る決心が固まったのか、顔を上げて別れの言葉のような事を言いだした。
「これからは、遠くから親友を見守り、まったりと余生を過ごす事にします」
「お前には、もう余生は無いけどな」
核心をつかれて固まっているのか、俺の言った意味が理解出来なくて固まっているのかはわからない。
幽霊女は、しばらく何かを考えたあと、俺の目をじっと見つめてこう言う。
「お願いします。私を画面の中へ押し戻してください」
俺もその提案には賛成だった。なんせもう深夜だ。眠いし疲れたし、早く帰ってくれと思う。
気合を入れなおす。さっさとこいつを押し込んで寝よう。
「お前の尻と、決めポーズを拝みたかったが、この際しょうがない、我慢するか」
「……ごめんね。……色々と迷惑を掛けちゃってごめんね」
悲しげな顔を俺に向ける幽霊女。
「さようなら……またどこかで、あなたと会えると信じて、その日を楽しみにしてるね」
幽霊女が静にそう呟く。涙こそ浮かんでいないが、悲しそうな目で俺を見つめながら、別れの言葉を俺に告げている。
しかし俺は気づいてしまった。
幽霊女は、なんとか感動的な別れに持って行って、この場の恥ずかしさを無かったことにしようとしているのだろう。
だが、そう上手くはいかなかった。
一生懸命に感動的な雰囲気を出そうとしているのが、手に取るように伝わってくる。
「さようなら」
そう呟きながら、彼女は人差し指で目の下をなぞり、架空の涙を拭うジェスチャーをしてみせてはいるが、その瞳には涙の欠片も浮かんでいない。
それどころか、俺の反応を伺うために、何度もチラチラと上目使いで俺を見てくる。
完全に嘘泣きだと手に取るように分かってしまうほど、彼女の演技は下手すぎた。
本当に面倒くさい。嘘だと指摘するのも、別れのシーンに乗ってやるのも面倒くさい。
なので俺は何の反応もせず、彼女の肩のあたりを思いっきり画面の中へ向かって押してやった。
ごんっ!っと鈍い音が響く。
「痛いです! 思いっきり頭をぶつけました」
「頭を下げてろ!」
そう叫ぶと、俺はもう一度、力いっぱい彼女を押す。
「痛い痛い痛い」
「だから頭を下げてろって!」
「下げてますよ! 痛いのは頭じゃなくて……」
画面の中に押し戻そうとしても、まったく動く気配がない。
むしろ大きな胸がこちら側に出てしまった事で、さらに向こう側に押し込むことが困難になっていた。
手を放して現状を見てみると、幽霊女の頭頂部と大きな胸が、画面の中に挟まっている。
ある意味、今日一番のホラーだった。
引き気味に眺めていると、ヌルっと画面から頭と胸が、こちら側に戻ってくる。
「痛いし、早く帰りたいよ~」
泣いていた。幽霊女は痛みと不安で、今度は本当に泣いていた。
さすがに可哀相だと思い、俺は作戦を変えることにした。
「とりあえず、つかえてる胸を先に戻すか……」
「え? 胸を戻すってどうするんですか?」
「そりゃぁ、強引にでも押し込むしかないだろ」
「私の胸を触るの?」
「触らなきゃ、どうも出来んだろうが!」
「本当は触りたいだけなんじゃないんですか?」
「足で押し込んでやろうか?」
「……手でお願いします」
「んじゃ、行くぞ?」
「……優しくしてね」
幽霊女の胸に手を当て、力いっぱい向こうへ押し込む。
「……柔らかい……なんて柔らかいんだ」
モニターの縁と俺の手に挟まれ、幽霊女の胸は凄い事になっていた。
手のひらに伝わる、ふにゅりとした感触に、俺は思わず息を呑む。
「……今、揉んだよね?」
今の俺と幽霊女の顔はとてつもなく近い。
その距離で彼女の口からそう告げられる。
「揉んでません!」
一旦距離を取り、目を逸らしながら、とっさに嘘をついてしまった。
「絶対揉んだ! 感触で分かるもん!」
「いや、誤解だって! 押し込もうとしただけで断じて揉んではいない!」
「……本当に?」
「はい! 触ってはいますが揉んではいません!」
「……じゃあ、もう一回やってみてください」
また同じように胸を触る。やっぱり柔らかい。
「やっぱり揉んだ!」
「揉んでない!」
「絶対揉んだ!」
「揉んでないって!」
このやり取りを何度も繰り返したが、胸を向こう側に押し込むことは出来なかった。
確かに最初の方は、胸の感触を堪能していたが、そのうち本気で押し込む事に専念しても、まったく画面の中に戻る気がしない。
この幽霊女は、本当に美人なのだ。その美人の大きな胸を触り放題という現状。
そんな夢みたいな状態も、自分の精神状態で感じ方も変わってしまうのだ。
早く寝たい。もう疲れた。面倒くさい。
なによりも、幽霊女の下げた頭が、俺に押された胸に挟まっている光景に邪な感情などまったく湧いてこない。
むしろ押したり止めたりするたびに、暴れまわっている大きな胸が俺の顔に当るとイライラさえしてくる。
「なんでそんなに大きいんだよ! 全然向こうに戻らないじゃん!」
「そんな事いわれても、勝手に大きくなったんだもん。私にだって分からないもん!」
気づけば、時計の針はずいぶんと進んでいた。
「はぁ、はぁ……ちょっと休憩しようぜ」
「……うん」
俺達はどうにもならない現状の事をしばし忘れ、お互いの頭を冷やす為にも休憩をとる事にした。




