4-(28) 天括球8
話は終わったのだ。
結局、鬼のような雰囲気を背負って戦線旗艦リットリオに現れた天儀総司令は、無二の親友の逮捕前に別れをいいにきただけ。
俺は、天儀総司令から、
「義成。俺のノートを取ってこい。ラウンジに忘れた」
と命じられたので、貴賓室をあとにした。このとき俺は、親友二人きりで話したこともあるだろうと思い素直に返事をしたのだが……。
貴賓室内には、天儀とアキノックだけが残され、義成がでていってしばらくすると、
「おじゃま虫が消えたな」
と天儀がアキノックへ微笑みかけた。
「……本題ってわけか。だが、おじゃま虫扱いとはな。義成は悪いやつじゃない。有能だし誠実だし、まともだ」
「そうだ。まともだ。それがいけない。義成は、正義感が強すぎる。この話は聞かせられない」
――本題といっても……。
と天儀の発言に疑問に思ったのはでていったはずの参月義成だった。そう、義成はでていくと見せかけて室内にとどまっていたのだ。
義成は、二重扉の一枚目を越えたところで、
――ノート?
と疑問に思い止まったのだ。そして二重扉の間で、こう考えた――。
どんなノートなんだ? 紙製のものか? それともタブレットを指していったのか? いや、そもそも普段天儀総司令は、ノートなんていわれるものを持ち歩いていない。今日特別持ってきたものを、ラウンジに忘れたことに気づいたのなら、もうちょっと特徴を教えてくれるはずだ……。そこで義成は、ハッとした。
――これは俺を追い払う口実だ。
そもそも、この機密会談には、俺にとっていくつかの重要なワードが含まれていた。そのなかでも、
『帝はなぜお前を経歴抹殺刑になんてしたんだ』
というアキノック将軍の言葉は衝撃的だった。これはグランダ皇帝の真意がわからないというだけで、アキノック将軍は、天儀総司令が経歴抹殺刑をくらった罪状をしっている可能性がある。そもそも経歴抹殺刑の出処が、グランダ皇帝というのはかなり重要な情報だ。
――これからの二人の話は、兄さんの死の真相に迫るものがあるかもしれない。
そんなわけで、ていよく追い払われたと気づいた俺は、若干の罪悪感を覚えつつも二重扉の間にとどまり二人の話を盗み聞きすることにした。
そうなればやることは一つ。諜報だ。
俺は、手早く胸ポケットから携帯端末を取りだし、耳にはワイヤレスイヤホンを装着。そして流れるように携帯端末を操作し、貴賓室内のコントロールにアクセス。カメラとマイクを起動した。
これで扉越しに盗み聞きするよりよく聞こえるし、映像があったほうが状況を把握しやすい。表情が見えなくともちょっとした仕草から感情の居所、言葉の意図がより正確につかめることも多い。
そして俺の携帯端末の画面に映しだされたのは、向かい合って座る天儀総司令とアキノック将軍を斜め上から捕らえた映像だった。
だが、そんなふうにして二重扉の間にとどまった俺は、兄の死の真相とは別のベクトルでとんでもない情報を聞くこととなったのだった……。
『アキノックやってくれたな。お前は、第七戦線の敵と秘密裏に休戦協定を結んだろ。戦争で、敵と八百長かましてくれやがったなッ』
画面では、声を荒げていう天儀総司令に、アキノック将軍が露骨に動揺して頭を抱えていた。
『ち……』
『違うのか?』
『違わない。だが、仕方なった。もう説明したろ。俺の存在はヌナニア軍で浮いていたうえに、フライヤ・フリューゲの失敗で完全に部下たちからの信望を失っていた。戦いとなると勝つのは難しかった』
『アキノックお前な。それがとおると思うのか?』
――とおるわけながい。
と二重扉の間にとどまっていた俺はゾッとした感覚をもちながら思った。
これは完全に越権行為だ。政府の戦争統帥権に抵触している。いや、戦線総監は、たしかに巨大な権限を与えられ、目の前の敵と一時的な休戦をやることは可能だ。例えばクリスマ休戦とか、旧正月休戦とかだ。それに状況の改善をするため時間稼ぎで、休戦協定をやることだってある。だが、それはすべて総司令部や政府にお伺いを立て、最悪事後になても報告するという大前提があってだ。勝手に、しかも秘密に敵と休戦していいわけがない。
――銃殺刑だ。
前の戦争の英雄クイック・アキノックの一寸先の未来はそれしかない。
そして、それを一番よくわかっているのはアキノック将軍本人。俺の見つめる画面のなかでは、アキノック将軍が、肩を震わせ泣きだしていた。それを天儀総司令が、
――みっとない泣くな!
