七章
そしてその数時間後には自分の行動とのんきな思考に後悔していた。
「誰だ、大丈夫だろうって言ったの。私か」
絶賛、家の客間に籠城しています。
なんでこんなことになったのかというと、なんてことはない。
ただ郁子さんがやる気を出してしまっただけだ。
帰ってきてお母さんが事前に用意してくれていた晩御飯を食べてテレビを見ていたら、突然、二階から大きな物音が聞こえ、その数秒後には階段を勢いよく降りる足音。
慌てて客間に逃げ込んでドアにカギをかけたところだ。
「なんでいきなり。元気がすぎる。もう死んでるのに」
のんきにしてるけど結構ピンチだ。
もういる場所はバレてるからずっとドアをガチャガチャドンドンしてる。
映画みたい。
悪霊って本当にこんな動きするんだね。
「どうしよう。座敷童子さんのお守り、効果ないな」
旧校舎の破片を手に握りつつ、どうにか家から脱出する術はないかと思考を働かせるが、客間には窓が一つあるだけだし、その窓も開かなかった。
「もうダメだこれ! 座敷童子さん助けて!」
「なんじゃ、やはり今日に本気を出してきたか」
「うわ!」
突然背後から聞こえて来た助けを求めた相手の声にびっくりして振り向く、そこにはいつもより透けた姿の座敷童子さんがいた。
「え? なんで?」
「お前が一応、欠片ではあるが本体を持っておるからな。少しだけ無理をして外に出て来た。それにお前に憑いているキキとこの家に憑いているチビの縁があったから多少は楽に出てこれたぞ」
「そんなことできたなら最初からやってほしかった」
「わしは自分で自分を壊すことはできん。たまたま条件が揃ったからできただけだ」
どうやら本当に運よく来れただけらしい。
だが運でも何でも、座敷童子さんが来てくれただけでありがたい。
一人は怖すぎる。
そんな会話をしている間にもドアは壊されるほど叩かれていて、もはや壊れるのも時間の問題。
さっき向こう側のドアノブがとれた音がした。
この家古いんだからやめてほしい。
「どうしよう、座敷童子さん。窓も開かないんだけど」
「ここで逃げてもまた次に同じ目に合うだけだ。お前がこのまま生きたいなら完全でなくとも解決をしないといけない」
「……えっと、つまり?」
「つまり、こういうことだ」
私が止める間もなく、座敷童子さんは勢いよく壊れかけのドアを開けた。
「ちょっ、座敷童子さん!」
開けたドアの先には、前髪で顔が隠れた、パジャマ姿で首に縄がチョーカーのようにつけられているショートカットの女性。
彼女こそ、渡辺郁子さんだ。
前髪の間から覗かれた目が私をとらえ、目が合った瞬間、まるで金縛りにあったかのように身体が動かなくなる。
(あ、やばい)
郁子さんの青白い不気味な手が私の首へと伸ばされようとした、その時だった。
「いい加減にせぬか、郁子」
座敷童子さんのりんとした声が部屋に響いた途端、今まで私にしか目を向けていなかった郁子さんが、初めて私以外に視線を向けた。
それのおかげで私は再び動けるようになったんだけど、それより、今のこの状況はなんだ。
座敷童子さんと郁子さんは何故かジッと見つめ合っている。
いつの間にかさっきまでの重苦しい空気もないし、これは一体どうすればいいのかと様子を伺っていると、ひょいっと飛び跳ねた座敷童子さんが郁子さんの頭を軽く叩いた。
「これ、いつぞやの旧友がわざわざ会いに来たのだぞ、何か返事せぬか」
「……童子ちゃん」
喋った。
しかも普通に。
私が聞いていた郁子さんの声は苦しそうな呻き声だけだったからこんな声をしていたのかと驚いたが、それより今、童子ちゃんと言った?
