4-(16) フライヤベルクの動静(封鎖戦3/3)
「工作艦の各班は、基礎工事を完了し上部構造の建設に入りました!」
という報告がクイーンシャンテル号のもといいアマテラスのブリッジにもたらされた。
封鎖線完成まであと3時間。
らかじめ封鎖壁と、強力な砲を備え付けたトーチカをほぼ完成状態で運び込んだから通常なら数ヶ月かかる工事も着工からたった6時間で完了する。だが、それらの接合と各トーチカのネットワーク機能の確率。そして兵員を配置するのには最低でも、あと3時間は必要だ。
――そろそろ敵が感づいてなにかしてくるはず。
戦線司令官シャンテルはそれを最大限に警戒していた。だが、なにをしてくるかわからないのがもどかしい。
いまの私が一番警戒すべきは、義成さんの三日月艦隊を追った敵が戻ってくること。私のロイヤルネイビーは、戦力十分なのですが、封鎖線の工事を守りながらという条件がよくありません。
この状況で戦いとなると、すっぽり封鎖線工事エリアをロイヤルネイビーで囲む必要があるのですが、それをするとフライヤフリューゲ側に配置した護衛戦力に大損害がでることは間違いなし、最悪そこから突破され封鎖線の工事は失敗。
図4-14-7-4 シャンテルの懸念
仮に工事を完成させ封鎖線構築に成功しても、主力のロイヤルネイビーが大損害をうけてしまっては、その後の戦いが困る。シャンテルのフライヤベルク戦線は、完成させた封鎖線の火力にしがみつくような無様で不利な戦いを強いられる可能性が高い。
「義成さんはよく戦ってくれていますね。初陣なのにもう立派な騎士です」
「ええ、出撃してきた敵はもうこちらへは戻ってこれないでしょう。やはり二期生は噂に違わぬ優秀揃い。義成特命は、初指揮だというのは信じられない。素晴らしい手腕ですよ」
応じてくれた高官の言葉に、シャンテルはうなづいた。かなり距離も離れているし、三日月艦隊が秒殺。一撃でノックアウトでもされないかぎり、帝国打撃部隊は封鎖線工事妨害に戻ってこれないだろう。
「敵は、お兄さまの術中に両足をハマめましたね」
「あ、ああそうですね」
と相手をしている高官は曖昧に応じ、
――お兄さまではなく、カミロ参軍事ですよ。
と訂正するのはやめておいた。今更バカバカしいというか、公然の秘密。聞かなかったことにすればいい。
一方、帝国軍フライヤフリューゲ司令部では、まさに趙成勲が敵の計略という底なし沼に、どっぷり両足を入れてしまったという焦りを覚えていた。こうなると首まで浸からないようにあがくしかないが……。
そして、このろには趙成勲だけでなく、司令部の誰もがヌナニア軍の意図に気づき司令部内は騒然とし、みなが慌ただしく動いていた。
――貴殿らの目は節穴か!
と趙大将軍に、いわれて幕僚達がよくよくもう一度バトルマップを見てみれば、そこには艦種不明のマークと、工事用の船のマークが多数。それも信じられない数だ。
こういった戦力の識別は、AIと視認による人海作業の二本立てだ。AIは間違わず、下っ端の兵員達は真面目に仕事をして、金管水道の外に集まっている敵集団が、まともな軍集団ではない、ということをしらせていたのだ。それを担当のオペレータが見逃し、見逃しをチェックすべき高官達も気づかなかった。唯一最初に気づいたのが、この戦線で一番偉い趙成勲。
その趙成勲は、この危うい状況に、
「全二足機部隊に全力出撃させろ!」
という対処療法を命じたが、そのあとの手がない。二足機部隊だけでは、嫌がらせぐらいの効果しかない。艦との同時攻撃でなければ、工事中断にはなりえない。
しかしこういった場合に、つかうべき戦力。つまりは繰り出した帝国打撃部隊は、もう本格的な戦闘に入ってしまっていて呼び戻すのは不可能。ここで幕僚達からフライヤフリューゲ内から新たな戦力を抽出し、敵の工事を妨害しようという案がでた。だが、これには問題があった……。
「妨害部隊を編成。守備の戦力の一部を外にすのはいい。だが、空いた守備地点に、別の場所から戦力を引っ張ってくるのに時間がかかる。フライヤフリューゲ内部は、障害物が多く配置転換は容易ではないとは貴殿らも承知しているだろ!」
それでもやるべきだと幕僚達は主張したが、趙成勲は頑として聞かない。
――フライヤフリューゲの要塞群の一部でも奪われたらどうする気だ!
