62. 忍び寄る不安
何はなくても腹は減る。
待っている間に晩御飯ができたようなので、手早くかき込む。母は何か言いたそうだが、結局何も聞かれなかった。母にしてもあの事件は苦い思い出だろうから、嫌な予感はしても口に出すのは憚れるのか。
俺は自分の部屋に戻り時間を見る。1時間を少し過ぎてたが、漣からは何も通知が来てない。ちゃんと、待っていてくれてるのだろう。
早速、電話をかける。
『涼太?』
「すまん、少し遅れた。」
『大丈夫だよ。話は長くなるのかい?』
「まあまあ、長くなると思う。」
詩音と透子はある程度全容を知ってたけど、漣は一からの説明になるもんな。ちょっと、俺は憂鬱になった。
『分かった、覚悟しとくよ。で、いつ結婚するんだい?』
「は?結婚?」
『これから君達2人の惚気話をたくさん聞かされるんだろう?さあ、どんどん話してくれていいよ。』
「バカっ、何言ってんだよ!結婚とかいくらなんでも、まあ、将来的にはありかもしれないけど、とにかくそんな目出度い話じゃない。真面目な話だ。」
『結婚も真面目にしないと三木谷に怒られるよ?まあ、冗談はさておき、緊張が解けたようだから本題に入ろうか。』
まさか漣にからかわれる日が来るとは···
しかし、いい具合に肩の力が抜けたので、かいつまんで説明した。
『そうか···それは確かに安全が確認されるまでは注意すべきだね。もし、その男性が被害に遭ってたとしてら、何が理由何だろう?』
「推測の域を出ないが、その元婚約者は琴音さんにかなり執着してたから、奥さんがいるのに琴音さんに声をかけたことが許せなかったのかもしれない。」
『だとしたら、相当歪んだ性格をしているね。或いは狂人なのか。どちらにしても、会いたくないタイプだね。』
「全くだ。もっとも、漣に直接被害が及ぶとは考えにくいけどな。詩音や透子が心配してたから、一応注意だけはしておいてくれ。あと、まだあくまで推測と可能性の話でしかないから、他言無用で頼む。」
『うん、分かった。知らせてくれてありがとう。また、何かあったら教えてよ。僕で力になれることがあったら、遠慮なく言ってほしい。』
「ああ、その時はまた相談する。じゃあ、長い時間済まなかったな。」
『今度は楽しい話題を期待してるよ。おやすみ。』
これでやれることは全部やっただろうか。道場関係はじいちゃん先生に任せるしかないが、俺の手の届く範囲でできることは···やはり、家族には話しておくべきか?
せめて、さっきのニュースの続報が分かれば判断できるんだが。俺はもう一度スマホで検索した。しかし、新しい情報はなかった。一地方の一人暮らしの独身男の死亡事件なんて、メディアはあまり取り上げようとしないよな。こっちも、じいちゃん先生の伝手から何か分かるまではお手上げかな。
とりあえず、今は他に打てる手はなさそうだ。透子が怖がってるかもしれないから電話してみるか。
『涼太?ちゃんとお家に帰れた?』
「ああ、特に何もないよ。透子の方はどうだ?気にし過ぎて怖がってないか心配でかけてみたんだが。」
『うん···やっぱり、ちょっと不安になるよね。これからどうなっちゃうんだろね。』
「俺にも分からないよ。いつまで警戒していればいいのかも分からない。でも、過度に恐れる必要もないと思う。基本、誰かと一緒に行動していれば危険はないだろうし。俺は透子と一緒にいるいい口実ができたと思うことにするよ。」
『そうだね。私もそう思うことにする。明日も一緒に帰ろうねえ。』
「ああ。そう言えば、さっき漣にこの件を話すために電話したら、俺達いつ結婚するんだ?って訊かれたよ。」
『け、結婚!!そ、それで···涼太はどう答えたの?』
「将来的にはありかもって」
『!!!』
「からかうつもりで言ってるのがバレバレだったからな。ん、どうした透子?」
『それって、婚約とか···そういう意味なのかなって···』
「いや、俺達まだ中学生だし···でも、まあ、そういう未来があってもいいかなとは思ってるよ。」
『うん、そうだね···私は、その、いつでも···』
「え?ごめん、なんか声が小さくて。もう一度言ってくれるが?」
『えっと、何でもない。あの、涼太?』
「ん、どうした?」
