4-(26) 天括球6
「義成。よく報告した。感謝する」
と俺の顔を見るなり天儀総司令がそういってきた。
戦線旗艦リットリオに現れた天儀総司令は、俺がこれまで一度も見たことのない峻厳さを身にまとい厳しい表情で登場した。
いま、総司令部では、総司令官肝いりのの作戦計画の大詰めの段階。作戦の立案者である天儀総司令は、きわめて多忙なはずだが……。
「作戦のほうは?」
「延期だ。バカ野郎が足を引っ張りやがってッ」
相当な苛立ちを見せて天儀総司令が吐いて捨てるようにいった。
「しばらくラウンジでお待ちください。準備ができしだいおよびしますので……。なにぶん天儀総司令の訪問は突然のことで、リットリオではまったく出迎えの準備が間に合いませんでした」
そう。天儀総司令のリットリオ訪問は、あまりに唐突だった。到着一時間前に、
――もう到着する
というしらせが、戦線総監部と俺の端末にとどいた。安全上の問題だ。総司令官の移動には、多数の護衛をつける既定が軍にはある。だが、そうすると移動に時間がかかるうえに、人的リソースも無駄が多い。いまは、少しでも作戦準備に人を割きたいはずだ。だから天儀総司令は独行というかたちで、しかも秘密裏に最小限の人員で第七戦線にあらわれたのだ。
俺の言葉に天儀総司令は、
「わかった」
とは口にしたが、声は性急さに満ちていた。
とにかく俺は、天儀総司令をラウンジに案内し、アキノック将軍のもとへ急いだ。戦線総監室に到着すると、アキノック将軍はまだ準備中。女性好きのこの将軍は、身だしなみに余念がない。エレナ副総監に、手伝わせあれこれと準備していた。
甲斐甲斐しくアキノック将軍の世話を焼くエレナ副総監。まるで奥さんやお母さんといったようすだが、そんなエレナ副総監が手をとめ俺に近づいてきて、
「私はここで待ちますので、参月特命くれぐれも宜しくおねがいします」
と耳打ちしてきた。
「え、ご同行されないのですか?」
こういった場合に腹心といえる人物を一人二人同行させるのは、おかしな話じゃない。エレナ副総監の立場は、名実ともにアキノック将軍の一番の補佐官。おそらく公私での女房役。それが同行しないとは驚きだ……。
「怪訝にお思いですね。いいでしょう理由をお話します」
とエレナ副総監は、いってアキノック将軍に聞こえないように小声で続けた。その話を終わるころには、アキノック将軍の準備も整い俺とアキノック将軍はエレナ副総監に見送られ部屋をでたのだった。向かうは貴賓室だ。アキノック将軍が貴賓室に入ったら、俺がラウンジへ天儀総司令をよびにいく段取りになっている。
そして道すがら俺は、エレナ副総監の話を思いだしていた……。
「天儀装司令は、第七戦線の状況をしって内心怒り心頭。激昂しておられるでしょう。ですが、鬼とよばれ規律に厳しい天儀総司令は、あれでいて身内に甘いというか失敗に寛容です」
当然というかなんというか。これだけでは、俺にはエレナ副総監が同行しない理由がいまいち見えてこない。天儀総司令とアキノック将軍の会談の場に、エレナ副総監がいたほうが、あのハーレム宇宙基地の状況を、いくぶんかマシに、上手く伝えられる気がする。俺が、そんなことを思うなかエレナ副総監の話は続いた。
「天儀総司令が、失敗を犯した部下を処分たくない場合に二つの選択があります。ええ、普通は一つですが、それがあの方の偉いところです」
そういうエレナ副総監の天儀総司令の二つの選択肢とはこうだ。
「ご自身にも失敗があったと、処分を有耶無耶にしてしまう。これが一つ。天儀総司令が好む手です。そしてもう一つが、責任者でなく周囲の補佐官を徹底的に叱りつけ処分する。今回のケースは、天儀総司令の着任前から起きていた問題なので、天儀総司令には後者の選択しかありません」
