4-(27) 天括球7
――義成。俺がむちゃしそうになったら止めてくれよ。
天儀総司令のそんな言葉が俺の頭でよぎるなか事件は起きていた。
戦線総監に殴りかかる総司令官。
俺の目の前では、信じられない事態が勃発していた。総司令官は、いうまでもなくヌナニア星系軍のトップ。そして戦線総監は、方面軍級戦力のトップ。いわば現場で一番偉い立場だ。
俺の横を脱兎のごとくで通過した天儀総司令は、俺の十歩ぐらいうしろにいるアキノック将軍へ握り拳で飛びかかったのだ。
――止めてくれったって、止める暇もないじゃないか!
俺が心で悲痛するなか、天儀総司令ときたら満身戦意で、疾風のごとくアキノック将軍へ突進。だが、まずいアキノック将軍は、190センチ台の大男。対して天儀総司令は160センチ台。どう見ても勝負は見えている。いや、とにかくどちらが、どちらを殴り倒しても殴り倒されても大問題だ。
――いや、アキノック将軍だって加減するはず。
そもそもだ。アキノック将軍が、宇宙にハーレムなんて作ったのがいけないんだ。ここはアキノック将軍が、甘んじて天儀総司令の鉄拳という制裁をうけてくれれば……。
だが、こんな俺の望みは、浅はかなものだった。そうわかってはいたが浅はかだった。俺のやり返してくれるな、という願いを込めた視線のさきにはファイティングポーズのアキノック将軍。飛びかかってくる天儀総司令に対して、半身になり鷹のように鋭い目つき。
――滅茶苦茶やる気じゃないか!
いま、二人の距離は急速に縮まっている。激突必至だ。俺は振り返りざまに、二人を止めようと全力で駆けた。だが、たった十歩程度が、いまは恐ろしく遠い。
俺は、無駄とわかりつつも手を伸ばしたさきでは二人が激突していた。
飛びかかってくる天儀総司令に対して、アキノック将軍はジャブからのフック。そしてハイキック。単純だが、だからこそ効果的。繰り出した技の本命は、いうまでもなく最後のハイキックだ。
天儀総司令は、右手でジャブを払い、額をかすめつつもフックをかわし、ハイキックが繰り出されるときには、アキノック将軍の襟をガッチリと掴んでいた。急速接近で間合いを潰したことで最後のハイキックは、ほぼ不発だった。
天儀総司令は、左手でアキノック将軍の前襟をガッチリと掴み、左手でアキノック将軍の右手を制していた。恐らくアキノック将軍は、攻撃しようと動けば、その刹那に投げ飛ばされる。俺はそう感じた。
「どうしたアキノック。動きが鈍いんじゃないのか!」
「黙れ天儀。これが総司令官のやることかッ。立場ってのを考えて行動しろ!」
俺の目の前での無二の親友という二人の再会は、掴み合って睨み合い、バイオレンスに満ちていた……。
「ほう立場か。じゃあ聞くが、戦線総監という立場のきみは何度勝利した。俺は、ここですでに三度は勝ったぞ。総司令の務めをはたしていると考えるが。さあ、アキノックきみの勝ち星の数を教えてくれ。俺は、顕彰しなければならん。総司令官だからなッ」
「クッ……!」
「おいおい。まさか宇宙最速がまだ勝ってないとか冗談だろ。きみの戦線への着任は一年前だぞ。最前線で居眠りでもしていたのか?! 悠長なものだな。俺達兵士は戦場で、戦って、戦い、戦うだけだ。そう。俺達が戦場でやることはきわめて単純なのに、偉くなったらそんなことも忘れたのか!」
「クソがっ! 相変わらず天儀お前は、ことが性急だ。着任早々トートゥゾネで大勝利おめでとう! ああ、おめでとうだ!」
「賛辞の言葉ありがとうアキノック。俺もきみへ賛辞の言葉を贈りたいのだが、どうしてかその材料を持たない。いま、ここで是非とも良い報告を聞かせてくれないか!」
160センチ台の小男に、いや、小男といっては天儀総司令に失礼だが、とにかく小さな天儀総司令に大きなアキノック将軍が、〝力〟で完全に気圧されている。これだけでも俺には驚きだが、二人の元へ駆け寄った俺は、肩で息してゼーゼーとしながらも、
「信じられない――!」
と叫んでいた。
二人が親友だということも、天儀総司令が殴りかかったことも、そしてアキノック将軍が殴り飛ばす気で迎え撃ったことも。すべてがだッ。そう。すべてが信じられない。まともじゃなく、常識的じゃなく、倫理的じゃない。ラニアケア超銀河団広しといえどもこんな星系軍はない……!
