36. 新春の初稽古は意外と辛かったようで
久し振りの道場稽古の日だ。今年の稽古初めになる
体育館を開けていると、子供達が元気よくやってきた。
「明けましておめでとうございます!」
「はい、明けましておめでとう。まだ掃除してないから、足元に気を付けてな。」
はーい、と大きな声で返事して、そのまま中へ走っていく。分かっていたけど、全然人の話聞いてねえな。
「涼太君、明けましておめでとう。今年も子供たちを宜しく頼むわね。」
保護者の人達とも挨拶を交わしてると、漣がやってきた。
「涼太、明けましておめでとう。」
「ああ、明けましておめでとう。日本に帰ってきてたんだな。」
「うん、一昨日ね。まだ、時差ボケが直らないよ。」
「そうか。じゃあ、しっかり身体を動かさないとな。」
「うん、ぐっすり眠れるように、今日も頼むよ。」
俺と漣が会話しながら体育館の中へ入っていくのを、お母さん達が口元を手で押さえながら見守っているのだが、何なんだろうな?
先に漣に着替えさせて(恒例の壁役をやって)、2人でモップ掛けをした。小学校も前日が始業式だったからか土埃が酷かった。掃除の後、俺は走り回る子供達を捕まえては足の裏の汚れを拭き取った。
子供達が集まってきたところで準備運動を始めた。冬休の間、全く身体を動かしてない子もいるだろうから、ゆっくりペースで始め、徐々に上げていった。
体育館に子供達の気合の声が響く。関係ない人達にしてみれば騒音でしかないだろうが、俺には心落ち着く響きだ。
師範や指導員の人達も揃ったところで、全員で整列して座礼。新年最初の稽古なので、いつもより多く人が集まっている。詩音も来ているが、白い胴着袴なんて持ってたんだな。
子供達と各種素振り練習し、それから打ち込み稽古を周回させる。ちゃんと声を出してる子は褒めて、元気がない子に側で声をかけてやる気を鼓舞させる。惰性でやらないように俺がしっかり注意しなければならない。
やることはいつもと同じなのに、やはり稽古初めはちょっと熱が入るな。子供達も気合いが入っただろうか?
少年部の稽古が終わり、成人の部になる。
漣と一緒にまた体育館の端へ移動する。
まずは昨年末にミッチリやった切り返しから。今日は最初から交互にやる。以前より剣筋がしっかりしているし形もよくなっている。海外に行っている間も、一人稽古をしていたのだろうか。竹刀をどこで調達したんだろう···まさか飛行機に持ち込んだとか?
続いて、掛かり稽古。これも30秒ごとに交代して行う。掛かり手はとにかく相手の隙を見たら即打ち掛かる練習、元立ちは逆に隙と見せかけて狙ったとこに打たせる練習。説明するのは難しいので、数をやって感覚で分かってもらうしかない。
少し休憩を挟む。この後は普通なら試合稽古になるのだが、漣にやらせてもいいのだろうか?そんなことを考えていると、詩音がやってきた。
「涼太、交代する。師範が呼んでるわ。」
うん、何だろう?
「分かった。漣、詩音は俺よりスパルタだからな、覚悟しとけよ。」
俺は直ぐに向かった。
「今日は稽古初めじゃからな、久し振りに稽古をつけてやろう。儂からのお年玉じゃな。ほっほっ」
マジかー
いや、ありがたいけども
じいちゃん先生、異次元すぎて全然参考にならないんだよなあ···
「宜しくお願いします。」
面防具を着けて、蹲踞して立ち上がる。
目の前には俺よりも二回りくらい小さい子供みたいなお年寄りがポツンと竹刀を構えている。
足は動かず、竹刀の先端だけが震えている。
多分、端から見ている人は、俺が勢いよく面でも打てばアッサリ一本取れると思うだろう。
しかし、実際に対峙している俺の視界には、どこにも打ち込める隙など見当たらない。
迂闊に動けば、
パン、パン!
いつの間にか二本くらい取られている。
いったい、どうしろと?
瞼が垂れ下がった目は読み難いし、呼吸もきっと隠している。上から見下ろす形になるので、袴の裾で隠れて足先も見えない。
手の打ちようがないじゃん···
こんな絶望が具現化したような存在がヨボヨボのじいちゃんなんだもんな
しかし、だからと言って何もしないわけにもいかない。
この稽古の中で、何か一つでも掴まないと。
俺は竹刀の先端が触れる距離を測りながら、何度か刺し面を繰り出した。どれも、直ぐに返し技をもらうのだが、どの距離で避け、どの距離で逸らすのかを見極めようとした。どうせ、こちらの意図なんてバレバレなんだろうけど、俺は一つ試すことにした。
まず、呼吸を隠して肩の上下を抑える。その上で継ぎ足をする。膝の力を抜き、前に出る。竹刀の距離的には避けようとするはずだ。しかし、実際の距離は
パン、パン!
はい、磨り上げられて小手を貰いました。
まあしかし、距離を騙すこと自体は手応えを感じた。
もう少し方法を磨けば、技に繋げることもできるか。
「ほっほっ、ちゃんと研鑽を重ねとるようじゃの。その調子でどんどんやりなさい。」
「はい、ありがとうございました。」
やれやれ、なんて神経が擦り減るお年玉だよ。
漣と詩音のところに戻ると、二人はまだ稽古を続けていた。試合稽古をしているようだ。漣は勢いよく打ち込んでいるが、詩音は簡単に受け流してポンポンと技を極めている。
さっきまでの、俺とじいちゃん先生みたいだな···
漣が肩で息をしているので、俺は声をかけて中断させた。
「詩音、肩の具合はどうだ?」
「うん、大丈夫みたい。いいリハビリになったわ。」
「漣は···いい稽古になったみたいだな。」
「ふう、全然、歯が立たなくて何が何だか···」
「試合稽古はまだ早かったか?」
「ううん、基本はちゃんとできてるし、むしろどんどんやらせるべきじゃない?」
「だそうだ。次からは俺も相手するから。」
「ありがとう。でも、もう少し、休憩させて···」




