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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第三章 泊地パラス・アテネ
83/105

4-(13) フライヤベルクの動静(6)

 いま、フライヤベルク戦線の総旗艦クイーンシャンテル号。もといい神世級戦艦じんよきゅうせんかんアマテラスでは、大規模な作戦会議が開かれていた。

 

 軍の作戦には、2つある。

 作戦の全容を一部の高官だけが理解し実施されるもの。これは敵への作戦内容の漏洩を防ぐためだ。捕虜がでた場合も内容をしらなければ白状しょうがない。作戦情報を徹底的に密封し、敵に自軍の動きの全世を把握させないうちに勝利する。

 

 そしてもう一つ。

 ――周知させて徹底させる方法。

 作戦会議に参加した参月義成みかづきよしなりは、いまはレアル・カミロ参軍事として作戦を説明するランス・ノールの意図を瞬時に理解していた。

 

 作戦会議は、巨大なスクリーンを背景に耳掛けマイクを付けたランス・ノール参軍事が、居並ぶ高官たちに説明していくというスタイルで、さながら大企業のCEOによるプレゼンテーションの様相だ。

 

 最前列にはシャンテル戦線司令と戦線司令部高官たちが並び、俺は恐れ多くもシャンテル戦線司令官の横に座りに、作戦説明を聞いていた。

 

「ふふ、義成さんとてもすごい作戦なんですよ。今回の敵の動きは、わたくしたちにとってはとてもありがたいといってもいいものでした」


 作戦会議が始まる直前に、シャンテル戦線司令が俺に小さな声で謎めいたことを教えてくれていた。


「連日のたゆまぬ偵察の結果フライフリューゲの帝国軍が、フライヤポケット内に戦力を集結させているという情報は確実となった。これはなにを意味するか。そう。敵の攻勢である。敵は少なくない戦力をフラフリューゲから出撃させ我々の包囲陣を破壊する計画だろう」

 

 同時に俺の見るスクリーンは戦況平面図が展開された。

 宇宙の戦場は立体的だが、それを図示する場合は単純化する。とくに作戦会議などではそうだ。敵の配置と、味方の配置がひと目でわかることが重視される。こういった場面では、複雑化する立体図面は不向き。3Dの宙域図を常用するのは、細かい進退を要求される最前線の現場だ。


 図4-13-6

挿絵(By みてみん)


「だいぶ前から戦線司令部つきの情報部が、太聖皇帝が戦況の停滞に不満の意をしめしたという情報をつかんでいる。この攻勢計画事態は、突発的なものではないが計画が前倒しされたことは間違いない」


 ランス・ノール参軍事が言葉を切ってから、

「我らが、総司令官殿がありがたくもトートゥゾネで敵を三度も大破したからだ。彼は何でも自分でやらないと気がすまないたちらしい。彼が無計画に勝ってくれたおかげで、フライヤベルクの敵の計画が前倒しされ、我々はありがたくも不利な状況下での戦闘を強いられることとなったわけだ」

 というと会議室内にどっと笑いが起こった。


 天儀総司令をしる高官たちからは、まったくもって天儀らしい拙速せっそくさだという嘲笑ちょうしょうがある。軍事において速度は最重要。だが、早ければいいわけじゃない。何事もな。勝ち方は強引で、幸運に恵まれている。そんな評論家気取りの嘲笑だ。


「トートゥゾネの李飛龍りひりゅう戦線司令官は、倍以上の敵を押し留めたらしいが、戦線を保持すると決断した彼は同時に天儀に泣きついた。早く救援をくれとな。挟み撃ちの危機にある李飛龍の艦隊は、敵の集結を許せば三倍以上の敵と直面することになる。増援の要求は、至極最も。賢い選択肢だ。ここフライヤベルク戦線でも戦力比は、帝国10対して我らが7。フラフヤフリューゲにかぎっても、帝国10に対して我は7.5。だが、我らにも総司令官殿の面倒見が必要か?!」

 

 ランス・ノール参軍事の問いかけに、

 ――否!

 という鋭い空気が会議室内に充満した。まさに緊迫感ある戦場の空気。目の前の敵を叩き潰してやろうとう気迫だ。


「そういうことだ。子供じゃない。我々はプロだ。若き戦線司令の李飛龍くんは、天儀が旧軍時代に可愛がっていた書生らしい。なんと鬼といわれる天儀は、めずらしくも慈悲深さを発揮して、可愛い弟子の危機に青い顔で飛んでいって救ったというわけだ。トートゥゾネの勝ちなどそんなものだ」


 ――雄弁家だ。ランス・ノール参軍事は上手い。

 と俺は思った。手厳しい言葉に見えて、ランス・ノール参軍事は、友軍の成功に対抗意識をもたせるように高官たちの競争心を煽ったのだ。そして、増援を要求できないとう厳しい現実も、自分たちの手だけでなんとかすることに価値があると印象づけた。


 そう。この戦線の戦力比も帝国軍優勢だった。ヌナニア軍は、フライヤベルク戦線に、最も大きい戦力を配置したが、そもそも全体の戦力比が敵のほうが多い。フライヤベルク戦線は、自分たちより数の多い敵に、堅牢なフライヤフリューゲという戦略的重心地に籠もられてしまっているという、とても厳しい状況なのだ。

 

 数の多敵が、堅牢なフライヤフリューゲを背後に攻撃してくる。我々には増援はない。まともにこんな事実だけを突きつければ、士気はさがるだろう。

 

 ――頑張ろう!

