第028章 〈価値・Ⅲ〉
2075/4/13 a.m.6:30 悠真の部屋
薄く差し込む朝日が、無機質な部屋を照らしていた。
「うーん…」
ベッドの上で身を起こし、悠真は端末に手を伸ばす。
通知が一件。
「えーっと…沙耶さんからか」
画面を開く。
・悠真さんへ
本日19時、アンダーガーデン本部に来てください。
全員の都合が合いましたので、改めてメンバーの紹介を行います。
「なるほど。」
小さく呟く。
「そういえば俺の知っているメンバー相当少ないな…」
__“全員の都合が合った”。
その一文に、わずかな引っかかりを覚える。
(…随分と都合がいいな)
だが、それ以上考えるのをやめた。
必要とされているなら、行くだけだ。
悠真はベッドから立ち上がり、学ランに袖を通す。
静かな朝だった。
まるで、何かが始まる前触れのように。
-2075/4/13 a.m.8:18 仮想ルーム08-
朝食と毎日の鍛錬を終えたのち、悠真は仮想ルームへと足を運ぶ。
既に白斗の姿があった。
手の中で、もらった賢者の石を弄んでいる。
淡く脈打つそれは、まるで生きているかのようだった。
「悠真、来たか」
「ああ」
軽く手を挙げて応じる。
悠真は白斗の手元に視線を落とした。
「そういえば、今日習う“能力の再現”について、何か聞いてるか?」
白斗は少し考え、言葉を選ぶように口を開く。
「確か……錬金術の基本は“物質の構造変化”だろ?」
「ああ」
「それを、ほぼ無限に近い精度と速度で組み合わせて、“能力が引き起こす結果を再現する”……みたいな話だったはずだ」
「結果、か……」
悠真は小さく呟く。
「それ、詠唱どうなるんだ……」
「俺もそこはわからん」
白斗は肩をすくめる。
「理屈通りなら、ものすごく長くなる気もするけどな。過程を全部説明することになるだろうし。」
「……だろうな」
「まあいい」
悠真はルームの入口をみる。
「やってみればわかる。ちょうどゼロさんも来たみたいだし。」
ゼロが入ってくる。
「みなさんおはようございます。」
「「おはようございます。」」
わずかに空気が揺れる。
「では、能力の再現に関する授業を開始します。」
間を置かず、本題に入る。
「質問です。」
白斗がすぐに手を挙げる。
「はい、白斗様。」
「詠唱ってどうなるんですか?」
その問いに、ゼロは迷わず答える。
「いい質問ですね。能力を再現する場合、詠唱は必要な場合と必要ない場合があります。」
「「必要ない場合!?」」
二人の声が重なる。
詠唱とは、錬金術において“過程の証明”だ。
それが不要ということは__
「はい」
ゼロは淡々と続ける。
「方法は大きく二つ。“自身の能力を転写する場合”と、“一から能力を構築する場合”です」
「転写……」
悠真が小さく繰り返す。
「後者、一から構築する場合は、理論上すべての過程を詠唱で定義する必要があります。」
「つまり……」
「数時間から、場合によっては数日。戦闘中に行うのは現実的ではありません。」
「……だろうな。」
白斗が苦笑する。
「なので_」
ゼロの視線が、二人を正確に捉える。
「本日行うのは前者。“コード転写”__詠唱を行わない再現です。」
一瞬の沈黙。
二人は直感的に理解する。
それは、通常より高度な応用によるものだと。
「なるほど。」
悠真は短く答えた。
「能力の仕組みについては、校長に聞きましたが、もう学んでいるはずですね?」
ゼロの問いに悠真が答える。
「はい、魂に存在する、能力の効果を決める『ソウルコード』に精神エネルギーを流すことで発動していると習いました。」
「その通りです、では、そのソウルコードの知覚を行っていきましょう。まずは認識しないと転写なんてできませんので。」
「「はい。」」
「二人とも、能力を一定の出力で持続的に発動させてください。」
二人は言われた通り、出力を維持しながら能力を発動させる。
炎と氷が二人の周りで発生する。
熱が対流し、空気がうねる。
「今、自身の精神力が通っている場所を意識し、形を覚えてください。」
通常、能力者はソウルコードへ本能的に精神エネルギーを流している。それにより、自身のソウルコードを知覚し、正確に理解できるものは一握りのみである。しかし、その知覚に必要なのは、戦力ではなく精神力、その点において、二人は常人と比べ、圧倒的に有利だった。
炎と氷が、空間の中でせめぎ合う。
相反する現象。
「そのまま維持してください。」
ゼロの声は静かだった。
「……」
悠真は目を閉じる。
意識を、自身の内側へと沈めていく。
炎を“出す”のではない。
流れているものを、“辿る”。
(……ここか。)
確かに、感知できる。
これまで無意識に使っていた“回路”。
だが、それは回路などという単純なものではなかった。
もっと複雑で――
もっと、歪んでいる。
絡み合い、重なり合い、捻じれている。
まるで――
(……文字列?)
