63. 囁く不安
1日2話ペースに戻します。
また、夢を見た。
長い黒髪
白い胴着袴
凛とした後ろ姿
優しそうな瞳がこちらを見た
何かを叫んでいる
とても必死そうだ
あれは、何だったんだろうな
『涼太、りょーた!』
ああ···俺の名を叫んでたのか···
目覚めたら、スマホのアラームが鳴っていた。起きてカーテンの隙間から見ても、外はまだ薄暗く人の気配もなかった。俺はいつものジャージに着替え、念の為、竹刀袋を持って早朝ランニングに出た。走りにくいが、仕方ない。
いつもの川沿いの道を走る。すれ違うのは、もうすっかり顔見知りになった犬と散歩中のお年寄り達だけだ。見通しのいい場所だし、ここで何かが起こるとは考えにくい。公園で少し素振りをし、ひとしきり身体を動かしてから帰宅した。
家に戻ると、スマホに通知があった。珍しく詩音からだった。何かあったのか、と直ぐに電話をかけた。
『はい。』
「詩音、何かあったのか?」
『何もないけど、お父さんが登下校もできれば誰かと一緒にするようにって。でも、私、近くに友達がいないから···』
「あーそういうことか。分かった、早めに迎えに出るから準備して待っててくれ。」
『いいの?遠回りになるけど。』
「大した距離でもないだろ。じゃあ、後でな。」
師範代も懸念しているということか。じいちゃん先生より師範代の方が最近まで現職だったから、より詳しい情報を持っているのかもしれない。いよいよ、油断できなくなってきたなあ。
俺は詩音を拾って学校へ向かった。師範代に話を聞いてみたかったが、朝早くから出かけたとのことだった。
「いつも、そんなに朝早いのか?」
「今日はいつもより全然早い。昨日の夜も帰り遅かったし、夜なのに電話かけたり、何か忙しそう。」
「そうか···何だかイヤな雰囲気だな。」
「イヤな雰囲気は今もなんだけど···なんでこんなに周りからジロジロ見られるの?」
「さあ?俺にも分からん。ところで、帰りはどうするんだ?」
「それも困っている···」
「俺と透子と一緒でいいなら、放課後は図書室にいるから寄ってくれ。その代わり、下校は少し遅くなるけどな。」
「図書室?2人で勉強してるの?」
「まあな、今年は受験だから同じ学校行けるように2人勉強会をやってるんだ。毎日じゃないけどな。」
「分かった。お邪魔じゃなかったら、行く。」
「透子も詩音となら喜ぶさ。じゃあ、また放課後な。」
校舎の玄関口で詩音と別れ、俺は自分の教室へ行った。自分の席につくと、何故かクラスメイト数人に囲まれた。
「涼太、今朝のあの可愛い子は誰だ?」
「は?」
「は?じゃねーよ。お前、三木谷と付き合ってまだ数ヶ月のくせに、もう次のカノジョかよ。何いきなり覚醒してんだよ。」
「覚醒ってなんだよ。一緒に歩いてたのは俺の昔からの剣道仲間だ。そういう関係じゃねーよ。」
「剣道?ウソつくなよ、あんな可愛い女子がそんなことするわけねえよ!」
「あのなあ···まあ、可愛いってのは否定しないけど、アイツはヘタしたら俺より強いんだぞ?この前の大会でも余裕で優勝してたしな。」
「マジかよ!?あんな華奢な女の子が···いや、それはそれでアリかもしれん。なあ、カノジョじゃないなら、俺にも紹介してくれよ。頼む!」
「やめとけって。あいつ、すっげえガード堅いし、何よりもう既にイケメンのカレシいるしな。」
「え、カレシいるの?しかも、お前がイケメンって言うなんて···どんなヤツなんだよ。」
「どんなって···そう言えば、プリあったな。ほら、コイツだ。」
俺は生徒手帳に挟んでたプリクラ写真を見せた。例の需要のない男同士のツーショットだ。ところが、それを出した瞬間、食らいついてきたのは遠巻きに見てた女子達だった。
「えええ、何このプリ!絵面ヤバっ!つか、誰!涼太君、この人誰なの!?」
女子同士で奪い合うように見ている。需要あったのか?仕方ないから男子には詩音とのツーショットの方を見せる。
「ほら、こっちがさっきの女子で、これがそのイケメンのカレシだよ。この時はまだ付き合ってなかったから、ちょっと距離感あるけどな。」
「てことは···俺(私)達にも、もう少し早かったらチャンスあったってことじゃん!早く言ってくれよ、涼太(君)!」
なんで俺が責められなくてはならないのか。
その後、登校してきた透子に事情を説明した。詩音が俺の新しいカノジョと誤解されたことには苦笑していたが、一緒に下校することはあっさり了承した。
放課後、透子と2人で図書館にいると詩音がやってきた。詩音も教科書や参考書を広げ始めたので、3人での勉強会になった。詩音は聖光大附属を受験することに決めたらしく、今の内に学力を上げておきたいようだ。ある意味、丁度よかったのかもしれない。1人で図書館で勉強するのはなかなかに勇気いるもんな。
そして、下校時間になった。透子は楽しそうに詩音に話しかけている。詩音は頷いているだけだが、一応会話は成り立っているらしい。俺は2人の後ろを歩きながら周囲を警戒していたが、日も暮れない内から何かあるとは思えない。
