23. 冬の王子様はキラキラが星のようで
青白いスポットライトが、いつの間にか壇上にいた複数人の子供達たちに注がれた。彼らはいずれも白色のローブに身を包み、袖から流れ出るスモークの流れに身を任せるように立っていた。
背丈はみなバラバラ、恐らく年齢もバラバラだろう。
ステージの脇には幾つかの楽器が備えられ、それぞれに奏者が待機している。その一つが音を奏で始めると、子供達の声がその音に次々と乗り始めた。
指揮者が目立たない場所から手を振っている。それに合わせて子供達は順番に声を発し、時には高く響く音を、時には静かにたなびく音を、巧みに組み合わせて何重にも層を成す一つの歌を紡ぎ上げていく。
3階にもその歌はじゅうぶん過ぎるほどに届いた。
俺には歌の良し悪しは分からないが、今ここにいる瞬間を幸福に感じるほどに、俺の雑な心にも染み入った。
子供達は続けて3曲を歌い、拍手に包まれながら袖に消えた。
「すごいなあ。」
語彙力のない俺の精一杯の感想、泣ける。
三木谷がポツリと言った。
「言葉にならない···」
なるほど、そう言えばよかったのか。
「漣も2年前までは、あそこにいたんですよ。」
「今も合唱は続けてるけど、以前のような高い音域の声は出なくなってね。少年少女合唱団としての発表の場には立てなくなったんだよ。」
二人共、少し寂しそうに言った。例の声変わりのことか。親は子の成長を喜ぶものだが、時には複雑な想いを抱くこともあるのだろう。
次の演目の始まりを告げる鐘が鳴り、再び声を鎮めた。
今度は合唱ではなく、戯曲の一部を抜粋したもののようだ。
先程のような統一した衣装ではなく、それぞれの役に応じたものを着ている。俺はその内の1人に目を奪われた。
漣だ···あれって、王子様の格好か?
ただでさえ、いつもキラキラしてるのに、キラキラ度がさらに増している。いや、ハマり過ぎだろアイツ···
三木谷に小声であれが漣だと教えると、驚きの声を両手で必死に抑えていた。まあ、驚くよな。あれが俺の親友だなんて。
予備知識のない戯曲の内容は俺にはサッパリだが、漣の張りのある若々しい歌声は、学生とは思えないその洗練せれた演技と合間って観客を魅了していた。相手役の女性の人も、あれマジで漣に惚れてるんじゃないだろうか。それも演技だとしたら、大したものだと思うのだが。
漣にばかり注目し過ぎて、全体としてどうだったが分からなかったが、拍手の多さをみるに好評だったのだろう。
「どうでした、うちの子の歌と演技は?」
「はい、普段の漣とは別人みたいで、なんだか圧倒されました。」
「同じ中学生の演技とは、とても思えなかったです。本当に素晴らしかったです。」
「ええ、ええ、ありがとうございます。今年はなんだか吹っ切れたようで、とてもいい歌と演技でしたわ。」
と言って涙ぐむ漣の母。先程の感傷はどこかへ吹き飛んだようだ。今年は、ということは去年はあまり本調子ではなかったのだろうか。本人もボイトレで苦労したと言ってたからな。生まれ変わるための助走期間が長かったのかもしれない。
「漣の出番はあとピアノのソロ演奏がありますの。ぜひ最後まで聴いてあげてね。」
「はい、そのために来ましたから。」
その後も様々な歌主体の舞台が続いた。
高校生、大学生となると最初の少年少女達のピュアな声色とはまた違い、経験と技術を重ねた完成度の高いパフォーマンスだ。これには感嘆するしかなかった。
しかし、最後に余興として行われた教師陣による合唱は、彼らすらもまだ未熟と言わんばかりに大人の実力を見せつけていた。この世界も上の存在は際限なくいるようだ。
前半の部が終了し、30分の休憩が挟まれた。舞台上ではその間に楽器が並べられていった。後半は楽器演奏主体になるようだ。
特に存在感があるのは大きなグランドピアノ。
漣はあれを弾くのだろうか。
「立派なピアノですね。スタンウェイでしょうか?」
「ええ、そのようです。音も本当にいいんですよ。」
聞いたことのない単語だが、ピアノにも種類があるのだろうか。ピアノとオルガンの区別もつかない俺にできることは、トイレに行くことくらいだった。
午後の部が始まった。
まずは小中高から選出された奏者による三重奏。楽器はピアノ、ヴァイオリン、チェロだが、ピアノを弾くのはうちの道場でまだ地稽古を許されないような小さな男の子だった。
その見た目からは信じられない精緻な指の動きが鍵盤の上を走った。足が届かないので補助を付けたペダルもしっかり使いこなしている。あんな小さな子が大きなピアノを弾けるのか?と疑った人々は今頃恥じ入っていることだろう、俺のように。いや、俺だけか。
しかし、ヴァイオリンの音はとても情熱的なのに対し、ピアノは少しまだ技術に走っている感じがする。それをチェロの音が上手くまとめている。それもまた面白いなと思えた。
演奏が終わると奏者が入れ替わり、今度はフルート、クラリネットなどの管楽も加わった。前の三重奏もよかったが、音の種類が広がり一気に華やかになった。
やっぱり、楽器を演奏できる、というのはいいなあ。こうして音に浴すだけでも素晴らしい体験だけど、自分で演奏できたらどんなに素晴らしいことか。小学校で使ったリコーダー、どこに置いたっけなあ。
次はピアノのソロ演奏が何人か続くようだ。
いよいよ、漣の出番だろうか。
先に小学生3人が学年順に演奏した。学年が上がるごとに難しい曲が与えられるようだ。一つ聴いても、ほうっと感嘆してしまうのに、その次にはまた更に上級の演奏を聴かされるのだ。曲の難易度イコール曲の完成度ではないのだろうが、やはり難易度のより高い曲はそれだけ修練が必要なのだろう。その努力の厚みが曲に現れて、聴衆を感嘆させるようだ。
しかし、そうなると、この後に出てくるはずの中学生の漣は、どんな演奏をするのだろう。普段の漣を思い出しても全く想像できない。俺は剣道をやっている漣しか知らないからなあ。
そう考えると、親友と言いながらも、俺は漣のほんの僅かな一面しかまだ知らないのだな、と改めて思う。さっきの王子様キャラもしかり。これから年月を重ねるたびに、お互いをもっとよく知ることができるのだろうか。まあ、俺には剣道以外の引き出しはないのだが。