規則性のある“何か”。
意味を持った構造体。
それは、賢者の石にも似た__
「見えますか?」
ゼロの声。
「……なんとなく。」
悠真は答える。
隣で白斗も、わずかに眉を寄せていた。
「俺も……形はぼやけてるけど、何かが流れてるのはわかる。」
「それで構いません。」
ゼロは頷く。
「知識だけではなく体感しましたね。それが“ソウルコード”です。」
一歩、二人に近づく。
「正確には、“能力という現象を成立させるための定義式”。」
「なるほど?」
「そして、コード転写とは、その“定義”を複製し、賢者の石の中に再構築する技術です。手本を見せるのでやってみましょう。」
ゼロは賢者の石に触れ、精神エネルギーを流す。
賢者の石が光る。
「なんか変わった気がするけど…」
「これで内部に私のソウルコードが刻まれました。他人がこの中に精神エネルギーを流せば私の能力を使用できます。」
ゼロはそこまで言うと、その賢者の石に触れようとしている悠真を制止する。
「悠真様、使う前に忠告します。これは他人の能力なので、自分の物とは勝手が違います。通常よりはるかに精神エネルギーを消費しますし、副作用も大きいです。」
「え?」
悠真が一瞬だけ目を細める。
「副作用……ですか?」
「はい。」
ゼロは淡々と答える。
「他者のソウルコードは、あくまで他人の力であり、自分に適しているものではありません。」
賢者の石を軽く掲げる。
「それを無理やり自身の精神で駆動させる以上、負荷は避けられません。」
「……どれくらいですか?」
白斗が横から聞く。
「個人差はありますが――」
一瞬、間を置く。
「通常の能力行使の数倍から十数倍、といったところでしょう。」
「は?」
白斗の声が裏返る。
「燃費悪すぎだろ……」
「はい。実用には制限が付きます。」
ゼロは頷く。
「ですが、“ここぞ”という場面では、それ以上の価値があります。」
その言葉に、わずかな重みが乗る。
「……なるほどな。」
悠真は賢者の石を見る。
そこに刻まれた“他人の力”。
借り物。
だが、確かに“使える力”。
「やってみます」
「……悠真」
白斗が少しだけ真面目な声で呼ぶ。
「無理すんなよ。」
「ああ」
短く答える。
悠真は賢者の石に触れる。
(……いくぞ!)
精神エネルギーを流し込む。
その瞬間。
「ーーーッ!!」
強烈な違和感。
流したエネルギーが、まるで“噛み合わない”。
自分のものではない回路。
強引に回される感覚。
「……っ、これはッ……」
思わず声が漏れる。
「そのまま、無理にでも合わせてください。下手にやれば悪化します。」
ゼロの指示が飛ぶ。
「拒絶するのではなく、従ってください。」
「……っ!」
悠真は歯を食いしばる。
合わせる。
自分を曲げる。
コードに、自分を“寄せる”。
その瞬間――
バチッ、と。
何かが繋がった。
「……っ!」
悠真の脳内で記憶がフラッシュバックする。
生まれたばかりの、赤子の時の記憶までもが鮮明に蘇る。
(これが…ゼロさんの能力!?)
フラッシュバックの中で、時々、本棚のような空間のイメージが湧く。
しかし、悠真は確かに、その空間を”知らなかった”。
「大丈夫ですか?悠真様。」
ゼロの声。
「うお!?」
悠真が我に返るが、その鼻からは血が流れていた。
「すこし脳が追いついてないですが…初回でそこまで安定させられるなら、十分に優秀です。」
「いや……これ、長くは無理だな」
悠真は苦笑する。
そのまま、光を消す。
途端に、どっと疲労が押し寄せた。
「……マジか」
白斗が呟く。
「見てるだけでわかる。これはキツすぎるな。」
「はい、初回ならこれでも軽いほうですけどね。」
ゼロは肯定する。
「そして、負荷以外にも使用後は賢者の石内部のソウルコードが崩れるので、物理的にも再使用は不可能です。」
静かに言い切る。
「ゆえに一度きりの使い切り、その一度に、“何を乗せるか”が重要になります。」
「その一撃に、何を賭けるか。」
「誰のために使うのか。」
「それが、この技術の本質です。」
言葉が、静かに落ちる。
「……」
白斗は何も言わない。
ただ、自分の手を見る。
まだ、転写すらできていない。
だが――
「……やるしかねえな。」
小さく呟く。
「俺も、できるようにならなくっちゃあ。」
二人は再び集中に入る。
今度は、さっきよりも深く。
より正確に、“なぞる”。
同時に悠真は思考していた。
(他人の力を使う……か)
借りる力。
預ける力。
一度だけの、切り札。
(悪くないな)
その視線が、わずかに鋭くなる。
「――せめて使いどころは、間違えない。」
その言葉は、小さく。
だが、確かに響いた。




