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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第三章 泊地パラス・アテネ
87/105

4-(17) フライヤベルクの動静(報告)

「以上です!」

 

 いま、参月義成みかづきよしなりは総司令官天儀(てんぎ)へ胸を張っての報告を終えていた。

 

 フライヤフリューゲ封鎖戦から二日。義成は、泊地パラス・アテネへ舞い戻り一息つくまもなく総司令官室に入っていた。そんな義成のいまの心境といえば、

 ――風景が違って見える。

 というものだ。

 

 舞い戻った瑞鶴ずいかくは国軍旗艦。ちょっとした壁紙や床材も通常の艦より上等だが、すでに義成にとって見慣れたもので、他艦のクルーが羨む一段グレードの高い内装もなんの新鮮味のない風景だった。だが、フライヤフリューゲで艦隊を率いて勝ったことですべてが輝いて見えた。

 

 そんな義成を見て、天儀は、

 ――ランス・ノールは俺の意図をくんだか。

 と一安心しつつも、その戦いの内容には厳しい採点をくだしていた。

 

 因みに、天儀はすでにレアル・カミロなる人物がランス・ノールであることを認識していたが、いま、義成からもあらためて報告も受けた形だ。


 なお、天儀の厳しい採点の内容はこうだ。まずもって第一に、指示をだしすぎだ、と天儀は思うのだ。戦闘直前には十分間に十回。慎重をきすべき場面で、心配なのはわかるが多すぎる。艦長達は、義成の指示を守るためにかなりの労力を強いられたろう。艦隊を二つに分けたのもまずいやりかただ。

 

 ただこれは、義成にキャリア踏ませたい。そのうち司令官でつかいたいという天儀の親心もあり、厳しい採点となっていることは天儀本人も自覚していた……。

 

 天儀は、どうすべきか、という迷いを抱えつつ義成の顔を見た。義成の表情は、とても誇らしげだ。

 

 ――ここで注意すると義成の良さを削ぐか?

 そんなこと思う天儀が黙り込むなか、義成といえばはつらつとすらしている。


「敵が直進して追ってきたので、反転を企画したのですが、その反転で丁字戦法を狙ってみました」

「なるほど……」

「自分でいってしまうのは恥ずかしいことかもしれませんが、自信がありました。最初に三日月艦隊クロワッソンを稼働させたときに、これはいける、という感触があったからです」


 通信などの電子技術の発達は、宇宙において大規模な戦力の統一された動きを可能にし、ハイテクの塊である軍用宇宙船の運動能力はきわめて高い。

 

 だが、天儀からいわせれば、義成の戦いは技術、ひいては兵器の性能に頼りすぎだ。引き出すのではなくもたれかかるような戦いかではいけない。

 

 ――丁字を有利狙いたい。

 

 わかる。誰だってそうだ。チャンスがあるなら狙いたいだろう。戦争の英雄といえば20世紀まで。あれ以降の人類は戦争での英雄を持たなくなっていた。いまの星系軍は、陸海空の三つをルーツに持ちその伝統を受け継いでいる。

 そんななか主力兵器は軍艦とざっくりよばれる。宇宙でも軍艦。海上でも軍艦。多数の軍用宇宙船での戦いは、さながら海上の艦隊決戦に似たところもある。

 

 ――トーゴーに憧れるは理解できるが……。

 

 くしくも高性能の軍用宇宙船と指揮統制システム技術の発達は、日本海海戦で日本海軍が計画したような難易度の高い作戦を現場判断で、より洗練された形で実行可能としていた。高度な戦術プログラムと、AIが搭載された指揮統制システムは、最終的には敵軍の動きを予測したうえで、司令官が取るべき選択肢を提示してくれる。

 

 義成が、丁字で敵を追い込みたいと入力すれば、指揮統制システムのAIは、どうすべきかいくつかの選択肢を提示してくれたろう。それに微修正を加えて命令として各艦へつたえる。これがいまの宇宙戦争の指揮のやりかただ。

 

 が、こんな物に頼っていては戦えないというのが天儀の持論だ。特異といっていい。人類はもう随分前から、この指揮統制システムに丸投げとはいわないが、依存した戦いを続けている。


「……義成。戦いで指揮統制システムはどの程度活用した?」

「人並みですね。士官学校の授業でいくどかつかいましたので、操作法は理解していましたし、ヌナニア軍のシステムに採用されている最新プログラムの個性と、搭載されたAIの癖も把握していましたので」

