4-(18) アーチメサッド(1/3)
天儀総司令は、約束を守ってくれた。
フライヤ・ベルク戦線いきを命じられた参月義成が、まず疑って口にしたのが、
「俺がいない間は、紅葉を治療に専念させるとお約束ください」
ということだ。
暮野紅葉。俺が敵国内に作ったスパイ第一号。第二回トートゥゾネ戦後に、瀕死の状態で瑞鶴の救命班に拾われた女性。
天儀総司令は重症の紅葉を見て、こいつ死にそうだから死ぬ前に情報を吐かせろ、と平然といった。俺がいないあいだに、紅葉に尋問官が派遣されてはたまらない。紅葉は回復の兆候が見えたとはいえ、まだ喋るのもやっとで肌は死人のような土気色。精神的にもかなり衰弱している。だが、天儀総司令なら俺がいなくなった瞬間に、
――状況が変わった。
といってあっさり尋問官を派遣する可能性がある。この人は戦いに関しては悪魔のように冷徹だ。そして聴取で無理をさせられた紅葉は最悪急死。そうならなくても確実に余命いくばくもなくなってしまう。俺は、この疑いを率直に天儀総司令に述べた。
俺の言葉に天儀総司令は怒るでもなく、苛つくでもなく、そんなに俺は信用がないのかというゲンナリした様子を見せてから、
――約束する。
とだけいった。言葉は短いが、捕虜の紅葉を尋問官を差し向けない、ということだ。俺は一安心だが、たまたま居合わせた星守副官房は違ったようで、俺へ向けてブンブンと首を振った。
これほどわかりやすい、
――あんた疑いなさい!
というジェスチャーもない。俺は思わず笑いを吹きだしそうになったが、なんとかこらえた。星守副官房は、最初は俺を新米士官として厳しく糾弾し、いまでも厳しい態度を崩さないが、俺の軍人として実力は認めてくれたようで、最近は俺を総司令部の正規メンバーとしてあつかってくれるようになっていた。
それに一緒に仕事をしていて感じたが、星守副官房は案外根が優しい人なのかもしれない。いや、最近の俺は、天儀総司令に意見することが多いので、彼女は俺を天儀抑止の同士と見ているのかもしれない。
「……星守くん。そういったサインは、もう少しわかりにくくやるべきだよ」
と、やはり近くにいた六川軍官房長からの冷静なツッコミが入ったが、星守副官房はわるびれない。
「そうでしょうか。彼って妙に自信過剰なところがあるというか、鈍いところがあるのでこうでもしないと気づかないと思って」
「それに天儀総司令は、善人ではないが悪人でもないよ」
「おい、六川官房長。それは俺を褒めているのか、けなしているのかどちらだ」
「おおむね褒めている方ですね」
「おおむねって……」
「なにか問題が?」
「いや、問題ない。ありがとう」
苦い顔でお礼を口にする天儀総司令。終始真顔の六川軍官房長。この二人のやり取りを見て意地悪く笑う星守副官房。
そしてフライヤ・ベルク戦線から戻った俺は、いま、火水風と伴って紅葉のお見舞いへと向かう最中だ。
「天儀ったら義成さんがいなくなった二日後には、鹿島さんに〝捕虜の女の調子はどうだ?〟って聞いたんですよ。それで鹿島さんが慌てて私に知らせてきて、私も大慌てで紅葉ちゃんのいる医務室飛んでいったら案の定だったんですから」
火水風が慌てて医務室に到着すると、そこには当番の看護師しかいなかったが、数秒後には国家親衛隊を伴った尋問官が現れ、そこから大騒動。火水風が絶対に通さないと尋問官と罵り合いギリギリの議論を展開。
なお、随行していた国家親衛隊は、それをアホくさ、とばかりにあくびを噛み殺して見守っていただけだ。宇宙ゴリラとやっかまれる彼らからすれば、捕虜からの聴取など、拳でなでて喋らなければそれまでのこと。法だの人命だの眠たい話だ。
「紅葉ちゃんは義成さん部下。つまりは私の同僚であり後輩なんですから!」
と侵入を阻む火水風に業を煮やした尋問官が職権で、伴っていた国家親衛隊に、
――この女を排除しろ!
