45. 新学期の旅行談義に想いを馳せ
思ったより時間が経っていたようで、水族館を出たら正午近くになっていた。俺達は昼食をとるために隣の商業施設に移動した。中学生のお小遣いでは高いものを食べられるはずもなく、チェーン店のハンバーガーショップに入った。
「こういう所に来たのは初めてだよ。」
漣が物珍しそうに店内を見る。
「マジか。あまり外食はしないのか?」
「海外に行った時くらいだね。そこでも親に連れられてだから、普通のレストランとかばかりだよ。」
「じゃあ、これが初体験ってわけね。中学でジャンクフードを初めて食べたらどんな反応になるかな?」
「ナイフとフォークがなくてビックリしたりして。」
「え、ないの!?どうやって食べるの?」
「本当にビックリしたよ・・・」
「手で掴んで食べるんだよ。」
「なるほど、インドスタイルか!」
「ちょっと、違う気がする・・・」
俺は外国人も好んで食べるというテリヤキバーガーをオススメした。思った通り好評のようだ。
少し塩気の強いフライドポテトをつまみドリンクを飲みながら、お喋りを楽しんだ。特に、漣の海外での体験談は女子二人が食いつくように質問を浴びせた。
海外か・・・俺自身はあまり興味なかったが、透子と二人での旅行を想像すると、ちょっと行ってみたくなるな。オーストラリアとか自然豊かなとこが面白そうだよな。透子はむしろファッションを楽しめる都会的なところに行きたいだろうか。
「へえ~、漣は帰国子女だったんだ。」
「うん、小学生になる前だから、もう昔の話だけどね。その頃は父さんが海外で仕事していたから。」
「あれ?じゃあ、英会話教室に通ってるのは?」
「ああ、それはせっかく英語の下地があるのに、使わなかったら忘れるからって入れられたんだ。」
「じゃあ、今も喋れるの?」
「普通の会話くらいならね。」
「いいなあ。英語の成績は常に満点なんだろうな。」
「学校授業で習う英語は読み書きの比重が大きいからね、それはそれでまた別の勉強が必要なんだよね。」
「ええ~、じゃあやっぱり、学校で習っても英語喋られるようにはならないんじゃん!」
「まあ、そうだろうなあ。学校行って喋れるなら英会話教室なんていらないよな。」
多分、昔は書物を通して海外の情報を得ていたから、会話より読み書きの習得の方が優先されたんだろうなあ。伝統が全て正しいとは限らないのだ。
バーガーショップを出た俺達はそのまま周辺のショップを見て回った。透子と詩音は生活雑貨店で皿とかカップとか調理器具を手に取って見ている。俺と漣はショップの外でその様子を見ていた。
「ああしてると、詩音って普通に女の子だよなあ。」
「うん、二人ともすごく目立ってるけどね。」
「なあ、前に言ってた気になる異性って、詩音のことだよな?」
「あ、やっぱりバレた?」
「分かってないの、きっと本人だけだと思うぞ。ちなみに、どこが気になったんだ?」
「そうだね・・・この前の大会の決勝戦で、立ち上がって上段に構えた詩音を見た時かな。あの時に受けた衝撃は今でも覚えてるよ。」
「まあ、確かにあの時の詩音はカッコよかったけど、アレを見て惚れるってどうなんだよ?」
「アハハ、僕にとっても意外だったよ。でも、彼女を見ていると、内に秘めた闘志というか、とても力強い何かが彼女の内面で静かに燃えていて、それがとてもミステリアスな魅力に思えてきたんだ。でも、そのことで彼女が苦しんだり悩んだりしてるようなら、僕は彼女の助けになりたいと思ってる。それが異性を恋することなのかどうか、僕自身まだ分からないでいるんだけどね。」
「なるほどなあ。言いたいことは分かるよ。詩音はガードが堅いと思うけど、漣には心開いてるようだから、いつか本人の口から聞けるかもな。しかし、ああしてるの見てると、そんな強そうな女子に見えないよなあ。」
「本当だね。今は只々可愛い女の子だよ。そこがまた魅力なんだと思う。」
うん、もうそれは恋だな。恋愛の先輩の俺が言うのだから間違いない。しかし、詩音がデレるところを想像できない俺には、その恋の行方は分からない。俺にできることは心の中で応援することだけだ。頑張れ。
その後もショップを巡っていると楽器店があった。キーボード、ピアノ、ギター、ウクレレなどが並んでいる。漣が興味を示すかと思ったが、意外と反応が薄い。
「楽器店は見なくていいのか?」
「え、うん。ここにあるのは電子ピアノとアップライトばかりだしね。特に興味あるものはないよ。」
アップライトが何かは分からないが、俺は漣にピアノを弾かせたいと思っている。と言うのも、クリスマスの楽祭に行けなかった詩音は、漣の演奏を聴いてないからだ。ここで一曲弾かせれば、詩音の中の漣の株が急上昇するのではなかろうか?