空になったり、手薄になった部分をヌナニア軍に奪われれば、目も当てられない。再び奪い返すのにどれだけの労力か。最悪、フライヤフリューゲの防御は、そこからほころびかねない。
この議論に1時間半もの時間が費やされた。幕僚達は、どうにか趙成勲を説得しようとしたが、失敗を恐れる趙成勲は身振り手振りで反論し、往古の名城のような堅さだ。いや、この戦争で例えよう。彼は、幕僚達の必死な意見に対して、フライヤフリューゲ並の堅牢さを見せた。
だが、フライヤベルク戦線司令官シャンテル・ノール・セレスティアが最も恐れたことこそ防御を捨てての封鎖線工事の妨害だった。
総旗艦のブリッジで毅然と振る舞う戦線司令シャンテルは、工事が完了するまで生きた心地がしなかった。
――敵が捨て身の工事妨害にきたらなにをしていいかわからない。
という恐怖にシャンテルの小さな身はさらされ、さいなまれていたのだ。外面は可憐で凛としていも心は不安で押しつぶされそう。
ええ、空になった箇所に攻撃を仕掛ければいいというのはわかります。けれどそれがどの部分で、そしてどの部隊に命じればいいのか……。手薄なフライヤフリューゲの要塞に攻撃するには、こちらも工事の護衛から戦力を抽出する必要がありますよね。でも、抽出した箇所を敵に攻撃されたら? それに本当に要塞が手薄になったという裏付けはありません。通信や艦艇の動きなのでしょうけど。仮に、こういった状況になってそんな情報を見せられても、
――多分わからない。
と不安がシャンテルにはあるのだ。シャンテルは常に情報で判断する。軍人なら誰もがそうだろう。だが、根が素人のシャンテルは、敵にイレギュラーな動をされると判断がつかないことが多い。
ヌナニア軍総司令官の天儀がシャンテル・ノールを軍事的無能と断じるのはこういうところだ。天儀はいつも、
――自分がこいつと戦ったら。
ということを念頭にする。悪癖といっていいが、とにかく天儀が、シャンテルと対峙した場合、その攻略は簡単だ。苦手な部分で揺さぶりをかければ、あっというまにシャンテルの心は振盪し、冷静さを失って面白おかしく踊ってくれる。もちろん面白おかしくとは、敗北までだされるシャンテル・ノールの無様な対処をいう。天儀は、最後に真顔で、つまらんやつだった、とひと押しして殺すだけだ、
――頼むからでてこないでください!
毅然と振る舞うシャンテルの必死の願いだ。神に祈った。いや、なにへ祈っているのかすらかわからない。
だが、シャンテルの願いは徒労と終わり、その不安は完全な杞憂となる。
なぜならランス・ノールは、三つ先を見通す男。しかもドシスコン。そんなランス・ノールが、妹をロイヤルネイビーに一人残したということは、そんな事態にはならないということなのだ。
フライヤフリューゲ封鎖作戦は完遂されようとしていた。
封鎖線の構築への妨害は散発的で、趙成勲は苦い思いでヌナニア軍の動きを監視するしかなく、完成した封鎖壁とトーチカには続々と兵員が配置されていった。
封鎖線のメインタワーである司令室にも明かりが灯った。工事の工兵や軍属は、随時撤収を開始し、代わりに慌ただしく入ってくるのはきれいな制服を着た司令部オペレータや高官達だ。
後に〝ランス・ノール線〟とよばれるフライヤフリューゲ封鎖線が完成しようとしていた。この強力な防御を誇る封鎖線が、こうよばれるのは随分とあとになってからなのだが、便宜上この封鎖線は今後ランス・ノール線とよぶことにする。
そしてランス・ノール線の完成に不安なしとなると、あとは義成の三日月艦隊だけが問題だ。義成がどう戦うか。ランス・ノール線が完成したからといって、まずい戦い方はできない。
