4-(21) 天括球
「というわけだ義成。悪いとは思うが、また俺の代理で出張してくれ。行き先は、お前も聞いてたとおり第七戦線天括だ」
俺は、天儀総司令のこの言葉にげんなり。軍人は任務を選ばないを旨としている俺なのにすぐには、はい、と明朗な返事と敬礼はできなかった。
何故なら、いま、ヌナニア軍総司令部は、攻勢計画の最終段階に入っていた。開戦以来防戦一方。勝ったトートゥゾネにしたって防衛戦だ。
だが、今回の作戦計画は違う。敵の攻勢に対応するための作戦じゃない。ヌナニア軍が自発的におこなう大規模連続作戦だ。いま、第七戦線天括へいってしまうと、この作戦に参加できない可能性が高い……。
まったく総大官セシリア・フィッツジェラルドは、とんでもないものを総司令部に残していってくれた。
総大官が総司令官天儀へ、トートゥゾネの勝利に浮かれていてもらっては困るといったニュアンスで手渡した機密データのことだ。内容は軍内の不穏分子の動きに、規律の乱れの兆候、そして天儀総司令の身に覚えのない増長の証まで……。
余計なことに総大官は、これを天儀総司令だけじゃなく軍官房部にまで、まったく同じものを置いていっていた……。まったく彼女が、国軍旗艦瑞鶴に残していったのは混乱と不和だ。
事の起こりは、俺が天儀総司令に従ってブリッジは総司令部区画に入った途端に始まった。俺達が総司令部にきたと、すぐに気づいた星守あかり副官房が、ものすごい表情でツカツカと近づいてきたかと思ったら、
「天儀総司令どうなっているんですか!」
と俺の前で天儀総司令を糾弾し始めたのだ。相変わらず星守副官房は、ヌナニア軍で一番偉い男を相手に臆すところをしらないようだ。
「第七戦線天括の戦線総監部に指令書を送っても、時期が悪い、装備不足だ、主力艦の整備中だとのらりくらり。これは明確なサボタージュですよ」
「そんなものは俺にいわれても困る。そもそも各戦線の戦線総監を任命したのはミカヅチで俺じゃない。どうなっているかなど、むしろ俺が問いたいぐらいだ。おい、六川軍官房長どうなっているんだ?」
問いかけられた六川軍官房長は、メガネに天然パーマも寡黙な一見冴えない男だが、終始冷静沈着。なにを考えているかわからないところはあるが、目つきは鋭く、すこぶる頭が切れる。
「各戦線の責任者の人事権は、ミカヅチにありました」
「それは承知している。だが俺は、いま、この小うるさいおかっぱ女に、自分が任命したわけでもない戦線総監についてうるさくいわれてかなわんのだ。俺が総司令官として着任する前の話だぞ」
「なるほど……。ご自分が指名したわけではないので、星守くんに任命責任を糾弾されるのはお門違いだと?」
「そうだ。しかも天括の戦線総監が任命されたとき君らはもう軍官房部で戦場にいた。どうなだこれは」
「つまり、先に着任していた僕ら軍官房部は、天括の戦線総監の問題行動について認識していたはずなので、手を打たなかった僕らに責任があるといいたい?」
「ち、ちが――」
「違う?」
「いや、違くはないが。言い方ってものがあるだろ。俺はそこまで手厳しくいってない。軍官房部はよくやってくれているが、俺としても任命責任を問われても困るといいたいんだ。星守副官房の言い分では、君らはだいぶ前から天括の戦線総監の行動を問題視していたそうじゃないか。君らもなにかできたんじゃないか?」
「なるほど……」
納得げに黙り込み沈黙してしまった六川軍官房長に、黙っていられないのが星守副官房だ。
「六川さん。なるほどじゃないですよ。これは絶対に天儀総司令の責任問題なんですからね」
