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24. 冬のピアノはかくも心をかき乱し

照明はピアノだけに当てられていた。

他は全て暗闇の中に沈んでいた。

その僅かな淡い境界に、細身を礼服に包んだ漣が姿を見せた。


観客に向けて一礼をすると、慣れた手つきで椅子の高さを調整し腰をかけた。ピンと伸びた姿勢から腕が伸び、鍵盤に10本の指が置かれた。


出だしはゆっくりとした調子で始まったその曲は、どこか孤独と寂寥を思い起こさせた。途切れなく流れる調べは淡々としているが、前へ進み続ければ何かあると信じ、歩を進める旅人のようだった。


曲調が変わり、何か大きな変化があったことを思わせた。それは紛れもなく歓喜だった。とても熱く、とても激しい感情だった。鍵盤を叩く指に力がこもっている。


しかし、それは身勝手な激情に過ぎなかったのか、再び一転して絶望に支配されたような暗い曲調になる。赦しを請い願わずにはいられない、悲痛な心からの叫びだ。


嵐が去り静寂が訪れた。暗雲から光が刺し込み、色がある美しい世界が広がった。ほのかな喜びは次第に大きくなる。波紋の輪が確実に広がるように。なぜなら、慈しみ感謝する心を知ったからだ。


と、曲のことはサッパリ分からないなので、勝手に解釈しながら聴き入った。


ドシロウトの俺に良し悪しが分かるはずもないけど、漣のピアノはとても心揺さぶられるもので、漣自身の姿を重ねずにはいられなかった。きっと、何か大きな殻を破ったのではないだろうか。


来てよかったなあ。


演奏が終わり、漣が立ち上がり一礼すると、大量の拍手が惜しみなく注がれた。



その後の演奏もつつが無く行われ、至福の時間も終わりを告げた。最後に理事長が登壇し、会場にいる全員で聖歌を歌いクリスマスを祝いましょう、と述べた。


聖歌なんて知らないし歌ったこともないが、どうも毎年恒例のことのようで、他の観客達は当たり前のように立ち上がり始めた。勿論、漣の両親も。


とりあえず、口パクでもしてようかと考えながら俺も立つと、三木谷が腕を回してきて、頭を俺にもたれかけた。ニコッと微笑むその顔を見ると、恥ずかしいからヤメロとも言えず、俺は会場に厳かに響く聖歌に耳を傾けることにした。



全ての公演が終わると、漣の両親とはそこで別れた。知り合いに挨拶をしに向かうらしい。俺達はとりあえず会場の外へ出て、漣に今から会えるか?とスマホでメッセを送った。すると、着替え終わったらこちらへ向かうと返事があったので、待つことにした。


周りには帰路にたつ人や談笑する人達が入り乱れていて混雑していた。こんな大勢の中で漣は俺達を見つけられるのかな?と少し心配になったが、徐々に人が減ってきたところで、やっと漣の姿が見えた。


