46. 新学期のカラオケは心の扉を開いて
駅近くの古い雑居ビル。中に入ると、なんだか怪しい看板のお店がポツポツと営業している。これは、漢方薬かな?こっちはパワーストーンの店か。商品も、それを売っている人も、種々雑多な混沌とした空間だ。
村田武道具店はそんなビルの2階にあった。ここも、用がない人から見れば怪しい店なんだろうな。しかし、武道をやっている人には、まさしく宝の山のような空間だ。一口に武道と言っても、柔道や空手などは徒手の武術なのであまり専用の道具はない。したがって、武道具店の品揃えの多くは剣道用品となっている。あとは剣術などの古流武術関係があるくらいか。
壁一面に並んだ防具や、大量に立て掛けられている竹刀を、漣と透子は感心してように眺めている。詩音と俺は見慣れているが、それでもここの景色は圧巻だ。
とは言え、俺達が見るべきはあくまで練習用の竹刀だ。十把一絡げに纏められてる中から一本を選ぶだけの仕事である。
「中学生用はこの中からだな。」
「学校によって違うの?」
「ああ、サイズや重さが決められてるんだ。試合前に、違反してないかちゃんと計量したりするんだぞ。」
「全部同じに見えるけど、違うんだねえ。」
「使ってる竹の種類によっても違いがあるんだ。よく使う竹刀だと、この桂竹を使ったやつだな。安いけど消耗しやすいんだ。こっちの真竹のは弾力性があって丈夫なんだけど、桂竹の倍くらいの値段がする。」
「へえ〜涼太はいつもどれ使ってるの?」
「俺は勿論、桂竹だよ。その代わり何本か持っていて、メンテナンスしながら回して使ってるから、そんなに消耗しないんだよ。試合用はなるべく新しいのを使うけどな。」
「そうかあ。じゃあ、僕も1本と言わずに数本持っておいた方がいいのかな?」
「いや、週に1度の稽古なら、とりあえず2本あれば大丈夫だ。部活で毎日やってたら4,5本はいるだろうけど。俺は子供達の打ち込み稽古の相手をしてるから、多めに持ってるだけだ。」
「そうか。それなら、こっちの真竹のにしようかな?丈夫な方が安心だし。」
「まあ、財布が許すなら好きなのを選んだらいいさ。」
「うん、じゃあ、そうするよ。竹刀なのになんだかワクワクするね。」
「分かる。ところで、詩音はどこだ?」
「詩音ちゃん、何見てるの?」
「ん、鍔を見てた。そろそろ買い替えようかな···」
「わあ、これも沢山種類があるんだねえ。」
「まあ、これはハッキリ言って趣味の世界だよ。こういう派手なのは大会では使えなかったりするからなあ。」
「ふうん、そういうものなんだね。剣道やってる人って、意外とオシャレ好き?」
「道具にこだわる人は多いよ。社会人でやってる人とか。学生の俺はとにかく安いのを選ぶしかないけどな。」
「お待たせ、会計済ましてきたよ。」
「おし、じゃあ、行こうか。次はカラオケだな。」
俺達は駅前にあるカラオケボックスに入った。ドリンクバーで飲み放題付きの中学生にはありがたい娯楽施設だ。
「う〜ん、随分音が大きくて、騒がしいところだね。」
「まあ、なあ。正直、俺もあまり得意な雰囲気ではない。」
「えっと、漣はやり方分からないよね?この端末を使って歌いたい曲を選んでセットするの。そうしたら、曲が始まってあの画面に歌詞が映るから、それを見ながらマイクで歌うんだよ。」
「ふむふむ。取り敢えず、どんなものか様子を見たいから、先に誰かに歌ってもらってもいいかな?」
「じゃあ、ここは俺が先陣を切るよ。漣の後に歌うと惨めなことになりそうだからな。」
「あ、ホントだ!じゃあ、次は私ね!」
「アハハ、なんなら、2人でずっと歌ってくれてもいいんだけど?」
「そういうわけにはいかない。まあ、今の間にしっかり喉を温めておいてくれ。」
俺は知ってる中で一番最近の歌を歌った。久し振りのカラオケだが、思っていたより声が出た。
「なんだ〜音痴だって言ってたのに、全然上手いじゃない。」
「いや、俺自身が意外なんだが。前はもっと下手だったぞ。特に練習もしてないしな。」
「練習ならしたじゃないか?ほら、去年の暮に一緒に発声練習を。」
「あー、腹式呼吸!あれのおかげか!」
「涼太は僕が教えた通り、ちゃんと日常の中でも腹式呼吸をやってるから、自然と声の通りが良くなってるんだよ。気づいてなかったんだね。」