「おい。六川軍官房長。この小うるさいのをさっさと静かにさせてくれ、彼女はまったく俺のいうことを聞かない」
だが、六川軍官房長の沈黙は、軍官房部の責任を認めるものでもなかったし、まして天儀総司令の言葉への肯定ではなかった。
「未来型AIミカヅチ指揮下の軍官房部は、ミカヅチのもと全軍の総合調整をおこなうことが任務でした。つまり、ミカヅチの指令を各戦線に伝えるのが主な仕事。人事に口を挟むことはできませんでした。もちろん件の戦線総監の報告はおこなっていましたが、それでもミカヅチは天括の戦線総監を変えませでした」
「だそうだ。星守副官房。ミカヅチに文句をいってこい。俺は知らん」
「ですが――」
「なんだ六川軍官房長。まだなにかあるのか?」
「ミカヅチの権限をすべて引き継いだのが総司令官であるあなたですので、法的にはミカヅチの任命責任も引き継いでいます」
「そんなバカな話があるか。遺産相続じゃないんだぞ。そんな負債の引き継ぎは拒否だ」
「……なるほど。拒否ですか」
「そうだ。そんな任命責任など知らん」
「これは困った。そうなると、総司令官の権限引き継ぎ拒否となりますので、つまり天儀総司令あなたは、ヌナニア星系軍総司令官を辞任したいといことでよろしいのでしょうか?」
途端に天儀総司令は真っ青だ。俺の目の前で、理論整然完全に天儀総司令は論破されてしまっていた。このとき俺は、
――さすがは六川軍官房長。俺が密かに尊敬する男
などと、おめでたくも感心していた……。
そしてこの六川軍官房長の反撃に、星守副官房がこれまで見たことのないような喜色を浮かべていた。
「あらー。そうだったんですかー。いやー残念ですね。でも、本人が辞めたいというならこれは仕方ありませんね。ほんとこれは仕方ない。悲しいです」
「おい。言葉と態度が反比例しているぞ。微分子レベルですら悲しそうに見えない」
「いえいえ、嬉しくてじゃなくて、悲しくて涙がでてきそう。そう。せっかく天儀総司令とチームワークが出来上がってきたところだったのに。残念残念」
星守副官房の態度絶句する天儀総司令に、六川軍官房長も追い打ちをかけた。
「まずいことになる。残念です天儀総司令」
「おいおい待つんだ六川軍官房長。俺は辞めたいだなんて一言もいっていないぞ!」
「ですが、人事の任命責任については引き継ぎたくないのですよね?」
「もちろんだ」
と、そこはきっぱり応じる天儀総司令に、六川軍官房長でなく、星守副官房がしゃしゃりでた。
「では、辞任ということで。おめでとうございます。天儀総司令いままで厄介事ばかり持ち込んでくれてありがとうございました。あ、もう総司令官じゃないので、総司令っていう敬称も必要ないですよね。さようなら天儀。フフ……いい気味」
星守副官房は、天儀総司令が着任してからかなり苦労していたからな。と、俺は思った。国家親衛隊は、宇宙ゴリラの異名を発揮して艦内でトラブルを起こすことが増たし、天儀総司令は独自の考えで指示をだし、重要事項も独断で決定する。急な決定に目を白黒させる軍官房部の面々と、青い顔をする星守副官房へ、
「明日までだ」「○時間以内だ」「決めたことだ」「やれないわけないだろ」「イエスという返事以外許可した覚えはない」「できなかった場合死ぬ。友軍がじゃなくお前がだ」
と平然といって仕事させていた。とんでもない激務だ。星守副官房は、天儀総司令に対してかなり当たりが厳しいが、それも仕方ないかなと誰もが思ってしまうほどに、天儀総司令の星守副官房への要求は高かった。
――だが、さすがに今回は悪乗りし過ぎなのでは?
