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64. 迷える不安

その日は仕事帰りの師範代に車で迎えに来てもらうまで、じいちゃん先生の家に居残った。晩御飯まで頂いてしまった。


「今後、道場の方はどうなるんでしょうか?」


「うむ、しばらくは休会にするしかないと思もうておる。またぞろ人が辞めるかもしれんのう。」


「・・・」


「あ、お父さん来たみたい。」


外の様子を見ると、家の前に車が停まっている。スーツ姿の師範代が降りてきた。


「師範、娘がご迷惑おかけして申し訳ございませんでした。」


「なに、元はと言えば、儂の孫の遺した負の遺産じゃ。それより、何か分かったことはあったかのう。」


「ええ···しかし、ここでは。」


「うむ、では、また後で電話で報告を聞くとするかの。今日のところは早く帰るといい。」


「ありがとうございました。師範もどうかお気をつけて。」


「くれぐれも、気を抜くでないぞ。戸締まりも忘れるなよ。」


師範代の車に同乗させてもらい、自宅に送ってもらった。本当なら俺が詩音を送り届けなければならなかったのに。不甲斐ない。


「涼太君、気に病むな。君の判断が間違っているとは思わない。すまないが、もうしばらくの間、娘の登下校の付き添いを頼めるかな。」


「はい、分かりました。送って頂いてありがとうございました。詩音、明日の朝また迎えに行く。」


「ん、おやすみ。また明日。」


俺は家に入るとすぐに鍵をかけた。自分でも神経質になっているのが分かる。


「涼太、おかえり。道場で何かあったのかい?」


「うん、今から説明する。父さんは?」


「キッチンでテレビ観ながらビール飲んでるよ。」


俺はキッチンに向かった。


「ただいま、父さん。」


「おう、涼太。ちょっと、このニュース見ろ。お前、このことで道場の先生から何か聞かなかったか?」


例の死んだ男性の件のことか?続報が入ったのだろうか?しかし、ニュースで報道されているのは更に遠い北九州市で起きた事件だった。夫婦2人が自宅で何者かに殺害されて死体で発見された、という内容だった。


「いや、このニュースと先生が何か関係あるのか?」


「被害者の名前見てみろ。この入間って苗字、あの入間と関係あるんじゃねえか?」


入間···それは、琴音さんの元婚約者の苗字と同じだった。そして、琴音さんが行っていた大学は確か九州のどこか。では、この殺害された夫婦は···まさか


「やっぱり、お前に怪我をさせたあの犯人の親族なんじゃねえかな。そろそろ務所から出てくる頃かと思ってたが、まさか出てきて直ぐにこんなことしやがったのかよ。おい、聞いてるのか?」


俺の思考は止まっていたに違いない。親父の声が俺の意識に届くこと無く、全て素通りしていた。




あの入間という元婚約者、まさか両親まで殺害するなんて。

いや、まだそうと決まったわけじゃない。偶然、同じ苗字のだったのかもしれないじゃないか。第一、動機はなんだ?なぜ、親を殺す必要がある?


理由は分からないが、俺の意識はあの男が犯人だと思おうとしている。いっそ、アイツが犯人だと分かった方が、まだ対策を考えられる気がするからだ。人は困った時ほど安易な方に流れやすい。


よし、まずは情報だ。そう言えば、師範代が師範に何かを伝えようとしていた。あの後に電話すると言っていたな。今から電話して聞いても大丈夫だろうか?と、思ったらスマホのコール音が鳴った。表示されている名前はじいちゃん先生ではなく、透子だった。


「透子か?どうかしたか?」


『あ、涼太。ううん、ちょっと声を聞きたくなっただけ。今、大丈夫かな?』


本当は大丈夫じゃないのだが、俺は自分を落ち着かせるためにも、そのまま会話することにした。


「ああ、やっぱり不安なのか?」


『あのね、私思ったんだけど、しばらく涼太の家から学校に通えないかなって。そうすれば、少なくとも涼太が一人きりになることはなくなるでしょ?お父さんとお母さんを説得できるかは分からないけど。』