「システムをつかうには、ある程度熟練が必要だ。ただでさえ操作が煩雑だからな」

「ええ、真面目に授業をうけていたかいがありました。自分は星系軍士官学校では、入学から卒業まで最下位。ですが、常に47番というわけではありませでした。この指揮統制システムの扱いについては、最終試験で満点を取りました。まあ、クラスの半分が満点で、95点以下を取ったものはいませんでしたが……」

「うむ……。まあ、それでも満点は誇るべきことだ。教官は99点を取れるように教えるが、テストを作る際は絶対に満点を取られないように作るからな。その鼻を明かしたといことは、うむ、すごいな」

「……あの、天儀総司令どうかなさいましたか?」

 

 義成からみて、総司令官天儀はどう見てもうかないようすだ。


「いや……。いいんだ」

「そうですか?」


 だが、どう見ても義成からすれば、どうかなさっている天儀は、やはり懸念を持っていた。

 ――義成は戦闘のほとんどを指揮統制システムに頼ったな。

 と戦闘記録ログを一瞥しただけで見抜いていたうえで、いまの義成の話しぶりだ。天儀には懸念しかなかった。

 

 戦闘記録ログに残る義成からだされた艦の配置が画一的すぎるのだ。これは迷いがないというより、疑いを持ってないだけ。一見指示にブレがないように見えるが、なにも考えていないからできる不用意な指示だ。そして何より問題なのは、

 ――丁字有利の状況は一秒も発生しなかった。

 

 天儀からいわせれば由々しき問題だ。指揮統制システムにもたれかかって戦っていては絶対に勝てない。相手も自国産の似たようなシステムをつかっているわけで、戦闘がAI同士の代理戦に成り下がれば千日手。勝負がつかない。たしかにこれは極論でもあるし、天儀からしてもつかえるものは、なんでもつかい活用できればいいだろうという思いはある。それに、いまどきの星系軍指揮官クラスで優秀なものは、こういった超ハイテク技術をつかいこなし結果をだしている。

 

 だが、丁字を狙い。その丁字が発生しなかった場合の対策が義成にあったのか? と天儀が思えば、なかったろう、という結論にならざるを得ない。戦闘記録がそれを如実に物語っている。

 

 俺からいわせれば――

 たしかに丁字戦法を成功させる必要はない。戦いでは柔軟性が必要だからだ。なにかにこだわれば、それは固執となって足元をすくわれる。戦いに主義は必要ない、と俺は解釈しているが、義成は丁字戦法にこだわった。そのうえ自身の戦いの形に強引に相手を引き寄せようとした。

 

 ――戦場はそうつごうよくできてはいない。

 

 義成の戦いかたでは、敵がよほどのマヌケではないと勝ちようがない。俺が思うに、義成は丁字戦法が不発だった場合に次に繰り出す戦法を準備していなかったろう、もしくは心づもりはしていても、次の戦法に連続させることはまったく想定してない。

 

 そう。戦いの秘訣の一つは連続技だ。格闘技の基本。一つ失敗したら次の技に変化する。ボクシングならジャブ、フック、ジャブ、ストレートと連続してパンチを繰り出し最後にはノックアウト。一撃ノックアウトなど都合のいいことは夢見ないほうがいい。柔道なら大内刈、小内刈と仕掛けてあってから背負投、そして巴投げ。そしてついには技が決まって相手を放り投げる。

 

 このように連綿と技をつづけることを、戦闘に転化すれば「打つ手が無くなる」という状況は回避できる。ただ、この戦法は上手くいかないな、と予感した瞬間に次の戦法に変化するという考えかたは天儀の独特だった。

 

 じつはこんなことをできるのは、運動能力の高い軍用宇宙船と、それこそ天儀が信用していない指揮統制システムがあってこそなのだが。

 

 そう。実は技術的な制約もあり、戦いの最中に戦法を連続させるという発想をもった軍人は歴史的に存在しない。

 ――なぜか?

