67. 導かれる不安
今朝は早朝ランニングをすることにした。やはり、体を動かしておかないと気持ち悪くて寝付きが悪かったからだ。それに、あんな男に怯えながら我慢するのもバカバカしいと言うか、腹立たしいと言うか。注意はしなければならないが、過度に心配する必要を感じなくなっていた。
何事もなく家に戻り、朝食を摂る。新しい報道はないかとテレビニュースを見るが、朝のテレビって本当につまらないのな。ニュースと言うより情報番組だ。結局、役に立つ情報は天気予報くらいだった。ちなみに、占いランキングは6位だった。
詩音を迎えに行った。事件に関しては新しい情報はないが、師範代のとこに人が訪ねてきてそうだ。人相を聞いたら、俺が昨日会った中年のおじさんと一致していた。師範と師範代に用があるということは、道場関係か或いは警察関係か。
タイミング的に警察関係者と見るべきだろうな。やはり、この街でも捜査が行われているのだろうか。頼もしさと同時に不安が増す。しかし、昨日までの恐れや怯えは不思議と感じない。あの男、入間の顔を思い出したことで人物像がハッキリしたせいだろうか。
しかし、人物像が分かっても犯行の動機が分からないのは不気味だ。目的が分かれば、誰が狙われるのかも予想できそうなのだが。可能性があるのは、琴音さんの親族であり匿っていたじいちゃん先生。現行犯逮捕をした師範代。そして、逮捕される原因となった俺。恨みが原因だとすると、この3人になるだろう。では、両親とあの不倫男は何故殺された?
両親に関しては、身内だけに何らかの怨恨が生じることがあるかもしれないが、不倫男に関しては接点が全くないはずだ。琴音さんに言い寄ったことで恨みを買ったにしろ、それだけで殺すというのはいくらなんでも短絡過ぎる気がする。もし、接点があったとすれば、不倫男のSNSくらいだろうか。まだネット上に残っているのだろうか。
入間という男の性格を見るに、とにかく怒りの感情が強い点が際立っているように思う。あの晩での怒気を孕んだ目といい行動といい、そして、逮捕された時も拘置所内で暴れまくった聞く。そう言えば、両親が婚約解消をさせようとした時も暴れたと言ってたな。もしや、両親を殺した動機はそれか?
だとすれば、入間が何に対し怒っているのか、というのが動機を解く鍵になりそうだ。しかし、これ以上は想像だけでは限界があるな。何か新しい情報が出ない限り悩んでも無駄だな。
俺は頭を切り替えて授業を受けることにした。
放課後の勉強会。ここでの時間が今の俺の一番の癒しになっている。透子の隣りに座ってるだけの時間がこんなにも尊いなんて。詩音もいるが、全然喋らないから空気も同然だ。
そして、帰り道。3人で歩いていると透子が少し不満そうに言った。
「あーあ、私も涼太と詩音ちゃんと一緒に登校しようなあ。」
「どうしたんだ?友達付き合いはどうした?」
「それがね、最近、涼太と詩音ちゃんが2人で登校してるの見て、浮気されてるんじゃないかって噂されててさあ。嫉妬しないのか、とか弄られて面倒くさくなってきんだよね。」
「涼太には一切、全く、完璧に、金輪際、徹頭徹尾、首尾一貫して興味ない。安心していい。」
「そっくり、そのまま返すわ。しかし、嫉妬かあ。まさか、してないよな?嫉妬···」
「さすがにね。詩音ちゃんには漣がいるもんねー。」
「はあ···やっぱり、道場休みになっちゃうのかなあ。漣に会えるのそこだけなのに···」
「そうだよねえ。じゃあさ、前みたいに誰かの家に集まらない?それなら、安心して会えるし。ねえ、涼太?」
「ん?涼太、どうかした?」
「え?あ、ああ···そうだな。いいかもしれないな。」
「だよね!じゃあ、また夜にでも相談しよ。あ、前に約束してた手作り料理を食べる会もいいかもね。」
「!!!」
俺は2人の会話の盛り上がりも耳に入らないほど、考えに集中していた。もしかしたら、あの男、入間の動機が分かったかもしれない。
詩音を送った後、俺は家に帰らずにじいちゃん先生の家へ向かった。道中の危険なんか考えている余裕もなかった。
「師範、また突然お邪魔してすみません。」
「なんじゃ、また何かあったのかの?」
「いえ、何かが起こったわけではありませんが、考え事をしていたらあの男、入間の動機が分かったような気がしまして。師範に聞いていただこうかと···」
「ほう、動機とな。丁度よい。客人が来ておるが、上がって話すがよい。」
「来客中でしたか。いいんですか?」
「構わん、涼太も知っている人物じゃ。」
「こんにちは、涼太君。」
部屋の奥にいたのは、昨日会った髪の薄い中年男性だった。
「昨日は驚かせたみたいですまなかったね。」
「は、いえ、こちらこそ、勝手に怪しんで失礼しました。師範、こちらの方は···」
「座間君という御仁じゃ。例の事件の捜査で来とる現職の刑事さんじゃよ。」
「警視庁の座間と申します。先生が現職時代にはよく剣道でしごかれておりました。」
