4-(19) アーチメサッド(2/3)
「ギリシャ彫刻の女神みたいな美人でしたね。髪は宝石のように輝いていて、肌なんて真っ白な大理石ですよ。すごく品がよかったし憧れちゃいます」
セシリアを見送った火水風が感慨深げにいったが、義成から返ってきたのは、
――ああ……。
というそっけない返事だけ。いくら恐れるボスといっても、もう立ち去ったのだ。それなのに義成の雰囲気は堅いままだ。
――いくらなんでも怖がり過ぎでは?
と火水風は不快に感じたが、同時に義成の様子にただならないものを感じて口にはしなかった。
「はひー……。それにしても秘密情報部の長官に声をかけてもらえるだなんて、驚いたというかラッキーというか。というかあの胸にあった見慣れない徽章って、秘密情報部のマークなんですね」
「……いや、総大官だ」
「はい?」
「あれは情報機関統合庁のエンブレムだ」
「メサッド? エンブレム?」
「ああ、いまの彼女には、三つの顔がある。兵学校校長。秘密情報部長官。そして情報機関統合庁の総大官だ」
「あー、思い出しました。情報機関統合庁って首相の直下にある情報系の省庁ですよね」
義成が、うなづいた。
つまりは、インフォメーション・シェアリングの問題だった。
政府諸機関、軍、警察、大企業、各自治体の情報機関。誰かがどこかで、誰かを見ている。だが、欲しい情報が、欲しい人間の手にあるとはかぎらない。各組織は縦割りだ。ある情報組織がテロ情報を手にしても、警察がそれをしっているかには関心がない。これでは、わかっていたテロも結局は防げない。
ビルは吹き飛び。多くの死傷者をだして、人々が悲しみに暮れるなか、情報を握っていたものはこう思うのだ。わかっていたのに……と。
こんなバカげた事態をなくそうと、各情報機関の間で情報共有をおこなうために、私企業まで含めた国家内のあらゆる情報機関を集めた会。それが情報機関統合庁。この庁の会議を主催するものは、アーチメサッドと呼ばれた。
会本部が旧教会跡地に作られたからだ。キリスト系の教会のデザインは、多数の美しいアーチで構成されている。そしてアーチとは天辺を意味する。旧教会跡地でおこなわれる情報系機関のトップ達の会議。それを主催するものがアーチメサッドである。
民間企業の情報組織まで参加するこの機関の権力が絶大なのはいうまでもない。
そして、いま、火水風の言葉に、深刻な顔でうなづく義成の耳にはセシリアが口にした、
『わたくし覚えたわ』
という言葉がまだ鳴っていた。これはお前の弱みを握ったぞという恫喝だ。
このとき義成が危惧していたのは、自分がセシリアの不興を買えば火水風が切り刻まれかねないというものだ。そんなことが万に一つとしてあるかわからないが、とにかく総大官セシリア・フィッツジェラルドは、そういうことをするのだ。なにより義成は、あの女の琴線がどこにあるかわからない。普通なら問題にならない言動で、思いもよらない不興を買いかねない。
セシリア・フィッツジェラルド。いま思えば俺が、最初の彼女を目にしたのは、ニュース番組。軍の報道官として記者会見をおこなうさまだったが、俺が彼女の存在をはっきりと認知したのは星系軍士官学校卒業後だった……。
……47番の俺が星系軍士官学校を卒業後に送られたのは、超高等教育機関である軍アカデミーではなく特殊工作員育成のための秘密機関だった。これは、まっとうな司令官を熱望していた俺にとっては大きな挫折だったが、いまはそんなことはいい。
ナカノ・スクールとよばれるそこは世間一般では存在しない場所で、軍内でもスクールの存在をしるものは少ない。このナカノ・スクール校長が、秘密情報部長官でもあるセシリア・フィッツジェラルドだった。
――悪の伝道師
とは、スクール生がつけたセシリア校長あだ名だ。
俺達スクール生は、高軌道エレベーターのステーションに到着するやいなや目隠しされバスに乗せられて、そのままナカノ・スクールに入校した。そんな俺達に待っていたのは、口にはし難い地獄の訓練の日々。あまりの過酷な訓練に、あるとき二名が脱走した。
場所さえわからないここから脱走するには、協力者が必要だ。俺からいわせれば、脱走に失敗した二人は優秀だ。なぜって俺達には当たり前だが、通信手段がない。スクールの周囲は無限の麦畑だが、これが砂漠や密林と変らない。一帯の二千平方キロメートルは、無人の穀倉地帯。自動作業の車両とロボットが動いているだけだ。当時はそんな広さすら不明だったが、おそらく脱走した二人は、自動作業の機械から通信機器を組み立てたのだろうと考えられるが――。