「いや、それは止めておこう。元々、透子が狙われる理由は薄いんだ。わざわざ危険を増やす必要はないだろう。」


『でも、まだ本当に危険ってほどの話じゃないでしょ?その、涼太と一緒にいる時間が増やせるんじゃないかなあって···』


あー、この機に便乗しようってことか。俺の頭の中との温度差が激しくて、その発想には至らなかったわ。どうしたものかな、危険性が今朝とは比べ物にならないくらい増えているのを説明すべきか。と言っても、まだ確たる情報は何もないんだよなあ。とりあえず、分かってることだけ話すか。


「透子、落ち着いてよく聞いてくれ。実は今日の帰り道に、俺は例の男に目をつけられたかもしれないんだ。」


『え、例のって、まさか?』


「ああ、例の元婚約者の男だ。偶然なんだが、田口のバカが路上で俺の名前を大声で呼んだ時に、それに反応したヤツがいた。顔は見てないが、イヤな予感がするんだ。だから、俺とあまり行動を一緒にしない方がいいかもしれない。」


『そんな···気のせいとかじゃないの?そんな街中で偶然に出くわすなんて。』


「俺もそう思いたい。でも、楽観視して透子を危険に遭わせたくない。すまないが、今は自重してくれないか?」


『くうううっ、分かった。アイツめえ···』


よかった、一応納得してくれたみたいだ。


『田口のバカ、もう許せないアイツ!やっとクラス離れたと思ったのに!』


あ、そっちの方ね。やっぱり、アイツのこと嫌ってたんだな。俺も嫌いになりそうだけども。


「とにかく、そんなわけだからさ。登校は今まで通りで頼む。帰りをどうするかは、また考えよう。」


『分かった···ねえ、涼太。ちょっと、スマホの画面見てくれる?』


何だろう?俺は画面を見た。パジャマ姿の透子の上半身が映っている。すると、透子の顔が画面に段々と近づいてきて、目を閉じて、唇が··あ、画面が暗転した。そして、また透子の顔が映った。


『えへへ〜、おやすみのキス。一緒に住めたら直接できたんだけどなあ。じゃあね、おやすみなさい。』


さっきの発言を撤回したくなった。



透子と喋っていたら時間が過ぎてしまっていて、じいちゃん先生に電話する機会を失ってしまった。年寄は寝るの早いからな。仕方ないので、ネットニュースに続報が出てないか確認する。


すると、先に報道されてた男性の死因は頸部圧迫による窒息死で、他殺の疑いが強まったため殺人事件として捜査されることになった、とあった。発見された時は死後1日程度か。死んですぐに発見されたんだな。


もう1つの九州の事件、こちらは殺人だとハッキリ書かれてるから余程の惨状だったのだろうか。何がそうさせたのか···犯行時刻は3日から1週間ほど前。つまり、犯人が同じ人物なら先に九州で事件を起こし、その後にもう1つの殺人を犯したことになる。段々とここに近寄っている、ということか。


殺人事件ともなると流石に警察も動くだろうし、最近は防犯カメラで犯人をすぐに特定できたりするそうだから、案外、足取りはもう分かっているのかもしれない。ぜひ、そうあってほしいものだ。


他にできることはあるだろうか?今日、特に痛感したのは、学校に行ってる間はスマホを持てないのが不安な点だ。先生に事情を説明すれば所持だけでも許してもらえないかな。持ち物検査とか滅多にないし、黙って持っていてもいいんだが。この期に及んで、万が一を考えないのは危険だよな。やっぱり、ちゃんと許可を取ろう。


これ以上、素人考えを繰り返しても無駄なので、俺は早々に寝ることにした。明日の早朝トレーニングどうしよう。しばらく自粛すべきかな。一日でもサボると直ぐに体が錆びる感じがするので、できれば続けたいのだが。



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