4-(20) アーチメサッド(3/3)
「天儀総司令!」
と俺は息せき切ってブリッジは総司令部。天儀総司令がいつもデスクワークをしている場所に駆け込んだが、そんな俺に飛んできたのは、
「おい義成。艦内を走るな!」
という天義総司令からの叱責。
「申し訳ございません。元生徒のしつけが行き届きませんでしたわねぇ」
「あ、そうか。義成はセシリーの生徒でもあるのか」
「ええ、そして秘密情報部の部下でもある」
「はは、そうか。そうだな。二人の所属を考えれば当たり前だ。しかし、あの学校の校長はセシリーだったのか」
品よくうなづく総大官だが、俺にはお見通しだ。その品の良さのしたには、下劣な陰謀で満ちているとな。だが、あまりに全力で駆けてきたせいで、
「て、ガッハ……! ハーア、ハーア、ゼーゼー。ゴホッ……。ハアハア」
と俺は酸欠で咳き込み声がでない。動転していて、走る最中にまったく呼吸を整えることを考えなかったし、最初に叫んだものよくなかった。なに発言しようにも、ひたすら苦しくて喋れない。
――くそ。セシリーだって?
天儀総司令ときたら、総大官を愛称でよんでいて親しげだ。まったく総大官を警戒してないじゃないか。
「義成お前は知らんだろうが、セシリーと俺とは旧グランダ軍時代からの付き合いで、彼女に俺は無名だったころから色々世話になった。セシリーは飛び切り優秀だぞ。まあ、お前は彼女にスクールで習ったのだからわかってるか」
「まあ、ずいぶん丸くなったこと。旧グランダ軍時代の総司令は、抜身の刃物のような空気を身にまとっていましたのに」
「え、そうだったかな。いまと変らないと思うが?」
息も絶え絶えの俺の前で、旧交を温めるといった感じの二人。二人は死線をともにした盟友といった感じだが、天儀総司令、いま、あなたが親しげに話している相手は、人の皮をかぶった悪魔だ。
俺はなんとか一刻も早く、それを忠告しようとして声をだそうとしたが、より一層むせるばかりだ。が、そんな熱い思いを忠告として吐きだそうにも口からでるのは激しい咳きだけ。そんな俺を見て天儀総司令ときたら酷いものだ。
「うわ、きたねえぞ義成。セシリーの前でよせ」
「平気ですわ。こんなの校長をしていればよくある見世物ですから」
「へー。そうなのか。秘密情報部の仕事も忙しいだろうに、きちんと指導もやってるのかすごいな君は」
「ええ、何事もキッチリですわ。それに、天義総司令は、わたくしが元々はジェット戦闘機のパイロット候補生だったのをご存知でしょ? 旧グランダ軍時代に味わったシゴキの思い出を何度かお話したはずですわ」
「ああ、そうだったな」
「それにしても義成。あらあら、あなたったら床をこんなにして。唾がばらまかれているじゃない……。わたくしも候補生時代には、毎日これぐらいのたうち回りましたけれど、あなたは着任してからもこんなのってどうなのかしら。義成さんを指導したものとして、恥ずかしいのですけれど?」
――くそ。よそ行きの態度だ。
総大官が、俺を義成とよぶときは、いい人を装っているとき。俺を蔑んで一角獣とよぶんだ。女性らしい甲斐甲斐しさを発揮し、俺の世話を焼き始める総大官。めちゃくちゃ不快だ。
くそ。この人は、天儀総司令の前では、こういう態度を演じるんだな。そして天儀総司令ときたらすっかり騙されているようだ。
「さしずめ戦場の天使だな。セシリーは相変わらず面倒見がいいなぁ」
なんていって頭をかいている。違う。あなたが人食い鬼なら、総大官はそれ以上だ。気づいてください!