「なるほどなあ。意外なとこで役に立ったな。」
「むう〜ズルい。後で私にも教えてね。」
次に透子が歌ったのはテレビでもよく見かけるアイドルグループの曲だった。どこで練習したのか、ちゃんと振りも付けてる。そして、なかなか上手い。
「結構、やるじゃん。」
「えへへ、たまに友達と行ってるからねえ。」
「うん、曲は知らないけど、三木谷も声がキレイだよね。発声練習で声量を増やせば、もっと良くなるよ。」
「やった、漣のお墨付きだ!」
「詩音はどうする?やっぱり、歌うのはダメか?」
「うん···みんなの聴いておく。」
「分かった。無理強いはしないけど、気が変わったら言ってくれよな。じゃあ、そろそろ漣に歌ってもらおうか。」
「わーい、真打ち登場!」
「プレッシャーだなあ。ホントにあの曲でいいのかい?」
「アレがいいんだよ。後で皆で一緒に歌おうぜ。でも、まずは漣の声を聴かせてくれよ。」
曲と同時に歌詞が始まるその歌は、数年前に大ヒットした某テレビアニメの主題歌だ。刀で鬼と戦う剣士達の話で、これが流行った年は道場の入門希望者が急に増えた。しかし、アニメは流行ったものの主題歌の難易度が高く、ちゃんと歌える人が少いことで有名だった。
その歌を今、漣が歌ってるわけだが、いや提案したのは俺だが、これはマジでヤバい。間近で聴く漣の声量は大ホールの3階から聴くのとでは大違いだった。この細い身体のどこから出るんだ?
そして、とにかく上手い。俺もコッソリ練習したことがあるから分かるけど、この歌は上手く歌おうとすると声が小さくなり、声を出そうとすると途端にヘタになる呪いみたいな歌なのだ。それを、余裕で歌いこなしている。
俺達は手拍子を打つことも忘れ、只々聴き入った。圧倒的な音の波の上に漂う藻くずのようだった。きっちり、二番まで歌い終った漣はマイクを置いて、ふう、と一息ついた。俺達の意識が現実に戻ったのはその後だった。
「すげえ、さすがに漣だ!完璧だった!」
「うん、スゴイスゴイ!このアニメ怖くて見てなかったけど、歌はすごくいいのね!感動しちゃった!」
「アハハ、2人とも大袈裟だなあ。僕も久し振りに歌ったけど、声変わりする以前はあまり上手く歌えなかったんだ。やっぱり、その時々で歌える歌ってあるんだね。いい経験をしたよ。」
「いや、それはこっちのセリフだよ。漣をカラオケに誘ってよかったよ。なあ、詩音もこのアメニ好きだっただろ?漣の歌はどうだった?」
さっきから、一言も喋らないので会話を振ってみたのだが、詩音はそれどころじゃなさそうだった。メイクが落ちるのも構わないのか、目から涙が溢れていた。
透子が詩音を連れてトイレへ行った。文字通りの化粧直しだな。
「まさか、泣くほどとはなあ···」
「狭い部屋で大声を出しすぎたかな?」
「いや、あれは純粋に感動したんだと思うぞ。」
「それなら嬉しいけど、でも、やっぱり心配だね。」
「だなあ。今は透子に任せるしかないけどな。」
しばらく、歌も歌わずに待っていると、ようやく透子と詩音が戻ってきた。メイクは直ったようだが、詩音は気落ちしてる様子だった。
「お帰り。大丈夫かい?僕の歌、何かまずかったかな?」
「ごめんなさい···漣は何も悪くない。ちょっと驚いただけ。」
「そうか。やっぱり、大声出しすぎたのかな。ごめんね、詩音。」
「ううん、漣の歌はよかった···すごくよかった。私は歌うの恥ずかしがってるのに、あんなに堂々と歌えるのがすごく立派に見えて、自分が情けなくなった。そしたら、涙が出てた。せっかく盛り上がってたのに、ごめんなさい···」
珍しく気弱な詩音に、こっちが驚かされた。しかし、漣は詩音の前に跪き、両手を取った。
「ねえ、詩音。昨日、僕に言ったじゃないか。一生で見たら数年なんて誤差の範囲だって。歌だって一緒だよ。僕は君達より少し多く長く練習してきただけだよ。決して立派なんかじゃない。詩音の剣道と同じで、僕も道半ばさ。詩音がよければ、一緒に練習しないか?先輩らしく、ちゃんと手加減するからさ。」
漣はそう言ってウィンクした。イケメンが過ぎる。
「うん···ありがとう。歌、教えてほしい。でも、その前にお願いがある···」
「何だい?」
「映画のエンディング曲も歌ってほしい···」