はしゃぎまくりの星守副官房に、天儀総司令がむっと黙り込んだ。旧軍で鬼といわれた天儀総司令だったが、ヌナニア軍では終始部下に気をつかい若い士官たちの横柄な態度にも笑ってやり受け流す。それがまるで上に立つものの度量だというようにだ。だが、今回の星守副官房の態度は、やはり度が過ぎていたようだ。
――おら、この野郎。調子乗りやがって。
と口走った天儀総司令が、素早く動いたかと思ったら……。
「きゃー! やめて放して! ちょっと痛いったらッ」
と星守副官房の悲鳴が、総司令部内に響いた。
「うるせえ。この野郎。お前なんかこうだ。このこの」
と口走る天儀総司令は、星守副官房にアイアンクローをかましていた……。
すごいぞ。アイアンクローという実戦ではなんの意義もないどころか、反撃を食らうだけの隙だらけのプロレス技を天儀総司令は見事にきめている。
星守副官房の体格は平均的な女性のそれ、対して天儀総司令は男としてはチビというほどではないが小柄だ。そんな天儀総司令が、星守副官房の斜め前。いや、ほぼ真横から手を伸ばしアイアンクロー。星守副官房が、いくら足をばたつかせても空を切るだけ。俺は、もし正面からアイアンクローをかましていたらとゾッとした。間違いなく金的という男性には、致命傷となる反撃を食らっていたろう。
――って、感心してる場合じゃない!
と俺はとっさに動いた。すべての角度から考えて、いまの天儀総司令の行動は短絡的で純然たるパワハラだ。
俺はこの人に従っていて気づいたが、どうも天儀総司令は、男女同権という言葉を杓子定規にとらえているフシがある。勝手に作戦書を書き換えた鹿島さんを床に叩きつけた振る舞いから俺はそう思った。この人は、女性を人として対等に見すぎだ。
確かに男女の権利は同等だが、女性は女性で、男は男だ。生物学的に違う。骨格と筋肉量という体格が根本的に違うのだ。
「お止めください。それ以上なさなるなら俺も有形力を行使せざるを得ませんよ!」
俺は天儀総司令の左手首を掴んでいった。なお、天儀総司令の右手は、星守副官房のこめかみをガッチリ捕らえている。星守副官房といえば哀れ、いたい! やめて! 放しなしなさいよ! とわめいている。
「お、義成脅しか? いい度胸だ。やってみろよ」
「天儀総司令は、俺はいままで目上の者として、尊敬に値する人間としてあなたにどんな横暴をされても、されるがままを許してきましたが、星系軍人としてこの状況は見逃せません」
――ほう?
と、天儀総司令が、俺を威圧する目で見てきた。俺はキッと睨み返し、
「忠告です。痛い目を見ますよ。俺がどこで訓練を受けたかご存知のはずだ」
と実戦の空気を身に帯びて口にした。特殊工作員の俺が凄めば相当な恫喝のはずだが、天儀総司令は状況を認識できないのか、俺を見くびっているのか小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべてから言葉を吐いた。
「いいぜ。やってみろ。小銃を抱えて銃剣突撃もしたことないガキが。いい機会だ。温室育ちのお前に、実戦ってのを教えてやる。暗殺者と兵士どっちが強いか、俺がなぜ国家親衛隊のボスなのか記憶に刻んでやる」
銃剣突撃? いや、あなただって、そんなことしたことないでしょ……。と、俺は若干呆れつつも掴んでいた天儀総司令の左手首に力を込めた。
――戦いの開始の合図だ。
思いのほかというか、俺の想像どおり天儀総司令は、武術に手練ていた。俺はいままで、天儀総司令の側近としてついて回るなか、この人がなんらか武術の使い手だなという認識は持っていたのだ。こうしたことは、ちょっとした日常の所作にもあらわれるし、なんどか荒事に近い揉め事もあったからな。
天儀総司令は、俺にガッチリ握られていた左手首を素早く切った。天儀総司令は握られた手を一瞬全開までパーに開き、直後に俺の親指と人差指のほんの三ミリほどの隙間を、天儀総司令の手首があっという間にすり抜けた。これは古流武術を源泉とする護身術の技術だ。
同時に天儀総司令は、星守副官房を開放していた。だが、ここからがいけなかった。星守副官房のこめかみから手を放すとともに、彼女を突き飛ばしたのだ。これは星守副官房の態度に業を煮やしていたというより、軍人としての性だろう。天儀総司令は、開放した星守副官房に、反撃をされないように一撃加えたのだ。
だが、俺から見ればこれは余計な動きだったし、歪む星守副官房の表情は、俺の怒りに火を付けるのには十分だった。
俺は、天儀総司令との距離をコンマ一秒で縮め、
――拳でブチのめす!