だが、こんな俺の思いも虚しく天儀総司令は、
――しばらくあっちいってろ。
と俺に命じ、総大官と二人で話し込む気だ。だが、幸い俺は追い払われはしたものの、ここから出て行けとはいわれなかった。たんなる俺達の会話に、入ってくるなという忠告だ。これなら総大官が、天儀総司令を言葉巧みに罠にはめようとしても止めることができる。
「戦争は今も昔も速度だ。速度とは情報だ。情報を掴み、素早く進み、慎重に刻むように軍を配置し、優位な位置に戦力を展開させる。勝つ方法は単純で、だが難しい」
「あら、相変わらず持論で戦っておりますのね」
「いけないか?」
「トートゥゾネで大連勝したからには、文句はいえませんわね。わたくしの心配は、あなたが勝って増長していないかですわ」
けれど天儀総司令からは、聞くさ、といった忠告を歓迎するという態度がありありとでていた。
実際に天儀総司令は、俺から見ても増長はしてないように見える。勝っても次にどう勝つか、かり考えて、戦闘が終わった瞬間から勝利に興味なしといった感じだ。それに総司令官という立場は、戦闘以外の職務も多い。やれ軍内の調整だ。教育がどうなっているとか、補給の計画がなどなどだ。勝利の美酒を味わっているゆとりは天儀総司令にはとてもない。
「二三忠告があるのでそれを持参しましたわ」
と総大官いって天儀総司令に、データ入ったステイックを手渡した。
――中身はなんだ?
と俺は思ったが、どうせ俺もあとで閲覧できるので、心配しなかった。なにせ俺は、天儀総司令の側近。ある意味抜け穴だ。天儀総司令から事務仕事を押し付けられる俺には、最高機密以上の機密にふれる機会がある。こんなことは、六川官房長や星守副官房にも無理だ。こんな真似ができるのは、あとは鹿島さんぐらいだろう。彼女も本来総司令官が直々にやるべき面倒くさい事務作業を頻繁にやらされているからな。
「で、状況はどうです? 政府はトートゥゾネの大勝利に一安心といった雰囲気ですけれど」
「よくはない」
「あらまあ即答。きっぱりいいますのね。天下のヌナニア軍総司令官が情けないことですわ」
「君に嘘を言っても看過される」
「あら、秘密情報部も人の頭の中まで盗み見れませんわ。買いかぶりというものですわ」
「トートゥゾネの廉武忠の動きは予兆にすぎない」
不意に天儀総司令からでた言葉に、俺は途端に耳をそばだてた。これは何気なくでた言葉のようで、ヌナニア軍の作戦の核心に触れる発言だ。より厳密には、天儀総司令がどう戦うつもりか、敵の動きをどう理解しているかだな。ヌナニア軍のトップは天儀総司令なので、天儀総司令の考えがヌナニア軍全体の動きに必ず反映される。
俺が固唾をのむなか天儀総司令が言葉を継いだ。
「トートゥゾネでの敵将廉武忠の攻勢は、フライヤ・ベルク全体で実施される大規模連続作戦の最初の動きだ。だからなんとしてでも俺は、廉武忠の動きを叩き潰したわけだ」
――難しい軍事学的な話だ。
やはりヌナニア星系軍総司令官。天儀総司令は、戦いの理論をよく理解していると俺は感じた。
説明すると、戦いは『戦術・作戦・戦略』の三階層にわけられる。戦いの三層構造の理論だ。この軍事理論の源泉は、とても古く地球時代の二十世紀まで遡る。提唱したのは、かのドイツ帝国は参謀本部の大モルトケ。宇宙という海で、ネルソンと東郷の名が不滅なら、軍事学において大モルトケの存在は偉大だ。
話を戻すと、この三層構造の軍事理論は、戦術と戦略の違いから論じられている。
戦術と戦略。戦術とは、最前線の小隊規模の戦闘、極端な話し兵士同士の自動小銃の撃ち合いで、戦略とは全軍どころか場合によっては、国家そのものの方針だと考えてもらってかまわない。十数人規模の小さな戦いの成果を、国家の成果となるように集める何かが必要で、それが作戦だった。この理論は戦略を重視する。