と命じたが、それと同時に機転を利かせた秘書官の鹿島が、副官房の星守を連れて登場。星守あかりが、軍官房部の権限で聴取の停止を命じるという騒動になっていた。
「そのあと義成さんが戻ってくるまで、私と鬼美笑さんだけじゃなく、鹿島さんと星守副官房まで加えた四人で紅葉ちゃん守る同盟だったんですから。天儀のあの性格ですから隙あらば、また尋問官を派遣したでしょうね。鹿島さんと星守副官房は、めちゃくちゃ忙しいのに手伝ってくれて、義成さん二人にお礼をいったほうがいいですよ」
「はは、なるほどな。鹿島さんはやっぱり見た目通りのいい人だな。人相とはいったものだ。人間性っていうのは、十中八九は外見にでる。鹿島さんの見た目のよさは、やはり性格のよさが外見に反映されたものだったんだな」
「ええ、鹿島さん少しおっちょこちょいなところがありますけど、さすがは主計部長ですよ。国軍旗艦の主計部長ってつまりは現場の主計科のトップってことですよね……?」
――とてもそうは見えませんけど。
と火水風は俺に小声で付け加えた。小リスのようなかわいい美人。それが秘書官の鹿島容子という人で、将来的には主計総監という立場に軽くなってしまうとは見た目だけでとても思えない。ただやることなすこと、とても正確。そして早い。発言は明朗で、わかりやすい。
――こんな可愛いだけのお嬢さんが?
と誰もが初見は思ってしまっても、二三言葉を交わせば潜在的に自然と能力を認めしまう。ごく自然に花よと尊重されてしまうのが鹿島さんだな、と俺は分析していた。
「星守副官房も怖くてツンツンした感じの人ですけど、とてもいい人ですよ。総司令部で天儀の動きをできるだけ監視してくれていたそうです」
「ああ、二人にも、そして火水風と鬼美笑姉にもお礼を言わなきゃな」
「いえいえ、私達は可愛い後輩の面倒を見ただけです。先輩として当然ですから」
「あと天儀総司令にもだ」
「はい? ちょっとちょっと義成さん。いまの私の聞き違いですか。なんで天儀にお礼を言うんですかね」
「そりゃあそうさ」
と俺は思わず苦笑してしまっていた。そう。だって火水風から俺がいないあいだに瑞鶴で起きた騒動を聞けば、天儀総司令は約束破りの悪人だ。だが、俺は少々事情が違うことをしっていた。
なぜなら俺だてバカじゃない。天儀総司令が、紅葉には手をださないと口で約束したからといってそれで万事安心だなんて思わない。俺は、フライヤ・ベルク戦線からも独自に紅葉の状況を監視していたのだ。もちろん火水風が口にした細かな騒動までしらなかったがな。
紅葉のメンタルヘルスが急激に変化すると、俺の端末に通知があるように仕込みを入れておいた。あとは毎日のバイタルチェック。バイタルの数値に異常があれば、それは紅葉に何らかの危機が襲ったということで、そのときに応じて対処するつもりだった。
加えて鬼美笑姉からの情報だ。俺は、諜報員の登録のある鬼美笑姉に、お願いして定期的に軍内の動静に関わる情報を流してもらえる仕組みを作っていたから、そういった情報も統合して状況を整理すると、
――天儀総司令は約束を守ってくれた。
ということになるのだが、そんなことは火水風にはわかりようがないよな。
ふくれ面の火水風に、俺が事情を説明しようとしたとき、
「あら、一角獣さんじゃない。こんな所で会うだなんて奇遇ですわねぇ」
という言葉が俺達にかけられた。耳障りよく、女神の竪琴のような声だったが、女性の声を聞いた瞬間に俺の心と体はおぞましさで萎縮し、そして最大限の警戒態勢となった。が、火水風は違う。
なぜなら火水風が、声の主を見てみれば、そこには人よさ気なブロンド美人が、たおやかな笑みを浮かべているだけ。そんな女性がこうもいってきてくれるのだ。
「あら、こちら可愛い女性は、一角獣さんの彼女さん?」
