4-(29) 天括球9
『俺が着任したときに、六川から渡されたのが、軍内でおきた犯罪のリストだった。なんと聞いて驚け、倫理の権化とまでいわれる星系軍内で一番多い犯罪は窃盗や傷害事件ではなく性犯罪だ。そのなかで確定している性犯罪が25万件。うちレイプが8万件。なお、セクシャルハラスメントまで幅を広げると251万件だ』
『ヤバいことになってるとは聞いていたが、それほどかよ……』
『着任してみれば驚きだ。最前線は、性犯罪のパンデミック状態。誰もが手を焼き見て見ぬ振りときたもんだ。六川と星守は完全困り果てていた』
『そういや軍官房部から毎週のように綱紀粛正強化の通知がきてたからなぁ。俺はてっきり物資の横流しが酷いのかと思ってたぜ』
『そうそう。付け加えてやると、アキノックきみの戦線ではきわめて性犯罪が少ない。レイプはゼロだ』
『ふ、俺の管理能力は卓越しているからな』
『バカを言うな。あの違法基地のおかげだろ』
『違いない。だが、俺の宇宙基地だ』
ドヤ顔でいうアキノック将軍。俺は、偶然だろ! と猛烈にツッコミを入れたい衝動に駆られた。絶対に、アキノック将軍が、宇宙基地を作った理由に正犯罪抑止という考えはなかった。断言できる。
『きみの違法基地が、正犯罪抑止に役立ったのは認めざるを得ないな。ミカヅチは戦力の配置、犯罪抑止、相性による編成はできても、こういった人間の暗黒面までは制御できなかったんだよ。未然に犯罪を抑止する人事と、起きたあとに再発を防止する時事はやれたみたいが、最優先事項は戦争の勝利だ。性犯罪のパンデミックが起きてしまえばなにもできない。ミカヅチは戦争勝利の前には、レイプされた女性達は必要な犠牲と判断したんだ。政府と本国の軍制服組は、これをきわめて問題視した。宇宙では理性的な振る舞いが尊ばれる。本能に従順では、いまの時代立ち行かないからな』
『星系軍は、薬物汚染と性犯罪を重大視しているからなぁ』
『をおそらく俺が、総司令官任命された理由は、こういった状況も大きかったろう。ミカヅチの後任には、俺以外にも何人か候補がいたはずだ。なぜ俺なんだ? と俺自身だって感じていた。俺は、旧軍の軍籍で軍を引退している。ヌナニア軍の軍籍はない。そんなやつわざわざ起用するには訳がある。だが、着任式直後に訪れた総司令部で六川からまずこの資料を渡され納得したよ』
『お前は、規律に鬼のように厳しいと有名だからな。いまでも旧軍人間じゃちょっとした違反をやったときに〝人食い鬼だったら銃殺だった〟なんて冗談がでるぐらいだ』
『ふん。経歴抹殺刑でも記憶の中の俺までは、削除できんか』
『とにかく天儀お前は、軍規を犯したものに鉄槌を下すではなく、それ以前に軍規を犯させないよう恐怖を全軍にばら撒く男だ』
『その点については自覚がないし、そんなことがやれているとは思えないが……。とにかく俺は、首相を始め内閣のお歴々には、きみがいったように思われていたみたいだな。で、性犯罪者25万人という問題には、六川も星守も正直お手上げだったようだ。全員を裁くと一瞬で25万人が最前線から消え失せる。ただでさえ戦力劣勢なのに、25万人も一度に消えれば軍務はまったく回らないからな。まあ、星守は、死亡率の高い任務にこういった犯罪者を当てていたようだが……。そんなものは罰にはならん。軍の最前線で性犯罪者は、実質野放しというのが実態だった』
『どうしようもないわな。25万人いきなり消えたら困る。理由はなんであれ、軍務の残業が増えれば、兵たちは嫌がる。士気は下がる』
『だから俺は勝った。戦場での勝利は諸問題の解決につながる』
『さすがだ。勝てば誰もが文句を言えなくなるからな。それが性犯罪取締ならなおさらだ』