だが、いまの世の中こんな理論で戦ってはいない。戦争の三層構造の概念は依然として存在するが、こんなものは二十一世紀には戦場ではすでに廃れていた。それから気の長い年月が流れ、いまは、
『戦術、作戦術、戦略術』
という新三層構造理論となっている。この新理論では、中間の作戦術を最も重視する。なお、この理論では国家戦略という別次元の大階層が存在するが、それについては、今回あまり関係ないのでいわないでおく。眠たい話が長くなるからな。
とにかく。いまの戦いの理論でいけば、複数の作戦を同時に実施し、それぞれの相互作用で戦略的成功を収める。一つの作戦の発動は、別もう一つの作戦の成功への準備であり、複数の作戦が連動して進むことにより、敵は相手の真意が読めず、しかも西に東に次々に対応を迫られ後手にまわりついには崩壊する。
今時の軍事用語でこれを、
――大規模連続作戦。
という。
つまり天儀総司令は、トートゥゾネの廉武忠の動きを、他の戦線の敵も積極的に動きだす予兆ととらえ深刻視したわけだ。
初動の成果は、ことの成否に直結する。トートゥゾネの廉武忠の動きを容認すれば、他の戦線も一気に不利になり収拾不能となる。少なくとも天儀総司令は、そう考えた。だから無理をしてでもトートゥゾネの李飛龍を救援にいったのだ。
なるほど、俺はやっと天儀総司令が、全員の反対を押し切ってでもトートゥゾネに戦いにいったわけが腑に落ちたぞ……。しっかも、やはりこの人は、相当高度な軍事的専門教育をうけているな。戦争を理論的に、かつ学術的に理解している。
「と、天儀総司令はお考えなのですね。軍官房部も総参謀部も、トートゥゾネの敵の動きは廉武忠単独ものという認識ですわ」
「やはり詳しいな」
「あら、もしかして引っ掛けられました? わたくしが、どの程度戦況を認識しているかためされてしまったかしら」
天儀総司令が、そんなことはないよ、というに少し微笑んだ。……いままで見たことがない表情だ。やはり天儀総司令と、総大官との関係は特別のようだ。
「だが、結局のところ不利なヌナニナ軍にとっては同じことだ。廉武忠が作戦を成功させれば、他の戦線の司令官たちも我も我もと動きだすだろう。竜王(太聖皇帝の愛称)は、義成の報告書を読むかぎり、部下の競争心を煽るのが上手い」
「なるほど。彼らからすれば個々のスタンドプレーでも、わたくしたちヌナニナ側からすればそうはいかないというわけですわね」
「そういうことさ。廉武忠の単独行動にしろヌナニア側にもたらされる結果は、フライヤ・ベルク戦線の破綻という最悪のシナリオだ」
なるほど……。あのときの廉武忠の動きを見逃して、トートゥゾネを実質放棄するような防御方針を取れば、いまのフライヤ・ベルクという緩衝地帯の戦闘ではなく、国境線や領土内での戦いとなっていた、と天儀総司令はいいたいわけか。
たしかに、こうなってくるとまったく別次元の戦いいなってしまう。国境線や領域内の戦いになってしまうと、間違いなくゴリゴリ国力を削られてしまうからな。ますます不利だ。
「ただ、状況はよくないが、悪いことばかりじゃない」
「あら、なんでしょうか?」
「セシリーが、秘密情報部のトップにあることが良い材料の一つだな」
「うふふ。氷華さんが電子戦科のトップというのが最大の安心ではなくて?」
「……最前線にきてくれない。かなり困っている」
天儀総司令が、表情に暗い影を落としていった。かなり深いところの本心を口にした、と俺は感じた。いまの時代電子戦の能力は重要だ。通常の兵士の優劣は、どんなに差がついても百倍程度だが、電子戦では違う。平気で一千倍どころか一万倍、下手をすると百万倍の差がでるのがデジタルの世界だ。
