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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第三章 泊地パラス・アテネ
81/105

4-(11) フライヤベルクの動静(4)

「ランス・ノール・セレスティア!」


 義成よしなりは、思わず声にだして叫んでいた。

 レアル・カミロ参軍事の正体は予想外の人物だったのだ。


 ――たしかにこれは素性を隠さずにはいられない。

 

 ランス・ノール・セレスティア。聖アルバ公の長男。オッドアイと自信をにじませる口元が印象的。弁舌が立ち、駆け引きも上手く、軍事的能力も高い。そして――。旧セレニス星間連合の第二星系の兄妹惑星である惑星ミアンノバと惑星ファリガの支持をえて反乱を起こした男。

 

 ――ランス・ノールの乱

 といわれるこの二個艦隊、二惑星を基軸にした独立宣言は、旧グランダと旧セレニス星間連合の間で約100年続いていた星間戦争が終結し、両国がヌナニア連合となる間のほんのつかの間に起きた大事件だ。

 

 広く宇宙に生存圏を広げた人類は、経済的結びつきを求め星系間国家を次々と樹立させていった。もちろん行き来しやすいという地政学的要因は大前提だが、一つの入植地より二つの入植地。多数の入植惑星と大規模コロニーが寄り集まってできあがった星系の間をまたがる超領域国家は拡大こそすれ分裂はしない。ランス・ノールの起こした反乱は時代と逆行し、それだけに大事件だった。

 

 ――経済の問題だ。

 とくに金融、投資、そして仮想空間ビジネス。バーチャル世界の経済規模は、実体経済の裏付けが必要だった。

 

 地球の重力圏にとどまっていた頃の人類は、定期的に経済の成長の伸びに悩まされた。宇宙時代の新天地といっても、その黎明期れいめいきは月に火星までいけばそれまで。やはり大地には限りがある。大地の規模が決定されれば、経済の上限も決定されざるをえない。

 

 だが、開発しきれないほどの無限の大地を手に入れたらどうだろうか? 

 

 アルター航法を手に入れ星系間で国家樹立できるようになった人類は、無限の大地を手に入れたにひとしい。単純にいってしまえば、現状より経済を成長させたいなら領土を拡張してしまえばいいのだ。

 

 新しい入植地を見つけゼロから開発するのもいいが、それよりもすでに入植を済ませた惑星との連合が好ましい。近しい入植惑星とより安定した太い航路をつなぎ一つの国家となる。これがいま、この時代に起きている一大ムーブメント。

 

 いまや国家元首は、20世紀や21世紀の国家元首を悩ませ続けたような低次元の経済成長の伸び悩みという問題からは開放されていた。

 

 義成が驚くなか。国軍旗艦瑞鶴の天儀とデルポイの千宮氷華との通信も続いていた。

 

『経済のグローバル化……。即ち拡張は、必ず格差を生むものですからね』

「経済規模の拡張は、100番目の貧乏人を、100億万番目の貧乏人に簡単に叩き落とす。同じ貧乏人ていへんなら100人中100番目の貧乏人のほうが状況はマシとうやつだな」

『ええ、当時宇宙経済の最底辺で喘いでいた惑星ミアンノバと惑星ファリガはまさにそんな状態。喘ぐ兄妹惑星を救いたいランス・ノールにとって星間戦争は好機だった』

「それだ。星間戦争の終結を、まさに好機と狙っているやつがいるとは夢にも思わん」

『けれどそんな男がいた。ランス・ノールにとって戦争の混乱は望ましく、とくにセレニス星間連合が敗北したことは絶好の機会。なにせ旧ランダ軍のほうが規模は小さく、勝ったグランダ軍は満身創痍まんしんそうい。そんなグランダ軍に敗北したセレニス星間連合軍の主戦力は、決戦敗北で壊滅状態。無事な戦力はランス・ノールの手元にある二個艦隊のみ。ランス・ノールはこれを人生の最大のチャンスと見て、当時終わった地域(ラスト・セクター)と呼ばれた惑星ミアンノバと惑星ファリガを救済するために二個艦隊を奪って独立宣言した』

「考えやがった。終戦から6ヶ月で、まさかのまさかの独立宣言。グランダ軍は被害甚大で、無事な艦も多くがドッグに入りすぐには動けない。セレニス星間連合軍は、降伏直後に俺が徹底的に解体してやったので存在しない。見事に空白期間を射抜いたといってい。誰もランス・ノールの無傷の二個艦隊を討伐できない」