そんな俺を見て二人は、一瞬ほうけたようにとまったかと思ったら、大声で笑いだしたのだった。
「おい義成。俺がむちゃしたら止めろと命じてあったはずが。いまのは、その止めるべきときだと俺は思うのだがサボるな」
と天儀総司令がいえば、
「義成お前は、天儀のSPもかねてるんだろ。キックボクシングプロ級の俺が、本気で対応してたら天儀の顔面は今頃ぺしゃんこだぞ。ちゃんと仕事しろ!」
とアキノック将軍は、俺の背中をバンバン叩いて大笑い。まるで俺が悪いかのようにいう二人。完全で純然たるパワハラだ。
止めろったって、天儀総司令あなたには止められる気が微塵もなかったじゃないですか。アキノック将軍にしたって、なにが本気だったら天儀の顔はぺしゃんこだっただ。あなたは不意打ちをうけて完全に負けていた。特殊工作員として厳しい訓練を積んでいる俺の目は誤魔化せませんよ。……などとは俺はいえずに、かといって〝すみません〟というのもあまりにしゃくで息を整えるふりをして返事をしなかった。
「貴賓室を準備してある」
とアキノック将軍が天儀総司令をいざない二人が歩きだしていた。俺は、心中にももやもやしたものを抱えつつも二人のあとに続いた。なんなんだこの二人は、踊りかかって、それを拳で迎え撃つ。あのバイオレンスなやりとりは通例の挨拶だったのか? 俺の前を進む天儀総司令とアキノック将軍は、いまは歓談といった調子で、最初のやり取りはなんだったか、と問いただしたいぐらいの仲よさげの雰囲気だ。俺は、二人の心中がまったく計り知れず完全に混乱だ。
が、部屋に入ると雰囲気は一変した。
天儀総司令、アキノック将軍、そして俺のはいった貴賓室の扉は二重。豪華な装飾品が彩られたこの部屋の雰囲気は、まったく暗いものだった。
天儀総司令とアキノック将軍の二人は、向かい合ってソファーに座るなか、俺といえば備え付けの冷蔵庫からドリンクを取りだし二人の前においてから、側で大人しく控えるというていだ。
――機密会談申請。
正確には、『機密情報取扱事項』という既定がヌナニア星系軍にはある。もうなんどかいったが、軍民問わず宇宙船の全室には基本的にカメラ・マイク・スピーカーの三点セットの設置の義務がある。そして場所によっては自動で記録され続けるわけだが、機密情報のやり取りを申請すれば、この三点セットの電源を落とすことが可能だった。
いまでも超がつくような機密情報は、口頭でのやり取りで済ませ痕跡を残さないというのは基本だ。
「アキノックきみは、近々軍警察に逮捕される」
という死の宣告から天儀総司令とアキノック将軍の機密会談は開始された。
言葉に続いて、思い当たる節があるだろ? というように見つめる天儀総司令に対して、アキノック将軍は、
「はぁー。多すぎる。思い当たることが多すぎる。どれで逮捕されても解任と、軍法会議は間違いなしだ」
と頭を抱えた。
「だろうな。俺が最初にきみの問題について聞いたのは六川からだ。そして最近になってセシリーからも報告があって、俺はやっときみの置かれている立場が末期の膵臓ガンだって裸足で逃げだすような手のつけられない状況に発展しているとしったんだ。アキノックきみは、もう助かるには神に祈るぐらいしかないぞ。どうする気だ」
「はは、俺のハーレムは、軍内では公然秘密だったからな。各基地からわざわざ第七戦線へ遊びにくるような状況だった。しらないやつはよほどボーっと生きてやがる」
……俺はしらなかった。ボーっと生きてたつもりはないのだが、軍内での公然の秘密をしらなかった。特殊工作員としてこれは少し恥ずかしいぞ。
「しかし神に祈れか。俺もお終いだな。ああ、でも楽しかった。夢をありがとう戦場よ。戦場にはすべてがあった。俺の望むものすべてがだ」
最早、自嘲の言葉しか吐かないアキノック将軍に、天儀総司令は容赦ない。だが、これは本人よりも無二の親友である天儀総司令のほうが、事態を深刻にうけとめいてるからだと俺には感じられた。
「きみの売りは宇宙最速だが、それが最速で降格されやがって、なにからなにまで最速か」