「こう見えても、凶悪犯専門の部署のエリートじゃ。さあ、お前さんの推理とやらを聞かせてもらおうかのう。」
「推理ってほどのものでは···少し思い出したことがあったのです。以前に琴音さんと入間が言い争っていた時のことなのですが。」
「ほう、涼太君が暴行を受けた事件の時のことですね。それはぜひ聞きたい。」
「ご存知なのですね。」
「はい、ここに来る前に前歴のことは一通り調べましたから。」
「あの時に突き飛ばされて頭を打ったショックで前後のことをよく思い出せなかったのですが、昨日、テレビで入間の顔写真を見た時に全部思い出したのです。それで、俺が飛び出す前に2人が言い争っていた会話の内容も思い出しまして。」
「ほう?それは確かに初耳じゃな。」
「入間は琴音さんに復縁を強く迫っているようでした。でも、その時は必死に説得しようとしている様子でした。それに対し琴音さんは聞く耳持たないといった感じでキッパリと拒否していたのですが。」
「ああ見えて、気が強い娘じゃったからのう。」
「それでもしつこく食い下がる入間に対し、琴音さんが言ったのです。『他に好きな人ができた』と。」
「なに!?」
「ふむ、それで?」
「それを聞いた瞬間、入間が突然激昂し琴音さんに襲いかかろうとしたのです。それまでの態度とは一変した様子で、とても恐ろしかったのを覚えてます。」
「つまりは、嫉妬か···」
「はい、入間は琴音さんの言った好きな相手を探してるのかもしれません。それが誰なのかは分かりませんが。」
「なるほどのお···」
「先生、当時のお孫さんから、何か心当たりのある人物についてお話はありませんでしたか?」
「うーむ、これといった話は聞いておらんが···」
そこでじいちゃん先生は俺をチラッと見た。いや、俺も知らないし。
「売り言葉に買い言葉でそう答えただけかもしれん。しかし、そうなると、入間も調べたところで答えは出んじゃろうなあ。当時の人間に聞こうにも、殆どの者が道場を辞めておるからのう。」
「なるほど、それで第二のガイシャを···」
座間さんが気になることを言った。
「すみません、第二のガイシャというのは、やはり···」
「ああ、これは口を滑らしてしまいましたな。」
「想像の通りじゃよ。バカ夫婦の夫のことじゃ。」
「では、やはり···」
「まだ公開前の情報なので内密にお願いしますね。周辺の防犯カメラに入間と思しき人物が映ってました。接触した経緯や犯行の手口はまだ解明されてませんが、ほぼ間違いないでしょう。」
「経緯ですか。それも想像ですが、心当たりがあります。その殺害された男が以前にSNSで炎上した際に、琴音さんの顔写真と実名をリークした人物がいました。俺はそれが入間の仕業だったと思ってます。行方をくらませた琴音さんの居場所をそうやって探し当てたのだと。」
「なるほど、入間とガイシャの間にはネット上の繋がりがあった可能性があるわけですね。そちらも今、鑑識が調べているので、いずれ明るみに出るでしょう。いや、期待した以上の情報でした。感謝します。」
「しかし、入間同様に儂らもどう対処すべきか分からなくなってきたのう。当時を知る者が他にいないとなると、アヤツはどう出るのか。そして、もし目をつけられたら、ヤツは殺すことも辞さないというわけじゃ。座間君や、その後の足取りは何か掴めとらんのかのう?」
「それで私がここへ来ているわけですよ。先生なら何かご存知ではないかと思ったのですが。」
「役に立てずすまんかったの。」
「こちらで情報を得られないとすると、他には···」
「考えたくないが、息子夫婦のとこかのう···」
「御子息は現在どちらに?」
「あの事件を契機に、もうずっと音信不通じゃ。当時の住所にまだ住んでおるのかも分からん。」
「電話も繋がりませんか?」
「あれから掛けておらんからのう。当時の番号なら、そこに書いてあるが。」
「先生、急を要しますので、ここは一つ···」
「分かった、分かった。少し待ちなさい。ふーむ、やはり繫らんのう。」
「では、それはこちらで調べましょう。他に何か気付いたことはありませんか?どんな些細なことでも結構です。」
「師範、あのことは伝えるべきでしょうか?」
「あれか、まあ、この際じゃ。言えばよいじゃろ。」
「一昨日、学校からの帰宅途中に同級生から大声で名前を呼ばれたのです。その時に、人混みの中から俺の名を確かめるように呟いた声を聞いた気がするのです。」
「ほう。場所はどの辺りですか?」
俺はスマホで地図を出して場所を示した。
「ほほう、便利な機械じゃのう。」
「なるほど、分かりました。その周辺の防犯カメラを調べるとしましよう。では、私は早速、所轄の警察に赴いて報告を上げてきます。お二人は身の安全を最優先にお気をつけください。また、ここでの会話は他言無用でお願いします。」
そう言って、座間さんはさっさと家を出ていった。
「慌ただしいヤツじゃの。しかし、優秀なのは間違いないからのう。そうじゃ、これはヤツの携帯電話の番号じゃ。一応、控えておきなさい。」