と心を激しくしたが、頭は冷静だった。拳は握り込まず掌底をかました。顎にクリティカルヒットさせるのも自重した。俺は天儀総司令を冷静にしたいのであって、痛めつけたいとか権威を傷つけたいわけじゃない。個人的な戦闘能力は、指揮能力と無関係と誰もがわかってはいても、総司令官が若い士官に一撃ノックアウトされたとなれば、間違いなく天儀総司令の威信は失墜する。
ま、つまり天儀総司令は、俺らら実質ビンタを食らったようなもので、頬はピリピリと痛いだろう。ほとんどダメージはないはずだが、ただ俺はビンタ一撃といえども、かなりの高等技術的を投入したので、天儀総司令は盛大に吹き飛んだ。
いや、ダメージを受け流すためにわざと盛大に跳んだ。しかもこの人、負けたと認識した瞬間に俺の掌底を頬にうけつつ、俺の死角から蹴りを放ってきた。
「恐るべき執念だ」
と、俺は正直な驚きを口にしていた。蹴りを防いだ腕にはしびれがある。
「チッ。やりやがる。いや、違う。俺が老いた。昔のようにはいかないのか……」
尻もちついた天儀総司令が、うめくように漏らした。なにをいまさら、と俺は思った。天儀総司令は、三十代後半。体力的には衰え始める時期だ。肉体も感覚も、どんなにトレーニングを積んでも減退し、殴り合いで若い相手を克服するのは難しくなってくる。だいたいエリートコースを歩んできたであろう天儀総司令が、秘密学校ナカノで特殊工作員としての死の訓練をうけた俺に、肉体をつかった闘争で勝てる公算はほぼない。天儀総司令が、何らかの武術の手練とはいえ、所詮その軍歴は司令部での指揮だ。
とにかく俺は、尻もちつく天儀司令をほっておいて、倒れ込んでいる星守副官房に駆け寄って、彼女を抱き起こした。
「大丈夫ですか星守副官房!」
星守副官房は、いてて、と顔を歪めつつも、
「大丈夫よ……」
と、こめかみをさすりながら応じてきた。
「外傷はないようですね。天儀司令も本気じゃなかった」
「というか総司令官殴っちゃって、あなた特命係を首になったらどうするの。もっと冷静にやりなさいよ」
「いいんです緊急事態ですし、俺はああ言うのが見逃せない質なんです。オレの心は、あなたを助けろと激しく鳴っていた。知行合一。心欲するところに従え、というのが俺の信条ですから」
「ヒーロー気取りね。そんなんじゃ戦場で死ぬわよもう」
「はは、それは俺にとっては褒め言葉にしかなりませんね」
「……バカね。戦場に正義の味方のいる場所なんてないわよ。ヒーロー気取りたいなら俳優にでもなるのね。無意味に死ぬわよ」
「ええ、無意味でも正義のために死ねるなら本望です」
俺があっけらかんとして、そして笑っていたので、星守副官房は一瞬だけほうけたような表情した。はは、これは完全に呆れられたかな。ま、そりゃあそうだ。
「……もう……よかった……とう……」
「え、なにかいいましたか?」
「だから! ……ちょっと格好よかった。……ありがとう!」
「はい。またこんなことがあったらいつでも呼んでください。駆けつけますよ。なにせヒーロー気取りですから」
「バカいって。もう……」
ブリッジ総司令部区画は、密閉空間じゃない。区画割りをしめすためところどころにパーテーションが設置されている程度だ。この騒動は、ブリッジ全体に筒抜けだったが、六川軍官房長は冷静だった。というか沈着で大胆だった
「これは訓練だー。突発的ものだが、テロリストがブリッジ内に侵入したらということを想定した訓練。後日ブリッジ要員全員でやるから心しておくように。天儀総司令に、おかれましては、自らテロリスト役を買ってでて下さってありがとうございましたー!」