プログラミング適正の差を見れば明らかだ、プログラミングの世界は、それを苦手なものと得意とするもので仕事にこれぐらいの差がつくのは常識。高度に情報化された世界では、給料も平気で百倍は違うというわけだ。
ヌナニア軍で最も優秀な電子戦兵士が、最前線でつかえない。これは天儀総司令にとってとても痛いことなのだろう。
「いまの氷華さんは司令局長ですから、一介の戦士のように扱うのは不可能では?」
「まさかあんなに出世するとは……」
「あら、氷華さんの能力なら当然のポストだと思いますけれど。それに、出世してしまうような功績を与えたのは、それこそ昔の天儀総司令ではなくて?」
「……返す言葉もないな」
「そうだ結婚なさって家庭に入ってもらえばよかったのでは。花嫁となって軍を引退していれば召集がかかっても、あれほど重要なポストにつくことはなかったわけですし?」
微笑んでいう総大官の言葉に、天儀総司令は引きつった表情で、
「な、なるほど」
と応じた。それを見た俺も、……それは無理だろう、と天儀総司令の見せた表情には同感だ。なぜって経歴抹殺刑だ。こんな刑罰くらっている男と結婚は、どう考えたって無理だ。結婚はプライベートな問題なので、本人の意志次第ということで、絶対不可能とまではいわないが周囲は大反対するだろう。千宮司令局長は、確実に軍にはいられないはずだ。結婚したが二人とも無職とは、あまり賢い選択肢には思えない。
「だが、引退して家庭に入った人間に、再び戦場にでろとは末期的だな。セシリーの理論ではどのみち氷華を最前線へは引っ張れない。それに私は、結婚したからといって女性に家庭入ってもらいたいとは思わないしな」
「やはり意外に倫理的ですのね。世間では勝てればなんでもいい戦争屋と思われているのに」
「違いはない。勝てればいい。だが、勝利の価値を落とすことはしてはいけない。私としては子供を腕に抱く母親に戦場に出てくれというのは国境線が破られる危機か、いや、そんな状況なら降伏したほうがいいだろう」
……天儀総司令も一人称が〝私〟だ。総大官の前では、品の良い男を演じるのか……。幻滅まではしないが、納得いかない気分だ。なぜなら丁寧な一人称は、天儀総司令が、総大官をかなり尊重しているということだからな。天儀総司令からの態度からもわかる。これは情報組織のトップを恐れて気をつかっているのとは違う。純粋な尊敬心のあらわれだろう。だからこそ俺は腹立たしい……。総大官には、天儀総司令が敬意をしめすような価値はない。
「それより君の話だ」
「あら、わたくしの?」
天儀総司令は、そうだ、といってから言葉を継いだ。
「情報の収集と解析は文字通り人海戦術だ。解析用AIが優秀だといってもAIにできないことは意外に多いしな。AI様がやれないことは人がやる必要がある。人を投入するならやはり数だ。それにAIに既存の解析作業以外をやらせるには教育が必要だしな。情報解析の結果は、戦場の状況を大きく左右する。そのわりに秘密情報部への予算の割当は少ない」
「お詳しいですわね。総司令官の情報の重視。秘密情報部としては心強い認識ですけれど」
「そこで私は考えた」
と、天儀総司令は少し声のトーンを落とし、総大官に近づいた。まるで内緒話といったふうだ。
「戦場にくるときに政府から見舞金を貰った。秘密予算だ。あと個人的にすでに莫大な報奨金をもらっている。よくぞ総司令官をうけてくださいましたってな」
「あら、わたくしになぜそのようなことを?」
「すべてを君に譲渡する。資金としてつかってくれ」
――あらまあ!