「この前の音楽祭のピアノは確かスタンウェイだったっけか?やっぱり、こういう市販のものとは違うのか?」
「それはもう、ね。鍵盤の材質から全然違うよ。」
「う~ん、どれだけ違うのか逆に気になるな。もし、嫌じゃなかったら、この前の曲をこのピアノで弾いてみてくれないか?嫌じゃなければ、だけど。」
「別にいいけど・・・ここで演奏して大丈夫なのかい?」
「ちょっと、お店の人に聞いてるくる・・・うん、音量をあまり大きくしなければ大丈夫だそうだ。」
「そうなんだ。実は僕もちょとだけ気になってたんだよ。」
そう言って、漣はピアノの前に座り、鍵盤の触り心地やペダルの踏み具合を確かめた。俺は詩音と透子を呼んで特等席に立たせた。この後の展開はなんとなく読めたから。
突然始まった本格的なピアノ演奏に周辺にいた人達は皆、度肝を抜かれた。漣は楽譜もないのに、当たり前のように優雅に指を走らせる。確かに、楽祭の時の音の響きには及ばないが、安物のピアノでこれだけの音を引き出せる漣の実力はやはり本物なのだろうな。
楽器店の店先にはあっという間に人が集まり、折り重なるように群がった。漣は演奏に集中しているようで、周りは全く見えていないようだ。俺はお店の人に怒られないか内心冷や冷やしていたが、途中で演奏を止められることはなかった。
曲を最後まで引き終わった漣は両手を膝に乗せて一息ついた。そして、周りの状況に気づくと同時に拍手の渦が巻き起こった。透子と詩音も一緒になって拍手している。特に詩音の目は有名メジャーリーガーを間近で見た野球少年のそれだった。俺は漣が右往左往している間に、お店の人に謝りに行った。
「まさか、あんなことになっていたなんて・・・」
集まった群衆をかき分けて、俺達は逃げるように楽器店を後にした。
「で、どうだった?市販のピアノの感触は。」
「うん、思ったより音は悪くなかったけど、鍵盤が軽いのはやはりどうしようもないね。あくまで入門者用ってところかな。」
「入門者用で10万、20万するのか・・・やっぱり、音楽はお金がかかるものなんだなあ。」
「そうだね。バイオリンだと音大を受験するのに最低でも50万から100万円以上はするものを用意しないとダメみたいだし、経済的に余裕がないとできないよね。」
「受験で100万か・・・やっぱり、俺には遠い世界だったんだな。」
「ところで、さっきから詩音と三木谷が静かだけど、どうかしたの?どこか具合が悪い?」
透子は未だ呆然としている詩音の側に付いている。ちょっと、ショックが強すぎたのだろうか?
「このまま武道具店に行こうかと思ってたんだけど、少し休憩した方がいいかな?」
武道具店というワードに反応したのか、詩音が覚醒した。
「大丈夫。問題ない。武道具店行く。」
「お、おう。じゃあ、詩音、道案内頼めるか。俺はちょっと場所忘れちまったから。漣は詩音とはぐれないようにな。」
「うん、じゃあ、詩音。」
漣は再び詩音に手を差し出した。詩音は最初よりも少し躊躇うように手を握った。
俺と透子も勿論手を繋ぎながら、2人の少し後ろを付いて行った。