いま、義成は誘引部隊旗艦イカルガのブリッジで必死に戦闘指揮を取っていた。完全に封鎖線の工事のことなど頭にない。自らの役割に徹することに必死。やはりこれが義成のとっての初陣なのだ。
・三日月艦隊の戦闘推移図
全身汗だくの義成は、イカルガのブリッジで
「やった! 敵が後退し始めたぞ!」
という歓声をあげていた。それに苦笑しつつも応じるのはランス・ノール参軍事だ。
「反転直後に、思い切って艦隊の半分に回り込みをさせたのがよかった。あの判断はなかなかできない」
「ええ! 敵に十字砲火をお見舞いしてやろうと思いましてね!」
敵の後退は、敵の主将の趙成勲の指示だ。封鎖線の完成が確実となったためなのだが、義成はまだそんなことはしらない。全体の戦況をしめしたマップを見る余裕なんて、戦端が開かれた瞬間から義成は失っていのるだ。
だが、ランス・ノールはこれを悪いことだとは思わなかった。
――義成くんが目の前の役割に徹してくれれば作戦は成功する。
ランス・ノールはこう思っている。結局の所この戦線の実質的な司令官は、ランス・ノールで、ランス・ノールが義成と妹のシャンテルをつかうという立場というわけだ。
とにかく最初から全部見えるなんてやつはそうはいない。義成くんはよくできているほうだ。初の指揮という点を加えたら満点以外の評価をつければ逆に彼を混乱させる。真面目な彼のことだ減点すれば、なにが悪かったのかと考えすぎるだろう。
ランス・ノールが義成を温かい目。いや、正確には義成は必死すぎて指揮官としての威厳が欠ける状態なので、義成を見守るランス・ノールの視線は生暖かい目というやつなのだが、とにかく義成は、勝利が確実のものとなったのに慌て始めていた。
「追うべきか。追わないべきか……!」
三日月艦隊の勝利が確定した瞬間に、新たな課題が持ち上がったのだ。通常なら追撃すべき状況だが、艦隊の位置がフライヤフリューゲにあまりに近い。下がる敵を追えば、三日月艦隊はフライヤフリューゲからの攻撃で、少なくない損害を受けてしまう。
だが――。と義成は迷った。だからといって追撃しなければ敵に損害を与えるチャンスをみすみす見逃したといわれるんじゃないのか?! 大体考えないでも一方的に撃ちまくれるおいしい状況だ。追わない手はない。だが、追っていのか? ……わからない。ここは正念場だ。成功を大成功にするか、ケチのついた成功にしてしまうか難しい局面といえるぞ。俺の判断が、この作戦の結末を決定づける。思わず俺は、ランス・ノール参軍事を見ていた。見ただけでなく口も開いた。
「ら、じゃなくて。カミロ参軍事の意見を聞きたいのですが――」
「しらん」
とランス・ノール参軍事に、ピシャリとはねつけられた。そんなものは自分で考えろという指導教官としての厳しさだろうが。どうするんだこれは……。
そんな困り果てた俺を見かねてか、ランス・ノール参軍事が、
「この戦いの目的を思い出すんだ」
と一言アドバイスをくれた。
――この戦いの目的?
戦いの目的なんて戦争に勝つことだ。いや、戦争に勝つなんてこれこの一戦でかったところで無理だ。戦争の勝利は、フライヤ・ベルク戦線帯全体のことで、ここフライヤベルク戦線の目的とは違う。フライヤベルク戦線の課題は、最重要点のフライヤフリューゲを奪取することだが、これも今回の作戦とは関係ない。別の今回は要塞攻略の強攻作戦じゃない。もっと別のことを思いだせ……。
そうだ。俺の仕事。与えられた三日月艦隊の今回の役割だ。敵の戦力を誘引することだ。誘引は成功した。したよな? いや、してる。だって、シャンテル戦線司令は、封鎖線を作れている。妨害されていない。…………あッ!