と総大官が手を打ち表情がパッと明るくなった。
「この天儀。ヌナニア軍総司令官となっても情報の価値を、それをもたらすものの重要性を軽視しない。そのことを理解してもらえたかな?」
「ええ、最大級の賛辞ですわ。言葉があっても、行動できなくては困りますもの。やはり現金がなくては誠実さというのは証明されませんわ」
裏方仕事を重視してくれていることは、特殊工作員の俺としても嬉しいことだったが、総大官と天儀総司令が親しくするようすは、やはり俺にとっては面白くないものだった。
それから二人は、瑞鶴にはどれぐらい滞在する? など他愛もない会話を十分ほど続けたあとに総大官が、軽やかに敬礼して総司令部をでていった。去るときの彼女は、俺のことなど眼中になしだ。……非常に腹立たしい。
なにより俺が看過できなかったのは、去ろうとする総大官に天儀総司令が付け加えた言葉だ。
――帳簿にはついていない。
唐突な発言に、総大官は少し微笑んだだけで去った。
これほど露骨な賄賂があるだろうか。俺は二人のやり取りにゾッとした。
「義成。俺は総司令室で休憩に入る。お前も仕事に戻れ」
といって歩きだした天儀総司令を、俺は無言の怒りを抱えて追った。天儀総司令は、俺の感情を察していたようだが、ついてくるなとはいわなかった。
総司令部から去るときの総大官から俺の存在など完全に消えていたのは当然だ。財布が暖かくなり、ホクホクで喜ばしくて、憎たらしい部下などどうでもよくなっていたのだろう。
つまり天儀総司令は、政府から渡され秘密予算と自分への特別賞与をすべて総大官個人に渡したのだ。金は全部彼女のふところだ。
――いうまでもないが全部が税金だぞ!
俺は総司令官室に入るなり感情を抑えきれず声を荒げていた。
「なにが帳簿にはついていないですか! こんな不道徳がまかり通っていいわけがない。これは不正な資金流出です!」
「なんだやっぱり聞こえてやがったのかこの野郎。地獄耳だなお前は」
「それに政府にバレたら、いえマスコミに嗅ぎつけられたらどうするんですか。大問題になりますよ」
「首相からは、好きにつかえといわれので、好きにつかったまでだ。問題ない。俺の給料を誰に渡そうとこれも問題ない。まあ、ちょっとばかし国家予算の何割かに及ぶ額だったがな。首相からは変な信頼がある。俺に給料だと金を渡しても全部戦争で溶かすってな。俺は自腹切ってでも報奨しまくって、士気を上げたがるおめでたい野郎だと首相どころか閣僚共にすら見透かされてるぜ」
「なんてことだ。問題あり。いえ、大問題ありです!」
俺が詰めると天儀総司令は少し困った顔をした。ヌナニア軍で一番偉いはずの男が、部下の女に賄賂を渡すのは情けない状況だ。俺はそんな天儀総司令の心中を察し、少しやるせない気分になったが、だからこそ、
――そんな顔をしたって俺は糾弾するぞ!