最初に透子の家に寄る。何なら泊まっていく?と詩音に提案するも、いくらなんでも急すぎるよな。透子は少し残念そうだが、次は詩音の家に向かった。
道中で珍しいヤツに会った。3年で別のクラスに分かれた田口だ。見なかったことにして素通りしようとしたのに、わざわざ向こうからやってきた。
「涼太?りょーたじゃねえかよ!誰だよ、その子?とう···三木谷はどうしたんだよ!」
「声でけえよ。街中で大声で人の名前呼ぶんじゃねえよ。この子は昔からの剣道仲間だ。透子ならさっき家に送ったとこだよ。」
「ちっ、やっぱりまだ付き合ってんだな。クソ、何で俺だけ別クラスになんだよ。つか、その子も可愛いじゃねえかよ。ちょっと、紹介しろよ。」
「涼太、コイツ殴っていい?」
「気持ちは分かるけど止めとけ。じゃあな、田口。俺達、急ぐんだよ。」
俺達は一人で騒ぐ田口を無視してその場を去ろうとした時、
「りょーた・・・」
その場にいた誰かが、俺の名前を呟いた。
俺は周囲を見回した。
誰だ、俺の名を呼んだのは。
俺は全身から汗が噴き出るのを感じた。
どうしよう、このまま詩音を家に送り届けていいものか。
みすみす、住所を教えてしまうことにならないか。
じゃあ、どこに行けばいい。
どこが一番安全なんだ。
よりにもよって、このタイミングで
田口のバカヤロウめ···
一緒に下校したのが却って仇になるとは。
いや、こうなった場合に備えて単独行動を避けたのだ。
スマホがあれば直ぐに誰かに助けを呼べたのに。
誰かって、誰にだよ、誰か···そうか
「なあ、詩音。すまんが、このまま師範の家に行くから、付き合ってくれ。」
「えっ、何?何かあったの?」
「後で説明する。今は何でもない振りしたまま黙って付いてきてくれ。」
「わ、分かった。」
俺達は努めて平静を装って師範の家に向かった。でも、その足は少々早足だったかもしれない。師範宅の呼び鈴を押し、家の中に入れてもらった。
「どうしたんじゃ、詩音も一緒に。何かあったのかの?」
「すみません、急に。ちょっと気になったことがあったので。心配し過ぎと笑われるかもしれませんが···」
「何があったの?ちゃんと説明して。」
「何じゃ、詩音も聞いとらんのか。」
「はい、ついさっきの出来事なので。実は、詩音を家に送り届ける道中で、俺の同級生に鉢合わせしたのですが、そいつが人が大勢いる前で大声で俺の名前を呼んだんです。そうしたら、周りにいた誰かが俺の名前を呟いた気がして···」
「ぬう···そやつの顔は?」
「見てません。一瞬のことだったので···」
「ちょっと、どういうこと?名前がどうしたの?」
「俺を探している人間が、たまたまあの場にいたかもしれないんだ。」
「それって、もしかして···」
「分からない。分からないけど、万が一を考えると、詩音をあのまま家に送ったら、家の場所を教えてしまうことになるんじゃないかと不安になったんだよ。それで、師範に相談しようと思ったんだ。」
「そんな、流石に心配し過ぎじゃない?まだあくまで可能性の話だって言ってたじゃない。」
「いや、涼太の判断は間違っていないかもしれん。涼太、昨日のニュースの件じゃがな。どうも、他殺の線が濃厚らしい。」
「!!!」
「ちょっと、なんの話?。ニュースって、どういうことなの?」
「前に琴音に言い寄った既婚者の男がおったじゃろう?」
「あのバカ夫婦の夫がどうしたんですか?」
「昨日、ニュースで死体で発見されたと報道されてたんだ。しかも、どうやら他殺だったようなんだ···」
「・・・」
「あの男が関係しているかは分からん。しかし、タイミングが合いすぎる。一応、動機もある。油断ならん状況じゃ。」
「動機って?」
「考えられるものは2つある。1つは、琴音に言い寄ったことに対する報復。もう1つは、道場の関係者の情報を入手するため。或いは両方かもしれんな。動機としてはどちらも弱いが、何を考えておるのかも分からん輩じゃからの。」
「そんな···じゃあ、もうこの街に来てるってこと?」
「可能性はある。だが、まだ可能性だ。俺の聞き間違いかもしれないし、俺以外の"りょうた"があの場にいた可能性もなきにしもあらずだ。しかし、あのまま送り返すのは危険だと思ったんだ。」
「でも、どうすればいいの。このままここに閉じこもっているわけにもいかないじゃない。」
「とりあえず、電話を使っていいから、今ここにいることを親御さんに報告しなさい。その上でどうするか相談するとしようかの。」
「分かりました。あれ、家の電話番号って何番だっけ?」
「そう言えば、私も覚えてない···」
「呆れたもんじゃ。家の番号くらい覚えておくもんじゃろ。」
「いえ、スマホだといちいち番号で掛けたりしないので、忘れるんです。」
「便利なものに頼りすぎるから、いざという時にそうなるんじゃ。電話はやっぱり固定電話じゃ。ほれ、ここの帳面に書いてあるぞ。」
「何から何まですみません。ところで、この黒い電話ってどうやって使えば···」
「かー!もう、儂がかけるわい!全く、最近の若いもんは···」
「そのセリフを言う老人って本当にいたんだ。」