『しかも貧乏のどん底。セレニス星間連合政府から切り捨てをうけてと感じていたミアンノバとファリガの住民、はランス・ノールを熱烈に支持。独立宣言は既成事実と化すかと思えた……のですが、天儀さんがそのランス・ノールの反乱を叩き潰した』

「当時、グランダ帝国とセレニス星間連合の経済の融合は急激に進んでいた。2つの国が1つの国家となることは摂理だ。戦争もその過程のひとつの事象に過ぎないが、戦争が2つの国を統合する障壁となっていたのも事実だ。戦争は、きわめて高い感情的なわだかまりを醸成するからな」

『ならばどちらかが勝つことで決着を付けてしまえばいい。それも決定的に、相手をけちょんけちょんして有無を言わせないぐらい叩き潰して勝つ。そんな天儀さんの提案を聞かされた当時の私は、とても魅力的に感じましたのでお手伝いしたのです』

「けちょんけちょんの有無を言わせないぐらい……。そこまでいってないのだが……」

『……あら、そうでしたか』

「まあ、俺が星間戦争でセレニス星間連合の艦隊を撃破したのは切っ掛けにすぎない。いずれ両国は1つになったろう。だが、わざわざ一大決戦してまで国家統合をはたしたんだ。それに水を指すようなランス・ノールの独立宣言は俺にとっては容認し難かった」

『いま、そのランス・ノールの手にあるのは反乱当時より巨大な戦力。心配ですねー。困りましたねー。野望多きあの男のことですし、プライドの高さはチョモランマ。天儀さんに仕返しするついでもできますし、これはまた独立宣言しちゃうかもしれませんよー』

「はぁ。冗談はよせ。たしかに反乱を起こしたときの戦力寄りは大きいが、それでもヌナニア全軍にはとてもおよばない数だ」

『ふむ……。では、裏切る。これです。いや、反乱を起こして太聖銀河帝国軍を引き入れるかも』

「腹背に敵どころか、最重要拠点に敵に寝返るやつでは、勝ち目がないのだが」

『わかりませんよー。……うふふ』

「……で、ランス・ノールが戦場に復帰する条件はなんだったんだ?」

『む……』

「あるだろ。狡猾なあいつのことだ。戦場にでるさいには、条件をつけたはずだ。あの男は、無償でヌナニアの危機を救ってやろうだなんてお人好しじゃない」


 天儀に兄妹惑星独立の野望を叩き潰されたランス・ノールは拘束された。内乱罪は情状酌量なしの極刑。

 ――すなわち死刑。

 だが、惑星ミアンノバと惑星ファリガの多数の議員や住民達から助命嘆願の陳情が政府に寄せられた。ランス・ノールは短期間とはいえ、2惑星に善政をしいたのだ。ランス・ノールを処刑すれば、両惑星と不必要なわだかまりを残す。そう判断したヌナニア政府は、ランス・ノールを軟禁し居場所を隠匿したのだった……。


「ランス・ノールに与えられた刑は、公民権停止こうみんけんていしか……」

 と義成が、フライやベルク戦線の総旗艦アマテラスの与えられた部屋でつぶやいた。

 

 ――基本的人権の関わる事項の停止はきわめてめずらしいな。

 そう。死刑制度が存続せりといえども、公民権停止は異例の極刑といってもいい。テロ組織まがいの極右政党の党員がテロを起こし逮捕されても、なかかくだされないぐらいだ。

 

 ――公民権停止すれば、もっと過激化する可能性もあるしな。

 俺の記憶では、大物政治家が常習的に選挙違反やらかしていたということで発動したことが数例ぐらい。それ以外の違反は数年の選挙参加停止。いまの時代、選挙権と被選挙権の停止は、人権の根本に関わる問題なんだ。

 

 いま、レアル・カミロの正体をランス・ノールだとなかば断定した義成は、今度は持ち込んでいたヌナニア諜報機関のデータベースにアクセス。ランス・ノールの反乱失敗後の処遇について調べいていた。

 

 ――ランス・ノールにも機密に関わる事項がないわけじゃないが。

 

 天儀総司令の経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアよりはマシだな。むしろランス・ノールの反乱の情報の大半は民間人でもアクセスできるし、学者達の間で熱心に研究もされている。この経済の拡張を至上とするご時世に、たとえ反乱を成功させたとしても、たった1つの星系と惑星2つだけでやっていけたのか? そんな議論は尽きないらしい。

 

 弱者を救うために立ちあがった男。ヌナニア連合は12星系19惑星からなる国家。そのなかで惑星2つだけではどう考えても勝ち目はない。

 ――俺には、暴挙としか思えないが。

 それでも当時のミアンノバとファリガの議会も住民も熱烈に支持したんだよな。

 