完全な棒読み。白々しくいったが、宣言すれば勝ち。騒然としていたブリッジ内は、訓練だ、という言葉でとにかく無理に納得し、何事もなかったように兵員達は仕事に戻った。ま、ブリッジにいた兵員の思いは様々で、絶対にこのあと軍内で噂になるだろうがな。
……だが、俺は天儀総司令を殴りつけてしまったわけで……。これは終わったかもしれない。最悪、反省房に収監じゃないのか? せっかくの側近から大転落か……。俺がそんな暗い想像をするなか、
「義成――!」
と天儀総司令のやけくそ気味の声が飛んできた。俺もあえて、
「はい! 天儀総司令!」
と大声で返事して、天儀総司令を見た。そこには天儀総司令の笑顔がった。ああ、この人はこういう人なんだ……。と、俺は心から感じた。
「やるなら本気でやれよ。ぬるいやつだな。気をつかって手心なんて加えやがって。カッとなって横暴に走るやつなんて、伸びてりゃいいんだよ。お前は正しいことをした。感謝する」
心の底からの言葉だとわかった。俺は圧倒された。心が震え心服せざるをえなかった。
「で、天儀総司令。第七戦線天括の戦線総監の話です。どういたしますか?」
と真顔で六川軍官房長が天儀総司令に問いかけた。そうだ。ことの発端は、天括戦線総監の問題だ。この問題に対して、天儀総司令の態度はなぜか曖昧だ。判断をしたくないとのらりくらりしてこの騒動だ。
――なぜだ?
と、俺は強い疑念を抱いた。なぜならことは天括戦線総監を、解任なりで処分してしまえば済む話だ。さほど難しい問題じゃない。
「……わかった。処分を検討する」
「それだけですか?」
六川軍官房長が、処分をしてくださいという圧を発して天儀総司令に迫った。
ここまで六川軍官房長が、天儀総司令に譲らないということはよほどのことだ。この人は、だいたい天儀総司令と軍官房部の意見が食い違うと、星守副官房の反発を見てから、あっさり天儀総司令の意見に従ってしまうことが多い。
ただ、多くの場合意見を押し通しているように見える天儀総司令も、じつは六川軍官房長のいうことは蔑ろにできない。
「く……。わかった。仕方ない。だが、忠告をしてからだ」
「あなたが警告すれば、第七戦線天括の戦線総監の態度はあらたまると?」
しつこい問いただしに、天儀総司令が気まずく黙り込んだ。
「確証はない?」
「質問攻めだな。わかった。こうだ。戦線総監エルンスト・アキノックは極めて優秀な兵士だ。その本領が発揮されれば、大きな戦力になる。更生をうながし、総司令部の意向に積極的に従うよう態度をあらためさせる。必ずだ」
「わかりました――」
これで俺の第七戦線天括いきが決定した。最悪だ。
なにせいまの総司令部は、新たな作戦の準備中で、天儀総司令自らが第七戦線天括に赴くことはできない。今回実施しようとしている大規模連続作戦は、天儀総司令が音頭を取った天儀総司令肝いりの作戦だ。大詰めの段階で、いいだした本人が不在では話しにならない。どうしても誰か代理を立てる必要があったのだ。
「俺か……」
どう考えても総司令部で一番暇なのは俺だ。いや、俺だって天儀総司令の側近として作戦作りに寝る間も惜しんで働いていた。だが、天儀総司令の意向を帯びて、それなりの立場で、作戦に重要なポストについていない人物となると……。
「やっぱり俺か……」
「義成くんさっきからなにいってるの?」
「あ、星守副官房」
「星守先輩でいいわよ」