 と必死に励声れいせいしても虚しいだけだ。最重要戦線の戦力劣勢を放置し、攻勢の動きに増援すらよこさない。そうなれば兵士たちは、総司令部から自分たちはないがしろにされていると間違いなく感じる。

 

「義成さんご不快ですか?」

 シャンテル戦線司令が俺に小声で話しかけてきた。

「いえ、とでもない」

 俺も小声だが、感心しきりでいうとシャンテル戦線司令は嬉しそうにくすりと笑った。

  

「かつてお兄さまは2個惑星の支持を得て独立宣言をおこなった。ランス・ノールは、ただの軍人ではないのですよ。政治家どころか革命家や指導者だってやってのけますから」

「きわめて言葉が巧みです。天儀総司令も人を焚きつけるのが上手いが、この人はもっと上手い……」

「あらまあ。でも褒め言葉として受け取っておきます」


 シャンテルが、やはり嬉しそうに笑うなかランス・ノール参軍事の言葉は続いていた。


「だが、我々も徒手空拳で戦うわけにはいかない。武器が必要だ。では、我々の武器とはなんだ。シャンテル戦線司令を中心した結束力か? そうだろう。あとは練度。旧軍と新軍なかでも高い練度の部隊がここに配置されている。だが、数の差を補うにはまだ足りない! なにが足りない!」


 会議室内の意識がランス・ノール参軍事により集中した瞬間、

「戦うには3つ目が必要だ。私はそれを聞きたい。天儀総司令の側近であり、ここでは私の主簿をしてくれている参月特命に。総司令部よりここに来訪した君へ!」

 と放った。室内の視線が一気に俺へと集まった。


 ――天儀の側近だと?

 敵の動きに増援もよこさない総司令官様は、お目付け役は派遣してきたわけか。というけして好意的とはいい難い視線に、俺の全身はさらされた。なかなかの敵愾心てきがいしんだな。あまり気分のいいものではない。

 

 総司令部からの俺の派遣は、もうフライヤベルク戦線内ではすっかり認知されていた。俺の役目は、戦線内の監査と、戦況を評価すること。彼らにはそう認識されているようだ。しかも、

 ――天儀は俺達を減点するために特命を派遣したらしい。

 ここでは天儀総司令と、シャンテル戦線司令とランス・ノールが対立していると認識されていた。というか我らが姫君にして、艦隊の女王であるシャンテル戦線司令を、天儀が信用していないらしい、という噂が仕切り流れている。

 

 俺からいわせればくだらない話だが、難しい状況であるのも確かだ。圧力に屈するわけにもいかないが、彼らの機嫌をいちじるしく損なうことをいえば、フライヤベルク戦線と総司令部に決定的な亀裂を与えてしまうかもしれない。

 

 俺は発言するために立ちあがった。シャンテル戦線司令が、微笑みながらマイクを手渡ししてくれた。

 ――踏ん張りどころですよ。ファイトです。

 というような微笑み。俺は少しホッとした。この場に1人として味方なし、ではさすがにやりにくい。しかもその1人が、シャンテル戦線司令のような可憐な女性なら勇気百倍だ。


「総司令部。いえ、厳密には軍官房部ぐんかんぼうぶは、フライヤベルク戦線での敵動きを察知しました。天儀総司令は、戦線への増援を検討しましたが、状況はそれを許しませんでした」

 

 自己紹介のあとに俺はこういった。大嘘だが、それでいいのだ。ランス・ノール参軍事が、間髪入れずに俺に問を飛ばした。

 

「なんと冷たい。で、天儀がよこしたのは君1人か? いやはや呆れた。君は人で何人敵を倒す気だ。それともあれか。君は気功でエネルギー波でもだして敵艦を沈められるのか?」

 

 会議室が笑いでざわめいたが、俺は落ちついて、

「何人かですか……。高官5、6人が精々でしょうね。お望みならばフライヤフリューゲ司令官を暗殺してきましょうか」

 と応じた。

 