痛恨だ、と俺は思った。アキノック将軍が留任しても、エレナ副総監が解任されてしまっては意味がないように思うからだ。戦いは、一人ではできない。気心の知れた副官が、戦場を去ってしまうことはアキノック将軍にとって痛手となるだろう。最悪、実力をまったく発揮できない可能性だってある。
「天儀総司令は、私を指差し激烈な言葉を吐いて責め立てるでしょう。ええ、私としては自分が処分されるのは問題ないし、私がどうこうされることでアキノック将軍が留任されるなら願ったり叶ったりですが、問題はアキノック将軍です。女が自分の目の前で、自分の失敗が理由で罵詈雑言を浴びせられては、軍内一の伊達男であるクイック・アキノックの男が立ちません。アキノック将軍は、絶対に黙っていられず天儀総司令の胸ぐら掴んで言い返すでしょう。ですが、天儀総司令は、あれで弁が立ちます。アキノック将軍はあっさり言い負かされ、ついには〝じゃあ俺が悪い。俺を解任しろ〟と啖呵きってお終いです」
なるほど。アキノック将軍も戦線総監にとどまりたい。天儀装司令もアキノック将軍を留任させたい。なのにエレナ副総監がいるだけで、完全に本人たちの本心とは、まったく別の不幸な結末に着地するというわけか。
女性一人いるだけで男というものは、こうも話しがこじれるものなのか……。情けない。
俺が、そんなことを思いだしていると、俺の少し前を進むようなアキノック将軍が、
「義成。エレナを同行させなかった理由がわかるか?」
と問いかけてきた。
そういえば戦線総監室をからでるときに黙って見送るエレナ副総監に対して、アキノック将軍は、お前は同行しないのか? というような問などせず、むしろ当然にように戦線総監室をあとにしていた。そういえば、なぜだ。
「天儀は、エレナも解任したくない。俺を留任したい、ということはそういうことだ」
「なるほど……!」
俺は合点がいった。アキノック将軍は、エレナ副総監の気づかいなのでとうに承知で、二人は暗黙の了解で、戦線総監室で別れたのだ。さすがは旧軍時代どころか、二足機パイロット時代からのコンビだ。俺は、この二人は絶対に組ませて起用すべきだと心の底から思った。
「いい考えだと思います。エレナ副総監を伴えば、女連れじゃないと俺の前にでられないヘタレと天儀総司令は考えるでしょう」
俺は、少し違った角度でアキノック将軍の言葉に応じた。
「わかってんじゃねーか。さすが天儀の側近だ。だが、今回ばかりはどうなるか……」
アキノック将軍が、懸念を口にしたところで、俺達の正面から一人向かって歩いてきた。男だなって――、天儀総司令!?
ラウンジで待っていてくれといったのに。なんだってきたたんだ。まずいぞ通路で邂逅とは、あまりに予期していない。天儀総司令は、待っていられなくなり勝手にラウンジをでたのだろう。そして、アキノック将軍は、俺が見るにまだ心の準備が整いきっていない。そんな二人が、廊下でばったりなんてことになったら最悪だ。誰もが利用する通路で、軍最高レベルの高官同士の大喧嘩なんてこともありうるぞ。
――ヤバい。
と思った俺は、早足。いや、駆け足となって向かってくる天儀総司のほうへ急いだ。そして、
「天儀総司令ここです!」
と笑顔で手を振りよびかけた。若さ抜けきらない士官のガキっぽい対応。俺はそんな設定を演じて、少しでも場を和ませようと努力したが――。
俺が手笑顔で手を一振りした瞬間に、天儀総司令が、こちらへ向かってダッと駆け出した。全力疾走だ。
――殴られる!
と俺は身構えたが、天儀総司令は、俺のことなど眼中になかった。俺の横をあっさり通過。目的地は、アキノック将軍。俺が思うにこのときの天儀総司令は、特別快速特急。俺は普通電車しかとまらないしがない駅。
――しまった!
と俺が振り返ったか否かで、天儀総司令は握り拳でアキノック将軍へ向けて跳躍していた。