「くそ。フライヤ・フリューゲの攻略失敗をいってるんだな。だが、俺は、要塞攻略は未経験だった。しかも鉄壁の宇宙要塞群だぞ。それなのに政府の意向は、フライヤ・フリューゲ奪還のバカの一つ覚え。だから誰かが失敗して、無理だとわからせるしかなかった。俺はババを引いたんだよ。クソッたれめが、俺が失敗してやっと政府は、フライヤ・フリューゲの攻略の難しさを認識したんだ」
「俺達は、神でもなく無敵でもない。フライヤ・フリューゲの失敗は問題じゃない。きみは上手くやって損害も殆ど出さなかっただろ。それ以外が問題だ。どうしてこんなことになった。まっとうに軍歴を踏めば、きみはヌナニア星系軍の総司令官のポストだって、国防大臣だって夢じゃなかったのに、バカげた真似をしやがって」
「……天儀お前が、経歴抹殺刑なんてくらうからだ」
途端に天儀総司令が、憮然と黙り込んだ。そうだ。議論のすり替えのきらいはあるが、アキノック将軍が宇宙でハーレムを作ったことを責めるなら、歴抹殺刑の刑をくらった天儀総司令はどうなんだという話になってくる。
アキノック将軍が犯したのは、あくまで性犯罪系の軍規違反で、異例の規模ではあるが、宇宙に国費でセクシャルなサービスを提供する宇宙基地をつくっただけ。……いや、かなりヤバいな。禁固刑三百年とかくだされるんじゃないか? だが、それでも歴抹殺刑に比べれば霞むほどの小さいもといえる。
経歴抹殺刑で、天儀総司令が一体どんな罪を犯したのかすらわからないが、やったことはアキノック将軍の犯した罪より重いはずだ。そうでなければこんな刑罰はくだされない。
「戦後に紫龍のボンボンが死んじまって、周囲は俺にどうすればいいか頼りきりだし、俺は将軍、将軍と持ち上げられてばかり。調子にも乗る。その反面旧グランダ系軍人からは天儀派と見られてつまはじきもの。ヌナニア軍しかしらん若者は、俺を軍歴だけの無能と断じて軽視している。旧星間連合軍のやつらからすれば俺は元敵だ。新軍での俺は、最初こそ持ち上げられたものの完全に孤立。扱いに困る腫れ物と宙ぶらりん。かといって俺もこの若さで引退もできねえ。責任がある。そう。責任だ。天儀お前がいなくなり、紫龍のボンが死んだせいで第五次星間戦争の勝者としての責任が全部俺にきたんだよ」
元々二足機科出身のエルンスト・アキノックは、新設されたヌナニア星系軍の艦隊司令官達の中では浮いていた。嫉妬といってもいい。繰り返しになるが、通常の艦隊司令クラスともなる軍高官達の専門科は、宇宙火力科だ。
それにアキノックの、その抜群の社交性が発揮されるのは、女性相手と下士官以下の兵士に限られる。上司や同僚相手には、
――俺が二足機科だからって舐めんじゃないぞ。
と体格に物をいわせて威圧するように剣呑なのだ。
「それで嫌になって好き放題始めたのか?」
「まあな。悲観しても楽観しても、軍歴が抜きんでている俺に誰も文句言えないって状況ではあった。なら、やりたいことやってやろうってな。幸い戦争が起きた。最前線は、戦線総監の裁量でなんでもできる。俺の夢の実現の機会ってわけさ」
「それがハーレムか……」
天儀総司令がため息を付いていった。もうどうにもならないといったふうだ。
――これは最後の晩餐だな
と俺は思った。天儀総司令とアキノック将軍の機密会談は、いわばお別れ会だ。アキノック将軍が逮捕されてしまえば、直接会うことは難しいだろう。天儀総司令は、そうなる前に大事な作戦を延期してでも無二の親友に会いにきたのだ。
「帝は、なぜお前を経歴抹殺刑だなんてしたんだ。不可能といわれた超連合艦隊規模の艦隊決戦。戦争に勝ってのヌナニア国の成立。累代のグランダ皇帝の悲願だ。その悲願を叶えたのは天儀お前だ。帝にとってお前は恩人じゃないのか」
「……俺のことはいい。きみはヌナニア軍で威令を発揮し、諸軍を統括できるだけの実力があった。きみは自身のウィークポイントを悲観してばかりだが、間違いなく人間的にも魅力がある。なぜヌナニア軍で上手くやろうとしなかったんだ」
「ははん。軍の管理かよ。政治をやれっいっても無理だ。お前は、俺を買いかぶりすぎだ。実際のところ軍で俺に憧れるやつは多いが同時に、同じだけ軽蔑するやつも多い。それに俺は、元々二足機科だ。モテればいいってだけでパイロットになった男だぞ」
頭を抱えるアキノック将軍に、難しい表情の天儀総司令。
190センチ台のアキノック将軍が、天儀の前では小人のようにすら見えた。