『落ち着いたら、また2人でデートしようね!』
「お、おう。そうだな、その時は外で思い切り楽しみたいな。」
『うん、その日を楽しみに今は我慢する。だから、私は大丈夫だからね。』
「そうか、安心した。不安になったら、いつでも電話してきていいから、無理はするなよ。じゃあな、おやすみ。」
『うん、また電話する。おやすみなさい。』
少しは元気出ただろうか。安心できるようになるまでは、俺がちゃんとフォローしないとな。1人ケアするだけでも気を使うのに、道場の人間全員となったら大変だ。ある程度、確証を得るまで秘匿しておくのはやむを得ないのかもしれない。パニックになる方が怖い。
詩音には電話してないけど···そっちは漣に任せるか。
俺は長期戦を覚悟して、風呂に入って寝ることにした。
今日こそ話をしようと思ったのに、こんな時に限ってお父さんはなかなか家に帰ってこない。仕方ないので待っていたら、ようやく帰ってきた。時計は夜8時を回っていた。
「お帰りなさい。遅かったね。」
「詩音か。少し用事が長引いてな。待っていたのか?」
「うん、ちょっと大事な話がある。」
「そうか、じゃあ、奥で聞こう。」
お父さんは浴衣に着替えて居間に行った。私は体面に座布団を敷いて座った。
「で、話とは何だ?また、進学についてか?」
「一つは、そう。」
「ふむ、この前の試合を見たが、随分腕を上げたな。今も警察官を目指してるのか?」
「剣道は続ける。でも、高校は普通に受験しようと思う。」
「ほう、志望校は決まってるのか?」
「うん、聖光大附属高校を受験したい。」
「聖光大···あそこはキリスト教系ではなかったか?」
「うん、そう。」
「剣道部はあるのか?」
「ないと思う。剣道は今の道場で続けるつもり。」
「ふむ、何故そこなのだ?」
「道場に来ている柏木漣がそこの学校に行ってる。私と漣は、その···」
「最近、お前と涼太君が稽古をつけている少年か。その柏木君の影響ということかね?」
「えーと、そう。」
「ん、分かった。好きにしなさい。」
「え、いいの?あそこ、学費とか高いと思うけど。」
「お金のことは心配しなくていい。」
「もっと、ちゃんと理由とか聞かなくていいの?」
「柏木君の剣はとても真っ直ぐだ。彼からの影響であれば、お前が何をやろうとしてるにしても誤った道ではあるまい。なら、私から言うことはない。学生の時間を大切に過ごしなさい。」
「あ、ありがとう···」
「話は以上か?」
「もう一つある。琴音さんの元婚約者の男のこと。」
「うん···その話は誰から聞いたのかね?」
「涼太から。今、行方が分からないから注意しろって。」
「なるほどな。涼太君の言った通りで、危険な男かもしれない。今、私の伝手を頼って居場所を追ってるが、今のところ情報がない。詩音に害が及ぶとは思わないが、注意するに越したことはない。学校の登下校もできるだけ誰かと一緒にすることだ。」
「私、いつも1人で登下校してるから···」
「そうか···涼太君には頼めないのかね?」
「涼太の家はここから離れてる。学校に行くの遠回りになる。」
「ふうむ、流石に迷惑はかけられんな。なるべく人通りの多い道を選ぶこと。そして、できれば一緒に行動できる友達を作ることだ。時々泊まりにきている涼太君の彼女はどうだ?」
「三木谷は友達だけど、涼太の家よりもっと離れてる。」
「ならばせめて、途中まででも誰かと一緒に行動して、一人の時はなるべく早く家に帰りなさい。注意すべきではあるが、それを気にし過ぎていても仕方がないことだ。」
「分かった。でも、何かあったら教えてほしい。」
「うむ、知ってしまった以上、必要なことは話す。しかし、今はまだ誰にもこの事は内密にな。」
気にし過ぎても仕方ない、と言いつつ、お父さんは本気で心配している。あまりよくない状況なのは間違いないようだ。
私と漣とのこと、言いそびれたな···
まあ、それはいずれ話す機会もあるだろう。
明日から、登下校どうしようかな。
お父さんは···誰かと電話してるのか。
(ええ、かん口令が敷かれているようです。他殺の疑いが濃厚なのでしょう。それで、しばらく道場は···)
次回から1日2話ペースに戻します。