 会議室がどよめいた。俺が言葉を返すときにあまりに泰然としていたからだろう。バカな冗談とか、数人殺してどうなるという白けた空気にはならなかった。

 ――やろうと思えばできる。片道切符になるがな。

 俺は、特殊工作員養成のためのナカノ・スクールで教育をうけている。実際に、それを実行できるものの言葉は重みが違うというわけだ。ここにいる高官達は、敏感にそれを感じ取ってくれた。優秀だ。そういった感覚が鈍い相手だと、俺の発言は滑稽なだけだ。

 

 なお、暗殺できるが、暗殺したしたところで状況は好転しない。フライヤフリューゲの司令官を殺したところで変わりものがすぐにあてがわれるだけだし、巨大な戦場で5,6人の高官が消えたところで毛ほどの影響もない。無意味だ。しかも俺には絶対の自信があるが、暗殺不発の可能性だってあるのだ。

 失敗のリスクを天秤にかけた場合に、何年もかけて大きな予算を投じて作った工作員を片道切符の暗殺で使うのは無駄だ。

 

「そういえば義成主簿は、ヌナニア星系軍士官学校のあの黄金の二期生だ。そして軍アカデミーにはいっていないと聞いている。あと君は特任だったな?」

 

 このランス・ノール参軍事の確認に、俺が、

 ――はい。

 と静かに応じると会議室内は少しざわめいた。

 ヌナニア軍では、階級の前に特任と付く場合は、政治将校か情報将校で、星系軍士官学校の特任となれば後者しかない。そして、ランス・ノール参軍事の言葉はあまに意味深だった。

 

 室内の俺へ向けられる空気が変わった。

 

 ここにいる高官達は、俺がナカノで教育をうけたエリート工作員とまではわからないが、こいつは秘密情報部のヤバイやつ、という認識となったわけだ。将来は、おそらくは軍情報系の組織のトップとなる男。軍を裏で牛耳るよう秘密情報部のエリート。……まあ、実態はまったく違うが。俺があまりに堂々としているのと、ランス・ノール参軍事の役者ぶりで、高官達は想像たくましくしていた。まあ、秘密情報部系の組織は、活動内容が一般的に把握できないだけに、不気味がられ恐れられているのも確かだしな。

 

「ですが、暗殺。そんなことしたところで意義がない。だから自分は援軍を連れてきました」

「ほう。援軍か。私は君が単身できたと認識しているが?」

「ええ、情報という援軍です。下手な数を率いてくるよりほど役立つ。そしてカミロ参軍事が戦いに必要だと望む3つ目のものです」


 とたんにランス・ノール参軍事が、我が意を得たりという顔をした。すかさずシャンテル戦線司令が立ち上がり、

「義成さんは、総司令部から敵戦力の情報を持ってきてくれたそうです。それもとても正確な。わたくしは、立場上あらかじめそれを拝見いたしましたが、フライヤフリューゲから出撃してくる戦力の弾薬数からエネルギー量。末端の兵員の名前までわかるようなものでした」

 といったので会議室内の空気は決定づけられた。フライヤベルク戦線司令部は、参月義成という男を総司令部から送られた強力な援軍として団結して戦う。俺へ向けられていた不信感は、すでに完全に反転して期待の眼差しと変わっていた。


 もちろん俺は、この雰囲気の変化を逃さずつらつらと出撃してくる敵戦力の詳細を口にした。


「素晴らしい情報だ。彼はまさに敵をしっているといっていい。そこで、この戦線の参軍事である私レアル・カミロから諸君へ提案したい。私は義成主簿を迎撃戦力の司令官に任命したいと考えるがどうだろうか?」


 シャンテル戦線司令が、胸の前で小さく挙手して、

 ――賛成。

 と短く、だが重くいった。途端に会議室内は、ザザっという音が鳴った。起立の音だ。決のとりかたは色々あるが、賛成の意を表すためにみな立ちあがったのだ。

 

「賛成多数として、戦線司令部はここに参月義成を迎撃戦力の司令官に任命する!」


 全員が敬礼した。俺は、この戦線の規律の高さ感じた。普通は、こういった場合敬礼などせずにただ座るだけだ。それが練習していたかのように乱れなく、全員が同時に敬礼したのだ。

 

 俺の司令官選出が決定し、会議は作戦説明に移った。

 俺は静かに着席したが、心臓は張り裂けんばかりに脈打っていた。

 ――さすがはランス・ノール・セレスティア。

 独立宣言をおこない2個惑星の支持を集めて戦っただけのことはある。こういった演出はきわめて上手い。そう。全部が俺とランス・ノール参軍事に、シャンテル戦線司令を加えた申し合わせごとだ。敵戦力の情報は、フライヤベルク戦線司令部づきの情報部が手に入れたものだ……。

 

 ――ランス・ノールは演出家が軍人をやっているような男。

 

 これは俺が、閲覧した情報にあった天儀総司令が、ランス・ノールを評した言葉の一つだった。

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