4-(14) フライヤベルクの動静(封鎖戦1/3)
「出撃の敵戦力は、フライヤフリューゲからの強力な支援放のもと攻撃を仕掛けてくるだろう。火力面で我々は不利となるわけだ。だが敵は、フライヤフリューゲの守備の戦力を残さなければならない。フライヤフリューゲを空にすれば、まかり間違えば我々にここを奪われかねないからな。だから敵は攻撃といっても十分な守備力を残しての出撃となる」
つまり参軍事レアル・カミロことランス・ノールがいいたいのは、この迎撃戦にかぎっては、
――数的優位が確保できる。
というわけだ。
「だが、小規模の敵をもぐらたたきにして、ただ戦うだけでは意義が薄い。出てきた敵は不利となればすぐに引いてしまうだろう。我々としては出てきた敵に、痛撃を与えたいところだが難しい。そこで私は考えた。この敵の出撃はチャンスだとな」
ランス・ノールが話を続けるここは、戦線司令官室。室内には彼と、参月義成、そして戦線司令官のシャンテルの三人がいた。三人は、フライヤフリューゲの戦況平面図を前にして話し込んでいた。
「義成くんには、迎撃の戦力を率いてもらい片翼高地方面に出撃してきた敵を誘引して欲しい」
そして、いま、義成は、迎撃戦力を率いるにあたって、作戦会議前にランス・ノール参軍事とシャンテル戦線司令官から、ランス・ノールが企図している作戦計画の全容のレクチャーをうけているという状況だ。
「誘引ですか?」
「ああ、君に任せるのは重要な役割だ。わからないかい?」
「恥ずかしながら……。加えてチャンスだというのもわかりません。出てくる敵は不利となれば、フライヤフリューゲ内にすぐに撤収すればいいので、痛撃を与えるのは難しいのですよね?」
しかも俺からすれば、敵はフライヤフリューゲの強力な支援を背景に、その周辺を自由に動き回れる。対して俺達ヌナニア軍は、フライヤフリューゲに脅威を覚えつつ萎縮しながらの戦いとなるはずだ。とてもチャンスには思えない。
「義成さんお兄さまは、少し意地悪をしているのですよ。わからなくても気になさらいで」
「意地悪ですか?」
シャンテル戦線司令の言葉に、俺はますますわからないといった顔になってしまった。フライヤフリューゲの状況は、かなり難しい。俺かすれば、なにか有益な対策があるようには思えないのだ。それがランス・ノール参軍事は、絶対の自信があるようないいぶりで、それが俺をますます混乱させた。
――この状況で敵に打撃を与える方法などあるだろうか?
「いやいや。答え簡単に提示してしまっては彼のためにはならないぞシャンテル」
妹の言葉に肩をすくめたランス・ノール参軍事。相変わらず仮面をつけているので、その表情こそ見えないが、弱り顔をしているのだろう。が、終わり顔なのは俺もだ。この状況がどうしてチャンスなのかわからない。
「うふふ、義成さんどんな答えなんでしょうね」
シャンテル戦線司令が微笑んでいった。この人の身にまとう空気は独特だ。ホッとさせてくれるというか、不必要な身の硬さを取り除いてくれる。
「そうだな。義成くんからみて、総司令部がここに増援をよこす余裕があるように思うか?」
「当面ないように思います」
「だろうな。では、この戦線の戦力的劣勢はしばらく改善されない。では、もう一つ。君から見てフライヤフリューゲはどうだ?」
「堅牢です。とても勝つのは難しいように思います。古代から現代まで、どんな名将でもここを攻略するのは難しいでしょう……。天儀総司令でも……」
「だろうな」
「それに、どんな方法で戦うにしろ数です。敵の要衝を抑えられているうえに、数が劣勢では……」
「そう。わかってるじゃないか君は。フライヤフリューゲ攻略など現状無理。だからこの場合最適解は一つだ」