俺の第七戦線天括が決定したあと、俺と星守副官房は昼食を取るためにブリッジを後にしていた。なんと星守副官房から、
「ちょっと義成くん付き合いなさいよ」
と誘われたのだ。腰に手を当て、ムッとした表情だったが、声には角がなかった。
「私は恩を受けてそのままの女じゃないの。お礼をさせなさい」
ということで星守副官房。いや、星守先輩が、ご馳走してくれるという運びになったのだ。ブリッジの騒動で星守副官房とはかなり距離が縮まった。彼女の中での俺の位置づけは、まあまあつかえる新兵のガキから、後輩に昇格だ。
「それよりあなた。第七戦線のアキノック将軍につていてはどの程度知っているの?」
「そうですね……。クイック・アキノックという宇宙最速の異名を持つ男で、軍内では女好きの伊達男で有名です。ヌナニア連合が成立することになる第五次星間戦争で飛龍将軍の兄李紫龍の次に活躍した軍人で、いわゆる戦争の英雄です。それもレジェント級の」
「それだけ?」
「ええ、それだけですが……」
「そっか。天儀総司令が、経歴抹殺刑なんてうけたから、アキノック将軍についての情報もモヤがかかってるような状態なのね」
「アキノック将軍につて他になにかあるんですか?」
俺が問い返すと、星守先輩は小声なって、第七戦線天括の状況を話し始めた。
「アキノック将軍は天儀総司令の無二の親友よ。お互いが、どんなに偉くなっても、お前ときみで呼び合うなかを約束したというぐらいのね」
「あ、そうなんですか。そうか。だからアキノック将軍は前の戦争で、重要なポストにいたのか! 不思議でしたアキノック将軍は、元々は二足幾科だ。パイロット出身の艦隊司令官だなんて本当に不思議だったんですが、前の戦争では天儀総司令の裁量で任命されたわけですか」
「ええ、まあね」
「ああ、わかったぞ。天儀総司令は、友人を庇いたいとか、友人だからこそ気を使ってしまい処分できないので、星守先輩に強く迫られても態度を曖昧にしていたんですね」
お友達には甘い態度。六川軍官房長は、この天儀総司令の縁故主義な振る舞いを問題視して、今回ばかりは理論整然として追求し、天儀総司令に決断させたんだな。
「ええ、さすが察しがいいわね。そのとおりよ。で、その天儀総司令のおそらく数少ないであろうご友人さんは、戦場を遊園地かテーマパークと勘違いなさっているようで、だいぶ前から総司令部内では問題になっているの」
「第七戦線にレジャー施設専用の宇宙基地でも作ったんですか? まあ、ここ泊地パラス・アテネと天括とは、最短最速の便をつかっても往復距離三日。休暇で兵士たちが一々泊地パラス・アテネに戻ってきてもタイムロスが大きいので、慰安施設専用の宇宙基地を作ってもありな気もしますが」
「その内容が問題よ。彼が作ったのはいわゆるいかがわしい歓楽街。ゲイシャー、オイラン、高級娼婦。こんなのがVRとか潜行型VRつかうだけじゃなく、どこから呼び寄せたのか、そういう職業にある女性たちを呼び寄せて働かせているの」
「そういう職業?」
「……え、エッチな職業よ。大人でしょわかりなさいよ!」
「あ、はい」
「で、六川軍官房長も私も問題視してたんだけど、伊達男ばかりが有名なエルンスト・アキノックは、前の戦争で最大級の功績を残した男。天儀総司令が戻ってくるまでは、現役の軍人じゃ文句なしで所持する軍功は第一位。それも特級のね。軍人は結果がすべてよ。私達軍官房部も彼の扱いにはかなり気をつかうし、いったところでいうことも聞いてくれないの」
「厄介者だけど、戦歴が偉大すぎて天儀総司令以外は解任できない存在?」
