37. 新春のお誘いは何をすべきだろうか
「剣道って、奥が深いんだねぇ」
今年最初の稽古が終わり、漣がポツリと言った。
「ん、どうしたんだ?」
「いやあ、涼太と詩音を見て、僕もいつかはあんな試合ができるのかとワクワクしてたんだけど、ずいぶん先のことなんだって分かってね。アハハ」
詩音との稽古が相当骨身に沁みたんだな。
「試合稽古自体が今日始めたばかりだからな。格上の相手にいきなり技がきまるほど甘くはないよ。ましてや、相手が詩音だしなあ。」
「甘く見てたつもりはなかったけど、それでも甘かったみたいだね。よし、来週も頑張るよ!」
「おう、頑張るのはいいとしても、ちゃんと自分に課題を設けるんだぞ。今日の反省点とその改善方法だな。」
「涼太は教師になったら、いい先生になれそうだね。」
「教師?俺が?」
「面倒見がいいし、自身も努力家だし。人が見習いたいと思える人は教師に向いていると思うんだ。まあ、仕事としてはとても大変そうだけどね。」
「なるほどなあ···そう言う漣は、自分の将来のこととか考えてるのか?」
「うーん、考えなくはないけど···」
「やっぱり、ピアニストになるのか?」
「僕程度では難しいだろうね。プロを目指す人は、それこそ24時間寝る間も惜しんでピアノのことばかり考えてるような人達さ。ピアノが人生そのものなんだよ。そこまでの覚悟は今の僕にはないかな。」
「そうか。どの道も甘くないんだなあ。」
「そうだねえ。僕も今日改めて思い知ったよ。」
二人で同時に溜息をついた。
着替え終えた詩音が更衣室から出てきた。
「なあに?二人とも新年早々、溜息なんかついて。」
「ん、俺達の未来について語ってたんだ。」
「ふ〜ん。随分、暗い未来が待ってるようね。」
「詩音、今日はありがとう。いい勉強になったよ。」
「どういたしまして。私こそ、適度な運動になって丁度よかったわ。来週はもっと本格的に稽古つけてあげる。」
「が、頑張るよ。」
漣は狼狽えながらも笑顔だ。
俺は心の中でエールを贈った。
「ところで、漣は平日は忙しそうだけど、日曜日はいつも何してるんだ?」
「大体、家でのんびり過ごしてるよ。音楽聴いたり、読書したり。」
「へぇ、インドア派なんだな。」
「外の世界に興味がないわけじゃないけど、両親も多忙で家にあまりいないし。やっぱり一人だとなかなか出ていく勇気がなくてね。」
「友達を誘ったり、誘われたりってないの?」
「うん、僕は小さい頃から習い事が多かったから、同級生達は誘っても無駄だって知ってるんだよ。」
多才でイケメンで全てを持っていそうな漣なのに、意外とその私生活は孤独なようだ。
「そうか。じゃあ、今度みんなで、どこか遊びに行ってみるか?俺、漣、詩音と透子の4人で。」
「え···?」
「なんで私も入ってるの?」
「なんでって、今3人で話してるからなんだが、ダメか?」
「ダメってことはないけど···」
「じゃあ、詩音はOKっと。漣はどうだ?流石に明日はゆっくりしたいだろうから、日は改めて決めるけど。」
「うん、もちろん行くよ!」
「おし、決まりだな。透子には俺から話しとくから、どこに行きたいか考えておいてくれ。」
「どうせなら、みんなが行きたいところがいいよね。」
「私はどこだっていいわよ。付いていくだけだし。」
「別にすぐに決めろってわけじゃないし、いくつか案を用意してくれていいよ。その中に、詩音も行ってみたいと思うところがあるかもしれないし。」
「分かった、考えておくよ。何だかワクワクするね!」
漣はとても分かりやすく嬉しそうにし、詩音は何か考えているようだ。たまにはこういうのも、悪くはないよな。
日曜日の朝。日課のランニングを終えた後、俺は自分の部屋の床に掃除機をかけていた。
昨日、帰宅した後、透子に早速4人で遊びに行く件を話したところ、どこに行くかのアイデアを会って相談しようということになったのだが、それが何故か俺の部屋で、ということになったのだ。
年末に掃除したばかりだが、前に行った透子の部屋は埃一つ落ちてなかったからな。見られて困るものはないが、初めて部屋に入れるカノジョに、不快な思いをさせるわけにはいかないじゃないか。
「涼太、どうしたの?朝からうるさくして。」
母親が目を擦りながら部屋に入ってきた。
まだ寝ていたようだ。
「同級生が今から来ることになったから、部屋の中を掃除してる。」
カノジョと言うべきかどうか悩んだが、いきなりそれを言うと驚かれそうなので、とりあえず同級生と言っておこう。
「誰か来るの?そういうことはもっと早くい言いなさいよ。もう、休みの日なのに···ほら、お父さんも起きて。涼太の友達が来るみたいだから、服を着て。」
俺の両親は休みの日には家の中でダラダラしていることが多く、大抵ラフな格好をしている。ちなみに、今はパジャマ姿だ。
「しっかし、涼太が友達連れてくるなんてねえ。随分久し振りね。まさか、カノジョとか言わないよね?」
そのまさかです。いや、どう答えよう。
「まあ、来たら紹介するよ。」
「ふ〜ん?母さんの知らない人?」
「小学校からの同級生だから、知ってはいるかも。」
こう言って匂わせておけば、実際に会った時に驚きが減るだろう、という作戦だ。
親父は人が来ると聞いたら、面倒くさいからと外出してしまった。どこの父親も面倒事からは逃げる習性があるらしい。
しばらくすると、呼び鈴が鳴った。何故か俺よりも素早く玄関に向かった母がドアが開けると、透子が立っていた。
「あ、こんにちは。涼太さんはいらっしゃいますか?」
ドアを開けたまま固まる母。
「あの〜、涼太さんは···あ、涼太、来たよ〜!」
後ろにいる俺に小さく手を振る透子。今日はメイクは控えめなようで、ほぼ素っぴんに見える。服装も派手さのないカジュアルな感じだが、それでも輝いて見えるのは、俺の目には恋人補正がかかっているのだろうか。
「え〜、こちらはクラスメイトの三木谷透子さんだ。去年の暮れから付き合うことになったんだ。」
「はじめまして、三木谷透子です。宜しくお願いします。」
愛想良い笑顔でペコリと頭を下げる透子。
フリーズしていた母が再起動した。
「は、は、はじめまして。涼太の母です、けど···ちょっと、涼太!ちゃんと説明しなさい!」




