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65. 遡る不安

家に連れて帰ってもらった後、お父さんはまた電話で誰かと話し始めたので、何かを聞ける雰囲気ではない。私は漣に通話で今日の出来事を話した。


『そんなことがあったんだね。大丈夫かい、詩音?』


「大丈夫。というか、涼太と師範が心配し過ぎな気がする。まだ何も確かな情報もないのに、2人共、憶測だけで突っ走ってる。」


『いや、涼太がそこまで心配してアレコレやってくれてることが、僕には逆に安心だよ。何かあっても、僕は直ぐには駆けつけられないからね。』


「漣までそんな···」


『詩音、世の中にはその考えをまるで理解できない人間は少なからずいるんだ。自分の常識ですべてを推し量るのは危険だよ。ましてや、こういう状況だからね。当たり前の日常というものは無いと思った方がいい。それに、涼太は一度命の危機に遭っているから、危険の匂いに誰よりも敏感になっているのかもしれない。それを侮っではいけないよ。』


まるで、漣もそんな目にあったことがあるような口振りだ。問ただしてみたいけど、やっぱり止めておこう。漣にとって辛い過去が出てきたら、どうしていいか分からないし。


「分かった。でも、私は何をどうすればいいのか分からない。今日だって、ただ涼太に付いてただけだし。」


『そうだね。じゃあ、不安を少しでも減らすために、こういうものを使うのはどうかな?』


漣は自分のアイデアを話し始めた。それで何がどうなるわけでもないと思うけど、一応了解した。結局、私は言いなりになってばかりの気がするけど、中学2年の女子に犯罪者の対処の仕方なんて分かる方がおかしいというものだ。こういう時だけ、自分は女だと言うのもどうかと思うが。



翌朝、まだお父さんは家にいた。昨日の話を聞くべきだろうか、と思っていたら向こうから話しかけてきた。


「詩音、今日から学校にもスマホを持参していきなさい。学校内では電源を切っておかないといけないだろうが、登下校中はいつでも繫がるようにしておくんだ。先生の方には私から話をつけておく。」


「えっと、そんなに深刻な状況なの?」


「うむ、九州の別の殺人事件でも、あの男が関与している可能性が出てきた。凶悪犯罪の容疑者として全国に指名手配されるのも時間の問題かもしれない。本当は自宅に待機しておくのが一番いいのだが、まだ容疑者の居場所が特定されていないからな。今できることはいつでも助けを呼べるようにしておくことくらいだ。」


「じゃあ、昨日、涼太が言ってたことって···」


「警察に言えるような話ではないが、近くにいる可能性は高まったと思う。くれぐれも油断するなよ。」


お父さんの表情を見て、今更ながら大変な状況なのだと実感が湧いてきた。なのに、普通に生活を送らないといけないなんて、もう何が正しいことなのか分からなくなってきた。漣の言った通り、日常とはこんなにも脆く崩れるものなのか。


身支度を終えた頃に涼太が来た。心なしか表情がいつもより暗い。登校中にお父さんから聞いた話や漣からの提案を話した。スマホの所持については涼太も同じ考えだったようだが、これから教師に話すため、今はまだ所持してないらしい。


今日もやはり周りからジロジロ見られてる気がするけど、昨日ほどではない。毎日の日常も目まぐるしく変わっているのだな、と実感した。




詩音と玄関口で分かれて、俺は職員室に行った。担任教師にスマホの所持について話をつけるためだ。朝の授業前の準備で忙しいから、話は昼休みの時間にしてくれと言われた。


今日は特に騒がれること無く午前の授業が終わり、給食をさっさと食べ終えて再び先生のところに行く。先生はまだ食べてる最中だったが、食べながら聞いてもらうことにした。


「つまり、身の危険を感じるからスマホの所持を認めてほしいと。しかし、急にそんなこと言われてもねえ···」


「なんなら、下校までは学校側で預かってもらってもいいです。登下校中に使えればいいので。」


「う〜ん、どうしたものかねえ。私達教師は校則には逆らえんからねえ···」


先生が悩んでいると、別の先生から声がかかった。校長先生に呼ばれたらしい。校長室に消えた先生を待ってしばらくすると、せかせかと戻ってきた。


「スマホの件、特例で認めるそうだ。他の生徒の親からも同じ理由で申請があったらしい。但し、他の生徒達には絶対に秘密にしておくこと。分かったね。」


「はい、ありがとうございます。」


「しかし、殺人事件の犯人ねえ···防犯の備えを確かめておくべきか。いや、生徒への注意喚起が先か···」


先生はもう俺のことは眼中にないようだ。思い馳せないといけないことが多過ぎるのだろう。教師という職業はやはり大変そうだな。俺は午後の授業に備えて教室に戻った。


放課後はまた図書室に集まった。勉強なんかしてないで家にさっさと帰るべきかと思うが、学校にいる方が安全な気がするし、何より家に閉じこもってるだけでは息が詰まりそうだ。俺の中の危機感とは裏腹に、実際はまだ可能性の域を出ない話だからな。