 義成は、軍人だけに考えかたは体制派だ。時の政権に反乱など基本的に悪だ。だが、それでも弱者のために立ちあがったランス・ノールにはとても好感を覚えた。

 

 ――でもやはり反乱はダメだな。

 だいたいランス・ノールが率いていた艦隊の兵員達は困ったろ。家族がミアンノバやファリガにいればいいが、全員が全員そんなわけない。故郷に残してきた家族が、拘束されたりとか迫害をうけるリスクだってあったんだ。ランス・ノールはそのあたりのことは考えたのだろうか?

 

 それに反乱するぐらいなら。内部から改革したらいいじゃないか。当時のランス・ノールは、二個艦隊を任されるほどだったんだろ。軍では間違いなく大出世できたろうし、セレスティアルという血統がある。政界に転じても上手くいったはずだ。そうだ。政治家になって、ミアンノバとファリガの窮状を救うという手法だってあったはずだ。

 ――いや。

 この反乱は一時的にしろ成功していた、と見ていい。間違いなくランス・ノールは、とんでもなく優秀だ。そんな優秀な男なら、なおさら政治家に転身して着実な手法を選ぶべきだったんだ。

 

「やはり反乱は正しい選択とはいえなかったな……」

 

 そうつぶやいた瞬間、背後でことりと音がした。

 ――誰だ!?

 と驚いて振り向く前に、部屋には淑女の声が響いた。

 

「どうでしょうか。わたくしの父アルバ・セレスティアル。聖公とまで呼ばれた男が無理だったのが正規の手順を踏んでの兄妹惑星の救済です」

「シャンテル戦線司令!」

「義成さん残念です……」


 まずい全部バレた。天儀総司令のためにレアル・カミロ参軍事のことを探っていたことも、艦隊の内情を探っていたことも。密偵まがいの内部調査のすべてがバレているはずだ。

 

 いま、俺の目の前には、美しい顔に影を落としたたずむシャンテル戦線司令。そして、その左右にはQCのバッジを付けたマコトとマッケンジー。

 

「やられた。2人とも案内役ではなく監視役だったか」

 

 ま、当然だわな、というマコトに、義成お前のことキライじゃないぜ、とやるせない顔のマッケンジー。

 

 俺は、完全にシャンテル戦線司令の少女のような外見にだまされた。世間知らずで、人を疑うことをまだしらない温室育ちのお嬢様。軍を統帥するのはセレスティアルという血胤の重みだけ。だが、シャンテル戦線司令は、天儀総司令の側近とうだけで俺を最初から疑っていたのだろう……。

 

「俺をどうなさる気ですか……」


「さて、どうしましょうか――」

 とシャンテル戦線司令は、唇に指をやって悩ましい姿を見せつつも、右手を振り上げたかと思ったら勢いよく振り下ろした。シャーッ。カチャ! という音がした。その手には伸縮性の特殊警棒が握られていた。おそらく金属製のそれは、刃物と火気厳禁の宇宙船内では、かなり上位の武器アイテムといっていい。


 そしてシャンテル戦線司令の動きに合わせて、マコトとマッケンジーが俺の左右に回り込んでいた。2人から表情消え、目からも感情の色彩が消え去っていた。兵士の顔だ。それも実戦をしる。

 ――特殊部隊員か。

 どこの部隊だかしらないが、2人の動きは間違いなく厳しい訓練をうけたエリート兵士のそれだ。


「わたくしの艦隊では、スパイには死刑と決まっているのですけれど――」


 シャンテル戦線司令の口調がどこか間延びしたものになっていた。どうなるかわかっていますよね? という強烈な圧がふんだんな間だ。俺は、いま、シャンテル戦線司令の華奢な体から凄まじい威圧をうけていた。


「なるほど正義を口にして、その手法は悪役そのもの。ランス・ノール。三つ先を見通す男の実態は、ダークトライアド。自分大好きのサイコパスにしてマキャベリスト」

「あらまあ――」

「独立戦争は綺麗事じゃない。だが、コロニーで毒ガスをばらまいた男に俺は、正義をみない。俺の信じるヒーローはそんなことはしない」

 

 そう。ランス・ノールは独立の闘争の最中に戦略駅重心地となったコロニーを確保するために、コロニー内で毒ガスをつかっていた。戦争中のこと、と世間ではあまり問題視されていないが、俺は士官学校でこのことを習ったし、ランス・ノールの乱をあつかったドキュメンタリーでは、しっかりこのことは語られる。