二人が捕まり、真夜中の訓練場に集められた俺達スクール生の目の前で、セシリア校長がやったことはおぞましい。
「なるほど。二人とも協力者の名前は教えてくださらない。ええ、軍人としては素晴らしい。ですが、捕虜としては望ましくないですわね。こういった場合手早く自供させるには二つ。一つは自白剤。そしてもう一つは――」
といったセシリア校長は、
「そうね……。それじゃあ精肉店の肉吊るし用のフックをもってきてくださるかしら」
と教官の一人に命じた。15分後には、訓練場に吊るされた二人の断末魔が響いた。俺達スクール生は、恐怖をとおりこして涙も声もでなかった。
あのときセシリア校長は、二人に自供させる気などなく最初から処刑する気だったのだろう。
「冷血生物」
「はい? なですか義成さんそれ」
「混乱を好み、不和をもたらし独裁的で、おのれを偽装するのに余念がない。美しい顔で微笑みながら、やることは残酷だ……」
「えっと、それってセシリア長官のことですよね? あの人がそんな人なんですか。信じられません。とっても美人でいい人じゃないですか。しかも義成さんが、鼻の下を伸ばさないので、私にとってはさらに好印象ですよ」
「それだ。いったろあの人は、自身を偽装するのに抜け目ないんだ。とてもな」
「ふーむ……」
「総大官が、子供の頃に書いたなりたいものの作文が『独裁者』だぞ。邪悪すぎる」
「うへ。でも、なんでそんなこと知ってるんですか。本人談ですか?」
「いや、テストで誰かの素性をできるだけ調べてこいというのがあって、俺は総大官を調べて提出した。彼女はえらく不快だったようだが、満点がでた」
「うわ。すっごいあてつけ。よくやりましたねそれ……」
なんかセシリア長官と、義成さんの関係を察しました。と火水風は思った。無価値な上官と、生意気な部下。お互い優秀さは認め合っているが、まったくそりが合わない。こんな関係だ。
「しまった――!」
「ちょっと義成さん急に大きな声ださないでくださいよ。それに私は、早く紅葉ちゃんのところに行きたいんですけどぉ」
「総大官は、天儀総司令に会いにきたんだ!」
「はあ、それがどうかしましたか? 秘密情報部の長官か総大官かはよくわかりませんけど、セシリア長官が天儀に会いにきてもなんの不思議はないじゃないですか」
「そうだ。だが、状況を考えれば違う」
「わけわかんないですよぉ」
「総大官が、差し向けた尋問官の尋問を中止させたのが総司令だからだ!」
「はい? え? どういうことですか。尋問を中止させたのは星守副官房ですよ。私は目の前で見てたんですから」
「違う。とにかく天儀総司令に総大官の本意を伝えなければやばい。総大官は、自分の邪魔をされた場合にとんでもない仕返しをする!」
火水風を置いて、慌てて走りだした義成の論はこうだ。
俺がしるかぎり、尋問官に国家親衛隊が同行することは通常ありえない。尋問相手が暴れだすような危惧がある場合は、軍警察を同行する。しかも今回、尋問しようとしたのは、瀕死の重症の紅葉。尋問を嫌い、舌を噛み切って自殺するなんて体力すらない重傷者。そんな紅葉が暴れだして取り押さえるケースを想定する必要はない。
となると誰が、国家親衛隊に、尋問官に同行するように命じたのか?
どう考えても天儀総司令だ。エリート部隊といえども宇宙では使い道のない誰もが持て余す宇宙ゴリラは総司令官の直轄だ。
火水風は、天儀総司令が鹿島さんに紅葉の体調を聞いたといっていた。これはおそらく、鹿島さんから、
――体調はよくありません。
という答えが返ってくると想定しての問だ。鹿島さんの答えを聞いた天儀総司令は、尋問官に同行させた国家親衛隊に、尋問中止を命じるつもりだったが、慌てた鹿島さんは、
――天儀総司令ったら紅葉さんに尋問をやる気ですね。いけない!
と早合点して、勝手に火水風に連絡。無視された天儀総司令が驚くなか、鹿島さんは星守副官房を連れだして紅葉のいる医務室へ急いだ。
火水風は、星守副官房が尋問中止を命じたと思い込んでいるようだが、天儀総司令の意向が紅葉の尋問にあったなら国家親衛隊が、尋問を強行させたはずだし、いかに星守副官房でも総司令官の命令には逆らえない。
それに俺が、フライヤ・ベルク戦線へいってから二日で騒動が起きたことを考えると、この尋問官はおそらく瑞鶴内の人員ではなく、秘密情報部から派遣された人物だ。そもそも天儀総司令は、せっかちだ。あの人が、最初から紅葉を尋問するつもりなら、俺がフライヤ・ベルクへ発った二秒後にはやるはずだ。絶対に二日も待たない。