「え、答えがあるんですか!?」
「ああ、効果的で、多数の敵に、実力を発揮させない方策だ」
「ほら、お兄さまったら。意地悪しないでそろそろ教えて差し上げないと」
「いやはやすまないシャンテル。やはりシャンテルのいうように、これは私の悪い癖のようだね」
俺は仲睦まじいといった感じの兄妹2人のやり取りを見て、シャンテル戦線司令は、ランス・ノールの計画をしっているのだなと思った。まあ、当然といえば当然だが。
「義成くん。私はねフライヤフリューゲ内に敵戦力を押し込めてしまいたいと考えているんだよ」
「あっ! なるほど!」
「やはり察しが良いな。さすがは黄金の二期生。そうだ。フライヤフリューゲは堅牢だが、その反面大型艦どころか小型艦ですら出入りに難儀する狭隘地だ。フリューゲ内で艦隊がまとまった戦力で素早く移動できる箇所は限られる。というか一箇所だ」
そういってランス・ノール参軍事が、フライヤフリューゲの戦況平面図の一点を指差した。
図4-14-7-1
「フライヤポケットの出口。つまり金管水道!」
「そうだ。フライヤフリューゲには堅牢な半面、金管水道を封鎖されてしまうと、戦力の出入りに自由が効かなくなるウィークポイントが存在する」
「わかります。金管水道を封鎖さすれば、敵はフライヤフリューゲの外に簡単には戦力を展開できなくなるわけですね」
「そうだ。攻略もできない。戦えば負ける。ならば出口をなくして閉じ込めてやればいい。簡単な結論だ」
もちろん水も漏らさぬ完全な封鎖とはいかない。少数なら十分出入りできる。小出しして徐々にフライヤフリューゲの外に戦力を集めれば、フライヤポケットの出入り口を閉じられていても、まとまった戦力を外に出せるだろう。だが、それには時間がかかるわけだ。
そして、少数ででてくるのは危険だ。穴から頭をだしたところヌナニア軍の強烈な砲撃にさらされる。
ヌナニア軍は、無人・有人の偵察機を多数展開し、フライヤフリューゲをぐるりと囲む形でかなり濃密な哨戒を実施しているので、敵の小さな動きでも見逃すはずがない。
「この封鎖はフライヤフリューゲ攻略にはつながらないものの、この戦場において敵の選択肢を半減させられる。封鎖に成功すれば、それこそ出撃して包囲網に嫌がらせるという選択は敵から消え失せる」
ランス・ノール参軍事の断言に、
――すごい。この発想はなかった。
と俺は息を呑んだ。俺は、ここの敵をどう撃破するか。つまりはフライヤフリューゲをどう攻撃するかばかり考えていた。だが、ランス・ノール参軍事の発想は根本的に違った。
――勝つ必要があるのか?
ということだ。まともに考えれば、自分達より戦力が多い敵に挑戦するのは愚かだ。天儀総司令は、トートゥゾネで果敢に挑戦したが、あれがすべての局面において、最適解であり唯一無二の答えだとは、俺だって思ってはいない。
「この作戦計画は。すでに総司令部で許可されています」
とシャンテル戦線司令が、すかさず俺へいった。さすがはシャンテル戦線司だ。じつは俺はランス・ノール参軍事の計画には問題があると感じていたのだ。シャンテル戦線司令は、俺に水を差されないように無意識的にしろ、発言はしないようとと圧倒しにきたのだ。だが、それぐらいでは俺の口は止まらない。
「素晴らしい計画だとは思いますが――」
「ほう。なにか問題があるのかい?」
「ええ、金管水道を封鎖するのは困難です。仮にヌナニア軍が封鎖線を構築しようとした場合、敵はそれを完成させないための戦力を出撃させてきます。しかもフライヤフリューゲから強力な支援得つつ。俺にはとても敵が、封鎖線の構築を傍観しているとは思えません」
「ふむ。まあそうだ」
