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42. 新学期の道場見学はとにかく寒くて

剣道の用具一式を取りに一度自宅へ戻る必要もあって、俺は先に詩音の家を出た。そして、そのまま体育館へ向かう。いつも通り、鍵を受け取って体育館の扉を開き、鉄扉を開いて回る。


寒風が入り込む。見学する透子が風邪ひかないか心配ではあるが、こればかりは仕方がない。事情は説明はしておいたから、厚着で対策してくるだろう。


モップ掛けをしていると、次々に子供達と付添いの親御さんが姿はを見せた。そして、漣もやってきた。


「こんにちは、涼太。あれ、三木谷はまだ来てないのかい?」


「おっす、透子は詩音と後から来るよ。」


「そうなんだね。じゃあ、今の内に着替えを済まさないとね。」


しばらくすると、透子と詩音がやって来た。詩音はそのまま更衣室へ入っていった。


「涼太、私どの辺りで見学してたらいい?」


「端の方ならどこでもいいけど、この辺りはいつも座ってる常連さん達がいるから、こっちの方がいいかな。」


「やあ、三木谷。音楽祭以来だね。」


「あ、漣!お久しぶり。胴着姿も似合ってるね。」


「アハハ、それは嬉しいね。でも、涼太ほどじゃないよ。」


「俺のは年期が入ってるだけだよ。それより、稽古が始まったら、私語はできるだけ自粛な。子供達が集中しなくなるからな。」


「うん、大人しく見てる。」


「じゃあ、漣。そろそろ準備運動始めるか。」


子供達の準備が出来ているのを確認してから、体育館中央で円になって体操を始める。そして、ぐるぐると走る。身体が温まったところで、各種素振り練習。今日は人数が先週よりも少ないので回数を増やし、一人一人の動きをチェックする。


早素振りを終えたところで師範達の準備が終わったので、全員で座礼。子供達の整列を促すのも俺の仕事だ。


それが終わると全員で打ち込み稽古。高学年は大人が、俺は低学年と幼少の子供達の相手をする。漣と詩音は高学年生と一緒に打ち込みをしている。


幼児達は集中力が保たないので、少し経つと直ぐに列がバラバラになる。いつもは、中断して並ばせ直すのだが、そこに透子がやってきて手伝いを申し出てきた。


「見てるだけだと寒いから、手伝わせて。」


「お、おう。じゃあ、子供達が等間隔に並んで前に出過ぎないように誘導してくれるか?」


「うん、じゃあ。みんな、お姉ちゃんと一緒に並びましょうねえ。」


透子は子供達の手を引いて整列させた。子供達は見慣れない人の登場に最初は戸惑った様子だったが、すぐに馴染んだようだ。俺はその光景に懐かしさを感じた。


地稽古の時間になり、俺は数人の幼児達を相手に基本稽古をした。透子はここでは手伝えることがないので再び見学に戻ってもらう。あまり集中が長続きしないので、一通り稽古すると親御さんのとこに連れ戻すのだが、なぜか子供達は透子の周りに集まり遊んでいる。透子も楽しそうに子供達の相手をしている。やはり、透子には姉属性が備わっているだろうか。


少年部の稽古時間が終わり、再び座礼をする。そして、成人の部が始まる前に、俺は透子をじいちゃん先生に紹介した。


「師範、今日は俺のクラスメートが見学に来ております。三木谷透子さんです。」


「三木谷です。お邪魔しております。」


「ほっほっ、話は聞いておるよ。寒い中、ご苦労さんじゃな。見学は自由にしてくれてよいが、一つだけ注意させてくれんかのう。ここは借り物の体育館じゃが、稽古中は道場という見立てじゃ。道場に足を入れるのは大人子供、男女関係なく皆、剣道を修行する者じゃ。例えただの手伝いじゃとしてものう。今回は涼太の説明不足ということで後でしっかりお灸をすえるが、もしまた手伝いをしてもらえるんなら、すまんが胴着袴に着替えた上でお願いできんかの。」


「ええっ、申し訳ございません!知らなかったとはいえ大変失礼しました。」


「すみません、師範。俺も軽率でした。」


「いやいや、これも決め事じゃからの、一応注意したまでじゃ。本当は皆、感謝しとるよ。ありがとう、お嬢さん。涼太、お前は後で説教じゃ。」




「ごめん、涼太。私のせいで怒られて・・・」


「いや、俺もそんなことすっかり忘れてたよ。むしろ、恥かかせて悪かったな。」


「胴着袴かあ・・・どうせなら、詩音ちゃんが着てる白いのがいいかな?」


「いや、買う気なのかよ!見学は今日だけなんだろ?」


「そうだよねえ・・・」



思案する透子を置いておいて、俺は急いで稽古に戻った。


俺と漣、詩音の3人で交代しながら地稽古を行った。切り返しや掛かり稽古は問題ないが、試合稽古になると漣が一方的に打たれるだけになってしまうので、俺と詩音はいくつかの基本的な技に限定し、漣にはその対処方法を学んでもらうことにした。とは言え、幼少の頃からやっている俺と詩音が相手なので、来る技が分かっていても間合いや緩急の違いに漣は翻弄される。しかし、こういう技以外の部分も理解しないと、いつまでも基本から抜け出せないので、今は悔しくてもどんどんやってもらうしかない。


俺と詩音が相対する時は試合そのものの様相になる。とは言え、漣の見取り稽古でもあるので、バチバチとぶつかるのではなく、技に重点を置いて互いに実験し合う感じである。特に詩音には前回の大会でやられた反則すれすれの投げ技の対処を覚えたいらしく、あの時の状況を再現しながら何度か試行錯誤した。すると、珍しく師範代がやってきて色々アドバイスをくれた。


師範代は元警察官で柔道や逮捕術にも精通しているので、こういった投げ技や締め技の対処も熟知しているようだ。珍しく饒舌な師範代に、一番驚いたのは娘の詩音だったが、やはり、娘が怪我を負ったことに父親として少なからず心を痛めていたのではないかと俺は思う。


仕上げにもう一度、漣と試合稽古をした。今日学んだことを再確認してもらうためだ。何事にもセンスを発揮する漣が努力をすれば、すぐに俺程度には追いつくことだろう。その時こそ互いの稽古が始まると言えるので、是非とも頑張ってほしいところだ。



稽古終了後、俺は師範から予告通りにこってりと説教をくらって・・・と、思ったら、いくつかの注意事項を申し渡されただけだった。


しかし、そこには俺にとって気掛かりなものがあった。





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