「この作戦は、フライヤフリューゲ封鎖線作戦!」
「そうだ。忘れていたのか君には呆れるぞ」
「ら、じゃなくて。カミロ参軍事。封鎖線工事の状況が聞きたい。封鎖線工事ははどうなっているのかお教え願いたい」
「ええ、着工から6時間。封鎖線は完成しているよ。工兵はよくやってくれました。普通なら大なり小なりのアクシデントで工期は伸びて、それこそ納品が間に合わないなんて事態なる。戦場ならとくにそうだが、我らの封鎖線は完成した」
「自分は工兵科に最大の賛辞を贈りたい気分です」
「私も同意見だな」
とランス・ノール参軍事が頷いた。顔は仮面で隠されているが、とても満足そうだ。俺は、
「諸君の奮起と忍耐により封鎖線が完成しことをここに告げる。フライヤフリューゲ封鎖線作戦は完遂された! これより三日月艦隊は撤収する――!」
とブリッジに響くように特別でかい声で告げた。
三日月艦隊は、一斉に攻撃を停止。勝ち馬の乗じて追ううちの一撃なんてもこもない。きわめて規律の高い兵員達だ。
それから三日月艦隊は、撃破された艦艇からでた遭難者を敵味方問わず回収するという作業を1時間ほどおこなってから本格的な撤収を開始。これは参軍事ランス・ノールから義成へ、
「遭難者の救出作業もお忘れなく。長くなくていい」
という小声での助言があったからだ。
――天儀はこういったことをとても好む。
とランス・ノールはよくしっていた。騎士道精神とか、武士道的精神とかの華やかさをひけらかしたい見せかけの道義ではなく、純粋な人道的観点からだ。グランダの人食い鬼とまではいわれた男は、弱者に対する残虐な仕打ちを絶対に容認しない。
――天儀やつは、勝ったことよりこの救出作業を高く評価するだろ。感謝しろよ義成。
とランス・ノールは、勝利の興奮が抑えきれない義成の顔を眺めつつ思った。
義成は誇らしげな顔で、降伏した敵艦駆逐艦一隻を曳航させ、シャンテル戦線司令の待つロイヤルネイビー目指して三日月艦隊を動かしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
参月義成は、後退する敵を追わなくて正解だった。
帝国打撃部隊の司令官は、
――ジョルジュ・クルベール。
革命の金獅子といわれ、竜王が最も恐れた男ともいわれた男だったからだ。仮に義成が無理な追撃をおこなえば三日月艦隊は四分五裂していたろう。
ランス・ノールをして手堅いと評価せしめた趙成勲だったが、ここフライヤフリューゲ周辺の戦闘で、多くの成果をあげていたのはこのジョルジュ・クルベールだった。
太聖国内でサン・ジョルジュとよばれるこの男は、金髪碧眼の偉丈夫。口ひげこそたくわえていないが、頭髪と顎髭は、さながらライオンの金のたてがみ。皇帝は、この男を配下に加えたこといたく満足しているが、帝国軍人としては新参。諸将からの強い風当たりに悩まされつづけているというが実情だ。
が、この孤高の金獅子は、吠えるだけで滅法強い。喉を唸らせただけで獲物はいすくむどころか心臓を停止しさせてしまう。
だが、そんなサン・ジョルジュは、今回の戦闘の最中に常に上位の立場にある趙成勲の指示にさいなまれた。忍耐強いサン・ジョルジュが、
「あれこれ指示をだしてきて趙成勲は私が信用できないのか」
と思わず漏らすほどの命令書の数々を趙成勲は送りつけたのだ。2つの指示が同時に届き矛盾していたことまであったのだが、サン・ジョルジュは、趙成勲の立場を気づかい黙って従っていた。
だが、撤退と決まればあっけない。趙成勲は、打撃部隊の戦闘に興味を失ったのか。あれこれ指示をだしてこなくなった。つまり金獅子サン・ジョルジュの本領が発揮される状況にあったのだ。
「クルベール軍団長なにかいいたそうだな」
とフライヤフリューゲの司令部に姿をあらわしたサン・ジョルジュへ趙成勲が不機嫌にいった。
そう。軍団長。サン・ジョルジュルは、太聖銀河帝国十八ある軍団のなかで第九軍団を任されている帝国内で最上位の司令官で、軍人としての位は第二軍団の軍団長である趙成勲と同格だ。
だが、趙成勲は皇帝の親戚で、この戦場全体を監督するように皇帝からいいつけられている。立場は私より上だ。それに私が竜王の軍隊に参加した時期は、その統一事業の後半戦だけだ。あらゆる点において趙成勲の立場が上位だ。というわきまえを、サン・ジョルジュは持っている。
なお、趙成勲が、たまに大将軍とよばれるのは、正式なものではない。趙成勲の軍団長内で一番上の立場と、外戚という高いステータスを、古いいいかたで美称しているだけだ。
不機嫌な趙成勲に、サン・ジョルジュは、なにもいうことはないので黙っていたが、趙成勲はそれが気に食わない。
――なぜ封鎖線の構築を許した! 私なら攻撃して工事を完成させなかった!