「おーい、漣、こっちだ。」


こっちに気づいた漣は小走りで来た。そして、抱きつかんばかりの勢いで俺の手を取って、


「涼太、来てくれてありがとう!」


と、満面の笑顔で言った。


キラキラした美少年が男の手を取ってはしゃいでる様子は周りの人達の注目を一瞬で集めた。王子様の格好をしてなくても、イケメンオーラが凄い。


「お、おう。どういたしましてだ。こっちが三木谷だ。」


隣りでポカンとしている三木谷。


「はじめまして、三木谷。そして、来てくれてありがとう!」


そこで、ようやく我に返った三木谷。


「あ、は、はじめまして、漣。よかった、会えて。」


「うん、僕もだよ。二人ともこんな綺麗な花束ありがとう。手ぶらでよかったのに。」


漣の手には俺達が贈った花束が握られていた。


「詩音に、漣に恥をかかせるなって言われてな。花は三木谷が選んでくれたんだぞ。」


「そうなんだ。ありがとう、三木谷!持って帰ったら家に飾るよ。」


と言いながら、三木谷の手もとって握手をした。


今日の漣はスキンシップ多めなのは、公演が終わってもまだテンション冷めやらない状態なのか。


「で、どうだったかな?今日の公演。」


「ああ、思ってた以上に素晴らしかった。漣のピアノも鳥肌が立つほどよかったよ。あと、あの王子様の演技もな。」


「アハハ、あれは僕も恥ずかしかったから開き直って演技してたよ。それが、むしろよかったのかな?」


「いや、ハマり役だと思ったぞ。歌声もよく通ってたし。なあ、三木谷?」


「え、うん、そうだね。」


何だか、さっきから様子が変だ。


「どうしたんだ?どこか具合が悪いのか?」


「もしかして、疲れたのかな?どこか座るとこは···」


「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと、驚いただけ···」


「何に驚くんだよ。漣のイケメン顔なら、舞台でも見ただろ?」


「また、そういうことを言う···あ、そう言えば僕の両親にも会えたかな?」


「ああ、優しそうなご両親だな。漣の舞台を見て涙ぐんで喜んでたぞ。」


「うん···心配させちゃったからね。去年は合唱から外されて、今年は違う形での出演になったから。」


「あー例の声変わりのせいか。」


「うん、僕自身もショックではあったんだけど、今は前向きに捉えてるよ。少年を卒業したんだってね。」


今も美少年だけどな、と心の中でツッコミつつ。

俺は様子のおかしい三木谷がさっきから気になっていた。


「三木谷はどうだったかな?今回の公演。」


漣は三木谷にも聞いた。さっきから無口なのがやはり気になったのだろう。


「うん、正直、涼太の友達がこんな美形だと思わなくて、すっごくビックリした。そして、今も間近で見て、またビックリした。」


「いや、それ、舞台の感想じゃねえし···」


「ハハハ···」


漣も苦笑いだ。


「公演は最初から最後まで最高だったよ。さっすが、聖光大の音楽祭!って感動しちゃった。漣の王子様もピアノもよかったし、ここに来れなかった詩音ちゃんに申し訳ないなーって、でも来れてよかったーって。もう、どうしていいか分かんない!って感じ。」


なんか、急にいつもの三木谷に戻ったな。


「喜んでもらえたようで、よかったよ。ちょっと不安だったんだ。退屈なんじゃないかなって。」


「いや、来年もまた来たいと思ったぞ。できれば、詩音も一緒にな。」


「そうだね、また招待できるように来年も頑張るよ。ところで、その、頼みがあるんだけど···よかったら、3人で記念写真撮らない?」


「おう、三木谷もいいよな?」


「うん、勿論!」


俺達は3人で並んで撮影した。

真ん中に三木谷、左右を俺と漣で挟む形で。

その画像は翌年に詩音が加わるまで、俺のスマホの待ち受け画面を飾ることになった。




ひとしきり話した後、漣は両親と一緒に車で帰るらしく、その場で別れた。帰りは再び三木谷と二人きりだが、またずっと俺の腕を掴んで離さなかった。しかし、来る時とは違って、その顔はどこか浮かない表情だった。


「どうしたんだ、透子。本当にどこか具合が悪いとこはないのか?」


三木谷はかぶりを振るだけで何も喋ろうとしない。


夜も遅いし心配なので、俺は三木谷を自宅まで送ることにした。電車の中でも終始無言で、俺は自分が何か気に障ることでもしたのかと思い当たる節を探しだが、何も見つけることができなかった。


何となく気まずい雰囲気のまま、三木谷を自宅に送り届け、おやすみとだけ言い自分の家に向かおうとした瞬間、後ろから三木谷に抱きつかれた。


「どうしたんだ、透子···」


「ごめんね···涼太は何も悪くないからね···」


「そうか、疲れたんなら、ゆっくり休めよ。何かあったら、いつでも連絡しろよ。」


「うん···ありがと」


三木谷は逃げるように家の中へ入っていった。

いったい、どうしたんだろうな。

明日また電話してみるか。

俺は自宅へ向った。




透子は家の中に入るなり、自室に向かい、家族が話しかけるのも聞かず部屋に鍵をかけた。そして、ベットに倒れ込み、クッションに顔を埋めた。


今日は色々あり過ぎた。

涼太との距離が縮まったと思ったのに

やっと、好きだと言えると思ったのに

感情の起伏の激しさに耐えられない


助けてよう、涼太···


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