と一喝している。やっぱり俺に目には、身長190センチ台の男が、身長160センチ台の男より遥かに小さく見える。これは目の錯覚じゃない。
『俺は、総司令官となって戦場に着任してからすべての戦場のレポートに目を通したが、アキノックきみの第七戦線だけ不自然に戦闘回数が少なかった。俺は、これを第七戦線が僻地だとか、クイック・アキノックと異名をとるきみの軍歴を、敵が不必要に警戒して消極的になっていると判断していたが、ことトートゥゾネで戦ってみてこの考えに疑問をもった。敵は、クイック・アキノック以上の功績を持つ俺に対してとても挑戦的だった』
『うぅ……。だが、第七戦線の敵だけ軟弱ということもあるだろ。指揮官には個性がある。全員が攻撃的ってわけじゃない。七つもあれば、全員獅子でも大人しい獅子だっている』
『そうだ。だが、俺はここで報告のあった違法基地のことを思いだした。六川と星守が調べ上げ俺に報告してきた違法基地の内容は、十万人規模が暮らせる大規模基地だ。こんなものをまともな戦闘しながら、天括総監部単独で作るのは難しい。ここで俺は気づいた。なにかカラクリがあるとな』
『……天儀。俺は、銃殺……。いや、死ぬのか?』
『人はいずれそうなる』
『そういう話をしてるんじゃない! 頭よさ気にはぐらかすな!』
『……セシリーが俺にもってきた情報が決定打となった。彼女が俺に与えてくれた情報は、天括できみが作った違法基地の情報もあったが、それだけじゃない。セシリーは、きみの秘密行動に懸念を覚えて俺に忠告してきたんだ』
『セシリア嬢にバレてたのか……! クソッ。あの守銭奴めッ。冷血女が政府にチクったか!』
動揺しまくるアキノック将軍に対して、天儀総司令は恐ろしく、それこそ鬼のように冷静で淡々と言葉を継いだ。
『それはわからないが、政府も俺と同じ疑問を持ったようだ。あまりに第七戦線の状況は露骨だ。不自然に戦闘が少ない。他の戦線では失敗にしろ敗報にしろ、とにかく戦闘の報告があるのに、第七戦線だけはほぼなしだ。これはおかしい。素人だって気づくぐらいにな』
そして、天儀総司令が総大官からうけた忠告の内容はこうだ。
第七戦線に不自然を感じた首相は、警察庁に捜査を命じた。しかも悪いことに防衛省内でも第七戦線の状況に疑問を持ったものがいたらしく、防衛省情報部も情報収集を開始。さらに軍警察がアキノック将軍の違法基地の捜査の過程で、秘密休戦を嗅ぎつけ本格的な捜査を開始したと……。
『アキノックきみは、やりすぎた。警察庁特別捜査班、防衛省情報部、軍警察という最強の犯罪捜査の三タッグが相手では言い訳不可避だ。いま、彼らは、誰がエルンスト・アキノック逮捕をおこなうかの調整中だ。首相から命令をうけていた警察庁特別捜査班と軍警が、自分の手柄だと揉めているらしい』
『や、やべえ……』
『しかもヌナニア星系軍では、一人軍歴が抜きん出すぎているきみの扱いを持て余していた。きみがいなくなれば無能の背比べ。みんな仲良く高官ポストを交代して年金でウハウハ。素晴らしい状況だ』
『星系軍内でも俺を切る動きがあるってわけか。俺、終わったな……。戦争の英雄がいいざまだ』
俺の手にする携帯端末の画面では、でかいはずのアキノック将軍が、困りはてて小人のようだ。勇壮な軍人が、ガックリとうなだれてしまい見るに耐えないぐらいだ。向かい合って座る天儀総司令のほうが小さいはずなのに、やはりアキノック将軍のほうが小さく見える。
『が、それはいけない』
『いけない?』
『いまは、俺がヌナニア星系軍だ。ヌナニア星系軍総司令官である俺の意向をなぜこいつらは無視している。俺に一言の断りもなしで、エルンスト・アキノックを逮捕するだと? まったく気に入らない』
『気に入らないったって天儀お前……』