『俺が、勝ってトートゥゾネから戻ってきてやったのは、この性犯罪者全員を軍法会議に送ることだった。今頃本国では軍の法務官がおおあわだろうよ。俺の総司令官権限で、レイプ犯は問答無用で軍籍剥奪で一般の刑務所送りだ。それ以外の性犯罪者は軍籍剥奪と前科付けて罰金で解任という命令をだした』
軍籍剥奪されると従軍による年金がもらえなくなる。これはかなり痛い処分だ。軍では、短期間だろうと一度でも最前線に配置されれば、従軍年金として毎年一般人より一ヶ月分多い金が手にできる。この戦争は、戦闘が多いので俺が考えるに最低でも毎年三ヶ月分多く死ぬまでうけとれたはずだ。
『さすがは天儀。お前の権能は、兵士相手には神だ。逆らえないぜ』
『星守は、満足していたよ。俺の代わりに総司令官として有罪証明するという書類25万枚全部に印を押すというクソダルい作業を嬉々として、取り憑かれたようにやっていた。そして効果てきめん。〝軍官房部は最前線の犯罪取締の強化を実施〟という毎週全軍へだしている通知を、その週からは誰もが真剣にうけとめるようになった』
二重扉の間で、この話を聞いていた俺は、
――なるほど。
と、一つの確信を持った。あの真面目な六川軍官房長が、天儀総司令にかなり従順なのは、この問題を解決したからかだし、その能力を期待していたからだと直感したからだ。六川軍官房長の忠誠心は、戦争が強いというだけでは、絶対に得られはずだ。
『で、天儀。俺はどうすればいい?』
とアキノック将軍が、余裕しゃくしゃく。ソファーの背もたれに、肘をひっかけ堂々とした態度でいった。……すごいぞこの人。最低だ。十分ぐらい前には、銃殺刑だ、と絶望して、天儀総司令に助けてくれと泣きを入れていたのに、もう完全に助かった気でいる……。俺は、思わず手にしている携帯端末の画面を二度見してしまったぐらいだ。いつ絶望しうなだれていた姿勢から、この堂々たる座りかたに早変わりしたのか。まったく、それが気になったからだ。
『俺は、お前の違法基地を、泊地パラス・アテネと各基地に設置する性風俗店の見本するように提案してある。あと、直ちにあの基地は民営化してしまえ』
『なるほど』
『幸い義成の報告からアキノックきみの作った違法基地は《ハーレム》は、きわめて兵士たちの間で受けが良いことはわかっている。政府も本国の軍制服組も認識の差はあれ、そのことは承知だろう。これで違法基地問題の解決の道筋はつく』
『やったぜ。だが、秘密休戦はどうする? あれは完全に銃殺しかないだろ。俺が思うに、俺を庇うと天儀お前が解任されるぞ……』
『大丈夫だ』
『マジカ。神かよ』
『神じゃないが、計画はある』
俺は、これには驚いた。秘密休戦は、警察庁特別班と軍警察とで、どちらが逮捕するかで揉めている段階。アキノック将軍の容疑は固まってしまっているだろう。これを覆すのは、それこそ神でもないと不可能に思える。
『アキノック勝て――』
『勝つ?』
『そうだ。俺達兵士には、勝つしかない。戦場には状況しかない。いや、幸い状況がある。政治には状況がない。政治にあるのは政局だけだ。だから政治家は、戦場を理解しないが、状況は政局より優越する』
『天儀お前のいうことは難しい。どういうことだ?』
『……アキノックお前は、敵を騙すために休戦協を結んだ。そうだろ?』
『え?』
『劣勢の戦力を率いるしかないお前は、考え抜いて勝つために策を講じた。クイック・アキノックは早いだけが取り柄じゃない。知将だ。これは俺も最近しったが、アキノックきみはとても知将だ。嘘の休戦協定で油断させ、敵を一気に叩く。そうだろ?』
俺の手にする画面のなかのアキノック将軍が、困惑顔でしばらく黙っていたかと思ったら……。
『ソウダ。オレは、テキをダマスために、休戦協定をムスんだ』
完全な棒読みを見聞きした俺は絶句。なんて汚いんだ。これは辻褄合わせの嘘じゃないか!