とサン・ジョルジュの目がいっているように思えて仕方ない。それに、この男なら間違いなくそれを達成したろう。そう感じてしまうので、ますます腹立たしい。
「外様の貴殿には、わからんだろうが、ここでの戦い方は私が決める。口は挟まないでもらいたい」
とっくに趙成勲への助言することに難しさを感じているサン・ジョルジュは、このいわれようにゲンナリだ。しかも、今回など黙っていたのに、口を挟むときたものだ。だが、サン・ジョルジュは、
「ええ、承知しています」
と大人の対応で応じた。
「ふん。生意気な顔だ。封鎖線の存在が気に食わんといった顔だな」
「いえ、そんなことは……。顔は生まれ持ってのことなので、お気に触るのであれば悪いとは思いますがね」
とサン・ジョルジュは、あなたと争いたくないという素振りを見せ敵愾心のないことをアピールしつつも趙成勲の自分への態度に困惑を強くするしかない。
――もともと自分と趙閣下との関係は、よくもないが悪くもなかったはずだ。
確かにサン・ジョルジュの立場は外様で、それなのに皇帝から絶大に信頼されているので古くから皇帝に従っている軍人のなかでは嫌っている人間もいるという自覚はある。だが、外戚で義理の兄で政治にも軍事にも優秀な趙成勲に、やっかまれる理由がサン・ジョルジュには、みあたらないのだ。
だが、そのとぼけた調子が、趙成勲をますます苛立たせるのも道理……。
「いやいい。あの封鎖線が気に障るのは私とて同じ。どうだクルベール軍団長。一軍を与えるので撃破してきてはどうだろうか?」
「御冗談を」
サン・ジョルジュは、趙成勲の嫌がらせを受け流した。この状況で封鎖線を攻撃しても返り討ちに合うだけだ。
もともとフライヤベルク方面と、その重要拠点のフライヤフリューゲは、ジョルジュ・クルベールの第九軍団の預かりだった。それが、戦場全体を監督する役割を与えられた趙成勲と第二軍団が乗り込んできたという経緯がある。
フライヤフリューゲ司令部に乗り込んだ趙成勲は、新参で信用できない男サン・ジョルジュを解任してしまいたかったが、趙成勲は軍団長の解任権限までは持っていないし、
――この男は腹立たしいほど優秀だ。
そう。嫌っていても優秀すぎてつかわざるを得ないのが、趙成勲にとってのサン・ジョルジュ。
商人としての利己的な判断。趙成勲は、不快さ抱えながらもサン・ジョルジュをつかい潰す気でいた。失敗すれば、それを口実に皇帝に解任を要求する。難癖の劾奏といっていいが、失敗を報告すれば、いかに陛下でもクルベールを解任せざるをえないだろうという予断を趙成勲は持っている。
だいたいクルベールは、私を立てつつも軍団長として同格だという態度は崩さない。それも気に入らない。サン・ジョルジュという金獅子は、いかにへりくだろうとも圧倒的な光輝を放っているのだ。そんな理由で、趙成勲はサン・ジョルジュの下手な態度見ても腹立たしいから、じつはサン・ジョルジュに趙成勲の態度を軟化させるための対処はないといっていい。
「金管水道が、ようを成さなくなった。陛下はこの状況をかんばしく思わないだろう」
「大丈夫でしょう。ヌナニア軍が作った封鎖線など飾りです。我々がここから大挙してでようと思えば、いくらで方法はある」
「……いくらでもか」
「ここは宇宙ですし、実際にこのフライヤフリューゲの堅牢さも幻影みたいなものです」
「ふふ、なるほどな」
「ええ、簡単ですよ。いざとなったらいくらでも我らに選択肢はある」
「だが、クルベール軍団長は、この趙成勲にそんな度胸はないと見くびっているだろう!」
――そんな!
とサン・ジョルジュは絶句して顔を引きつらせた。どうしてここまで毛嫌いされたのか。サン・ジョルジュは、言葉をかわしても趙閣下をますます怒らせるだけか、とあきらめ黙り込んだのだった。
各方面の軍団司令長官達は、サン・ジョルジュをのぞけば帝国古参の軍人達で、サン・ジョルジュだけが際立って新参。しかも、
――私は惑分権派だ。
帝国は強力な絶対皇帝制で、中央集権を旨とする。地方に権力を分け与えよ、というサン・ジョルジュは、政治思想からしても皇帝と間逆なのだが、なぜかとても皇帝からは信頼されている男なのだ。だから最も重要なフライヤフリューゲを任されていたが、それももう過去のことだ。この戦場は趙成勲が仕切っている。




