4-(25) 天括球5
「私も初めて聞きました。実習から戻ってきたアキノック将軍がとても機嫌がよかったので、私はてっきり実習で出会った美人とうまくいったのか思っていたのですが……」
と副総監のエレナがいった。当時のことを思いだしたような口ぶりだ。
戦線総監アキノックと総司令官天儀の出会い。この二人が活躍した第五次星間戦争が決着してまだ四年目。それなのに義成には、アキノックの口からでた出会いのエピソードが、随分と昔の話に聞こえた。二つの国が一つになり、制度が大きく改まれば、それまでのことは昔話だ。義成は、時代の切り替わりを心に感じた。
「で、天儀総司令の専門科はなんだったんですか?」
義成が、最も気になった点をアキノック将軍へ問いかけていた。
「そこが気になるところが、やっぱり義成お前はエリートだな」
ヌナニア星系軍士官学校の出身者は、まごうことなきエリート中のエリート。義成の頭の中にも軍のトップに上り詰めるような有能な指揮官は、宇宙火力科、という思い込みが自覚なしにあった。
「すみません」
「あやまらんでいい」
「自分は、天儀総司令は、軍事学と戦史だけでなく万物史への造詣がとても深いので、てっきり宇宙火力科だとばかり思っていたので意外でした。軍でこの手の勉強が、自由にみっちりできるのは宇宙火力科だけですから」
「天儀のやつは、伝統重んじた旧グランダ軍でも古好癖なんて揶揄されるぐらいの男だったからなぁ」
「古好癖?」
「歴史好きの癖があるって意味だよ。評価と揶揄がないまぜになった形容だな」
「なるほど。たしかに天儀総司令は、時間を作ってはなにか本を読んでいらっしゃいますね」
「化学か、宇宙学か、歴史の難しいやつか、軍内の論文かだろ?」
「はい。あと、たまに宗教の本も読んでいますね」
「昔からなんだよ。あいつは、勉強はさほど得意じゃないが、やたらと本を読む」
「それで、アキノック将軍。出会ったときの天儀総司令の階級章の兵科マークは、宇宙火力科ではなかったのですよね。結局なんの兵科だったんですか?」
「まあ、俺もそれは気になったんで、考えてみたらあれは歩兵科だった」
「はい?」
と、俺は、思わず露骨に怪訝な表情をして問い返してしまっていた。だが、これはどう考えてもおかしいのだ。
「だから歩兵科だ」
「いや、待ってください。それはありえません。自分でいうのもなんですが、自分は勉学に熱心なほうで、両旧軍のグランダとセレニスの星系軍の兵科がどうなっていたか調べたことがあります。そこに歩兵科なんてありませんでした。というか宇宙のどこにも星系軍に、歩兵科はありません」
「まあ、そうだが……」
「星系軍の歩兵戦力や地上で活動する機械化部隊は、正確には〝地上戦闘隊〟です。星系軍に、歩兵科や機甲科があるわけではありません」
例えば国家親衛隊だ。歩兵戦力といわれる彼らには、もともと星系軍としての専攻した科があったのだ。国家親衛隊のような地上戦闘隊は、各兵科から肉体的に優れた戦士を抜擢して部隊を形成している。各隊は、送られてくる人員に宇宙の歩兵のエリートとしての教育を施しているに過ぎない。
あとは……。そうだ。圏内軍ともよばれる陸海空の地上軍で、とくに優秀なものやキャリアアップを望むものが、星系軍に転任してくることがあるが、地上軍はとくに星系軍の歩兵戦力の補充の役割を担ってはいない。
では、地上軍出身の軍人が、星系軍カ幹部になることがあるのか? と考えてみればないこともないが、ほぼない。星系軍の高官ポストは、星系軍の系の学校をでたものたちの大行列だ。とても地上軍の出身者が、星系軍のいい席につける隙きはない。地上軍の高官が、さらに出世を望むなら防衛省入りするほうが星系軍へくるよりいいポストに付ける。
「悪いですが、歩兵科は二十世紀の時点で、すでに軍幹部輩出できるような中核兵科ではありませんでしたし、やはり見間違えでは?」