 変化は陣形の崩れとなり、陣形の崩れは敗北を意味するからだ。普通ならこれと決めた戦術を徹底し、戦い抜くことが勝利の秘訣。戦端が開かれてから、方針を変化すればそれは総司令官の優柔不断。総司令官の指示がコロコロ変われば部下の指揮官達は困惑し、末端の兵員は力を発揮できない。

 

 つまり軍事でいう戦いの柔軟性は、戦端が開かれる事前準備や、予備兵力をどのタイミングで投入するか、いかなチャンスで決戦兵力を戦場へ投じるかなどであって、戦端が開かれてからは大筋の方針は変えもしないし、変化などしたくても不可能なのだ。それは戦いの規模が肥大化すればするほどそうだ。天儀はその点で稀有だった。

 

 ――そうだな。ダメ出しだけが指導じゃない

 と考えた天儀は、指揮統制システムに頼りすぎるな。乗っかるな。と婉曲につたえることにした。

 

「敵の帝国打撃部隊の指揮官は見事だ。こいつが丁字不利の回避できたのは指揮統制システムを無視したからだろうな。とっさの判断で、自軍を三日月艦隊へ近づけたんだ」

「ええ、そういうやりかたもありますね。中々の手腕だったと思います」


 ――ダメだ。つたわってねえ……。

 応じてきた義成の表情は、

「ええ、敵も悪くはなかったですね。でも、今は俺の戦果を見てください」

 そんな感じで、鼻息荒く誇らしげだ。


 だが、そんな義成もさすがに芳しくない表情で黙り込む天儀を見て、

「何か自分の指揮に問題があったのでしょか?」

 とやっと怪訝な色を見せて問いかけた。


「天儀総司令からみて、自分の戦い方に不味さがあったのでしょうか。カミロ参軍事からは褒められたのですが……」

「ま、あいつならそうだろう」


 そう。ランス・ノールは、義成の積極的な指揮統制システムの使用を問題視しなかった。いまの時代誰もが指揮統制システムをつかって戦うのはすでに述べたが、この指揮統制システムは操作が難しく、使用するにあたって覚えることも多い。積極的につかいたいが、つかえない指揮官も少なくないぐらいで、

 ――それを義成くんは、よくつかいこなしている。

 と戦闘で指揮統制システムを積極的に活用したことをむしろ評価しているぐらいだ。

 

 ランス・ノールの所属した旧セレニス星間連合軍は、この手の軍事ハイテク技術が天儀の旧グランダ帝国軍より進歩していたというのもある。つまりランス・ノールが評価するさいに重視した点は、システムをきちんと扱えたかどうか。指揮内容への配点は少ない。そう。例えるなら10個ある問題の内の配点が、天儀とランス・ノールでは大きく違うのだ。


 不安にかられる義成の顔を見て天儀は――。

 ダメだ。戦闘記録ログを見て俺ならこんな戦い方はしない、と苛ついた。おそらく修正点を指摘しだすと俺は止まらなくなる。最初は柔らかく指摘を始めても最後はボロクソだ。これでは義成の自信を粉砕してしまう。

 

 一個褒めて十けなす。最後はバカヤロウ! と怒鳴りつけて終了。天儀はそんな自身の最低な姿が目に浮かんだ。これは教育者として、下の下で最低の極みなのはいうまでもない。

 

 ……そうだな。じゃあ褒めとくか、と決めてしまえば天儀は満面の笑み。もちろん作り笑顔だが。


「すごいよかったぞ」

「そうですか!」

「ああ、お前もそう思うだろ鹿島かしま?」


 天儀が近くにいた秘書官の鹿島容子かしまようこに振った。

 バトルサポーターの鹿島容子。着任早々ヘマをしたものの、その可愛らしい容貌だけでなく、戦いもできるきわめて優秀な主計科として軍内でとおっているのが鹿島だ。


「ええ意欲的でいい戦いだと思います。私も戦闘記録ログを見させてもらったんですけど、義成さんの反転に敵が慌てふためく様子が見て取れます」

「ほら彼女も褒めてる」

「それに封鎖線は、完成された。フライヤフリューゲの敵はもう簡単には出てこれませんよ。作戦の目的は達成されたんです。完璧ですよ」

 

 ホワイトブロンドのツインテールを揺らしながら愛らしくいう鹿島に、義成は満更でもない。いや、とても気を良くした。艦内で一二を争う容姿の鹿島に、褒められて鼻の下を伸ばさない男はいない。


「あ、そうだ。義成さん。私一言お礼が言いたかったんです」

「俺にですか? 鹿島さんへとくに何かした覚えないですけど」

「えーっと、その、トートゥゾネ二回戦のー……」

「ああ! あれはいいですよ」

 

 義成は、鹿島がみなまでいう前にさっした。トートゥゾネ二回戦。鹿島が勝手に作戦を書き換え敗北したときの話だ。あのとき「銃殺してやる!」と怒り狂って鹿島に襲いかかる総司令官の天儀を、義成は身を挺してとめたのだ。


