29. 冬の自宅訪問は唐突にて
冬休中の日課と定めた早朝ランニング。
今では煩悩を払い除けるための儀式と言っていい。
昨日まで友達の一人に過ぎなかった···いや、もうちょっと特別感があったかもしれない、そんな三木谷が俺の・・・俺なんかのカノジョだと?なんだか、すっごいものを手に入れてしまった気がする。
大事にしなければと思うが、実際のところ、何をどうすればいいのかサッパリだ。世の中の恋人達は毎日、何して過ごしてるんだ?つか、どこに生息してるんだ?参考にできる目撃例が皆無ということは、もしかして絶滅危惧種なのではなかろうか。
そもそも、中学生でカレカノの関係になる男女って、そう多くはないんじゃないかと思う。だって、割とつい最近まで皆ランドセル背負ってたお子様だったんだぜ?それが急に恋だの愛だのって、ポケ〇ンじゃあるまいし急に大人に進化しないって。
はあ〜ん、ダメだ。
ランニングも全然、煩悩を払えてない。
もう少しペース上げるか。
なんだかんだ、結構な量の汗をかいたので朝からシャワーを浴びる。
冬のシャワーは寒い。頭を冷やすには丁度いいか。
今日は大晦日。例年はテレビの年末特別企画の番組を大笑いしながら観て過ごすのだが、その番組は何か色々問題があったようで今年は放送しないらしい。そうなると、年末も途端につまらなくなる。
三木谷はどう過ごすのかな?と思ってスマホを見るとメッセが入ってた。
『おはよう。昨夜はちゃんと眠れた?』
うむ、ぐっすり寝た。精神的に疲れていたんだと思う。
でも、そのまま返信してもいいものだろうか。
よく考えてみよう。
わざわざこれを聞いてくる、ということは、三木谷はあまり眠れなかった可能性が高い。なのに、俺はぐっすり寝たとなると無神経な男として認定されるのではなかろうか?
その評価は概ね当たっているとして、これから関係を深める相手にその印象を植え付けるのは良くないように思える。約5年間、相手の気持ちに気づかなかった時点で手遅れかもしれないが、今からでも挽回できる得点があるなら、やっておくべきだろう。
とは言え、嘘を言うのは脚力さけたい。どうしてもやむを得ない場合ならともかく、出だしからそんな不誠実を行えば、今後もずっと嘘をつき続けることになるだろう。バカ正直に全部を話す必要はないが、事実は事実として伝えるべきだ。
『おはよう。夜は眠れたけど、朝起きたら真っ先に透子のこと考えた。』
これなら何も嘘は言っていない。送信っと。
ブブッ
返信早いな。
スマホを持ってずっと待っていたのだろうか。
『バカ』
うん、好感触だ(?)
こうやって、相手の心理を読みながら切り返すのは勝負に通じるものがあるな。
案外、いい修行になるかもしれない。
『今日も逢いたいけど、時間あるかな?』
そうだな。年末とは言え特にすることはないし、外出しても問題ないだろう。
話さないといけないことは山ほどあるような気がするし。
『いいぞ。また迎えに行こうか?』
『うん。午前中は大掃除を手伝わなくちゃだから、午後からね。待ってる。』
そう言えば、俺もいい加減に自分の部屋を掃除しろと親に言われてたんだった・・・
『了解。どこ行くか考えとく。』
考える時間を作るためにも、俺は大急ぎで部屋の掃除を始めた。
結局、考えがまとまらないまま午前が終わってしまった。
つか、キツめのランニングの後の慣れない掃除はまあまあ疲れた。
予定がなければベッドにダイブしているところだ。
三木谷の家の前に着く。呼び鈴を押すか、それともスマホで着いたことを教えるか。
呼び鈴を押して他の家族が出てきたらちょっと面倒なので、スマホで連絡することにした。
しばらくして、バタバタと音が聞こえたかと思ったら、玄関のドアが開いた。
顔を出したのは、どことなく透子とよく似た女性だった。
「あら、誰かと思ったら、涼太君じゃない!」
向こうは俺のことを知っているようだ。