 俺がランス・ノールをあまり評価したくない理由の一つはこれだ。


「正義ですか。正義のヒーロー。わたくしは、お兄さまにぴったりな称号だと思いますけれど――」

「どこが? 特殊能力を持った正義の超人や戦隊物のヒーローが、コロニーで毒ガスをばらまくシナリオなんてありえないでしょう。子供だってわかる。これだけでランス・ノールの選んだ手段が悪辣だったと俺は断言できる。頓挫して当然だ」

「……なるほど」

「俺をどうなさる気ですか。俺が本当にあなたの思うとおりのスパイならば、貴女の権限で俺を処分することは有益でないと忠告します」

 

 ――ふふ、本当に天儀総司令のスパイなのかしら。

 シャンテル戦線司令が口元に手をやって笑いながら小さくいった。ほとんど独り言類だ。


「義成さん。これは国家の制度上の問題です。たとえあのときのお兄さまが政治家になっても大規模な改憲クラスの政策の実行が必要ですよ。経済成長を鈍化させても貧民救済をやるなんて旧セレニス星間連合の憲法上不可能でしたから」

「反乱を起こさないという選択肢をしたら、という話をしたいのですか?」

「ええ、そうね。それでもいい。聡明で助かります。さて、そんな聡明な義成さんに問題です。お兄さまが旧セレニス星間連合で政治家になって首相になるまでに何年かかるでしょうか?」

 

 このシャンテル戦線司の問は鋭かった。彼女は、俺の印象としては、どこかおっとりした空気も身にまとっていたが、そんな甘ったるい空気は問を口にするときの一瞬だけ吹き飛んで、本来のとても鋭利な部分が覗ききでていた。


「さあお答えになって義成さん」


 ――5年か?

 いや、首相となるには60歳ぐらいが適当だろう。若くして首相ということはあり得るが、あまり現実的じゃない。

 

 ただ、あの優秀さとセレスティアルという血統ならば転身して一年で代議士になれるだろうが、そこから派閥を作って、国家の要職を歴任して、党内で押しも押されもせぬ存在になり……。気の遠くなりそうな年月。しかも、首相なってやりたいことは改憲。改憲は不可能ではない。むしろ微修正を加えるなど定期的にあるものだが、抜本的で大規模な改憲となるとやはり別だ。


「ふふ、答えられない。そうでしょうね。首相になるまでにはお兄さまとて、とても時間がかかる。しかも改憲の制度上の手続きを踏めば200年単位の改革になりかねません。そう不可能なんですよ。そうできている。制度が。お兄さまが生きている間にはとても完成しきれませんし、その間ミアンノバとファリガの人たちは苦しみ続けるし、苦しみなかで人生を終えることになってしまいます」


 正論だ。貧民救済のための政策は、大衆受けする政策ではまったくないし、既得権益を持つ与党の政治家達も嫌がるだろう。仮に時代とのタイミングが合致して、若い首相の誕生となっても、貧民救済改憲なんて、若さと人気で一気に押し通せるようなものではない。それこそ――。

 

 ――軍事力を背景にするしか――

 

 ハッ! ダメだ。感情ではランス・ノールのやり方を拒否しても、自分なら、そしてあのときのランス・ノールならどうするのが最善だったかと考えると、結局ランス・ノールの乱と似たような手法に落ち着きそうだという恐怖。

 俺が仮にあのときのランス・ノールの立場なら、反乱後にかなり手荒い手法にも手をだした可能性も否定できない……。貧民救済は悪いことじゃない。むしろ正しい。正義か……。同じ立場なら俺もランス・ノールと同じことをしたのか……?


「わたくしのお兄さまは、いま、目の前で苦しんでいる人たちを救いたかったです!」

 

 ――これって悪いことですか?

 というように憤懣ふんまんやるかたないというように、シャンテル戦線司令が俺に迫ってきた。俺は小さい彼女に完全に気圧された。

 

 俺は、ランス・ノールの情報を見たときにしってしまっていた。二人の過去を。ランス・ノールとシャンテル戦線司令は、幼いころに両親と死別して、かなり過酷な幼少期を過ごしたということを。

 