「あのときのお礼も兼ねて初勝利のお祝いです。はい。これ受け取ってください」


 そういって鹿島が、義成へ差し出したのは艦内の慰安施設の利用チケット。それもグレードの高いやつ。


「おい、おい鹿島。俺の前でそのやり取りをするのかー?」

「もう。天儀総司令ったらダメですからね。私だから許された。普通暴力なんて振るったら即ハラスメントで解任ですよ。総司令官というお立場。色々ストレスもあるだろうと、私はとっても慈悲深い心で不問したんですから。私じゃなかったら大変でしたよ」


 戦争の世紀20世紀などと比較すれば、ありえないほど生温い軍隊に感じるが、軍の規律を維持するのに暴力を必要とする時代は、すでに終わっていた。もちろん未だに恐怖で部隊を支配する司令官は存在するが、まず新兵には家畜に鞭打つようにして反抗心を削ぐという軍特有の理不尽な伝統は途絶していた。

 

 星系軍は倫理の規範タレ。そういった行為は宇宙では有益ではないというのが共通の認識だ。

 

 もちろんどこの国の星系軍にも命令違反と失敗には、銃殺刑までいくペナルティが存在する。だが、そのペナルティが発動するのは、正式な手続きを踏んだうえでのこと。トートゥゾネ二回戦のときの天儀ように怒りに任せて、突発的に相手を床に叩きつけるなどご法度。しかも男から女へとなると罪の重さもワンランクあがる。


主計部みんなが、天儀総司令をパワハラで絶対に訴えるべきだって一丸となっていたのをなだめるのどれだけ大変だったか。もうッ」

「いやはや、面目ない。恩に着るぞ。俺は鹿島にはたすけられてばかりだなぁ」


 ――すごい作戦を無茶苦茶にした張本人が逆に注意しているぞ……。

 やり取りを見守る義成は、鹿島へそこはかとないヤバさを感じ、頬を引きつらせ半笑いだ。義成からしてこう思う。天儀総司令のやったことは許されることじゃないが、鹿島さんがやらかしたことも一線を越えていたと思うのだが……。

 

 怒り狂った星系軍らしからぬ総司令官天儀の蛮行ばかりに目がいっているが、冷静に考えてみれば鹿島のやったことは、完全に軍事法廷に送られる案件といっていい。さしあたり『鹿島事件』などと名付けられて大問題に発展し、戦訓として残ったはずだ。もちろん良くない方の。

 

 ――天儀総司令は、鹿島さんを庇うためにわざと暴力を振るったんじゃないのか?

 と義成には思えるほどだ。

 

 とにかく報告を終えた義成はホッして息を吐いた。最前線から戻ってみれば、一段下がった緊張感。もちろん本国から見れば、ここ泊地パラス・アテネも十分最前線なのだが、やはりフライヤフリューゲと比べれば度合いは落ちる。ここには、敵と同衾どうきんしているような緊迫感はない。


 が、戦場に平穏はないというのはいうまでもない。義成が報告を終えたのと、ときを同じくして、一人の女性が泊地パラス・アテネは国軍旗艦瑞鶴に乗艦してきていた。


 その女性を乗せた接続艇ランチが、瑞鶴に入ったのは、船腹にいくつかある小さな乗り入れ口から入りから。接続艇ランチが瑞鶴内に完全に入ると乗り入れ口が閉じられ、そして空気が注入されるのに一秒半ほど。安全確認されると艦内に繋がる通路の扉が開かれる。

 

 開く扉の前では、すでに男性士官二人が緊張の表情で敬礼していた。

 接続艇ランチの扉が開いた。

 二人はますます緊張の表情。

 

 数秒おいてから接続艇ランチの扉からでてきた女性の容姿は、怪しさを帯びたブルーの瞳。腰まで伸びるロングの髪は柔らかな金糸ようで、肌は透き通るように真っ白。絵に描いたようなブロンド美人。ただ立っているだけのよう見えて、その所作からは育ちのよさがうかがえる。

 現れた女性は、緊張の塊だった男性士官二人が、思わずぽーっと見とれてしまうほどの美しさ。

 そんな抜群の美人が女性が、二人へ向けニコリと微笑んだ。

 途端に男性士官二人は真っ青だ。それほどこの女性が偉いというより、恐ろしいということか。

 