「こんにちは。透子さん、いらっしゃいますか?」
「あらあらあら、まさか涼太君だったなんて!どうぞ上がって上がって!」
「え、いや、お邪魔するほどの用事では・・・」
「大丈夫、主人は下の子を連れて外出してるから。さあ、どうぞ上がって。」
うむを言わせぬ押しの強さに、俺は成すすべもなく家に上げられた。リビング件キッチンの部屋に通されると、エプロン姿の透子がいた。両手を合わせてゴメンのポーズをしている。
「ごめん、うちのお母さんが・・・」
「いや、いいけど・・・」
「さあさあ、涼太君はここに座ってて。今、お茶入れるから。透子、涼太君はコーヒーと紅茶どっちがいいの?」
「本人が目の前にいるのに、なんで私に訊くの!」
「そりゃあ、そうじゃない。お付き合いしている相手の好みぐらい把握してるもんでしょ?」
「ぐぬぬ・・・涼太、どっちがいい?」
「じゃあ、紅茶で。」
「ごめんねえ、気が利かない娘で。今、クッキー焼いているから、もう少し待ってね。」
さっきからいい匂いがしていると思ったら、クッキーを焼いてたのか。透子が慣れた手つきで紅茶を淹れている。こうして見ているとエプロン姿がサマになっているな。普段からよくキッチンに立っているのだろうか。
「なあに?ジロジロ見て」
「いや、エプロン似合ってるなって。」
「!!!」
「あらあらあら!まあまあまあ!」
どうやら、俺は地雷を踏んだようだ。
「さすがねえ、涼太君。剣道に通ってるお子さんの親御さん達から噂で聞いてたんだけど。とっても礼儀正しくて、子供達の面倒もとってもよく見てくれて、好感度抜群って感じだったんだけど。分かるわ~。しかも、とってもハンサムだし!」
最近も同じような展開があったな、と既視感を感じつつ。
「いえ、剣道は礼儀作法も求められますから自然に身に付いただけです。俺自身はそんな大層な人間ではないです。」
「うんうん、謙虚さも兼ね備えているのね。剣道で習っていても、普段の生活で実践できる人は少ないと思うわ。それだけ、涼太君が真剣に打ち込んでいるってことね。いいわね~剣道少年。」
「もう~お母さん!涼太が困ってるから、ほどほどにして。それより、これどこに片づけたらいいの?」
「これはこっちの棚で・・・手が届かないから台を持ってくるわ。」
「あ、俺やりますよ。」
俺は透子の手から箱を取り上げて、背後から肩に手をかけて棚の上のほうに仕舞った。
「!!!」
「あらあらあら!まあまあまあ!」
どうやら、俺はまた地雷を踏んだようだ。
オーブンがチンっと鳴った。透子は顔を赤くしながら、いそいそと手に厚手のミトンをはめて向かった。
蓋が空くと、熱気と共に美味しそうな香りがキッチンに充満した。慎重に耐熱プレートごと取り出して、テーブルの上の金網でできた台のようなものに載せた。キツネ色に良く焼けた丸型のクッキーを一つ、冷ましながら手に取り、半分にして母親と二人で味見した。美味しくできたことは二人の顔を見れば分かる。同じような表情をしてみせるので、親子と言うより歳の離れた姉妹みたいだ。
「なんだか、仲のいい姉妹みたいですね。」
「え、そう?おばさん、そんなに若く見える?」
「最初に玄関で会った時も、透子にお姉さんいたかなって思いました。」
「ちょっと、透子・・・涼太君、私に頂戴。代わりに、お父さんあげるから。」
「いや、いらないし。お父さんが聞いたら泣くよ?」
透子の反応も大概ひどいと思うのだが。
「はあ~噂に聞いてた以上の大物ね。涼太君、学校でもモテモテなんじゃない?透子、あなた大丈夫?周り中、敵だらけになったりしない?」
「えっと、全然そんなことは・・・」
「そう、だから今まで慎重になってたの。5年越しだからね、分かるでしょ?」
「さすがに、それは長過ぎだと思うけど。まあ、ちゃんと友達には説明しとくのよ?でないと、大変よ?」
「冬休み中に根回ししとく・・・」
なんか、俺が口を挟む箇所が見つからない。