「うーむ……。だが、天儀は自身が、自分は正規軍出身だといっていたぞ」
「正規軍といえば、星系軍のことですから。では、やはり天儀総司令は、星系軍出身ですか……」
そう。いまの時代たんに正規軍といえば星系軍を意味する。圏内軍とよばれる地上軍は、ちょっと装備が豪華な州兵のような位置づけだ。いや、彼らの扱いは軍人というより、警察官や消防士に近い。基本的に災害救助法で動員される治安部隊なのだ。
「あいつは、自身を飾るような嘘はつかんし。じゃあ俺の見間違いだったのか。だが、そうとも思えん」
そして、答えは見つからずこの話はお終い。謎だけが残ったが、俺はアキノック将軍の見間違いの線が濃厚だろうと感じた。
たしか旧グランダ帝国は、構成惑星それぞれに星系軍があり、それが連合して旧グランダ星系軍。こうなると同じ宇宙火力科でも惑星ごとに微妙にマークが違ってくる。天儀総司令は、惑星アキツ出身ということなので、アキノック将軍は見慣れない惑星アキツの宇宙火力科のマークを、歩兵科のものだと勘違いした。こんなところだろう。
話が終わると、すでにお昼をまわっていた。
「昼飯でもくいにいくか。義成付き合えよ。エレナあとは頼んだぞ」
この一言で俺は、アキノック将軍に従い食堂へ。到着したそこは、士官用のなかでも一段グレードの高い場所だった。床には宇宙では基本的ご法度の可燃性の豪華な絨毯。木製のテーブルと椅子。アキノック将軍は、全部伝統的なイタリア風で揃えたといっていた。
戦艦リットリオは、戦線旗艦だ。通常の艦より高官が多く、かつ出入りも激しい。そういった艦は、食堂だけでなく他の施設も一段グレードの高い。他の艦からリットリオを訪れる高官たちは、こういった通常よりグレードの高い施設を密かに楽しみに乗艦してくることも多い。
席についた俺の前に並んでいたのは、ガラス製のワイングラスに、陶製の皿。ナイフとフォークは流石に銀製ではなかったが、金属製でデザインのとても凝ったものだ。
これも特別だ。艦によっては、総司令官から二等兵まで、再利用と利便性を重視した素材で作られたビッフェ皿一枚にすべが盛られていることだってある。まあ、宇宙での食事の事情は、千差万別なところがあるので一概にはいえないがな。
――これがイタリア風のデザインなのか?
俺が、無作法にも目の前に置かれている豪華な食器に見入っていると、
「なんだ義成。そんなにめずらしいのか。国軍旗艦じゃもっと豪華だろ」
そうアキノック将軍が問いかけてきた。
「ええ、たしかにそうですが、瑞鶴の施設はどれも現代的なデザインなので」
「ああ、そうなのか。だが、瑞鶴にも伝統的なヨーロッパ風のデザインできた迎賓室とか貴賓室みたいのがあんだろ。星系軍は、宇宙船については海軍の伝統引きずっているからな。大型艦には、無駄に豪華な部屋を絶対に作る」
「あるのでしょうが、自分は利用しないというか、できませんので」
「そりゃそうか」
アキノック将軍が手を叩いた。オーダーを取りに給仕がきた。アキノック将軍は、当たり前のように注文している。
注文が終わるとアキノック将軍が、
――ちょっとだ。わりいな。
といって席を立った。俺は、トイレかと思ったが違った。室内はテーブルが十二。それに席が四つづつ。この豪華な食堂内にいる客は、俺達だけじゃなかった。
アキノック将軍は、客がいるテーブル一つと一つを回って、にこやかに話しかけている。
――なんだ挨拶か。
と俺は思ったが、アキノック将軍が三つ目のテーブルの面子に話しかけたときに気づいた。違う。これは部下のご機嫌取りだ。
食堂にアキノック将軍が現れたときに、室内の全員が起立して敬礼した。だが、いま、アキノック将軍が話しかけられると、誰もがよそよそしく、どれも表面的な笑顔だ。俺はナカノで人のちょっとした表情から感情の所在を読み取る訓練もうけているので、すぐにわかる。
――アキノック将軍は、戦線総監部内で孤立しているのか?
