六章
「……おい、ハナコ。学校に動物を連れてきては行けないと教わらなかったのか」
「動物だけど、実体ないから大丈夫でしょ。キキが家にいると心配なの。座敷童子さんに預かっててほしいんだけど」
「そっちの大きい方は」
「あ、こっちはチビ。借りている家でずっと昔に飼ってた子なんだけど、この子もキキと一緒に預かってほしい」
「わしはお前が飼っていた犬が幽霊だとは聞いておらんがな」
今日も相変わらず座敷童子さんのもとへ向かった私だったが、今日は一味違う。
何せ私の飼い犬と借りている家の犬を連れてきてるからね。
といっても、私の飼い犬はもうとっくの昔に死んでるけど。
「犬を飼ってるというから普通の犬だと思っとったぞ。なんで幽霊なのだ。それ飼っているというのじゃなくて憑いているというのだぞ」
「あれ、言ってなかったっけ。キキ、三年前に死んでるよ。かわいいでしょ、茶色いダックス」
「まるで当たり前のように言っておるが相当おかしいことに気づけ」
「正直自覚はあるけどかわいいからいいかなって。もうかわいいなら何でも許してる」
「わしと出会った時はかたくなに関わろうとせんかったくせに思いっきり関わっておるではないか! わしだってかわいいだろう!」
「ごめん、人型にかわいいとか思わない。せめて動物になって出直してほしい」
「無茶を言う……」
私が関わりたくないのは私にまったく関係ない怪異だけであって、私の飼い犬だったキキは成仏するまで世話すると決めている。
チビは犬だから。
基本的に動物には優しくするのが私だ。
「まあいい……とにかく、こやつらをここに連れて来たということは、何かあったということでいいのか?」
「そうだね。結構困ったことになってる」
あの日、私が郁子さんから熱烈な視線をいただいた日から一週間が過ぎたわけだけど、最近はついに生活に支障をきたすほど、異常現象が悪化していた。
「金縛りで寝不足だし、ふと視線を変えると姿が見えるようになった。全身じゃなくてどこか一部とかだけど十分怖いし、物音うるさいし、ついにはこれですよ」
ぐるぐると巻いていたマフラーをとってその下を座敷童子さんに見せると、座敷童子さんはギョッと目を見開いた。
「なんだ、それは」
「絞められた痕だけど」
もう結構前に座敷童子さんに見せたあの縄の痕とは違う、完全に人の手で首を絞められた痕が私の首にできていた。
「昨晩の金縛りの間に絞められて、本気で死を覚悟した」
「まさか、自分で危害を加えてきたというのか? この短期間にそれほど力をつけたと?」
「幽霊の力って言うのが何かは分からないけど、もう呪いとかそういう非科学的な感じじゃなかったよ。完全に首を絞められた感覚だった。でもこの痕は普通の人には見えてないみたい」
「では本当の物理的な攻撃ではないということだな。だがこれは……ハナコ、わしが渡したお守りはどうした」
「この有様です」
「見事だな」
私はポッケから真っ黒に焦げた座敷童子さんの着物の切れ端を渡した。
実は一昨日の夜にはこうなっていた。
昨晩に首を絞められたのはこの御守が役に立たなくなっていたというのも原因なんだろう。
「やっぱりこれってやばい? なんか郁子さんは私を敵視してるみたいなんだけど」
「そうだな。お前の家族に他に影響は?」
「特にないかな。物音が聞こえてくることが多くなったからこの前はネズミ捕りをしかけてたよ。あと変なことがあったら私が適当にごまかしてる」
「知らない者を巻き込んでもしようがない。それが一番だろうな。だがこのままではハナコが危ないのは確か。りふぉーむはまだ終わらないのだろう?」
「あと一週間。その間に私、本格的に殺されない?」