と心は猛った。
「いますぐ総大官から資金の半分でもいいから取り返してください。秘密予算だけでいい。この際、天儀総司令の賞与は仕方ない。だとしても血税ですよ。誰かに与えたいというなら秘密予算は兵員に平等に配られるべきです」
天儀総司令は、ムっとしばらく黙っていたが、
「セシリーは、フライヤ・ベルクの開発を見込んで、ほぼ全財産を投資していた。それがこの戦争で全部パーだ。おそらくだが、いまの彼女はほぼ無一文だ」
と困ったふうでいった。
これは俺にとって驚きの事実だった。
総大官の実家フィッツジェラルド家は、エネルギー事業で大成功した大財閥。彼女は、なんで軍人なんかをやっているのか理解できないほどのお嬢様だが、まあ、子供の頃のなりたいものが『独裁者』だからな……。独自になるには? と考えれば、軍人は実現可能な職業の一つだろう。少なくとも配管工や大企業の秘書よりは可能性が高い。
総大官と、実家との関係はあまりよくなく、すでに彼女は個人で莫大な資産を抱え自立している。が、その資産をすべて失ったというのは驚きだ。所有する資産を正直に申告すれば、長者番付の末端にぐらいなら入れる相当な額だぞ。それをすべて失ったって……。
「なんですって、俺でも知らなかった情報です。どうやって知ったんですか」
「俺の情報源を甘く見るな。これでも総司令官だぞ」
「す、すみません」
「そうだ。本当に謝れよ。捕虜の女の存在を俺は、隠せない。暮野紅葉とやらの存在を政府に報告しないわけにはいかないからな。だから報告した。当然、セシリーはそれを嗅ぎつけた。そして彼女は、秘密情報部の職権で尋問官を送りつけてきた。俺が義成お前に、捕虜の扱いを任せていると承知のうえでだ。どう考えてもおかしい。俺はここで気がついたわけだ」
「何にお気づきになったのですか?」
「セシリーは、俺に金の無心をする気だとな。暮野紅葉とやらの扱いに不備があると俺をやんわり糾弾し、困らせ、最後には特別予算を俺から引き出す計画だったろう。そして、この特別予算の一部をセシリーは着服する気だった。特別予算の使い道は、会計監査で見逃されがちだから着服してもバレにくい」
「そこまで予感したのなら拒否を徹底すればよかったと考えますが、ヌナニア星系軍総司令官は、総大官といえども羈束できる存在ではありません」
「ま、そうだろうな。だが、全財産を失った貪欲な秘密情報部の長官。まして、いまのセシリーは国家の情報機関のすべてを統べる総大官。これは外務大臣と秘密情報部長官を兼ねたようなとんでもない存在だぞ。なにをやるかも恐ろしいが、しでかした結果を考えればさらに恐ろしい」
「……なるほど金を得るための恐喝ですか? 総大官は政財界の大物の弱みを多く握っているでしょう」
「どうだろうな。脅して金をむしり取れば恨みを残す」
「なるほど。では、天儀総司令は、総大官は恐喝とは違った方法で情報を金に変えると?」
「ああ、脅し取るより、もっと簡単で、もっと安全に、もっと儲かる方法がある。俺にとっては破滅的だがな」
「……すみません。わかりません。やはり情報を脅しの材料につかって金にするのが一番楽だと考えられます」
俺がそういうと、天儀総司令は壁を指差した。俺がつられて指した方向を見ると、そこにはフライヤ・ベルク戦線帯の全体図が描かれた図面があった。
――ここに金になるようなものが?
と困惑する俺を見て、天儀総司令が動いた。デスクのうえのペーパーナイフを手に取り、取ったかと思ったら俺に向かって鋭く投げた。ダーツの要領だ。
突然だったが、俺はとくに驚きもせずに首を少しかしげるようにしただけで飛んでくるペーパーナイフを回避した。耳にペーパーナイフが通過する風圧を感じたが、天儀総司令に殺気がなかったし、なにより天儀総司令は投げる前に、投げるぞ、という感じでコンマ一秒程度ペーパーナイフを振りかぶった状態で停止したので、俺にはそれだけで十分だった。
ペーパーナイフが突き立ったそこには敵陣地。
「まさか――!」
「太聖銀河帝国は、上客になるだろうよ」
「たしかに彼らなら、どんな大金積んでもヌナニアの情報が欲しいでしょうけど」