という疑いを俺は持った。
アキノック将軍が挨拶を終えて戻ってくると、料理が運ばれてきた。他愛もない会話をしつつ食事をした。話してみて思ったが、やっぱりアキノック将軍は、面倒見がよい兄貴肌のいい男だった。体格も立派で、威厳もあり軍人としてもなかなかだ。ユーモアもあり話していて面白い。
――やっぱり見た目だけなら天儀総司令より、よほど総司令官だ。
そして話していてわかったが、アキノック将軍は戦闘に対する独特の感性も持っている。俺は、リットリオにきて、いきなりアキノック将軍の女好きという情けない面を見せつけられ、完全に幻滅していたのだが、話してみると随分と印象は変わった。
俺達が食堂に入った時間が遅かったのもあり、しばらくすると食堂内からは俺達以外の客は消えていた。
これはチャンスだ、と俺が感じた瞬間にアキノック将軍が、給仕をよんで、
「誰も入れるな」
と命じた。俺が驚いていると、
「さあ話せ。なにか大事な話があるんだろ。俺は一人になれる時間が少ない。執務ではエレナがつきっきりだし、なにかするにしても誰かがついてくる。いま、お前と二人きりなんてこの状況はめずらしいんだぞ」
と催促してきた。
「お心づかいに感謝しますが、夕食後などに時間があると思って、そのタイミングを狙っていたのですが」
「そりゃあ無理だったな。夜は、女性と過ごしたい」
当然だろという顔のアキノック将軍。この人らしい理由だ。それに、たしかに二人きりで、話せるタイミングは、そうなないだろう。
俺は、要件を話し始めた――。
ズバリ要件は、総司令部内で問題となっているエッチなサービスを提供する宇宙基地。ハーレムとよばれる問題の基地への視察だ。
「なんだ義成。お前は、俺のハーレムにいきたのかよ」
俺の話を聞いたアキノック将軍が呆れ顔でいった。
「見た目も雰囲気も真面目そうだが、やっぱお前も男か。まあ、わからんでもない。というかよくわかる。いきたいよな。せっかく天括にきたんだから楽しみたいよな」
「いえ、違います。なにを勘違いなさっているのですか」
「違うのか?」
「いえ、問題の宇宙基地へいきたいのはたしかですが」
「やっぱいきてーんじゃねーか。まあ、俺のハーレムには、泊地パラス・アテネの慰安施設でもお目にかかれない豪華なサービスが提供されているからな。どこでしったか、噂を聞きつけた他の戦線の高官達が、視察という名目できて目一杯楽しんで帰ってくなんてことはよくあることだ。休暇を利用して泊地パラス・アテネから俺のハーレムにきたやつもいたな。なんで休暇なのに後方基地から最前線に休みにくるんだよ。笑ったぜ」
「ですから、俺は別に問題の宇宙基地で遊びたいわけじゃなく」
どうもこの人は思い込みが激しいというか、自分の考えたことが大前提で会話を進めるようだ。人の話を聞いてくれない。
「いいって、いいって。本当のことをいえよ。ただ、俺が直接いい店を案内してやりたいんだが、俺はあそこにはいけないんだ」
「はい?」
と俺は疑問顔だ。アキノック将軍が、俺のハーレムとよび、総司令部内問題となっている宇宙基地は、アキノック将軍が自分のために秘密裏に作ったエッチな娯楽施設だ。
「アキノック将軍のハーレムなんですよね。そこにアキノック将軍本人がいけない?」
「ああ、エレナの監視が厳しすぎる。エレナはあの施設の実態を完璧に把握しているしなぁ。以前は他の艦で会議だとか、用事がるとかいって抜け出してハーレムにいってたんだが、それもバレて今は無理だ」
とアキノック将軍は、首をもみながらいうと、ここだけの話だぞ、といって小声となって俺に耳打ちしてきた。
『いまの俺の状況は、戦艦リットリオに軟禁状態といっていい。エレナの厳重監視で、俺はこの艦からでられない。本来なら俺が出向いてリットリオ外でやったほうが移動の効率がいい会議も、エレナは、会議通信かリットリオに集めてやりやがる徹底ぶりだ。だから俺は、この艦内で楽しむしかなく、義成お前の歓迎会でおきたような騒動になってるわけだ』
俺はなんと答えていいか。呆れて絶句だ。だが、とにかく、そのアキノック将軍のハーレムにいくしかなく、そしてハーレムを作った理由も一応聞いておく必要がある。
「ハーレムは男子一生の夢!」
単純明快。アキノック将軍は、俺に質問に対して、理由を堂々とキリリとした表情で断言してくれた。……というかすごい。こんな無茶苦茶みっともないことを、これほど威厳たっぷり説得力ある態度でいえる人間はそうはいないだろう。
「そ、そうでしょうか。人の夢は、それぞれだと思いますが……」
「そんなわけないだろ。義成自分の気持に嘘をつくな。そして想像力だ義成」
「想像力ですか?」