と俺の意見にもランス・ノール参軍事は余裕態度で応じてから更に言葉を継いだ。
「普通に考えれば義成くんの指摘どおりだ。だが、今回敵はまとまった戦力で出撃してくるという。それを君が迎撃戦力を率いて出てくる敵を誘引しろ。その隙きにシャンテルが封鎖線の構築に着手し、完成させる」
「……あっ! なるほど!」
「わかったか。やはり察しがいい。フライヤポケット内に集結している敵戦力をみるに、今回、敵はフライヤフリューゲを保持できるギリギリの守備力だけ残して本格的な攻勢を仕掛けてくる気だ。散発的な攻撃では効果がないうえに、逆に撃退されかねないからな。被害だけうけて舞い戻るでは意味がない」
「わかります」
「義成くんの誘引が成功した場合長い時間とはいえないが、フライヤフリューゲ内部に出撃してきて、我々の封鎖線構築を妨害する戦力はなくなる。期待しているぞ」
そして作戦会議が終わり、順調に準備が進んだ。しかも作戦会議から数日たった予定の日時にフライヤフリューゲ内の帝国軍は出撃してきた。
義成は奮って、誘引部隊の旗艦イカルガに乗り込んだ。
イカルガは、巡洋艦クラス。司令部機能が充実した中型艦だ。ここフライヤベルク戦線に配置された旧セレニス星間連合の艦艇が多い。旧セレニス連合の軍用宇宙船のネーミングセンスは、大鑑には東洋の神々の名前。中型艦には、その神々に由来する神聖な土地の地名。小型艦には寺社から引用するというものだ。
緊張の色を顔ににじませつつブリッジに立つ義成の横には参軍事ランス・ノール。
ヌナニア軍のフライヤフリューゲ封鎖線作戦は始まっていた。
――期待はされたようだが、信用はされなかったようだ。
と義成は複雑な気分。だって、これでは授業参観より酷い。なにせ俺が間違いそうになると、ランス・ノール参軍事が手取り足取り指導してくれるわけだ。どう考えても、このシスコン参軍事が、戦いの最中にシャンテル戦線司令の横でなく、俺の横にいるというのはそれしかない……。
しかしランス・ノール参軍事は、さすがは三つ先を見通す男といわれるだけある。敵の出撃の日時すら言い当てるとは並のことじゃない。俺がしりるかぎり、優秀な戦線司令部つきの情報部隊も、出撃の日時などとても掴んではいない。ランス・ノール参軍事は、あらゆる状況をかんがみて、この日を断定したのだろう。あと俺達は出撃してくる敵を、
――帝国打撃部隊。
と呼ぶことにしていた。
なお、この俺、参月義成が率いる誘引戦力の名は、三日月艦隊! 三日月はもちろん俺の名前の参月からきている。ちなみにランス・ノール参軍事が、三日月艦隊の名前を決めたときに、シャンテル参軍事は、
「クロワッソンですね」
と微笑でくれた。俺にはそれが、勝利の女神の祝福にすら思えたが、言葉の意味はわからない。思わず、
「はい?」
と疑問顔になっていた。
「だって三日月艦隊なのでしょ?」
「ああ! 三日月を意味するフランス語ですか。クロワッサン!」
そうですよ、というように微笑むシャンテル戦線司令。やはりこれは可憐な女神からの祝福だと俺は思った。
「ええ、焼きたてだ。それもバターをぽんとのせ。とても美味しそうに下がってみせますよ。敵は辛抱たまらず三日月艦隊を追ってくるでしょうね」
そんなこともありつつ俺は、いま三日月艦隊の旗艦イカルガのブリッジに立っているのだ。
ランス・ノール参軍事が立てたこの作戦計画は優秀だった。なぜならこの作戦を実施するにあたってヌナニア軍は、事前に大きな戦力転換を必要としない。現状の戦力配置を敵の動きに合わせて移動させるだけだ。敵からすればヌナニア軍は、予期せぬ自分たちの動きに慌てるように動きだしたとすら思えるだろう。
