画面から出てこれないアホな幽霊女 その3
少し涙ぐんだ目で、俺の顔を見上げている幽霊女。
多少乱れた長い黒髪は真ん中で別れ、片方の髪は耳にかけているので、今では綺麗なその顔がはっきりと見える。
頬を赤らめ、大きな目を潤ませて、まだ帰りたくないと言いながら俺の事をじっと見つめている。
この幽霊女、本当に美人だな。
そう思いながらも、俺はこうも思う。
帰りたくないと言われても、俺にはこいつを無理やり追い返す術なんて無い。
俺の許可が無くても勝手にここに来れたのだから、帰るかどうかもお前が決めれるだろ!
本当に、こいつはアホの子だな……。
すっごいアホだけど、それがなんだか可愛く思えてしまう。怖さなんて微塵も感じなくなってしまっている。
「……お願いします」
幽霊の癖に、俺を呪い殺しに来た幽霊の癖に、すごく可愛い仕草で俺に何かを懇願してくる。
「私を手伝って下さい!」
「手伝えと言われても俺は人だぞ? 幽霊の手伝いなんて出来る訳ないだろ」
幽霊女が大きな目で俺を見つめている。
「……私を、引っ張ってくれませんか?」
そうか、そう言う事か。どうやらこいつは、自力で画面から出る事は無理だと悟ったらしい。
「……わかった」と俺も返事をする。
「わーい! ありがとうございます!」
幽霊女はとっても嬉しそうだ。両手を大きく上げて喜んでいる。
大きな胸の谷間も良く見えるので、俺もとっても喜んだ。
しかし、手伝うとは言ったが殺されたくは無い。
こいつを見ているのは目の保養にもなるので良いのだが、この部屋に出て来させるわけにはいかない。
なので、俺は幽霊女の両腕を持って、気づかれないように画面の中に押し込もうとした。
「痛い! 痛い痛い痛い!」
モニターの上の縁に幽霊女の頭がゴリゴリと擦れている。
「我慢しろ!」
俺はさらに力を込めて、画面の中に押し戻そうと試みる。
「ちょっと待って! ちょっと止めて!」
その悲鳴とも思える大きな声に俺が手を離すと、幽霊女は後頭部を摩りながらジトっとした目で言う。
「ねぇ……私を画面の中に戻そうとしてない?」
「してねぇ~よ!」
言い訳もなにも言わない。とにかく勢いに任せ、こいつを画面の中に追い返す事に決めた。
だって、こいつはアホの子だ。きっと勢いで乗り切れるはずだ。
◆30分後◆
しかし何度も押し込もうとするが、幽霊女は画面の中に全く戻らない。
それはそうだ。お互いに力を込める方向が違うのだから、上手くいくはずがない。
俺からは全く見えないが、画面の中では必死で踏ん張っているのだろう。
多少画面の中に押し戻しても、すぐにこちら側に戻って来やがる。
俺のモニターもギシギシと嫌な音を立てているので、壊れてしまう可能性だってある。
「ダメだ。……マジで引っかかってんな」
「うん……すっごく痛かった」
泣いていた。幽霊女は顔を赤らめ泣いていた。後頭部を手で摩りながら泣いていた。
なんで俺が押してる事に気付かないんだろう。なんでモニターに頭が擦れている理由に気付かないんだろう。
そんな不毛な事を何度も試している内に、俺はだんだんと面倒臭くなってきた。
「うぐぐぐぐ……なんで、なんで出れないの……」
俺は一人で頑張っている幽霊女を眺めながらしばし休む。
「ボーっと見てないで手伝ってよ!」
幽霊女に怒られ、俺は思う。……なんか面倒くさい。
「もう、どうでもいい気がして来た。しかもこんな時間だし、俺はもう寝るから頑張ってね」
邪魔だったので、遠くにどかしておいた椅子を元の位置に戻す。
「え?」
背もたれ越しに見えるモニターからは、幽霊女が眉を顰めて俺を見ている。
とっても不安そうな顔をしているが、すでに俺のやる気はゼロだ。すぐにでも寝たい。
「じゃあ、おやすみ」
唐突に部屋にやって来た胸の大きな幽霊女を放置し、俺は寝る事にした。
「えーーーー!」
俺がベッドに向かおうとすると、幽霊女が慌てた声を出す。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺は足を止め、幽霊女の方に振り返る。
「私をこのまま放置するの?」
俺は、しばし考える。
「確かにパソコンの電源をつけっぱなしは、まずいよな」
俺はパソコンの電源を落とす為に、幽霊女の方に歩を進める。
「え? ちょっと待って! 電源は切らないで!」
「ん? 電源を切ったらダメなのか?」
「こんな状態で電源を切られちゃったら、私はどうなっちゃうか分からないです。だから止めて下さい!」
両手を上下にパタパタとさせて猛抗議をしてくるが、俺は無視して近づいていく。
パソコンに近づく俺を止めようと必死で手を伸ばしてくるが、そこから出れないこいつに俺を止める事は出来ない。
