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51. 新学期の回想は大切な人に届くかな?

漣君の語り回後編です。

短いですが切りのいいとこで一旦〆


彼の名前は真中涼太、僕と同じ中学2年生で幼少の頃から剣道をやっている。剣道の腕は強く、何度も大会で勝利している。でも、道場では何故かお世話係に徹している。伝え聞いた彼の人物像はそんな感じだった。


道場に着くと、何も言わないのにいつも壁役をやってくれるようになった。特に話かけてくるわけでもなく、それが自分の仕事だと思っているかのようだ。そんな彼がある日たまたま僕が外で迎えを待ってる時に、また話しかけてきた。


「ピアノはいいな。好きな時に好きな曲を弾けるというのはスゴイと思うし、正直羨ましいぞ。」


そんなこと、考えたこともなかった。僕は好きでピアノを弾いたことがなかったから。僕にとってのピアノは、祖母の優しさを思い出すための寄す処で、そして僕の存在価値を高めるための手段に過ぎなかった。


それを、それ自体を価値あるものとして認め、実にアッサリと羨ましいと言ってのけた。彼は僕の心に重荷になっているものを見抜き、まるでそれを肩代わりするように軽くしようとしてくれているのだ。


彼の凄いところだ。僕がいつも他人に感じる精神的な壁をいとも簡単に乗り越えてくる。それは図々しさからではなく、本当はそうして欲しいと望んでいる僕の気持ちを察して、自分から壁を乗り越えて手を差し伸べてくれているのだ。


どうして、そんなに人に優しくなれるんだろう。どうして、人に与えることを躊躇しないんだろう。剣道をやっていれば、分かるのだろうか。それとも、彼自身の強さなのだろうか。


僕の心は剣道だけでなく彼自身にも惹かれていった。僕にとっての剣道とは、涼太のような人間になることだった。



そしてもう一人、僕の心を掴んで離さない人が現れた。遠見詩音、僕より一つ年下のいつも冷たい表情の女性だ。小柄だが剣道はとても強く、大人とも互角に打ち合っているように見える。


無表情で何を考えているのかよく分からないので近寄りがたい存在だったが、涼太と音楽祭の話をしていた時に向こうから食いついてきた。その時の彼女は年相応な女の子に見えた。


あれが彼女の素顔だとしたら、普段の無表情は何かを隠すための仮面なのではないだろうか?まるで僕がピアノの陰に孤独を隠していたように。その正体は大会の決勝戦の中で垣間見れた。


反則すれすれの危険な技で床に転がされた彼女は、恐怖に萎縮するのではなく、雄々しく立ち上がった。竹刀を上段に掲げた姿には気炎が立ち昇っていた。


あの姿、あの氣勢には覚えがあった。あの聖職者に襲われ対峙した時の僕自身の姿だ。彼女を突き動かすのは激しい怒り、決して屈しないという断固たる意思だと、その時に分かった。


彼女が何に対し怒りを抱き、それを仮面の下に隠し続けているのかは分からない。ただ、それはとても苦痛を伴うのではないだろうか。僕の怒りの感情はあの一瞬で燃え尽き霧散してしまったが、あれが体に燻り続けていたら、やがて行き場のない身を焦がす炎になり、自滅の道を歩んでいたかもしれない。


僕は彼女を助けたいと思った。なぜ、そう思ったのか。僕は見惚れたのだ。あの、決死の覚悟の上段の構えに。あの、潔さという美しさに。


そう、彼女はとても美しい人間なのだ。強さとは裏腹に、とても脆く壊れやすい、まるでガラスでできた刃のような人だ。彼女の手を取ったら、僕自身の手が傷つくかもしれない。それでも、差し伸べたかった。きっと、僕たちは似た者同士だから。


涼太が憧れなら、詩音は同志だ。

僕にとって、どちらも大切な存在だ。



大切な人ができた。

それは、生きる目的としてじゅうぶんなものだ。


残念なことに、涼太の心は三木谷というライバルに奪われてしまったけど。でも、三木谷も随分長い間苦しんできたみたいだし、彼女にはそれを得るだけの資格がある。僕も彼女のこと、好きだしね。素直に応援しようと思う。


でも、道場で僕が着替える時、何も言わずにそっと立つ彼の背中と、僕の背中との間で感じる温かさは僕だけのものだ。それを独り占めするくらいの我が儘は、きっと彼女も許してくれるよね?


ほんの少し、扉を押しただけで、こんなにも違う世界を見ることができた。必要なのは時間でもピアノでもなかった。ほんの一欠片の勇気と覚悟でよいのだ。これからの僕の人生には何が待っているんだろうな。


もうすぐ、僕の住む街に着く。今日は父さんと母さんに何て話そうかな。最近、僕の話をとても嬉しそうに聞いてくれるんだ。そうだ、今度、イギリスの祖母にも久し振りに手紙を書こうかな。


いい友達ができて僕は今、幸せだよって。






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