34. 新春の化粧初めは悲しい思い出と共に
3学期が始まった。
今日は始業式だけなので授業もなく、ホームルームと宿題の提出が終わるとお昼前に下校時間になった。
「じゃあね、詩音。またね〜。」
「ん、また。」
同級生達は部活をやっているのでまだ学校に残るが、私はどこにも所属していないので、いつも1人で下校する。クラスメイトとの仲は悪くはないが、親密に付き合っている人もいない。それが苦になる性格でもない。
しかし、そんな私にも最近、生活の変化があった。涼太と交際を始めた三木谷からメイクの仕方を教わったのだ。よく誤解されるのだが、私は女を捨てた覚えはない。オシャレやメイクにも当然興味はある。ただ、情報を共有する相手がいなかっただけなのだ。
三木谷によれば、メイク道具やポイント用の化粧品は百均で買えるものでもいいが、日焼け止めや化粧下地、ファンデーションなどは肌に合ったできるだけ良いものを使うべき、とのことだ。それらは当然、値段が張る。
お年玉で買おうと思って母に金額交渉を持ちかけたところ、私が女性らしいことに興味を持ったことに、いたく喜ばれた。年始で慌ただしいデパートの化粧品売場に連れて行かれ、その場で肌チェックをし、各種化粧品を買ってくれた。おかげで自分の出費はかなり抑えられたが、母も私のことを誤解していたことには何とも複雑な気分だ。
学校帰りに百均ショップに寄り道し、教えてもらったアイテムを買い込んだ。それでも二千円以下で済んだ。三木谷には後でもう一度お礼を言おう。一度メッセを飛ばすと、その後のやり取りがすごく長くなるのが難だが、それくらいは許容範囲だ。三木谷とは今後も長い付き合いになりそうだし。
自宅に戻り、お昼御飯を食べた後、早速買ってきたメイク道具を並べる。鏡の前に座り、髪を上げる。ずいぶん伸びたな。メイクは初心者だが、髪の手入れは小学生の頃から心がけている。おかげで、光沢のある自慢の黒髪になった。指先でつまみ、サラサラと流してみる。
あの人に少しは近づけただろうか。
私はハンガーに吊るしてある、白い胴着袴をじっと見た。
私が父に連れられて道場へ行くようになったのは、まだ幼稚園に入園して間もない頃だった。本当は剣道をやらせようとしたのではなく、母の手が少しでも空くようにと、稽古中に体育館の隅で遊ばせておこうとしたらしい。しかし、周りがみんな竹刀を振っていたら、幼子でも真似したくなるのは当然だろう。
小さい子供が小さな竹刀を一生懸命に振る姿を、周りの大人達は微笑ましく眺め、褒め立てた。それが嬉しくて、私はますます一生懸命に練習していたそうだ。私自身は当時のことを全然覚えてないのだけど、多分、私の人生で一番のモテ期だったのではないだろうか。
かろうじて覚えてるのは、その1年後くらいに数人の男の子たちが入門してきた辺りからだ。その中には涼太もいて、小学校に入る前に少しでも行儀がよくなるように、と親に入れられたらしい。親達が憂うほど、その子たちはとにかく落ち着きがなく、大人の言うことを中々聞こうとしない。いわゆる、悪ガキどもだった。年齢は私の方が1才下だったけど、私の方がよっぽど大人だった。
道場の規律を乱すその子達を私は嫌いだった。そのため、何度か誘われたものの、一緒に遊んだりはせず、彼らが楽しそうにしている横で私は1人で竹刀を振り続けた。
その甲斐あってか、半年後に地稽古を許されると、私は試合稽古でその悪ガキどもをコテンパンにやっつけた。これで少しは大人しくなるかと思ったら、奴らは「アイツは女のくせに男みたいだ」と陰口を叩き始めた。私は悔しくて仕方がなかったが、一対一の稽古とは違って多勢に無勢なので、面と向かって文句を言えなかった。
ところが、涼太だけが私に味方してくれた。稽古後に、スゲエ、スゲエ!と私の肩を叩き称賛し、まるで私がガキ大将になったかのように接した。涼太は悪ガキ達の中でも中心的な存在だったので、彼がそんな態度に出たら他の子達は従うしかなかった。
それ以来、悪ガキ達は以前よりかは真面目に稽古にするようになり、特に涼太はぐんぐん腕が上がっていった。少年部の試合で、どちらがより多くの勝ち星を上げるかで勝負ができるほどに。その頃には、私も多少は打ち解け、道場以外でも時々一緒に遊ぶほどの仲になっていた。
私が小学4年になった頃、子供の入門者がとても多くなった時期があった。近くに大きなマンションが建ち、子供を持つ世帯が急に増えたことによるらしい。あと、当時流行った人気アニメの影響もあったとか。
子供達の面倒は大人達が見るものだが、みんなそれぞれに自分の仕事を持っているので、常に人が集まるとは限らない。そこで主に子供達の世話をするための助っ人が呼ばれた。師範のお孫さんである、白河琴音さんだった。
琴音さんは大学生で、中学までは自身も剣道をしていたらしい。とても長くて綺麗な黒髪を持ち、白い胴着袴がよく似合う凛とした大人の女性だった。私は一目見て憧れた。それまで短くて男の子の様だった髪を伸ばし始めたのも、彼女の影響だった。
彼女が来てから少年部は更に活気が増した。男の子達は少しでもカッコいいところを見せようと張り切り、女の子達は大人の女性がいるというだけで喜んだ。更衣室を使う権利を持てたからだ。何より、琴音さん自身が優しい性格で、子供達の扱いがとても上手かった。指導員ではないので剣道の腕前は分からなかったが、お世話係として皆から好かれた。
しかし、それでも女性1人では手に余るほどに子供達が多過ぎた。そこで、幼少の頃から道場にいる私と、涼太を中心とする元悪ガキグループが、年下の子供達のお世話をする補助役として手伝うことになった。私は自分の稽古時間が減ることがイヤで反発したが、涼太は元々アニキ肌な性格もあってか小さな後輩達の面倒をちゃんと見ていた。
残念ながら、いい時代は長くは続かなかった。たくさんいた子供達があることを境に一斉に道場を辞めたのだ。きっかけは1人の子供の父親だった。付き添いで道場に来ていた際に琴音さんの姿を見て惚れ込み、口説こうとした。勿論、これは不倫の誘いであり、琴音さんはキッパリ断った。
ところが、逆ギレしたその父親が琴音さんの誹謗中傷をバラまき、またその妻も最初に言い寄ったのは琴音さんの方だったという嘘を信じて、道場に押しかけて責め立てた。これは後に民事裁判で争われ、そのモンスター夫婦は敗訴して賠償金を課せられた上、引っ越しを余儀なくされたのだが、その程度のことでは到底埋め合わせられない損害が出た。
琴音さんが自らの生命を断ったのだ。