 だが、二人はすでに敬礼状態。これ以上なにかする手立て思い浮かばず一人が慌てて敬礼のままお辞儀した。もう一人も慌ててそれに倣った。

 過剰な礼容はかえって無礼なのはいうまでもないし、無作法そのものだが、男性士官二人の慌てぶりは、

 ――それほど貴女あなたを恐れています。

 という意図をつたえるには十分だったようで、女性はとくに二人をとがめることはしなかった。

 

 女性は、案内役の男性士官二人を従えて艦内を進み始めた。勝手知ったるというわけではなさそうだが、艦内の見取り図が完璧に頭のなかにあるようで、目的地に向けて迷いなく足を進めている。

 

「埃っぽいわね」

「そうでしょうか。正常値です」


 右横の士官が慌て端末で、周囲と艦内の空気組成の状況を確認していった。


「ええ、でしょうね。感じる雰囲気のことですわ。この肌と鼻腔に感じる独特な空気は戦場ならではのもですわね」

「はぁ?」

「そういえばここには、一角獣カイチがいると聞いたのだけれど」

「……すみません。わかりません。自分の記憶では、カイチという名の士官はいなかったように思いますが」

「ええ、昔のコードネームですから。いまはもうあだ名のようなものですけれど」

「なるほど……。いやはや、貴女のお目に留まるとは優秀な人物なのでしょうね」

「どうかしら……。黄金の二期生というわりには、間の抜けた方だったわ」

「ああ、黄金の二期生となるとアヘッドセブンの一人ですか。それは優秀でしょう」

「いいえ」

「違うのですか?」

「ええ、正義感あふれる……そうね。生意気な。それでいて可愛い子犬のような生徒だったけれどね」

 

 誰だそれは? と判然としない男性士官二人は困惑気味だ。だが、日常会話の延長で、誰でなんですかそれは、とも安易に名前を問えない。この女性に質問するということは、それなりの覚悟がいると二人はしっている。質問するということは、情報を引きだすとうことで、彼女から情報を引きだすには、それなりの対価が必要だ。

 ――くだらない質問をして、命を要求されてはたまらない。

 二人からすれば下手に口走った問で、どんな代償を要求されるかわからない。

 

「滞在中のお部屋のことですが、電子戦科の司令局長室をつかっていいとの指示を、千宮せんぐう司令局長からはうけていますが、いかが致しますか?」

「あら、氷華ひょうかさんったら情報が早いのね。わたくしがここにくることをご存知だなんて。さすがは電子戦科ですけれど、これでは、わたくしたち秘密情報部ネーサスもかたなしだわ。わたくしは極秘の公務ではないけれど、諜報員の行動は常に秘密なのは常識。帰ったら秘密情報部ネーサスの防諜班には、厳重注意が必要ね」


 ――ネーサス。

 とは、ヌナニア軍秘密情報部(ヌナニア・シークレット・インテリジェンス・サービス)の略称だ。NEUSISと書いてネーサス。


「電子戦科は職場が仮想空間。今の時代は、あらゆるものが情報でできているようなものですし、とくに宇宙ではそうです」

「氷華さんの電子戦科にも情報機関統合庁メサッドには参加いただいたのよ。お友達のよしみといったところで、無理を言ってしまったのだけれど」

「電子戦科の諜報能力は、高いですからね。秘密情報部ネーサスも無視できないといったところですか」

「ま、電子戦科の方たちは諜報活動なんて思ってないでしょうけれどね。あの方たちの日常行動が、わたくしたち秘密情報部ネーサスからいえば諜報活動みたいなものなのに。そうね。わたくしからいわせれば電子戦科は少し変わり者が多いかしら」

「それで、お部屋のほうはどういたしますか?」

「ええ、こころよくつかわせていただきます。秘密情報部ネーサスは国軍旗艦に常設の席を与えられていませんから、友人の心遣いに感謝といったところですわね」

「では、準備させます。部屋の鍵は、普段おつかいのコードで入れるようにしておきますので」


 うなづく女性は、やはり美しい。少し顎をさげただけなのにそれが優美で、思わず見とれてしまうほど。この女性こそ軍三部の一角である電子戦司令局長の千宮氷華せんぐうひょうかをして、サモトラケのニケといわしめたほどの美しさと気品を兼ね備えた知を持つ秘密情報の長官セシリア・フィッツジェラルドだ。

 

 サモトラケのニケ。もっとも美しい芸術の一つとされるこの首のない女神像は、見る人によって顔が違う。その切断された首から生えているものが、美しい女神ならいいが、グロテスクなメデューサならたまらない。

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