「正直、このままでは危ないだろうな。そもそも、元々見えなかった姿が見えるようになっているのが既に危ないのだ。幽霊というのはわしら妖怪や妖精と違って弱ければ見えず、強ければ見える。強ければ強いほど、そのモノが人へ与えられる影響の度合いが変わる。わしらは条件が揃いさえすれば弱くとも見えるからな」
「へえ、そうなの? じゃあ、幽霊ってどうすれば強くなるの?それが分かれば力を弱くする方法も思いつくでしょ」
「そうもいかんのが難しいところなのだ」
座敷童子さんの表情は依然として厳しい。
「幽霊というのは‘思い’の塊だ。死んだときの思いが強ければ強いほどその幽霊の力は強い。キキは、お前と生きたいという思いが強かったゆえに今はお前に憑いて守護をしている。チビもおそらく、その家でもっと生きたかったのだろう。中には幽霊生活の中でその思いをさらに強くするモノもいるのだ」
「じゃあ思いを弱くすればいいの? でも思いってどうやったら弱くできるの?」
「それが出来たら世の中の悪霊というのはいなくなっている。話が通じる相手ならまだいいが、多くが話なんぞ聞かん。だから除霊という少々無理やりな手段があるのだ。しかし、除霊は非常に危険な行為でもある。なにせ霊の思いを無視して無理に消してしまう行為だからな。失敗すれば霊は怒り狂う。だから下手に関わらずに避けて通るのが鉄則だが、今回は完全にハナコが目をつけられてしまったからな」
私だって好きであの家にいるわけじゃないのに理不尽すぎではないでしょうか。
なんで目を付けられてるんだろう。
「とりあえず今はお前の身の安全が第一。今日はなるべく一人になるな」
「それがね、今日私、家に一人なの」
「は?」
いや、私だってタイミング悪いとは思ってるけど、まさか両親とも仕事で遅くなって姉も友達の家に泊まりに行くとは思わないじゃん。
何せ三人とも私がこんなことになってるの知らないし。
「お前、なんでそんなに運が悪いのだ? 何か疫病神でも憑いているのではないか?」
「私に憑いてるのはキキだけです」
「せめてキキだけでも一緒におった方が良いだろう?」
「キキに何かあったらどうするの! こんな短足とかわいいお口で戦えると思ってんの! 無理だよ!」
「過保護か! 一応、ダックスは穴熊狩りの猟犬だろう! 遺伝子的に戦えるぞ!」
「とにかくキキはダメなの! 迎えに来るからリフォームが終わるまでここで預かってて」
キキが不満たらたらな顔でこちらを見ているのが伝わるが、この子、これでも老衰で死んだお爺ちゃん犬なので本気で戦えないから。
吠える以外の技は持ってないから。
「ならばせめてチビだけでも家に連れて帰れば良いじゃないか。元は家に憑いておったのだろう?」
「チビは座敷童子さんのところに行きたいって言うから。大丈夫だよ、何とかなるって、たぶん」
「希望的観測が過ぎる。……しかたがない。着物はもうお守りとして使えないだろう。ならばこれでも持っていけ」
座敷童子さんの手から放り投げられたそれを慌ててキャッチする。
それの大きさは私の手のひら程度で、黒く汚れた木材だった。
「え、これ旧校舎じゃん」
「そうだ。お前のクラスの男子がふざけてかけさせたわしの一部だ」
「その節は本当に申し訳ありませんでした」
どうも私の学年はやんちゃな人が多いらしく、この前もこの旧校舎でふざけて壁を一部破損させたんだ。
その男子には座敷童子さんがお灸をすえたみたいだけど。
しょうがない。
盗んだバイクで走りだしたいお年頃なんだ。
「着物よりわしの本体の一部の方が確実に力はあるからな。とにかく、今日はそれを肌身離さず持っていろよ」
「うん、ありがとう」
今回のお守りは制服のポッケに入れる。
その時、ちょうど下校時間を知らせる放送が流れ始めてた。
「あ、もう時間だ。私帰るね。キキとチビのことよろしくお願いします!」
「あぁ、任された。お前も気をつけろよ」
「うん」
まあそんなすぐには行動に移してこないだろうと思いつつ、私は家に帰った。