驚いて座敷童子さんを見ると、座敷童子さん当たり前のように軽く頷いた。
「ひさしいな。随分とわしのもとに顔を出さなくなったと思ったら、こんなところで引き籠っておったのか」
「……ひさしぶり、だね」
まるで、昔の友人にたまたま出会ったような口ぶりだ。
いや、実際、座敷童子さんと郁子さんは知り合いなのだろう。
おそらく、郁子さんが生きていた間の。
なにせ二人の間に流れる空気は友人のそれだ。
よくよく考えたらこの家は中学校の学区内。
郁子さんだって同じ中学校に通っていたのだから、座敷童子さんが知っていたのもわかる。
この人、学校に関わるすべての人を覚えている記憶力の持ち主だし。
まさか面識があるとはさすがに思わなかったけど。
「自分が何をしたのか、わかっているな」
「……うん。私、やってはいけないことをしちゃった」
座敷童子さんの言葉に、郁子さんは静かに頷いた。
そのまま郁子さんは私の方を見る。
「ごめんなさい、華ちゃん。貴女のこと、怖がらせちゃったね」
「え?あ、いや、大丈夫です。もう襲ってこないなら」
普通に私に話しかけてきたこともそうだが、私の名前を知っていることにも驚いた。
そんな様子の私に座敷童子さんが軽く笑う。
「もう大丈夫だ。正気に戻ったからな。だが、郁子。お前はなぜハナコを襲ったのだ。今までこの家にいるだけだったというのに」
確かにそれは気になる。
私、何か郁子さんを怒らせるような行動しただろうか。
「……羨ましかったの。華ちゃん、童子ちゃんと仲良しだったから。私はもう会えないから。だからあの日に戻りたいって思ったら、いつの間にか、華ちゃんのことを襲ってた。私、助けてほしかったの。童子ちゃんに助けてほしかった。苦しくて悲しい思いするの、もう嫌だったから……!」
ポロポロと涙を零しながら床に座り込む郁子さん。
郁子さんにとって、座敷童子さんと一緒にいた学生時代が一番穏やかで楽しい時期だったのだろう。
その時に戻りたくて、郁子さんと同じように座敷童子さんと交流を持つ私が妬ましかったようだ。
「馬鹿者。助けてほしかったなら、死ぬ前にわしのところへ来ればよかったのだ。わしは学校から離れられないと、お前も知っていただろう。中庭まで来て、わしに話してくれればよかったのだ。死んでからでは、遅いのだ」
座敷童子さんも泣いていた。私も泣いていた。
どうして死んでしまったのだろう。
死んでしまっては、すべて終わりなのに。
せめて死ぬ前に座敷童子さんに会っていれば、郁子さんに、助けを求める勇気があれば。
誰もが悪くない。
だからこそやるせない。
座敷童子さんはゆっくりと目を閉じて、重い口を開いた。
「わしには、お前を助けられない。ここだとわしはなにもできないからな。だから、お前のことをコイツに任せる。」
そう言った座敷童子さんの後ろから出て来たのは、私が座敷童子さんのところへ連れて行ったチビだ。
一緒に付いて来たらしいキキが私に駆け寄って来たので抱き上げて一人と一匹でこの状況を見守る。
「チビ、どうして」
「お前が心配だったのだろう。お前のためにこの家にとどまっていたようだ。チビがしっかりと道案内してくれるだろう。しっかりとあっちの世で罪を償ってこい」
チビは尻尾を嬉しそうに振りながら郁子さんに頭を擦り付け、そのまま服を噛んでどこかへと引っ張る。
まるで俺に任せておけとでも言っているようだ。
「私、いいのかな」
「しっかりと自分を取り戻したお前なら大丈夫だ」
「こんなに迷惑かけたのに」
「ハナコは気にしておらん」
勝手に私の意思を決められた。
いやその通りなんだけどね。
郁子さんが助かるなら何よりだし。
私は二人に向かって軽く頷いた。
「ほらな。だからさっさと行くべき場所に行け。早くしないとハナコの両親が帰ってくるからな」
座敷童子さんに促され、郁子さんはちょっと名残惜しそうにしながらも徐々に足元から消えていく。
「迷惑かけてごめんさない」
「本当だ。まあ、またお前と話せたのは嬉しかったぞ」
「郁子さん、道中お気をつけて」
「……ありがとう」
キキの前足で手を振ると、郁子さんは初めて笑顔を見せてくれた。
その笑顔はただの可愛い女性で、本来の彼女の姿をやっと見れた気がした。
郁子さんはその言葉を最後に、チビとともに姿を消した。
「あれ、意外と呆気ない」
「成仏というのは意外と呆気ないものだ。チビもいるし、ちゃんと迷わずに行けるだろう。わしもそろそろ限界だから帰るぞ」
「あ、うん。座敷童子さん、ありがとうね。でも聞きたいことあるから明日の朝にまた会いに行くからね」
さすがに当事者だから色々と聞かなきゃいけない。
座敷童子さんは私の方を見て、やれやれという顔をして、そのまま「また明日な」と言い残して姿を消した。
「……はあ。疲れたね、キキ」
唯一残ったキキを撫でながら、私はやっとゆっくり寝られることに安心してそのまま客間からリビングに戻り、日課のバラエティー番組鑑賞に戻った。
リフォームが終了したら、この家はもう誰も使わないから取り壊すことになっている。
その前にチビも郁子さんも成仏できて本当に良かった。
家がなくなったらどうなるのかと心配だったし。
心配事も全部解決された私は少し前までの日常をゆっくりと楽しむのだった。
「ちょっと! 華! これどうしたの!」
「あ」
客間ドアノブが壊れていたことについて私が母親にこっぴどく怒られたことだけは、どうしても郁子さんに恨みを抱かざるを得ない。