『ウム。見事な策だ。汚いが、戦場では騙されるほうが悪い』
『ソウダ。ダマサレルほうがワルイ』
『敵を騙すにはまず味方から。休戦協定を秘密裏で、総司令部と政府にしらせなかったのは、それが作戦だからだ。無報告なのはしかたない。だまし討ちする情報が、敵に漏れると作戦は台無しだからな』
『ソウダ。シカタナイ』
とアキノック将軍が棒読みを終えると、天儀とともにどっと笑った。
『天儀。俺の秘密の休戦協定はブラフだ。俺は勝つぞ!』
『やれよアキノック』
『ああ。で、期限は?』
『二日後に、政府と防衛省の人員で組織された視察団がここに到着する。その視察団に、秘策を打ち明け三十六時間以内に第七戦線の主力を撃破しろ。これで現実を、状況で変えられる。きみは助かる』
『早い! 二日だと!? 視察団がくるのが早すぎるぞ。いくらなんでも時間がなさすぎる』
『早い? いいじゃないか。クイック・アキノック。その異名に相応しい』
『くそ、ヤバいぞ。間に合うのかこれは……?』
『宇宙最速なんだろやれよ』
『……やりゃあいんだろ。こんちくしょうが!』
『ああ、勝ったという形でいい。派手に勝てばいいんだよ』
『なるほど……』
と顎をさすったアキノック将軍が、自信ありという笑みを口元に見せた。
俺はこれを見て、アキノック将軍は相当な自信がある凄みを感じたが……。だが、いままでのこの人の行動を見ているとたんなる虚勢や、大失敗もありるとむしろ不安を覚えた。
『しかし、戦場で性風俗店か。民間人を戦場に連れてくるのは、泊地パラス・アテネでもリスクが大きいなじゃないのか? 政府が乗り気だっていうのが俺は不思議だよ』
『幸い俺が三度も一瞬で勝ったからな。トートゥゾネ大勝したから政府は、泊地パラス・アテネは戦場であることは間違いないが、安全圏となったと認識している』
『楽観視できんだろ。戦場全体の実態は劣勢だ。いまでもどこかの戦線が破られて、一気に泊地パラス・アテネに敵の大艦隊がご登場なんてことがないわけじゃない、この戦争はいまでもヌナニア軍が不利だ』
『だが、政府と世間はそうは思ってない。いずれ事実を知るだろうが今は違う。アキノックきみを救うには、この政府の誤認を利用するということでもあるんだ』
士気を保つため。規律を保つため。戦争に勝つため。気を緩めると負けかねない。だが、いまは前より安全だ。慰安目的の民間人を最前線に送ってもきっと大丈夫だろう。そんな政府の認識を、天儀総司令は巧みに利用する気だ。
『なるほどな。それで、この風俗店開業の作業は、結局お前の命令でやるのか?』
『いや、俺は、首相から官僚どもが作ったプランを送られてくるという形の内々の打診があったときに〝話しにならん〟と突っぱねてやった』
『マジカよすごいな。政治家と官僚のいうことを拒否したのか……』
そう。ヌナニア連合では、いや、全宇宙で軍人の地位は、じつはそう高くない。文民統制。軍人が最高位にある太聖銀河帝国は異例中の異例といっていい。普通の星系間国家での軍人の立場は、首相から見れば倍々臣のような立場で、政府の集まりでも席次も高くない。そもそも、政府からの軍への指示は、ほぼ絶対だといっていい。従わないと解任されるだけだからな。だから政府からの指示を突っぱねるには、相当な胆力が居るはずだが、天儀総司令はやってのけたのか……。
『俺は、幸いヌナニア軍籍を持たなかったからな。政府のお歴々にも旧軍の化石と思われている。彼らにある旧来どおりの軍規に厳格な軍人天儀というイメージを利用した。旧軍化石脳の天儀は、性風俗を絶対悪だと思い込んでいると思わせた』
『なるほどなぁ。旧グランダ軍は、軍規に恐ろしく厳しかったからなぁ』
『大体こんもの二つ返事で了承してみろ。戦後問題になった場合に全部俺になすりつけかねかない。だから俺は、そのあと再三きた総司令官命令で性風俗店を各基地に作れという政府の指示を全部突き返してやった。必要ない。総司令官として許諾しえない。ヌナニア星系軍の半身は誇りある皇軍である、といってな』