 父アルバと母のリナとの結婚は内々のもので正式なものではなかった。法的に2人は私生児。宇宙は広く考え方は多様だ。それはいいことばかりではない。当然保守的な考え方を好むものもいるからだ。とくに聖アルバ公は、敬虔な宗教家としていける聖人として崇められていた。写真を飾り祈ると、その額縁から蜜が吹く、とまでいわれたのがアルバ・セレスティアル。老年のアルバと、とても若いリナ・ノールの間に生まれた私生児の2人は、聖アルバ公の死の直後から、偉大なわれらが聖人を汚す汚物として世間から扱われたのだった。聖アルバ公の死後一年でリナ・ノールも心労で疲弊し死亡。これは世間のバッシングで死んだようなものだ。そして幼い兄妹だけが残され、世間のバッシングは、2人に大波として向かった。

 聖公が、若く美しい女性と私生児をもうけていた。それも2人も。ただでさえ聖アルバ公の死が悲しいのに、そんなスキャンダルは支持者からしたらうけつけ難かったのだろう。

 

「現世救済ですか」

「ええ、死んでからなんて意味はありません。悲しく終えてなにが、人生でしょうか」


 さらに強く迫ってくるシャンテル戦線司令。いま、彼女は両手を腰に手を当て小さい体を精一杯大きく見せ。本人には自覚がないのだろうが、精一杯という感じだ。


「あら、答えに窮したというふうですが、黄金の二期生のお知恵とはその程度なのですか。正直申しあげてガッカリです。ま、義成さんは、天儀という男の側近ということですし、綺麗事ばかり口にして強情をおはりになるのでしょうけど。ランス・ノールの壮挙は失敗した。失敗したから即ち悪。ええ、シャンテルはお強い方が羨ましいです。どんなに傲慢をしても、とがめられませんからね」

 

 ハハ、けちょんけちょんないわれようだな。それにシャンテル戦線司令が、ついに天儀と呼び捨てにしたぞ。名前のあとに総司令をつけなかった。やはり天儀総司令へ対する感情は穏やかじゃないといったところなのか。だが、俺もいわれてばかりじゃ格好がつかない。


「後ろ指をさして、それと同じことやろうというのは愚かしいかぎりですかね」


 俺が苦しくも吐くと、とたんにシャンテル戦線司令は、あら――、という顔になった。これはおそらく好意的な反応だ。シャンテル戦線司令にとって俺の言葉は、意外にして面白い回答だったようだ。


「でも、回りくどいかしら」

「ええ、そうでしょうね」

「ふーん……。どうしたものかしら。けれど、このまま帰すといわけにも――」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「氷華。ランス・ノールが戦争に参加した理由をしってるんだろ?」

 

 義成がシャンテルに追い詰められるなか、天儀と千宮氷華の通信も続いていた。天儀の懸念は、元国家の反逆者ランス・ノールが重要な戦線にいるということより、ランス・ノールが実質的な司令官という副官の指名をうけいれた理由だ。

 惑星ミアンノバと惑星ファリガの状況はいまもよいとはいえない。

 戦争指揮をとっていた時期の未来型AIミカヅチが、戦線司令官にランス・ノールを選出。政府は問題を感じつつも、敗北寸前の状況に危機感をいだきランス・ノールに打診。内容は、お飾りの司令官を立て、参軍事として戦場を取り仕切ってくれという提案だ。天儀の知るランス・ノールは、極度のシスコンだ。この男が軍に復帰する条件は、戦場に妹を伴うことと――。


「ランス・ノールが軍に復帰する条件が、ミアンノバとファリガの分離独立であれば洒落にならん」

『ほう。なるほど興味深い見解です。天儀さんらしいといえば、天儀さんらしい斜め上の疑り深さですけれど。で、天儀さんから見ればランス・ノールはまだあの兄妹惑星に固執していると?』

「氷華。はぐらかさないでくれ。2惑星の分離独立か敗戦か。政府は分離独立がマシだと判断するだろう。それに、いまでも政府は、貧乏の兄妹惑星を持て増し気味だ。ランス・ノールが面倒を見てくれるなら渡りに船という面はいなめない」

『なるほど。国のお荷物の兄妹惑星を処分でき敗戦も回避できる。考えかたによっては、願ったり叶ったり。政府はランス・ノールの提案を受け入れたというのが天儀さんの懸念ですか』

「ああそうだ。だが、俺からいわせばそれは最悪の選択肢だ。なんのために戦ったのか。まったく星間戦争は意義を失う」

『それに、今更独立を認めるなら戦後のどさくさで起きたランス・ノールの独立宣言を叩き潰した天儀さんは徒労のきわみですからねぇ』


「おい、他人事のようにいってくれるな」

 と天儀がムッとした瞬間。画面のなかの氷華が、そっぽを向いて慌てだしていた。おそらく天儀が思うに、勝手に誰かが入ってきたという感じ。天儀の目にするいまの氷華は、横を向いて手で追い払うようなジェスチャーをしている。そしてすぐにスピカーからは、それを裏付ける音声が流れてきた。