ただし――。
ランス・ノール参軍事は、敵に怪しまれるような大規模な戦力の移動はしなかったが、配置した戦力の内容は大幅に変えていた。もちろん秘密裏に。
図4-14-7-2
俺が、率いることになった図上左の三日月艦隊は、速力と攻撃力に優れた艦艇の集団。
図上で最も右側に配置されている艦隊は、封鎖線構築のための工作艦などの特殊艦艇の集団。つまり工作艦部隊。
そしてシャンテル戦線司令が率いる戦力は、この工作部隊を支援するための戦力だ。
計画はこうだ。まずは①。出撃してくる敵に対して、シャンテル戦線司令が率いる集団は後退する。敵は当然の対応と見るだろう。フライヤフリューゲから距離をとって迎え撃ったほうがヌナニア軍は優位だ。フライヤフリューゲからの支援の影響が薄くなるからな。
そして②。俺の艦隊もシャンテル戦線司令のロイヤルネイビーの動きに合わせて、彼女の艦隊とは逆方向の片翼高地方面へ後退する。これもシャンテル戦線司令の艦隊が下がった理由と同じで、敵は不思議とは思わないだろう。
俺とシャンテル戦線司令の動きがうまくいったら次に③だ。工作艦部隊が、封鎖線の工事に取り掛かるため動く。そして最後に④までいけばミッション完了。大成功だ。
封鎖線工事は着手して6時間で完成させる。もちろんシャンテル戦線司の麾下のロイヤルネイビーは、工事をおこなっている工作艦部隊を護衛する役割もある。
だが、これには俺の率いる艦隊の動きがこの作戦の肝だ。敵に俺達ヌナニア軍が、慌てた、と感じさせることが重要。敵には、ヌナニア軍は自分たちの攻撃を予期していなかった。理由は何にせよ奴らは慌てている。そう印象づける動きを、俺は自分の艦隊にさせなければならない。
なんにせよヌナニア軍の動きに、敵は悪くない感触を覚えるだろう。なぜなら出撃してくる敵に対して、俺の三日月艦隊が片翼高地方向に後退すると、ヌナニア軍は戦力を二分される形となるからだ。
そして実際、いま、俺はできるだけみっともなく後退した。ランス・ノール参軍事は、なにもいわなかったが、三日月艦隊が動き始めてからしばらくして、
「上出来だ」
とつぶやいてくれた。
そう。ランス・ノールは参月義成の艦隊指揮手腕に感心していた。
――やる気の新米士官だ。
普通なら自身の指揮能力を見せつけるために、一糸乱れぬ後退をやるだろう。いや、あまり綺麗に下がってはダメだと、わかっていてもやりたい。それが優秀な若者の性だ。自重しょうとしても、そしてやってしまうものだ。
それが彼は、あえて稚拙さを見せた。義成くんは、私の計画した作戦の意図を完璧に理解しているな。これで敵は間違いなく、いまの状況を自分たちのチャンスだと判断する。三日月艦隊のヌナニア軍司令官は、マヌケ野郎だと思って敵は追ってくるぞ。
事実、金管水道に姿を現した敵は、片翼高地よりに戦力を展開し始めていた。これは明らかに三日月艦隊を追うことを意識した動きだ。
そして戦線司令官シャンテル・ノールのロイヤルネイビーが最初の移動を完了。義成の三日月艦隊も後退すると、帝国軍もじきに金管水道の外に、帝国打撃群の集結を完了。
戦場は次のフェイズへと移ろうとしていた。義成はロイヤルネイビーの動きがわかるモニターを固唾を呑んで見つめていた。
――重要なのは、ここからだ。
義成は、手に汗すら握っていた。なぜなら、ここからは、シャンテル戦線司令の後退の手腕の見せ所だからだ。シャンテル戦線司令が、俺の三日月艦隊から離れ過ぎれば、三日月艦隊は孤立してしまい危機的状況になる。なのでシャンテル戦線司令は、三日月艦隊から遠すぎず、かといって近すぎずという距離に移動しなければならないが……。
――近すぎてもダメだ。