「そうだ。例えば目の前に四人の美女がいる。全員がタイプが違う。一人は母性あふれる憂いを帯びた瞳が魅力的な歳上。一人は先輩と慕ってくる子供っぽさ抜けきらない後輩。一人はメガネで目隠れのやぼったい真面目な主計官だが、化粧して身だしなみを整えれば顔は特級で最高のスタイル。一人は病弱なお嬢様で、泣きぼくろが魅力的な同年代。お前はどれを攻略したい。いや、誰と仲良くなりたい?」
「だ、誰って――」
アキノック将軍の問に、たちまちに俺の頭のなかには、タイプの違う美人が四人もあらわれ、愛想よく微笑みかけてきていた。四人とも魅力的な女性に感じる。誰がいいだろうか……。いや、まて、俺はそんな話をしにきたんじゃないし、なんでこんな話になっているんだ。
「はー、義成。なに考え込んでんだよ。正直になれよ。こんなもん答えは一つだろ?」
「一つでしょうか。おっしゃるとおり想像力を働かせたら頭の中に選び難い美女四人。四人とも魅力的に感じます。いま与えられた情報だけで、誰を選ぶかは難しいです。やはり直接話しをしないと」
「はぁー。義成お前はバカがつく真面目だな。もっと気楽に、本能に忠実に答えをだせ」
「気楽に、本能に忠実にですか?」
アキノック将軍が、またため息をついた。心底呆れたというふうで、そして我慢限界といった感じで答えを口にした。
「全員だろ?」
「アッ。なるほど!」
「だろ?」
「……はい」
悔しいが、たしかにアキノック将軍のいうとおりだ。誰か一人じゃなく全員といい関係なりたい。俺の理性は拒絶しているが、本能はそういっている。……くそ。
「で、そんな美人全員が、自分をちやほやしてくれる。全員自分のことが好きだ。想像してみろどうだ? 気楽に本能に忠実にだぞ」
「最高です……!」
「だろ? というわけで俺はあの宇宙基地を作ったんだ。男子一生の夢を独り占めはよくない。俺の楽しいことを、皆にも提供してやりたい。そういう殊勝な心構えからあれは作られた。幸い部下たちも理解してくれて、きわめて協力的だった。宇宙基地だぞ。戦線総監といっても俺の一存だけでは作れない」
……とにかく俺は、あっさり、かつ想像していた以上に簡単に、第七戦線天括の秘密の宇宙基地へいけることになっていた。
「エレナにバレると、お前もあそこへはいけないからくれぐれも黙っていろよ。お前があそこへいけるように、秘密裏に話をつけといてやるからひっそりといけ」
そして出発当日。俺は、アキノック将軍に見送られ戦艦リットリオをあとにした。
俺が接続挺に乗り込む直前に、アキノック将軍は、
「義成。俺のぶんまで楽しんできてくれよ!」
といいつつ紹介状まで渡してくれた。これがあると問題の宇宙基地でのサービスが良くなるらしい……。そうか。よくなるのか……。
――いや、だめだ。使ってはダメだ。
俺は、雑念を振り払いアキノック将軍が、俺のハーレムとよぶ宇宙基地入りしたのだった。
そして宇宙基地――。
ステーションですでに、普通の宇宙基地とは空気が違った。柱と壁には淫靡なポスター。通路やロービーには、謎のポルノ銅像の数々。オブジェクトも全部が卑猥だ。基地内に入るための検査の待合室の床のタイルの一つ一つに性器の絵柄。
そして、この宇宙基地一番の繁華街の目抜き通りに立った俺は、
「これはひどい……」
と絶句した。
右も左もいかがわしい店が並び、地球地代の冒険譚映画でしか見たことがないようなネオンというものが光って、通り全体が怪しい雰囲気。そんななか客引きが、歩む男たちに声をかけている。声を掛けるほうも、掛けられるほうも笑っているが、俺には堕落した笑みにしか見えなかった。
区画ごとにある案内係のスタッフ全員が女性で、バニーガールやなにか卑猥なコスプレの衣装。宇宙基地運営のサービススタッフは、男も女も水着のような変わった制服だ。が、その変わった制服に違和感を覚えないほど、この基地内にある街は雰囲気は異常だった。
俺は、戦場にはなんだってある、と聞いたことがある。だが、こんなことが許されるのか。
なお、アキノック将軍が書いてくれた紹介状は役立った。これを見せると誰もが、
――あ、将軍の大事なお客様ですか!
と俺の質問になんでも笑顔で答えてくれたのだ。
一日で視察を終え戦線旗艦リットリオに戻った俺は、エレナ副総監に出迎えられた。エレナ副総監は、俺を一目見るなり、
「はぁ。しってしまったのですね参月特命……」
と暗いため息をついた。
俺は、黙然と敬礼し、すぐさま自室へ戻り持参した特別な携帯端末から国軍旗艦瑞鶴に暗号文を打電した――。
『あなたのご友人は、あなたの下でなら有能な指揮官ですが、ヌナニア軍の戦線総監としては最も下劣で、最も無能です』
直接いらして、ご裁可をくだされること強くお勧めします。という念を込めて俺は、通信文を送ったのだった。状況は、俺が改善点を指摘し、更正をうながすなどということで済むレベルを完全にこえていた。