『ちょっとキティ入ってこないでください』

『だーかーらー。千宮司令局長。それで私を呼ばないでくださいよ。赤ちゃんの愛称ですよそれ』

『なにをいってるんですか同僚とトラブルばかりおこし、私のいいつけが守れないあなたは赤ちゃんそのもの。いまもそう。あなたもしっているでしょう天儀さんタイム。私の一日でいちばん重要な時間です。じゃましないで』

『あー……。総司令と通信中でしたか』

『そうです。わかったなら早くでていきなさい。軍高官の重要な通信です。司令局長命令です出て行きなさい』

『はいはい。イチャイチャしてるだけでしょ。いまは休み時間じゃないですか。今月の千宮司令局長のスケジュール管理は私がやってるんですから、しらないわけないじゃないですか』

『いいから2秒ででていきなさい。でないと、あなたの恥ずかしき過去をデルポイの掲示板で大公開しますよ。いえ、全ヌナニアのネット上にアップします』

『いやー。2秒は物理的に無理ですって。というか前からいってるじゃないですか、早く別れたほうがいいですって。天儀なんて才色兼備の千宮司令局長と釣り合いませんし、戦争キチですし、鬼ですし、バッドエンドにしかならないっすよ』

 

 そんなやり取りが、おこなわれるなか天儀は驚いていた。天儀のしる氷華は、かなり押しが強い性格で、気に入らないことにはかなりきつい仕打ちをする。氷華お無口で無表情のしたには、大人しさなんて一欠片もなく、我を押し通すてこでも動かない性格があるだけだ。それが、いま、おそらく氷華の部下の女子なのだろうが、その女子は氷華をあしらいつつ、ついには、

 ――お、これが総司令官ッスか? うわー。悪い人相だ。

 と口にしつつ画面に登場。いま、天儀の目にする画面には、ホワイトブロンドをツーサイドアップにしたニコリともしない女子が映しだされていた。そしてその女子は、

『ちーっす。シャーロット・アルベルティール・シュタイン。電子戦科の大尉です』

 と大げさな素振りで敬礼。

 

「お前がキティか」

『うげ。違いますって冗談っキツイなぁ』

「まあいいが、部屋をでて軍務に戻れ。お前のいうとおりこれは私的な通信だが、重要な話の最中でもある」

『あら別れ話? やった』

「――違う!」

『あ、いま、私の胸見ましたね! セクハラだ!』

「見てねえ! なんだお前は。急に登場したかと思ったら人をセクハラだと」

『えー。ある信頼の置ける情報筋から天儀総司令の好みのタイプは、胸が大きい女性って聞いてたんですけどねー。ほら、私って大きいですし?』


 天儀は、ヌナニア星系軍の総司令官だ。ヌナニア連合で一番偉い軍人。そして軍は規律第一。こういった礼儀のない部下には厳重注意すべきなのだが、完全にシャーロットのペースに巻き込まれてしまったうえに、展開があまりに低次元すぎて怒る気力も起きない。ただただ呆れていた。

 

「……違う。俺は女性を胸では見ていない。お前の胸も見ていない」

『あら、そうなんすか?』

「そうだ。わかったなら早く出ていけ。重要な話の最中だといってるだろ」

『重要な話ってあれでしょ。ランス・ノールがなんたらっていう。私が教えますよ。だから千宮司令局長と別れてください』

「なに?」

『だからランス・ノールが軍に復帰した条件。私しってるんですよ。千宮司令局長と別れてくるなら教えます』

「別れないが教えろ」

『うわー。傲慢。ドン引きですよそれ。……でも教えれば通信も終わるんスよね。いまちょっと問題が起きてて、早く千宮司令局長にきてもらいたいんすよねー……。まあ、いいや。じゃあ教えます。ランス・ノールは特段条件なんてしめしていないっスよ』

「なに?!」

『驚いてるッスね。でも本当です。条件を示したのはシャンテル嬢のほうですね。そもそもミカヅチっちは、最初からシャンテル・ノールを戦線司令官に任命しました』

「なだと。あのド素人をか」

『ええ、さすがは未来型AIといったところですよ。すごいんですから』

「意味がわからん」

『ああはは、戦争の勝利者っていうからどんな人かと思ってましたけど、イメージ通りの脳筋バカ。やっぱ星間戦争に勝てたのは、千宮司令局長のおかげだったんですね。こんないい人たらしこんで、やらせたことは戦争だなんて最低っす』