『ま、気に入らないってのは冗談だがな』
だが、二重扉の間で盗み聞きしている俺は、これが天儀総司令の本心だなと感じた。自分の友人を無碍に扱う政府と軍がムカつく。これが天儀総司令の正直な感情だろう。
『はぁ。もう俺が助かる手はないのか……。銃殺刑か……』
『いや。いま、クイック・アキノックに戦場を去られては俺が困る。ヌナニア星系軍で一番優秀な戦闘指揮官に、戦闘をさせずに処分だと。こんなバカげた話があるか』
天儀総司令が満身を膨らませて放っていた。放ったのは言葉というより希望だ。まばゆい光をうけたように、うなだれていたアキノック将軍が、顔をもたげて天儀総司令を見た。まるで、すがるように、わずかな可能性を与えてくれというように。
『手があるのか?』
『そうだ。手がある。助かる手がな』
『ないだろ。無理だ。軍警が動いたなら終わりだ。セシリア嬢も俺達の敵だ。お前に俺の悪行の情報をわたしたんだからな』
『いや、違う。逆だ。セシリーは、俺達の味方だ』
『どうだか。そうだわかったぞ。セシリア嬢は、お前だけの味方だ。俺を切り捨てるように、お前に俺の情報を渡した。セシリア嬢の忠告の真意は、天儀お前に俺を切り捨てろというものだ』
『いや、エルンスト・アキノックが絶体絶命となれば俺が死んでも助けるということを、セシリーも承知のはずだ。頭のいい彼女が、それを見越さないはずがない。まだ助けられるから俺に、捜査の情報をわたしてきたんだ』
『罠かもしれんぞ。お前をはめるためのな。セシリア嬢は、お前が考えているような良識ある善人じゃない。外見は非の打ち所がない女神像だが、中身はメデューサだ。あの女は、世を儚なんでいる陰謀家で、戦後はますますそれに拍車がかかった』
――唐大公誅殺事件。
セシリア・フィッツジェラルドは、この事件の真の黒幕だった。
義成は、しるよしもなかったが、かつて旧グランダ軍時代の天儀は、帝位簒奪を企画した大皇族一人を暗殺、いや、堂々と騙し討ちしてグランダ軍のトップに立った男だった……。
第五次星間戦争の半年前にグランダ帝国では、クーデタを企画したという理由で、皇族が一人粛清された。それが唐大公だ。唐家は、一惑星をまるまる治める超巨大軍産複合体。グランダの皇帝親政は、その血族の肥大化も招いたのだ。
いまの皇帝のもとで出世できないものや、処罰されたものが、最大の皇族である唐大公のもとに集まり反皇帝派として結束。グランダ国内で、無視できない政治勢力となっていた。
しかも、唐家は超巨大軍産複合体。軍の仕事を下請けし、警備と輸送をおこなっていた。ようは傭兵で、皇族であるがゆえか装備は一級だ。クーデタは、現実的な驚異だった。
この唐大公の動きを危惧したのが、まだ正義の心と、皇帝への忠誠心を持ち合わせていた旧グランダ軍情報部のセシリア・フィッツジェラルドだった。セシリアは、セレニス星間連合との戦いに勝てるといっている天儀という男に目をつけたのだ……。
アキノックも事件の全容は、把握していないが、天儀の背後でセシリアが動いていたのをよくしっているし、旧軍で天儀がまたたく間に出世したのはセシリアの暗躍があってこそだと確信に近い考えを持っていた。
アキノックが、思うに昔のセシリアは、セレニス星間連合との戦争に決着をつけることを望んでいたし、国内で一番偉そうに振る舞う唐大公が大嫌いだった。そんな折に、ちょうど軍内で、セレニス星間連合に勝てると口にする変なやつ、つまり天儀という男を知ったのだと。そして利用したのだと。
『政府と本国の軍制服組のあいだで、一つの動きがある』
『なんだそりゃ?』
『基地で民間企業に、性風俗店を経営させようっていう計画だ。泊地パラス・アテネを始め全戦線の後方でだ』
『マジカよ……』