「お願いします……怖いの……怖いから電源は切らないで」
本気で怖がるこいつを見て俺は思う。
こいつって幽霊に向いてない気がする……。
「う~ん、でもどうなるか分からないんでしょ? もしかしたらそこから出れるかもよ?」
「画面から出ている部分だけ、こっちに取り残されるかもしれないじゃないですか!」
幽霊女が本気で焦っている。
「嫌です……私はそんなの嫌です……怖いんです」
幽霊女が涙を流しながら本気で焦っている。
その必死さに少しだけ同情した。
でも、これ以上こいつに関わるのはやっぱり面倒だったので、そのまま放置する事にし、俺はベッドに入ろうとした。
「んじゃ、おやすみ」
俺のその言葉に、幽霊女の両手がぱたりと下がる。
「……このままだと、一生パソコンが使えないですよ?」
幽霊女が俺を睨みつけながら、沈んだ声で静かに呟く。
「もう動画も見れないし、ゲームも出来ないですよ?」
まるで幽霊のような恨めしそうな表情で、暗く沈んだ声でそう呟いている。
初対面の時にこれをやられたら、こいつに恐れ慄いたかもしれない。
しかし声をそれっぽくしているが、基本的にこいつの声は女性らしい可愛い声だ。まったく怖くない。
顔だって怖くはない。美人が少し怒っているだけで、むしろ可愛いとさえ思えてしまう。
「スマホで我慢するから大丈夫。そのパソコンも古いしね」
「め、目が悪くなりますよ」
「視力には自信があるから平気」
「そんな事を言っていると、歳をとってから後悔する事になるんですからね!」
「オカンかお前は!」
俺の反撃にあい、幽霊女が困り顔で何かを考えている。
「す、スマホとパソコンじゃ迫力が違いますよ?」
自信がないのか、小さな声でそう呟く。
しかし、確かにそうだよなと思い当たる部分もある。タブレットなら良いが、スマホだと画面が小さいと思う事も多い。
「確かにそうだけど……」と俺が呟くと、チャンス思ったのか、幽霊女の顔がぱっと明るくなった。
すかさず畳みかけに来る幽霊女。
「それに、寝ちゃってる間に私がここから出れたら、どうするんですか?」
「眠ったまま俺は呪い殺されるって事か……」
「はい! そう言う事になります!」
元気を取り戻した幽霊女は目を細めると、ニヤニヤしながら俺を追い詰めてくる。
「いいんですか~? 寝たらもう起きないんですよ~。怖いですよ~。自分でも気付かないうちに死んじゃうんですよ~」
もの凄くニヤニヤしながら俺を見ている。なんでこいつは、こんなにも自信満々なのだろう……。
寝てようが起きてようが、お前が画面から出てきたら俺は死ぬんだぞ?
起きてる時なら呪い殺されても良いなんて思う訳ないだろ。
やっぱりこいつはアホの子なんだな。すぐに調子に乗っちゃうし、なんだか哀れだ。
とりあえず、そのムカつくニヤケ面を止めさせるか……。
「まぁ、それも良いんじゃないか? 苦しまずに逝けるなんて幸せなのかもな」
ピタッと幽霊女の表情が固まる。幽霊のこいつは一度死んでるのだから思い当たる事もあるのだろう。
俺の部屋の天井を見つめ、そして何かを思い出したのか幽霊女の頬を静かに涙が伝って行く。
……気まずい。とっても気まずい空気になってしまった。
「……そう言う事なんで、俺はそろそろ寝ますね」
その場の雰囲気に耐えかねて、そそくさとベッドに向かう。
幽霊女の方は見ない。さすがに可哀そうに思えてきて、まともに見る事ができない。
「もっと大事な事がありますよ!」
しんみりとした雰囲気を、幽霊女の大きな声が一瞬でかき消す。
はぁ……なんなんだ、こいつは。
こいつにもツラい事もあったんだな。可哀相な奴だったんだな。
そう思った事にムカつき、そう思っていた俺を普通に呼び止める幽霊女にムカついてくる。
「大事な事ってなんだよ!」
振り向きざまに、つい大きな声を出してしまった。
「ひっ!」っと身を縮ませ怯える幽霊女。
それを見て、自然と声のトーンを落として訊きなおしてしまう。
「大事な事ってなに?」
幽霊女は顔を伏せ、上目遣いで静かに俺を見ている。
なんで幽霊のこいつが俺にビビってんだよ。そんな事で俺を呪い殺せるのかよと心配になる。
「良いの? 私の決めポーズと、最後のぐわって顔を見なくても良いの?」
静かにそう呟く幽霊女。
「い、いっぱい練習したんです。すっごい頑張ったんです。だから自信があります」
俺は目を閉じ、しばし考えた。
現状でもこんなに面白いこの幽霊女が、決めポーズに決め顔だと?
そんなの、絶対に面白いじゃないか!
俺はきっと面白くなるであろう、この女の決めポーズで頭がいっぱいになっていた。
つづく




