第406話 完全変身
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「──お待ちしておりました、閣下」
エリュシュ神教国で勇聖祭が行われている最中、遠く離れた地に布陣しているエクスヴェル公爵家の本陣へと転移すると、白星騎士の一星を筆頭に公爵家麾下の者達に出迎えられた。
前回のクロメネア王国の時と同様に、今回のスキュアクス血国との戦争も彼に公爵軍の総指揮を任せている。
一星が前線に出る時は、彼の背後で同じように跪いているロンメルが指揮を引き継ぐ。
ロンメルが上級士官から将軍に昇進してから初めての戦だが、相手が複数の神器を有する吸血鬼の国とあって一番狙われやすい総大将の座は一星に任せ、彼は副将に任じた。
そのロンメルの更に後方には一星以外の白星騎士達が跪いていた。
「白星騎士五人と副将がわざわざ出迎えとはな」
「閣下がすぐに戻ると仰られていたので、我らだけでお待ちしておりました」
「そうか。ご苦労だったな」
「恐れ入ります」
「では、立って報告を聞かせてもらおう」
「ハッ。承知しました」
全員を立ち上がらせると現在の戦況について報告させる。
勇聖祭に参加しつつも此方の様子は見ていたので大体のことは把握しているが、現場の者達から直接話を聞くことも大事だ。
「戦況は優勢だが、神器使い達の姿が見えない、と」
「はい。元々スキュアクスの規模は大きくありませんので、神器の存在を除けば兵力の面では帝国軍が圧倒しております。ただ、敵兵のいずれもが種族的に強靭な吸血鬼族ですから、兵の平均的な強さにおいてはスキュアクスの方が上です」
「まぁ、そうだろうな」
「他には血によって作られた使い魔達もいますが、大半が数を補う目的で作られているので大したことはありません。ですので、戦端が開かれてから今日まで順調に進軍を続けております。報告は以上です」
「なるほど。他に何か気付いた者はいるか?」
そう尋ねると、すぐに白星騎士の一人から手が上がった。
挙手したのは数少ない女性の白星騎士である五星だった。
彼女は私生活では俺の女の一人だが、今は仕事中なので本名ではなく白星騎士としての名で呼ぶ。
「五星は何に気付いたんだ?」
「敵のやつらが時間稼ぎしてた。何か狙いがあるに違いない、です」
「ふむ。遅滞戦闘か。その上、神器使い達の姿が見えないとなると……一星よ」
「はい」
「全軍に対呪術防護を付与しろ。一時的にではなく進軍中は常に効果を持続させよ。やり方は任せる」
「かしこまりました」
「帝国軍を自国に引き込んで呪術攻撃を仕掛けてくるってこと、ですか?」
「おそらくな。そういう神器を持っていたから、儀式魔法と併用すれば十分可能だろう」
数の劣勢を覆すにはそれなりの準備が必要だが、宣戦布告から間もなくアークディア帝国軍が侵攻を開始したため、スキュアクス血国にはそのための時間が無かった。
遅滞戦闘を行なっているという情報と合わせれば、時間が必要な何かを狙っているのは明らかだ。
呪術攻撃というのは現在持っている情報からの予測でしかないが、直感だとそこまで外れていないと感じている。
「他軍にも通達しますか?」
「証拠がないが……まぁ、帝国軍の本陣にだけは伝えるだけ伝えておけ。実際に動くかどうかは知らないがな」
「かしこまりました」
それから幾つかの確認を行なってから転移を使い帝国軍の野営地を後にした。
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今回、勇聖祭を抜けてスキュアクス血国に進軍中の本陣に来た目的は、一星達から報告を直接聞くためではない。
この国に来た本当の目的は、皇太后ベアトリクスから彼女自身を救出したお礼として教えてもらった情報の真偽を確かめるためだ。
「満月の夜に指定の場所で、か」
満月の光が照らす中を飛翔し、スキュアクス血国内にある目的の場所へと向かう。
スキュアクス血国にある小さな湖〈レーヴェ湖〉。
その畔に降り立ち、頭上の満月が湖面にしっかりと映っていることを確認する。
「位置は問題無し。コレで本当に現れるのか?」
【無限宝庫】から取り出したのは指先に乗るほどに小さな紅石。
この紅石の名は〈始祖の血石〉。
ベアトリクスが今は亡き先々代のスキュアクス国王である彼女の祖父から密かに譲られた国宝だ。
ベアトリクスの祖父は未来を予知できたと言われており、そんな祖父によって殆ど何の説明もされず彼女の歯の中に仕込まれたらしい。
いずれ分かるとだけ言われたらしく、ベアトリクス自身も少し前まで存在自体を忘れていた。
この紅石のことを思い出したのは、祖国に捕まった際に、血を抜かれながら〈始祖の血石〉の在処を聞かれたからだった。
彼らが求めているのは血鬼神器だけではないことに気付いたベアトリクスは知らないフリをした。
そして、そのスキュアクス血国が探している国宝の紅石を、祖父から教えられた使用方法と合わせてベアトリクスは俺に教えてくれた。
「このままでいるよりは吸血鬼に成っておいた方が……いや、レティに成っておいた方が確実だな」
全身の姿が一瞬だけ歪むと、俺の姿がレティーツィアそのものへと変わった。
外見だけでなく、体内やスキルまでもがレティーツィアと全く同じモノへと変身していた。
神域権能級ユニークスキル【深闇と豊饒の外界神】の内包スキル【理外神貌】。
このスキルは凡ゆる姿への変身を可能にするスキルであり、性別や種族まで完全に再現し変身することができる。
だが、それだけならば帝王権能級のユニークスキルの時と殆ど変わらない。
神域という最高位の変身能力である【理外神貌】は、姿形を模倣するだけでなく変身対象が有する能力までも模倣することができるのだ。
能力まで模倣するには一定の条件を満たす必要があるため、誰でも簡単に模倣できるわけではない。
その上、その模倣した能力は対象に変身している間しか使えないという制限もあるなど、色々と細かい条件があった。
便宜上、能力まで模倣した変身は〈完全変身〉と呼んで通常の変身とは区別している。
「強力な能力だが、大半の完全変身可能な対象よりも俺自身の方が強いんだよな」
俺の口から発せられるレティーツィアの声を聞きつつ、今の自分のステータスを確認する。
俺が所持しているスキルの殆どが使えなくなっており、各種能力値も本来の値から激減していた。
この変化は完全変身で能力まで模倣したことによる影響だ。
代わりに変身対象のステータスを得ているが、総評としては弱体化になるだろう。
まぁ、超越者であるヴィクトリアとリンファならその限りではないけどな。
「スキュアクスの王族の血が流れている吸血鬼のレティーツィアの生き血を垂らす、と」
指先が裂けて流れ出た血を紅石に垂らす。
直系に近しいスキュアクスの王族の血に濡れた紅石をレーヴェ湖に翳すと、満月の光を取り込んだ紅石から発せられた紅い月光が湖面を照らす。
次の瞬間、湖面に映る満月が紅く染まり、虚像の紅い月から重々しい魔力が放出される。
放出された濃密な紅い魔力が目の前に集まり、禍々しくも美しい色合いの紅い扉が出現した。
「〈血神〉とやらに会いに行きますか」
歴史から存在を抹消された神々である〈旧神〉。
その一柱、吸血鬼達の神である〈血神〉の断片が封印されている異界への扉を開け放ち、その向こう側へと足を踏み入れた。