「ま、自国の情報を敵に売って資金を得る。昔からよくある手だ。軍人だけでなく外交官もやる」
「ありえない。自国の機密を敵に売るだなんて……」
「おいおい義成。敵国内にスパイを作っているお前がそれをいうのか。彼らはボランティアじゃないだろ。ボランティアだったら涙ぐましい限りだ。いますぐ勲一等を送らなきゃならん」
「いいえ、資金という名目で給料を払っています。ですが、彼らは太聖ではマイノリティーで、自国に居場所を見いだせない結果スパイとなった。国家の要職にある人間が情報を売るのとはわけが違う」
俺の言葉に、天儀総司令は考えが浅いな、というように首を振ってから言葉を継いだ。
「俺にとってセシリーは恩人だ。戦争後に彼女は変わってしまったが、俺が旧軍で出世できたのは彼女協力があったからだ。俺はそんな彼女に道を踏み外させたくない。敵に情報を売ってまで金が欲しいというなら、俺が恵んでやったほうがいいだろう」
「だからバレたらご自分だけが糾弾される状況を作ったと? 独善的だ!」
「……だろうな。秘密予算の流出が明るみになったら流出先は有耶無耶だろう。セシリーはうまく隠蔽する。だが、資金の管理責任者が俺だというのは明らかだ。笑える状況だが仕方ない」
俺の心にやるせない気持ちが満ち、
「俺が紅葉を無理に庇わなければ、こんなことにはらなかったでしょか? 天儀総司令の考えどおりに紅葉の尋問を強行できていれば、総大官に付け入られる隙きはなかったはずです」
と問いかけていた。
それに天儀総司令には、総大官が、送りつけてきた尋問官を好きにさせるという選択肢があったはずだった。それで、今回はやりすごせたはずだ。たしかに、あの総大官なら、次の手を打ってくるかもしれないが、時間稼ぎできれば対処の方法があるはずだし、総大官のしっぽを掴んで、政府に彼女の解任だって要求できたかもしれない。解任されてしまえば、総大官だってなにもできない。
「……ふん。お前の行動を許したのは俺だ」
「ご自分に責任があると?」
「だいたいだ。あの段階で、セシリーが暮野紅葉を利用して、俺に特別予算を吐き出させようとしてくるなんて想像もしていなかった。あのとき俺が思ったのは、クソ生意気なお前にちょっとムカついただけだ」
「す、すみません」
「俺は神じゃない。こんなものは予測できん。対してセシリーは頭が良すぎる。彼女とまともに事を構えれば、どう考えても厄介だ。それにセシリーとは、敵対するより協力させたほうが有益だ。彼女の秘密情報部長官としての能力は抜群。今回のことで、彼女は極めて精力的に働いてくれるだろう。いや、そうでなきゃ困るがな」
「……すみません」
「おいおい義成泣くなよ。みっともねえ」
「だって、天儀総司令はご自分を犠牲にして、総大官から紅葉を守ってくれて、俺はそんなこと全然知らなくて……」
「お前なぁ。泣きすぎだろ」
「ですが――……」
天儀総司令が、総大官の行動を静観すれば、総大官のあの冷酷さだ。おそらく紅葉には、通常の手順で尋問がおこなわれ、体調は急激に悪化。十中八九死んでいたろう。
天儀総司令は、それを予感して、
―――チッ。義成が一生懸命かばってたしな。仕方ねえな!
なんて舌打ちしつつも紅葉を助けてくれたんだ。自分が困った立場に置かれるとわかっていながら……!
みっともなく泣きまくった俺は、泣きはらした目で特命係室に戻ることとなったが、火水風にも鬼美笑姉にも真実など告げられない。二人に真相を教えれば、軍の資金不正流出を教えてしまうようなものだ。絶対にできない。
戻ってきた俺の前で、二人は鬼の天儀と不満を口にしていた。なお、二人は俺の泣きはらした顔を見てもあっけらかんとしたもので、火水風は、
「まーた余計なことして天儀総司令を怒らせたんでしょ?」
と笑っていたし、鬼美姉には、
「なんか余計なことに首突っ込んで大目玉食らったんじゃないの。昔からそうじゃない。義成あんたもう子供じゃないんだからいい加減よしなさいよ」
といわれただけだったが、むしろそんな軽い扱いが、今回の俺にとっては救いだった。