『事実だ。ヌナニア軍は、兵士たち相手に定期的にアンケートや兵員意識調査をおこなっているのをしっているな?』
『ああ、しってるぜ。なにしろ兵士の士気をしるにはそれが一番だ。メンタルヘルスケアの改善という意味でこういったマーケティング行為は重要だ。軍官房部だけでなく、戦線総監部でも独自にやってる。毎月それ見て配置とか変えたりする』
『軍官房部が、おこなった性満足度のアンケートの結果は、VRなどではとても性満足はえられないというものだった。で、実態をさらにしらべると彼女がいないとか、女性といいことしたいとか、男どもはそんな結果だった。その兵員意識調査の結果をしった政府は、実験的だが、俺が着任する二ヶ月前に、試しに泊地パラス・アテネで風俗店をやらせてみたら大人気だったということだ』
『だろうな。俺の宇宙基地ができてから、ここじゃ兵士たちからの不平不満の類が低下した。性風俗は、士気高揚に想像以上に以立つか……』
『まあ、そうだ。認めたくないが、そうだ。しかもレイプなどの性犯罪減るだろうと期待されているので、政府も本国の軍制服組も本気だ』
『政府は、一部の基地を民間に委託して、風俗店を入れること考え始めているというか、もうすでに計画させている。しかも性差別があってはいけないと、女性向けと同性愛向けの店もバッチリ準備中だ。俺は反対もできん。レイプなら取り締り鉄槌をくだせるが、人肌が恋しいというセクシャルな内面までは取り締まれない。いや、人の内面まで取り締まれば逆効果だ』
『すげえ。政府は、俺よりやる気じゃないか。俺も自分の宇宙基地に、ホストクラブなんて作ってみたが、やっぱ全般的に店は、男向けだったからな』
『だろ? やったぜこれで士気高揚は間違いなし、戦争狂で勝てればなんでもいい俺としては願ったり叶ったりだぜ!』
俺の見つめる画面では、天儀総司令がやけくそに放なっていた。天儀総司令は、基地に風俗店を作ることをあまり好ましく思っていないのだろう。この人は、意外にこういうところは、真面目といえば聞こえはいいが、童貞っぽいというか現実無視の無駄な聖人君子さを持っている。
『まあ、男も女も死ぬ前になにがやりてえって、セックスしてえわな』
『はぁーー。勝てば死んでもいいって奇特なやつは俺ぐらいだ』
『違いない。天儀お前は、勝てれば名誉も金も女もいらんからな』
『だが、完全な人でなしは俺のほうだ』
『うむ。氷華ちゃんが可哀想だ』
画面内では、カラカラと笑うアキノック将軍。この人は本当に楽観主義者だな。天儀総司令は、あなたを救うと決心しているみたいだが、まだ、そのプランは口にしていないんだぞ……。そして、画面内では、そんな楽観主義者のアキノック将軍が、天儀総司令に問いかけていた。
『で、天儀お前はどうするんだ。性風俗店を許可するのか?』
そう。最前線での決定権は、すべて天儀総司令にある。天儀総司令がイエスと応じなければ、どんな計画も最前線では実行できない。今も昔も戦いはスピードが命。なにをするにも本国へ問い合わせてというのは敗北の始まりだ。ただ、これだと総司令官が、首相の指示を拒否できてしまうリスクがあるじゃないか、と思うだろう。
だが、これは建前に過ぎない。そんな総司令官は、解任されて終わりだ。そもそも言うことを聞かないようなリスクのある人物は総司令官に任命されない。
そう。誰が指名されようと、総司令官など所詮は雇われ軍人という面がある。スポーツチームの監督をすげ替えるように、いや、それ以上に簡単に交代させられる。
人気だった総司令官に、部下や最前線の兵士ができるのは、
――いい総司令官だったのに残念だ。
と思うことだけ。そんな感情もすぐに多忙な日々よって忘れてしまう。
アキノック将軍の問に対して、ため息一つしてから天儀総司令が口にしたのははっきりとした回答ではなかった。