「おい!」


 さすがに天儀も顔色を変えたが、ここで黙って静観していた氷華が画面に飛び込んできた。


『天儀さん怒らないで、キティは思ったことがそのまま口にでてしまう可哀想ななんです。悪気はないんです。キティ、いえ、シャーロットは私の大事な部下ですので、怒らないで』

「……わかった。君がそれほどいうなら聞かなかったことにしよう」

 

 そしてシャーロットときたら悪びれもしない。じゃあ続きを、といってシャンテルがどんな条件を提示したか話し始めた。


『シャンテル・ノールが示した条件は、兄ランス・ノールの公民権停止の解除と、兄を副管として戦場に伴うこと。政府は、その取引に条件付きで応じました。勝ったらランス・ノールの公民権停止を解除し軟禁状態も終わらせる。そして、ランス・ノールは、レアル・カミロとして素性を隠して戦場にでる』

「シャンテルのお嬢さんは、それを承諾したか」

『ええ、でもミカヅチがすごいんですよ。シャンテル・ノールを戦線司令官に指名したのは、ランス・ノールを起用できると判断したから。ミカヅチの本命は最初から軍事的能力の抜群のランス・ノール』

「ミカヅチは、シャンテル・ノール指名すればランス・ノールが芋づるしきについてくるとわかっていということか……」

『そうです。そしてそのほうがランス・ノールを直接指名するより、政府がランス・ノールを起用しやすいという計算づくですよ。いやーさすが未来型ッスね』

「意外だ。ランス・ノールは条件を示していないのか……」

『ええ、でもランス・ノールはランス・ノールで、三つ先を見通す男。そのオッドアイは未来視できるなんていわれてるんですよね。だから、事前に妹のシャンテル・ノールに、こういったケースを想定して自分の公民権停止の解除を指示していたかもしれませんよ』

「なるほど。だが、あの野望多き男にしては、公民権停止の解除だけでは少なすぎると思うが……」

『はい。以上。お終い。教えたので通信きりますよー』


 天儀がさらに疑りだしたので、シャーロットはさっさと勝手に通信終了。そして通信を切った流れそのままに、くるりと氷華のほうへ向き。そこには当然、怒る千宮氷華。頬すら膨らませてジト目は殺意に満ちている。だが、シャーロットは、ケロリとしたものだ。


「では、千宮司令局長。いきましょう」

「シャーロットさん……」

「そんなジト目で怖い顔して。ヘソ曲げないでくださいよ。通信は終わり。ちょうと休憩時間も終わり。そう。私がきてもこなくても、どうせ通信は終わりだったんです。では、第二戦線の珊瑚洋さんごうようで不穏な動きがありますので、コンバットルームにきてください。みんな待ってます」

「シャーロットさん?」

「あちゃー。千宮司令局長が、私をシャーロットで呼んでくれるときは、真面目な場所か、めっちゃ怒ってるときですよね。どっちかなぁー……? なーんて……」

「……」

「アハハ。怒ってます……?」

「……いえ、怒ってはいません」

「あらー。だったら私としては願ったり叶ったりなんですけど……怒ってますよね?」

「いえ、怒っていません。ただ、あなたのボーナスは全額恵まれない人の施設に寄付で決定です。私は、慈悲深い部下を持って誇らしいですよ」

「ええええええ!?!!!?」

「はい。では、いきましょう」


 すでに氷華は、猛烈に怒っていたとは思えないほど、あっさりと怒りなどなかったかのように部屋をでようと進み始めていた。


「第二戦線ですか。あそこは問題ばかりですねぇ」

「ちょっと、ちょっととーー! ボーナスなし!? マジですかああああ!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 いま、参月義成みかづきよしなりは絶体絶命。

 第一戦線フライヤベルクの戦線司令部を嗅ぎ回ってたことが露見し、戦線司令官シャンテル・ノールと、その親衛隊であるマコトとマッケンジーに囲まれていた。とくに参軍事レアル・カミロの正体に、気づいてしまったことはまずいだろう。内乱罪を犯し、公民権停止を食らっている人間が、実は最前線で指揮をしていただなんて、総司令部も認識していたか怪しいところだ。

 ――捕らえられて独房に打ち込まれる。

 と義成が危機感を最大限にしたとき、

「よさないかシャンテル!」

 という声とともに現れたのは、仮面の男レアル・カミロ。もといいいランス・ノールだった。

 