透子は俺のそんな心中を察してか、努めて明るくて振る舞おうとしてくれているのが分かる。何だか、それが申し訳なく思う。俺とかかわったばかりに余計な心配をかけさせてしまっている。事が落ち着いたら、なんでもわがままを聞いてやろう。お小遣いの残高の範囲内での話だが。


そして、下校時刻。透子を家まで送って、詩音と2人切りになった。昨日のことを思い出して緊張してくる。疑心暗鬼になると、すれ違う人全てが怪しく見えてくる。ついつい無言になってしまった。詩音は元々口数少ないから、いつも通りな感じに見えるが。


「なあ、詩音。緊張してるか?」


「うん、少し。でも、何もないね。」


「あったら困るけどな。」


「ねえ、何で琴音さんはあんな男と婚約したんだろう。」


「ん?付き合い始めた頃は普通だったと聞いたけど。」


「人って、そんなに急に変わるもの?」


「どうだろうな。急に変わったんじゃなくて、元々そういう性格だったのを上手く誤魔化してたのかもしれないし。何か変わる原因があったのかもしれないし。琴音さんって、普段は優しいけど、思ったことを遠慮なくズバって言うこともあったからなあ。」


「私が知ってる琴音さんは只々優しい人だった。私の前では猫かぶってたってことなのかな。」


「いや、それも琴音さんの一面だったと思うぞ。人って色んな面を持っていて、どれを見せるかは相手次第なのかも知れないな。俺の前では姉貴って感じだったしなあ。」


「そうなんだ。涼太にはどんな事話してたの?」


「んー、確か道場の子供達の扱い方について話してた時だったかな。あれは···」






「なあ、アイツらに優しいのはいいけどよ、甘やかし過ぎるなよ。あれじゃ、稽古になんねえよ。」


「はいはい、涼太は鬼だな。あんな可愛い子達に厳しくしろだなんて。」


「道場には稽古しに来てんだぞ!厳しいのは当たり前だ!俺なんか、ガキの頃は怒られてばっかりだったんだぞ。」


「そうなのか?こんなに可愛い涼太を怒るだなんて、酷いヤツがいたもんだな。ハハハ」


「俺まで甘やかそうとすんなよ。」


「涼太、私は甘やかしてるんじゃない。褒めてるんだよ。」


「同じじゃねえかよ。」


「違うぞ、涼太。甘やかすのに理由はないが、褒めるのにはちゃんと理由があるんだ。それが分かったら、人は褒められるように行動するだろう?でもな、人が褒められるために何かするのは、せいぜい子供の時だけだけだ。大人になったらな、褒められなくても働かないといけないし、そもそも褒めてくれる人間なんていない。だからな、今の内にたくさん褒めてあげるんだ。世話係の私があの子達にできるのは、それくらいだからな。」


「···しょうがねえなあ。分かったよ、アイツらを怒るのは俺がやる。姉ちゃんは好きにしろよ。」


「ふふふ、ありがとうな、涼太。でも、涼太からもできれば褒めてやってほしい。私は所詮、臨時の手伝いだ。いつまでも、ここに居れるわけじゃない。私が居なくなったら、涼太が私の分もあの子達を褒めてやってくれ。なあ、頼むよ。ほれ。」


「も、もう!分ったから、脇腹をつつくな!姉ちゃんがいなくなっても、俺がちゃんと面倒みるよ。でも、俺も中学上がったら剣道辞めるかもしれねえぞ?」


「その時は仕方ないさ。そこまで重荷を負わせるつもりはないよ。手の届く範囲でいい。その手で掴める範囲で···」


「じゃあ、せいぜい両手をいっぱいに広げて、なるべくたくさんを掴むとするよ。だから、安心していいぜ。何だよ、俺の顔に何かついてるか?」


「ふふっ、涼太は男前だな。」


「はあ?な、何言ってんだ、急に。こんな年下のガキに。」


「いや、本気だぞ?私も10年遅く生まれてたら、チャンスがあったのかなあ。アハハ、あ、こらこら!女性には優しくだぞ?」



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