15. 冬の応援は特別に心に響いたようで
決勝戦が始まった。
幼稚園の部から始まり、小学校は各学年ごとに分けられ、中学、高校は男女それぞれ1試合のみだ。
どんどん試合は流れ、あっという間に中学の部になる。
まずは詩音の出番からだ。
相手は初戦の時と同じくらい体格差のある女子だ。
決勝に出るくらいだから、きっと実力もあるのだろう。
蹲踞して礼、立ち上がって試合開始だ。
詩音は再び距離を取る作戦のようだ。相手の女子も細かく動いて、隙あらば直ぐに攻撃を仕掛けてきそうだ。同時に動いて互いに面、旗はどちらにも上がっていない。竹刀を重ねて鍔迫り合いになるが、どちらも体勢が崩れるまでいかない。
相手の女子が力任せに詩音を押した。しかも、小手の上から抑えたままだ。投げ技のような形になり、詩音は音を立てて床に転んだ。面防具を着けているとは言え、頭を打ち据えていて危険だ。
幸い、大事には至ってないようで、直ぐに試合も再開された。ところが、またも同じ形で詩音は床に転がされた。いくら体格差があるとは言え、連続だと狙ってるとしか思えない。相手選手の面格子の隙間から、残酷な笑みが見えたような気がした。
しかし、詩音は再び立ち上がり、不敵にも構えた。
まさかの、上段の構えだ。
これには相手選手も戸惑ったようだ。中学の、しかも女子で上段に構える選手はあまり例を見ない。技を仕掛けたくても、間合いが分からず攻めあぐねるから、自ずと待ちの姿勢になる。詩音はジリジリと歩を進め間合いを詰めた。それでも、中々仕掛けない。
ついにしびれを切らした相手は、不用意な面を繰り出した。
「カテエエエエッ!」
後の先を取った鮮やかな片手小手が極まった。
詩音の側に旗が上がった。
詩音に労いの言葉をかける間もなく、入れ替わるように俺は会場の中央に立った。決勝の舞台は久しぶりだな。
相手選手を見る。
体格は俺とほぼ同じ。
周りからは自分と相手に向けた声援が聞こえてくるが、ゴチャゴチャになって、どちらの応援なのか分からない。
俺は蹲踞して、竹刀を構えた。
同じ体格だから、まるで鏡に写したように見えるだろう。
不思議と鳥瞰図でこの会場を見ているような錯覚を覚え、まるで他人事のように思えてきた。
俺は、柄にもなく緊張しているのだろうか?
試合前の詩音の言葉を思い出す。
何で剣道を続けるのか。
誰も褒めてくれない。誰も関心を持ってくれない。
そして、周りには誰もいない。
いつもは意識の外に追い出している暗い気持ちが足元にポッカリ空いた穴から這い出し、俺を飲み込んでいくような感じがした。
その時、会場のざわめきの中を貫いて、俺の耳に届く声があった。
それは何度も何度も俺の名を呼び、激励を届けた。
不覚にも、俺の目頭が熱くなった。
バカ野郎、今日は大事なリハの日じゃなかったのかよ。
何で、この会場にいるんだよ。
そんなに声を張り上げて大丈夫なのかよ。
喉を消耗するんだろ?もっと、大切にしろよ。
俺は自分を取り戻し、相手の目を見た。
すまんな、今日は何が何でも勝たないといけないみたいだ。
どうやら、アイツが見ているみたいなんでな。
弟子の前で師匠が無様な姿を曝すわけにはいかんだろ。
開始の合図。
俺は会場内の喧騒を一切追い出した。
そこは無音の世界だった。
聞こえてくるのは、俺自身の呼吸のみ。
しかし、その音は相手には届かない。
漣に教えてもらった腹式呼吸の動きは、防具に隠れて一切見えない。
相手には俺が完全に止まっているように見えるだろう。
俺の今回の試合の課題は、俺の狙い通りに相手に打たせること。
漣との稽古で散々検証済みだ。
あとは本番で試すだけだった。
悪いが、実験台になってもらおう。
まず、呼吸とは逆の動作で肩を動かしてみせた。
次に、ごく基本の動作で面を打つ。当然、これは当たらない。
もう一度、肩の動きを見せる。
今度は相手が一気に詰め寄ってきた。
体当たりを受け止めて鍔迫り合いになるが、適当に受け流してして離れる。
エサは撒いた。
三度、肩を動かす。さあ、食らいつけ。
今度はこちらが先の先を打つ番だ。
「カテエエエエッ!」
出小手がキレイに極まった。
まずは一本目。
仕切り直して、再び中央で構える。
ここで時間が止まる。全てがスローモーションの世界だ。
今度は挙動を一切見せない。
無の状態からから一気に飛び込む。
相手に微動だに許さず、ただ真っ直ぐに面を放つ。
既に声変わりを果たした俺の、おっさんのような烈帛の気合いを浴びるがいい!
「メエエエエン!」
相手を通り越し、振り向いて残心の構えを取る。
そして、時間が動き出した。
雷鳴のような歓声が会場を包んでいた。
何もできないで二本目を取られたことに相手は心折れたのか、三本目は呆気なく取れた。
こうして、俺達の決勝戦は終わった。
場外に出ると俺は、試合前に声が聞こえた方向を見た。
2階の手摺りから身を乗り出して拍手を叩く漣の姿があった。
その笑顔は大勢の人々の中でも眩しく輝いていた。
俺は他の誰にも分からないように、小さくガッツポーズで応えた。