「お兄さま!」

 とシャンテルが叫ぶと同時に、マコトが、

「ランス・ノール参軍事に敬礼!」

 と声をはりあげていた。マコトと、マッケンジーは最早義成などそっちのけでランス・ノールへ向き直り敬礼していた。

 

 ――最早隠し立てすることもないということか。

 と義成は思った。これは戦線内では、公然の秘密という状況だろうな。だいたいランス・ノールがつけている仮面は、口元が大きく開いており、顔の特徴を隠しきれていないうえに、声もランス・ノールそのもの。立ち振舞もそう。それになにより、

 ――ランス・ノールはドシスコン。

 

 そしてシャンテル・ノールもお兄ちゃん子。これは有名な話だ。シャンテル戦線司令が、これほど親しげに話しかける相手は、誰がどう考えたってランス・ノールしかいない。いま思えばそうだ……。なぜ俺は気づかなかったのか。だが、ランス・ノールは軟禁状態で世間からは、存在が抹殺された状態だったんだ。そんな男が最重要拠点で堂々と指揮しているなんて夢にも思わないじゃないか。

 

 というか。レアル・カミロがランス・ノールだっていうことは、ここでは誰もがしる公然の秘密じゃないのか? いま思えば、カミロ参軍事をよぶときに、結構な人が〝ラ〟と口走っていたような気がするぞ……。てっきり噛んでいるだけかと思っていたが、疑えよ俺……。

 

 いや――。

 

 正体がわかってみれば、おそらく軍官房部ぐんかんぼうぶ六川軍官房長ろくかわぐんかんぼうちょう星守副官房ほしもりふくかんぼうもレアル・カミロがランス・ノールだとしっていた。というか、フライヤ・ベルク戦線帯全体で、公然の秘密という状態じゃないのか? 知らぬは俺みたいなヌナニア軍しかしらないやつらや、着任して日が浅い天儀総司令だけという、とても間抜けな状況も考えられるぞ……。

 


「お兄さま聞いてくださいまし。この義成さんは、天儀の密偵なんですよ。それも味方の私たちを探るために送り込まれた!」

「はは、冗談を。義成くんは、総司令官の親書を携え最前線まできてくれた大事な客だよ」

「……そう。……ですか」

「そうだよ。彼の存在は、総司令官からの友情の信任の証といっていい」

「……そうですね。シャンテルは、天儀の側近ということで、義成さんを少し偏見の目で見ていたのかもしれません」


 事態はどうも完全に好転したみたいだが、俺は気まずい。なぜなら俺は、天儀総司令に、

 ――レアル・カミロの正体つきとめてこい。

 と命じられ、ついでにフライヤベルク戦線の内情も探ってこいと命じられていたからだ。シャンテル戦線司令が疑ったとおりなのだ。


「義成くんすまないね。シャンテルは何事も思いつめて考えてしまうたちなんだ」

「いえ、そのなんといったらいいか」

「いいんだ。このレアル・カミロは疑わしい男だ。この仮面一つとってもだ」

 

 はは、一応ランス・ノールとは名乗らないんだな。本人は芝居を徹底しているのか。律儀だなぁ、と俺は思いつつも付き合うことにした。俺がそんなこと心のなかで決定するなか。ランス、じゃなくて、カミロ参軍事はさらに言葉を継いだ。


「――義成くん」

 

 カミロ参軍事が居住まいを正し、声に重み加えて俺をまっすぐ見てきた。

 ――重要な話だ。

 と俺の全身が反応した。いま、カミロ参軍事のまっすぐ俺を見つめている。仮面の目の部分は黒い素材で覆われていて、その瞳こそ見えないが、とても強い視線を感じる。


「天儀が、このレアル・カミロに懸念を覚えているならこう伝えてくれ。うけた恩は必ず返すと」


「はい!」

 と返事をしつつも、どういうことだ? とも思った。だが、伝えればいいのだろう。ならば伝言は短く。鉄則だ。いわれたままを伝えれば、天儀総司令は理解する。俺はそう確信した。


「義成さん」

「なんでしょうかシャンテル戦線司令」

「セレスティアル血胤は恩知らずではない。このシャンテル・ノールの言葉も、あわせて天儀総司令におつたえください」

「はい!」


 俺は跳ねるように敬礼。確実に2人の言葉を伝えると、決意し緊張で身を固くしていた。

 ――セレスティアルは帝王たる血統。

 時代が時代なら、2人はすくなくとも惑星一個を治めるぐらいの国家元首と姫君様。そう思うとかなり緊張したからだ。

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