『すげえ。というか天儀お前大丈夫なのか……』
俺も同感だ。普通ありえない解任されて終わりだからな。いや、解任だけじゃなく、解任の命令書を持った政治将校が、軍警を伴ってあらわれ解任と同時に逮捕だってありうる。そもそもヌナニア星系軍では、政府のいうことを聞かない恐れのある人物は、軍総司令官には任命されない。だが、天儀総司令は、イレギュラーだ。
通常なら能力ある人格者が、ヌナニア星系軍総司令官に任命されるが、状況は切迫していた。きわめて悪い戦況。悪化する一方の規律。下がり続ける士気。政府は、この問題を解決できる人物を総司令官に指名した。
『ついに俺の前に、首相からの密使が登場。それでも首を縦に振らない俺に、首相の密使が、性犯罪が減らなかったらどうする気だと糾弾してきた』
『それで、どうしたんだお前は?』
『セクシャル系の犯罪は全員を銃殺する。軍警察憲兵隊は、この仕事を喜ぶだろう。といってやったら黙っちまったよ。同席した星守は、手を売って喜んでたぜ』
『ああ、おかっぱ星守ちゃんは、そういうの喜びそうだな』
『ま、彼女は、今後の正犯罪抑止のために性風俗店もやむなしと案事態には賛成だったが、それを総司令官命令でやるのは反対だった。なぜなら俺からの発令となると、軍官房部が取り仕切ることになる。正義心の強い星守に性風俗の店を作れというのは酷な仕事だ』
『あのおかっぱねーちゃん糞真面目で、食事に誘って口説いていい感じになったんだが、手に触れただけでぶん殴られたからな。あれは絶対にクリスチャンだ。しかもカトリックの厳しいやつだ』
『それでやっと政府は、防衛大臣決断でこの案をやるといってきやがった。バカ野郎最初からそうしろ。なんでも汚れ仕事を人に押し付けやがって』
『まったくだ。めんどうみきれねーよなぁ』
というアキノック将軍に俺は、一番天儀総司令に面倒見きれない案件を面倒見てもらっているあなたがいいますかい、と心の中で盛大にツッコミを入れずにはいられなかった。敵の戦線司令官(軍団司令長官)と勝手に秘密裏に休戦してサボタージュなんて、どう考えても一番面倒見きれない案件だ。
『とにかく。ことは急を要するし、軍が直接性風俗店を経営しているというのはまずい。きみの作った違法基地を、政府からの視察団がくる前に民営化する。これは俺が許可を出すだけなので、書類の作成時間を加味しても半日で終る。あとの問題は、あまりに破廉恥すぎる違法基地だ。酷い内容らしいので、健全化作業をやるぞ』
『だが、このあと政府と本国の軍制服組が、やろうとしている性風俗店だって、国が入れる企業を審査することになるんだろ。民間に委託したといっても、その内容が性風俗の経営じゃ結局は国や軍の責任にならんのか?』
『国が直接でないというのが重要で、しかも施設の地上権はおそらくだが何十も下請け会社に貸しだされ、借りたやつが別のやつに貸し、さらにそいつが別のやつに貸して、さらに貸して、で、風俗経営する業者に貸すという段取りになるんだろう』
『……ズルい手だ』
『ズルいが、こうするしか軍の規律と士気を同時に保てないという政府と軍制服組の意見には、俺も同意するしかない』
『ま、仕方ねえわな。で、俺の宇宙基地の健全化作業を誰にやらせる。視察団がくるまで二日だろ。優秀なやつじゃないと、とても間に合わないぞ』
そこで天儀総司令が、二重扉のほうを少し見てから、気づいたように室内に設置されているカメラを見て叫んだ。
『おい義成でてこい。いるんだろ!』
――バレている!?
俺は気が動転して顔が真っ赤だ。いつから天儀装司令は、俺が密かに潜んでいるとしっていたんだ。というかなぜわかった。が、とにかく俺は、愛想笑いで頭をかきながら二人の前に登場するしかない。ここに隠れていてもいずれはバレる。我ながら情けないが、どうしようもない……。