このあつかいに火水風は、満面の笑みだ。
「はい! 彼女の王仕火水風です。電子戦科です。カイチって義成さんのことですよね?」
「ええ、スクール時代の参月義成さんのあだ名ですわ」
「えっと、あなたはー?」
と火水風が女性を見てみれば、軍用のスカートスーツを完璧に着こなしたなんとなく教師? といった雰囲気をかもしだすブロンド美人。階級章を身につけていないが、間違いなく、
――偉い人ですよね。
そう思った火水風は、女性の胸元に見慣れない徽章が飾ってあるのに気づいたが、さして気に留めなかった。
「うーん。わたくしはね。一角獣さんの先生だった人ね」
「あ、先生。そんな雰囲気あります。ちょっと義成さん。私こんな美人教師の存在なんて聞いてないですけど??」
「あら、嬉しい。美人教師だなんていわれたのは初めてだわ。名乗るのが遅れましたけど、わたくしはセシリア・フィッツジェラルドっていうのよ」
そういって手を差しだしてくるセシリアと火水風は握手を交わした。しっとりとしているが、少し冷たい手と火水風は思った。
「セシリアさんは、軍の学校の教官をなさっているんですか?」
「ええ、でも、いまは秘密情報部の長官をやっていて、そちらがおもな仕事になってるかしら」
「げ、長官!?」
素性を明かしたセシリアに、火水風は大慌てだ。
だって――。
秘密情報部っていえば、軍の情報系の組織で一番偉い人じゃないですか! 立場的には、私達電子戦科のボスである千宮氷華司令局長と同格……! 私そんな偉い人と気軽に会話して……やばい。
「いいのよ。わたくし達秘密情報部って、なにをしているかわからないって軍内では恐れられているでしょ? わたくしは、そんなイメージを払拭したいの。だから気軽に接していただいていいのよ」
とはいわれても火水風は、もう、
「ハヒッ! 失礼しました!」
と大混乱だ。
セシリアは、そんな火水風にやはり人よさ気な表情をしてから義成を見た。
「一角獣さんったら、こんな可愛い彼女がいたのね。わたくし覚えたわ。でもわたくしと貴方の仲なのに、教えてくださらないなんて冷たいわねぇ」
が、声をかけられた義成といえばヘビに睨まれたカエル。金縛りにあったように動かなかった。そんな義成の異変にすぐに気づいた火水風が、
「義成さん?」
と確認すると、義成がやっとという様子で口を開いた。だが、義成の口は重く、辛く、かつ慎重に言葉を選んだといったふうで、火水風からすれば、
『特殊工作員の義成さんにとってネーサス長官は、私にとって千宮司令局長と同じで、特別な存在でしょうけど、そんなに緊張します? ちょっと喋っただけですけど、セシリア長官ってすごくいい人じゃないですか』
と不思議だった。
「ぎ、義務はありません」
「あら、考えかたが堅いのねぇ。わたくしたちの仕事には、柔軟性が大事だと教えたはずだけれど」
「ええ、ですが、私生活に関する報告の義務はありませんでしたので――」
「はぁー。一角獣さんったら相変わらずですわね。これでは火水風さんも大変ね」
「そうなんですよ。義成さんったらデートのときにゴミ拾い始めたり、迷子の親を探し始めたり。まあ、迷子の親探しはいいんですけどねぇ。ちょっと真面目すぎて困るときがあります」
「あらまあ呆れた。スクール時代と変らないのね。一角獣さんったらあまり火水風さんを困らせたらだめよ?」
話を切りあげにかかったセシリアは、火水風から見れば女神の微笑みを浮かべているが、やはり義成の態度はかたくなで、
「……はい」
と、そっけない。
セシリアは、さり際に火水風には品よく会釈し、義成とすれ違う瞬間には、
「一角獣。わたくしの邪魔したらいけないわよ。これは真摯な忠告ですわ」
と鋭く義成だけに聞こえる声でいって去っていった。




