二章
この世の中に、海を跳ぶウサギを見たことある人が何人いるだろうか。
電線にとまる三本足の烏を見たことは?
テーブルの上で踊る小さいおじさんを見たことは?
ドアの隙間から覗く女の目を、いったい誰が見たことがあるというのか。
それはいわゆる、妖精とか、妖怪とか、幽霊とか。世間一般的には信じている人の方が少数派でいるはずがないとされている存在だ。
科学が発展し、人々が多くの知識を得た現代においてはその存在を何らかの現象からなる錯覚だと証明し、やはりそんなものはいなかったと断言する人もいるだろう。
ただ残念なことに、そういった類はいる。何故なら私には見えるから。
通学路にはずっと尻尾が二つに分かれた茶虎の猫がいるし、昔に事故があった交差点にはいまだに腰の曲がったおばあちゃんが恨めしそうにこちらを見ている。
そして、この学校にはこの座敷童子さんがいる。
別に見たくて見てるわけじゃない。仕方がないんだ、勝手にこの目には認識されちゃうんだからね。そのせいでこの座敷童子さんに丁度良い遊び相手として認識されちゃったわけだけど。
「ねぇ、座敷童子さん。そろそろ重い」
「嘘をつくな。わしに体重はないぞ。何せ実体がないからな」
「視覚的に重いの! 五歳児が一時間以上も膝の上にいる気がしてきて足しびれてきた!」
「なんじゃその理論は」
彼女……つくも神に性別があるかわからないけど見た目的に彼女としておこう。
彼女は見た目こそ赤い着物に長い黒髪のまるで日本人形のように可愛らしい五歳児だが、これでももう百年以上を生きるお婆ちゃんだ。
そんな彼女の正体は、‘旧校舎のつくも神’。
私はうわさの影響で座敷童子さんと呼んでいるが、つくも神と座敷童子はまったく違う存在だ。
座敷童子は家に憑いてその家に幸福を呼ぶ妖怪だけど、つくも神はその物そのもの。
今でいう擬人化のような妖怪だ。座敷童子さんは旧校舎のつくも神だから彼女の本体は旧校舎ということになる。
今までいろんなモノを見て来たけど建物のつくも神は初見だったから教えてもらった時は驚いた。
最初こそ嫌々だったけど、今はこの体質のことを唯一知ってる存在だし、気軽に変なのに関わっちゃったときに相談できるし、結構良い関係を築いていると思う。
この座敷童子さん、とても現代に馴染んでるしね。
口調と見た目以外は。私、妖怪が現代のマンガ読むなんて知らなかったよ。
「学校に住むとはやり廃りにも敏感になろう。子供たちの姿や話しで今は何が流行っておるか何となくわかるぞ」
「こんな田舎のはやりなんて都会からしたら遅れてるけどね」
「まじか」
「マジだ」
それは知らなかったな、と座敷童子さんはケラケラ笑う。楽しそうで何よりだよ。
結局私の膝の上から降りる気配のない座敷童子さんのためにペラペラとマンガをめくってあげながら、私はこの先の学校生活に思いをはせた。
「……普通の学校生活は送れなさそう」
どうしてこうなるのか。私の安らかなる学校生活への別れを心の中で済ませた。合掌。