「そんなとこね」
「たしかにアキノック将軍は、俺達ヌナ二ア軍しかしらない若者の間では、戦歴と見た目だけが立派な張子の虎って笑われています。つかえないロートルが、実績だけで戦線総監の座席にいるって」
俺の言葉に星守先輩が、我が意を得たりとばかりに、
「でしょ!」
といってずいっと顔を近づけてきた。小さいが形の良い唇。きつい印象はあるが、大きな瞳のぱっちり二重。……なかなか可愛いい。俺は、
「は、はい」
と身を引いてタジタジた。
「義成くん気をつけなさい。あの男は私を口説いてきたことだってあるんだから」
「え!?」
「なによ。そんなに驚いて……。こんな怖いだけの口の減らない女を口説こうだなんて、女ならなんでもいいとか、マニアックだなってこと? 私だって傷つくわよ」
「いえ、そんなことは思ってません。それに星守先輩は絶対に可愛いですから。確かに口は厳しいですから誤解されがちでしょうけど……」
「か、可愛いって!?」
……なんだこの人。赤面したぞ。親しくなってみるとなかなか面白い人だな。それにやっぱり根はいい人で、面倒見もよさそうだ。
「とにかく私が心配なのは、義成くんがアキノック将軍に取り込まれること。軍官房部はこれまで何人か使者を派遣したのだけれど、全員戻ってきてないの」
「ことがばれないようにするための抑留ですか。それは問題ですね……。なるほど、なら自分なら適任だ。よほどの施設に収監されなければ脱出できる自信はありますから」
「いいえ、アキノック将軍からの是非とも天括線総監部でつかいたいという熱烈な要望と、本人の自発的な強い意志ね」
「あー……なるほど。つまり派遣した使者は全員が、あの手この手でアキノック将軍側に取り込まれたと」
「そう。男しか送ってないからね。女だと手篭めにされて終わりよ。ベッドに引き込まれたら最後。ア~ン。アキノック将軍ステキーってね……。ほんと憎たらしい女の敵よ」
「はは、それは、なんといっていいのか」
「笑ってる場合じゃないのよ義成くん。あなたって結構なスケベでしょ? 特命係の王仕さんと焔ヶ原。あんな美人を二人も部下にして艦内じゃ噂になってるわよ。あの二人と同時に付き合ってるヒモ野郎なんて陰口叩いてるやつすらいるんだから」
これは、はい、と答えるべきなのか? それとも、違う、とやんわり否定すべきなのか? だが、星守先輩は俺の答えなどまたずに言葉を継いだ。
「だから私は心配なの。私はそんな噂は信じてないけどね。ヒーロー気取りなところはあるけれど、それって誠実ってことじゃない? 女性にひどいことするヒーローはいない。そんなの悪だもの。でもね。あなたが王仕さんや焔ヶ原さんとデートしているのを艦内でよく見かけるし、じつは女好きじゃないか心配なの」
「……すみません」
「いいのよ。プライベートの時間をどう過ごそうと。ただ風紀を乱さない。規律は守ってね」
「はい」
「で、ここからが具体的な忠告よ。あなたは第七戦線にったらアキノック将軍が用意した女性達からの接待攻めにあうと予測されるわ。いままで送り込んだ使者みたいに、お酒と美人に溺れて任務のことなんてすっかり失念なんてことにならないように、くれぐれも注意してね。あなただけは、絶対にアキノック将軍に側に寝返らないように!」
星守先輩のいいようでは、俺が第七戦線についたら目の前にはハーレムが広がっているといわんばかりの大仰さだ。俺はこのとき、
『はは、まさかな。星守先輩は大げさにいうなぁ』
と思っていたのだった。




